事件解決
怪しまれないように、多少時間をずらしつつ僕とイースターが研究室に戻った時には、既にヴァンはディーコンの横で死体のように体を投げ出して眠りに落ちている。
「まあ、こいつはニャンの見張りをしている時にずっと寝てなかったわけだしな」
僕のヴァンの寝姿に対する呆れたような視線に気付いたエーカーがそうフォローしてから、
「というか、あの時にこいつ以上に爆睡していたお前にそんな目をする資格あんのか」
とにやにやと笑ってくる。
僕はおそらくは赤面して顔を逸らす。
見るともなしに周囲を見回す。全員、疲れている。
眠り続けているディーコンはもちろん、装置の分析をようやく終えてお茶を飲んでいるエジソンも、話しつかれて黙っているメアリも、さっき笑っていたエーカーですら顔に疲労の色が濃い。
ルイルイに至ってはこくりこくりと時折意識を飛ばしているようだし、イースターは少し顔色が悪い。だってナイフで刺されているし。刺したのは自分だけど。
さて。
僕は皆から少し離れた場所で、腰を下ろす。メモ帳を取り出し、これまでメモしてきたものを見直す。
やはり、納得できない。このまま解決せずに問題ないとはとても思えない。
蘇る、脳内の光景。刺さったナイフ。背伸びして押したボタン。殺されたドラゴンイーター。外れた予言。そうだ、予言機の予言は外された。そしてドラゴンイーターは殺された。それが頭の中でぐるぐると回っている。
自分の頭の中の情報と妄想、推理と疑問、それらがぐちゃぐちゃに混ざっているのが分かる。メモ帳の情報もまた、同じように整理されていない。
ゆっくりと、メモ帳の内容、自分の頭の中の推理、さっき手に入れたばかりのイースターとの会話。色々なことが分かって謎が解けたようでいて、新たに謎が生まれたような気もする。
僕はまずその全てを改めてメモ帳に書きなぐる。それから、整理していく。分かっていること、分かっていないことを選り分ける。情報と情報を組み合わせる。それでも分からないことが無数にある。それを種類ごとに分けていく。それを改めて清書する。
そして、そうやって整理された情報を眺めて、またそれについて思ったことや生まれた疑問を書きなぐる。その繰り返しを延々とする。
どうせ暇なのだ。周囲の人間は全員疲労困憊だし、気にするものか。
やがて、僕のメモ帳には、ようやく整理された疑問が並ぶようになった。
それは次のようにグループに分けられている。
1.ジエリコ混入について
①誰が行ったのか。それができる人間は限られている。
②いつ行ったのか。ニャンとビンチョルが入り込んで以降は研究室には常に人がいた。
③何故行ったのか。ジエリコを混入することによって誰にどんなメリットがあるのか。
④予言機が証言通り融通が利くのなら、どうしてジエリコの混入は予言されなかったのか。
2.ニャンの計画について
①ニャンはどのような事件を起こすつもりだったのか。(例の部品の使い道)
②ニャンはどのような方法で予言を破るつもりだったのか。
3.ニャン殺害について
①ニャンは脱出したのか、それとも犯人によって殺されて外に出されたのか。
②脱出したのだとしたら、どうやって予言を外したのか(2-②と関連)
③殺されたのだとしたら、犯人はどのようにして倉庫の中のニャンを殺害、外に出したのか。ただしこの場合、犯人は予言を聞いていたので方法によっては予言を外すことは可能。
4.タリィ・ビンチョル殺害について
①ニャン殺害とビンチョル殺害は同じ犯人なのか。
②何故ビンチョルを殺したのか。イースターの話を信じるならビンチョルを殺す理由は今のところ見つからない。
できるだけ整理した疑問点を前に、僕はほうと息を吐く。
自己満足だが、とりあえずここまではやった。後は、ヴァンにでも見せてみるか。事件解決のつもりはないと明言しているけど、何かしらコメントはしてくれるだろう。
「ふーん」
と、次の瞬間、耳元でそんな声がして僕は飛び上がる。
「ぎやああ!」
「うわっ、何だなんだ!」
寝ていたディーコンが飛び起きる。他の皆も僕の悲鳴を聞いてこちらを凝視する。
いつの間にか目覚めていたヴァンが、明らかに寝ぼけた顔で僕の肩越しにメモを覗き込んでいたのだ。
「ああ、耳痛い……ごめん、ごめんって。そんな驚かせるつもりはなかったんだよ」
欠伸をしてから、ヴァンは自分と僕に視線が集まっているのに気付いて両手を振って、
「何でもないよ、何でも……俺が無神経だっただけです。ごめんごめん……あっ」
まだ眠そうな目をこすってヴァンは、
「そうだそうだ、寝る直前にこれ聞いておこうと思ってたんだけど、そのまま寝ちゃった。ええっと、誰でもいいんだけど、ルイルイ?」
「何?」
いきなり名前を呼ばれて眉を顰めるルイルイ。
「予言機の実験について質問があるんだ。タリィに聞いておけばよかったんだけど……あのさ、普段の予言機の実験って、どんなことを聞いてたの?」
予想外の質問だったらしく、困惑した様子のルイルイはエーカー、ディーコン、そしてエジソン・メアリ夫妻と顔を見合わせた後、
「はっきり言って、ばらばら。例えばコインを投げて表が出るか裏が出るか、や、個人の行動について……例えばディーコンが昼食で何から食べるか、など。特に決まっていない」
「あ、そうなの? 毎回聞く予言とかは?」
「……ああ、それなら、絶対に毎回というわけではございませんが、一石二鳥の意味もあって、事故の有無は予言させることが多いです」
横からエジソンが答える。
ああそうか、とそれを聞いて他の面々も頷く。
「そうね。それは確かに比較的よく質問する……事故防止の意味合いも込めて」
ルイルイがそれで、という顔でヴァンを見るが、
「なるほどなるほど……トイレ行ってきます」
とヴァンはまだ眠気が抜けていない顔でふらふらと出ていく。
残された僕たちは顔を見合わせるが、
「……ちょっと、心配なんで見てきます」
と僕は言ってヴァンを追う。
ふらついた足取りのままで寝室エリアのトイレに向かおうとするヴァンに追いついて僕は、
「ヴァンさん」
と声をかける。
「うわ、何?」
「いや……」
小走りで追いついてから声を潜める。
「さっきの質問、何ですか、一体? ひょっとして、犯人が分かったとか?」
期待を込めた僕の質問に、
「あっ、さっきのやつ? まあ、まあ、ねえ……物証はないけど、怪しい奴は分かったよ。ココアが書いてたさっきの疑問点も、大体は、まあ、いけるかな」
えっ、と僕はのけぞる。
「じゃあ、事件の解決は――」
「できないよ。大体、できないって予言されてたじゃん。無理だよ、物証ないし。俺はトイレ行ってからまた寝るだけ。後は寝て潜水館が来るのを待つのみ」
そんなことを言って、ヴァンはそのままトイレへと消える。
僕はどう考えていいのか分からず立ち尽くす。
言葉通りに戻ってきたヴァンはそのまま寝て、起きることはなかった。
僕もメモ帳の疑問点を睨んだまま何もすることがなく眠気で意識が薄れて覚醒して水を飲んで、を繰り返す。そのうち、時間の感覚がなくなって、自分が寝ているのか起きているのかも分からなくなったくらいに、突如として地震のように部屋が震える。
僕も爆睡していたヴァンも含めて、全員が飛び上がる。
「今の衝撃は……」
興奮と喜びを押し隠そうとして失敗している顔のディーコンがそう言って、エーカーと目配せをして、二人で部屋を飛び出していく。
「思ったより、早かったですね。迎えだ」
周囲にばれないように傷のあるあたりを手で押さえているイースターが呟く。
ルイルイも彼女にしては珍しく、そわそわとして部屋の外に顔を出して様子を窺っている。
「ああ、終わったな」
ヴァンが伸びをする。
結局、本当に解決せずに終わるのか。
それが許されるのか、どうか。僕はヴァンを見つめるが、彼はのんきな顔でひょこひょこと部屋を出ていくだけだ。
大勢の足音。人々がやってきて、まずは潜水艦に乗るように言われる。怪我の有無、体調のすぐれないものはいないかと口々に聞かれつつ、周囲を囲まれて潜水館に連れていかれる。
終わったのか。
出入口の部分、潜水館との接続部分へと連れていかれる。目つきの鋭い人々――おそらくは探偵士たちが潜水艦から出ていき、それと入れ替わるように僕たちは潜水館に乗り込む。
とりあえず僕たちは地上に送られるらしい。そこで事情聴取――例の諜報機関、インコグニート預かりになってうやむやで終わるのだろう。
「……あれ?」
周囲を見回す。どんどんと調査のために潜水館から研究塔に出ていく人々を尻目に、一気に緊張の糸が切れて座り込んでいる人々が見える。あのイースターもごろん、と床に転がっている。余程疲労がたまっていたのだろう。
だが、その中に、ヴァンの姿がない。
一体……?
何か、奇妙な予感がする。
周囲は喧噪に包まれている。ひょっとして、これに紛れて……。
僕は、慌てて人々の間をぬうようにしていったん入った潜水館から、他の探偵士たちに紛れるようにして再び研究塔へと出ていく。
チャンスはある。
探偵士たちはまだ断片的にしか事件を知らない。とりあえず大体のところを事情聴取した後、全員を地上に帰しつつ、研究塔の調査を行う予定だ。だから、ニャンやタリィ、ビンチョルの死体を見つけて騒いでいる。まだ混乱している。
だから、チャンスはある。いくらでもある。
荷物を忘れた、と適当な言い訳をして研究塔にいったん戻り、死体や爆発跡に集中している探偵士たちの意識の隙をつき、『あれ』を回収する。難しいことではない。
周囲に探偵士はいる。だが、今、自分に注意を払ってはいない。それを感じる。
だから、『犯人』はそのタイミングで、ごくごく自然に歩き、目的の場所に近づき、全く自然な様子で手を伸ばして。
「これで解決だ」
声。
固まる『犯人』の手首を、ヴァンが掴んでいる。
僕は、ヴァンと『その人』が睨みあっている場面に立ち会ってしまう。ヴァンが、手首を掴んでいる。
異様な雰囲気。だが、周囲の探偵士はそれに気付いていない。
「……事件は、『外』からの潜水館の到着を契機に解決する」
周囲の注意をひかないようにか、ヴァンはぼそぼそと静かな声で言う。
「だから、予言機は解決を予言できなかった……さあ、騒ぎにしたくない。とりあえず、潜水館に戻ろう。一緒に地上に戻るんだ……そうしたら、ちょっと話を聞かせてよ」
固まった『その人』を尻目に自然体で言うヴァンを見て、僕もまた固まってしまう。
つまり、訳が分からないけど、事件が解決したということだろうか。
僕には、未だにまったく意味が分からない。
読者への挑戦も一緒に投稿します。




