イースター大いに語る2
排除、という言葉の強さにしばし僕は気圧される。
「排除、ねえ」
一方のヴァンは何か思うところがあるのか、オウム返しに呟くという表面的な返しをする。
「ええ。どの国、どの勢力がドラゴンイーターを手に入れたとしても、結局世界はバランスを崩す。彼らの遺した聖遺物が国力を左右するこの状況で、いきなり超越した技術を生み出すドラゴンイーターそのものを手に入れた勢力が暴走をしないわけがなく、その果てに一体何が起こるのかは予想ができない。だから、誰かが手に入れる前にドラゴンイーターを、ニャンを排除しよう。それが自分たちの組織の目的でした」
「高みからの意見だね。各国の指導者よりも、更に高みから世界全体を見渡して神様気取りの立場の奴のアイデアだ。そういう偉そうを超える超偉そうな発想をするのは、確かにイースターのところのトップだろうね」
嫌そうに顔を一度歪めた後、ヴァンはまだ無表情に戻り、後は黙って続きを待つ。
「そう。だから、自分たちは最初から、ニャンを抹殺するつもりでした。そしてタリィも」
「タリィも、ですか?」
いきなりドラゴンイーターではない人間の話になったので戸惑う。さっきまでの話とつながらない。
「きっと生理的に気に入らなかったんだろうね」
ヴァンの冗談らしきものに、
「確かにそれもあります。尊大な犯罪者など自分には許せない」
と生真面目に同意した後イースターは、
「もちろんそれだけではありません。ドラゴンイーターの抹殺と共に、その情報も可能な限り削除しなければならない」
「ま、まさか、ドラゴンイーターの真実を知る人間は全員殺していく、とか……」
ぞっとして震えあがる僕に、
「まさか。抱き込んで秘密を守ってもらえる人間は、それでいい。普通の人間はドラゴンイーターの真実を知ったところで、それを誰かに話すよりは口をつぐんでうまい汁を吸う方を選ぶ……ヴァンさんだってそうだ、違いますか?」
「めちゃくちゃそっち派だね。別に甘い汁吸えなかったとしても、わざわざ公言するわけない」
「ジャーナリストであるココア、君だって、そうだ。君の上司と『話し合い』をして手を回し、これについて記事にしない代わりに継続的にネタを提供するという取引だってできる」
「まあ、そうですねえ」
その取引もおいしいが、結局のところ、ドラゴンイーターの真実をぶちまけることによって何が起こるのか分からない、世界が終わるかもしれないというのが怖い。さすがに、特ダネと引き換えに世界を壊すほどの覚悟はない。まあ、でも、くれるというならネタはもらうけど、多分。
「タリィは違う。あの男は失うもののない犯罪者だ」
「いやいや、逆に刑期の短縮とかでうまいこと交渉……できない、ですかね」
確かにタリィはそういうタイプでもない気がする。下手をしたら、そういう交渉をしたら逆に会う人間会う人間全てに話しそうな気すらする。
「にしたって、それなら事故とかで目立たず始末すればいいんじゃない?」
恐ろしいことをサラッとヴァンが言う。
「そのつもりでしたよ。ニャンを抹消した後、あの男も消す。それが元々のプランでした」
ここで自分の手で殺すつもりはなかった、そう言ってイースターは自分の開いた手に目を落としてから、また視線をヴァンに戻す。
「どうも要領を得ないね……元々の計画では、どうなっていたの?」
「計画というほどのこともありません。タリィの殺害はあくまでも自分が主張しているだけで、インコグニートとしては、はっきり言ってどちらでもよかっただろうと思います」
やっぱり生理的に無理というかタリィの態度にむかついていただけではないのかと疑う。
「本命はあくまでもニャンの殺害。餌に食いつき、この研究塔というドラゴンイーターですら簡単には地上に出ることのできない檻の中に入ってきたところを、自分が殺す。そういう計画です」
「俺が思うに、それは計画とは言わない」
僕もヴァンの意見に賛成だ。あまりにもざっくりすぎる。
「仕方ないでしょう。先程言ったように、どのタイミングでニャンがどのような意図で現れるのか、こちらにははっきりとしたことが分かっていなかった。タリィの手紙のやり取りを検閲して分析して手に入れた情報も、大したものではなかった。ただ、今日が、ヴァンさんとココアが訪ねてくる日が迫るにつれて、少しずつ情報は具体的になっていった。ニャンが倉庫2について気にしていることもそこから分かりました」
「へえ、そんなことまで分かるんだ」
「一応、自分たちはプロです。インコグニートです。あくまでもさりげなく、といった風を装っていましたが、キーワードの出てくる頻度や囮となる情報の配置から、倉庫2について特に情報を集めているらしいとは分かりました……そこまでは」
それ以上は一切分からないままで、これが起こった。
そう言ってイースターは嘆息する。
「途方に暮れましたが、しかし期待もしていました。これがニャンを殺すチャンスだと」
「いや、それが分からないんだよね」
ヴァンは首を振る。
「相手は不死身の超越者だよ? どうやって殺すの? まず真正面から戦ったって無理じゃん」
「それは、自分も……というより、インコグニートも危惧していました。いや、そもそもインコグニートは、自分のことをニャンが既に把握しているのではないか、と疑っていました。つまり、奴を檻に誘い込んだつもりが、実は向こうはこちらの計画も全て把握していて、逆にこちらが罠にかけられているのではないか、と」
そこまで疑うのか。いや、ドラゴンイーターという化け物を相手にするには、そこまで考えていなければ、常に自分の上手をいかれると思っていなければいけないのか。
「それもあって、自分には計画が知らされなかった。ニャンに盗まれる可能性があるからです。その代わりに、インコグニートはあらゆる手段を使って、ニャンを殺すチャンスと凶器をしかるべきタイミングで自分の前に用意すると、そう伝えてきた。その時に、ためらわずに殺せ、と」
「……は?」
これまで比較的泰然としていたヴァンはいきなり目を見開くと、頭をかきむしり、
「あ、ああ……なんじゃそりゃ。ってことは、あれだ、あの凶器……多分、『不死殺し』の効果のあるあのナイフも、イースター君の準備したものじゃないってこと?」
「無論。あんなものは見たこともありません」
おかしいと思ったんだよ、とヴァンは舌打ちと共に吐き出して、
「あー、そういう……いや、待ってくれ。じゃあ、結局、ニャンを殺すために何をしたわけ?」
「何もしていませんよ」
おそらくは自嘲の笑みと共に、イースターは言う。
「しかるべきタイミングでチャンスと凶器が準備される。それを信じて、自分はそのしかるべきチャンスとやらを待っていただけです。ああ、倉庫2を何度かチェックしたりするくらいはしましたが」
そう言えばタイムスケジュールを見ても、イースターは確かに倉庫2を見回っていた。あれは、チャンスと凶器がないのか探し回っていたのか。
「……つまり、素直に考えれば、この研究塔にはインコグニートの用意した殺し屋がイースター以外にもう一人いて、そいつがニャンを殺した、そういうことか?」
「ええ、そしてその殺し屋については自分は何も知らない」
くすくすと、今度は声を出して笑いだすイースター。
そうか。ようやく、さっきからの自嘲の意味が分かる。
つまり、イースターは自分の役割が囮だったと考えているのだ。ニャンを殺すのだと心の底から信じているイースターがいることで、ニャンの注意はイースターに向く。ヴァンに挑戦しつつ、そしてインコグニートの一員であるイースターを警戒する。その状態のニャンに、誰にも知られていない殺し屋が近付き、殺す。そもそもは、そういう計画だったのだと。
「いや、でもおかしくない? なら、ニャンを殺した後でそいつが名乗り出ればいいじゃん」
ヴァンの反論にイースターは首を振る。
「自分に言われても、これ以上は何も知りませんよ。ただ、自分が同じ立場でも名乗り出はしないでしょう。諜報員を廃業しなければならない」
その答えに、
「考え直しだなあ」
と、ヴァンはため息をついて頭を抱えている。どうやら、何か組み立てていた推理が崩れたらしい。
「自分は――」
自嘲の笑みすら枯れ果てたのか、ただただ疲れた顔でイースターが、
「いつでも、チャンスを見つけて殺すつもりでした。本気で、そう考えていました。そしてそれは、ニャンにも伝わっていたでしょう」
「だからこそ、ニャンの注意はイースター君に向いていたわけだ。本気だったからこそ。で、その隙を突かれて殺された……死ぬほど面倒な手順を踏んだもんだけど、確かにドラゴンイーターを殺すんだからそれくらいしなきゃダメか。俺たちが怨公殺した時もそれはそれは大変だったしねえ」
片目だけで遠くを見るようにしてから、ヴァンは気を取り直したのか咳払いをして、
「ドラゴンイーターであるニャンをどうして殺すことができたのか。じゃあそれはその説明で納得するとするよ。実際、殺される瞬間、イースターが殺しに来るとばっかり思っていたニャンは予想外の人間がナイフを突き刺してきたことに唖然として反撃できなかったのかもしれないしね。じゃあ、問題はその後だ。その後、イースターが何を考えて、どうしていたのか、それを教えて欲しいんだけど」
「もちろん。今更逆らうわけがない」
肩をすくめて、イースターが話の続きを語る。




