いかにしてヴァンはイースターに目を付けたのか
コミックヴァルキリーWeb版Vol.87より、異世界の名探偵コミカライズ開始いたしました!!
宜しくお願い致します。
とうとうやりやがった。いつかやってもおかしくない人だったけど。
「ヴァンさん」
震える声でとりあえず名を呼ぶ。止めないと。
止めたら、とにかく、取材しなければ。記者としての務めだ。
「あっ、おい、ココア、手伝ってよ」
例になく焦った顔をしたヴァンは、僕を見てそう言ってくる。頭おかしいのか。
「いや、何を言ってるんですか、手伝うわけないでしょ」
「ん? ……あっ、違う違うぞ、うおっ、くそ、ちょっと」
イースターとヴァンが揉み合う。
慌てて僕も実力行使で止めようとして至近距離に近づいて、
あれ?
と、ようやく思い違いをしていることに気付く。
逆だ。イースターが自らの心臓にナイフを深く突き立てようとして、それをヴァンがナイフを掴んで止めているのだ。
慌ててヴァン側に加勢して、何とかナイフはイースターから引き抜かれる。と同時に、止血のためだろう、ヴァンは睨んでイースターの血液を魔術で凍らせる。
「……はあ」
と、そこまで来たところでイースターは諦めたように脱力する。ナイフがあっけなくヴァンの手に奪い取られる。
「まったく、こうならないように、気を遣ってやったんだよ、これでも。それをまあ、人の親切を無視してさ、まったく」
奪い取ったナイフを慎重にイースターの手に届かない場所に置きながら、ヴァンは口を尖らせる。
「申し訳ありません。やはり、タリィの私物の調査というのは、ダミーでしたか」
少しかすれた声で、イースターは言う。
「今さらいくら徹底的に調査しても、ニャンとのつながりを示すものが残っているとは考えにくいからね。もちろん、ダメ元でやってみたっていうのはあるけど、メインは、イースターと二人きりになりたかったからだよ」
そう言ってヴァンは僕に目をやって、
「ココア、他の面々は、来てないよね?」
「え? ええっと」
念のためにエリアの外に出て、廊下に顔だけ出して確認する。
「はい、皆さん、研究室にいます」
「よしよし」
長いため息とともに、ヴァンは壁にもたれる。
「そんなにリラックスしていいんですか? 自分が、またそこのナイフを奪い取るかもしれませんよ?」
イースターの言葉にヴァンは舌打ちして、
「自殺したいならナイフ必要ないでしょ。本気で是が非でもって思うなら、舌を噛み切るなり魔術で喉元切り裂くなり、いくらでも方法があるし、そこまで来たら止めようがない」
けど、と続ける。
「とりあえず、話に付き合ってくれてるってことは、すぐに死ぬ気は失せたってことでいいよね」
それに、イースターは答えない。黙って、青白い顔で座り込んだまま、ヴァンを見上げている。
「あの、ヴァンさん、これは、一体どういうことですか?」
ようやく、僕の口からは本来はもっと早く質問しなければいけなかったものが出てくる。あまりの事態に、そこまで頭が回らなかったのでようやく今更だ。
「うん? まあ、そうねえ」
疲れた顔でイースターを見下ろした後、ヴァンは首をぐるりと回し、
「まあ、じゃあ、どうして俺がイースターが『そう』だと判断したか、説明しようか。イースターも興味あるでしょ。で、俺が話している間はとりあえず死なない」
無言でイースターは少し身じろぎをする。あるいは、肩をすくめようとしたのかもしれない。
「あー……どこから……そうね。まず、これはずっと喋っていることだけど、今回の事件について考える際、大前提がある。それは、ニャンのことを信用しなければいけないってことだよ」
どこから話すか迷っていた様子のヴァンは、まずはいきなり、そんな意味不明な言葉から始まる。
「ニャンを信用、ですか?」
僕は質問する。本当に疑問なのもあるが、おそらくこうやって相槌を打つのが僕の役割だろうと薄々分かっているからでもある。
「うん。ニャンはドラゴンイーターという超越種だ。だから、俺たちの知るよしもない技術、能力、知識を持っている可能性は十分にある。だけど、それを使われたら俺にはどうしようもない。一応は名探偵って肩書がある俺にも推理は不可能だ。だから、そんなことをしたら挑戦として成立しない。少なくとも、その程度のフェアプレイ精神は持っているとニャンを信用しなきゃいけない」
これは、これまでに何度もヴァンが話していた内容だ。
「同じ理由で、共犯者の存在も多分ない、と俺は踏んだ」
「タリィが共犯だと見抜いたのはヴァンさんでは? それに、ビンチョルだってそうだ」
イースターがゆっくりと口を開く。
「ああ、確かに。ただ、その二人は多分、共犯者として存在しているんじゃあない。タリィの方は、どうしても現在の研究塔内部の情報が欲しいから、そして、ニャンの信奉者だったあの男の自尊心を満たすために、一応共犯者って立場にしてあるだけでしょ、悲しいことだけど。少なくとも、どんな事件を起こすのかの本当のところとか、トリックとかは教えられていないはずだよ」
一番ニャンにとって興ざめなのはそれだからね、とヴァンは唇を曲げる。
「共犯者が口を割って事件解決――これが最悪なはずだ。だから、肝心な情報は決して誰にも明かしていないし、事件を手伝わせてもいないはずだよ。特に、タリィなんてはっきり言ってニャンの共犯者は誰かってなったら真っ先に疑われる立場だし、拷問でもして口を割らせようって展開もありうる。閉鎖空間だしね」
「タリィさんはそれでいいとして、ビンチョルさんはどうなんです?」
僕の疑問に、ヴァンは少し迷った素振りをしてから顔をしかめて、
「あんまり愉快な想像じゃないけど、ビンチョルの役割の一つ目は証人だ。つまり、確かに一緒に監禁されていたはずだって目撃して証言するはずの人物。あと、例の胃の中の部品みたいに、ヒントを出す役割もあったと思う。で、二つ目の役割だけど……多分、いざという時の被害者役だったんじゃない?」
「へ?」
被害者役?
「あくまでも想像だけど、まず予言で脱出しないはずのニャンが脱出して姿を消す――これが第一段階。だけど、それで話が終わったらいくらなんでも地味すぎる。だから……第二段階として殺人事件、起こすつもりだったんじゃないかなあ、と思うんだよね。ただ、そうなるとニャンにとって困るのは、潜水館が迎えに来るまで、全員が一か所に集まってずっとニャンを警戒しつづけている状況だ」
「ああ、確かに……そうなると、非常に困りますよね」
ニャンという外敵に大して僕たちが一致団結するというのはありうる話だ。
「うん。そうなるとニャンとしては殺人事件を起こす術がない。ああ、もしも全員で予言機まで移動したら、その時は例の爆弾で全員がショック状態かつ煙幕でうやむやの時に殺すことができるかなあ。あの爆弾、そもそもはそういう役割もあって設置してあったのかもね」
実際、そのやり方で二人殺されたわけだし。
「まあとにかく、誰も殺せない場合がありうるんだけど、ただその時に、唯一殺せる奴がいる」
「それが、ビンチョルだと?」
半信半疑を隠さずイースターが問う。
「いや、俺も本当に嫌な気分になるんだけど、多分そうじゃない? だってさ、ニャンと一緒に登場したビンチョルは、俺たちが一致団結する時もその輪には入れないでしょ、当然。ちょっと離れた場所で監禁とかになるだろうから、そこを、ほら、こっそり通気口から出てきて、ずばっと……」
本当にそういう計画だとしたら、ニャンというのは完全にどこか壊れている。いや、壊れているのは元々分かっていたけれど、それとは別の気持ち悪い方向に、ずれている。
「なるほど、つまり、二人は事件に参加する立場ではなく、あくまでもニャンの計画を実現する上での装置みたいな扱いだったということ、ですか」
ゆっくり、何度か頷いた後、イースターはヴァンに向けて、
「それで? そこまでは、一応納得しました」
「ん? ああ、そうそう。で、この事件の犯人の動機はいまいち俺には分からないんだけど、ただ、普通に考えてタリィとビンチョルを殺すのは口封じっぽいでしょ。だけど、さっき言った理由で、あの二人が大した情報を知っているとは思えない――まあ、尋問すればタリィの方は多少は出てくるかもしれないけどね。けど、はっきり言ってあんな危ない橋を渡ってまで二人を一気に殺さなきゃいけないほどのこともない。ということは、あー……あのタリィとビンチョルの殺害は動機も含めて、かなり特殊な事情で起こったんじゃないか、と考えた」
加えて、とヴァンは指で二、をつくる。
「あの状況――爆発して煙幕で見通しが悪い状況で、縛られているとはいえ一人ではなく二人を刺し殺す。これは中々至難の業だ。いくら事前に場所を確認していたとしてもね。爆発によるショックは覚悟していたとしてもあるだろうし。ああ、そもそも詠唱無しで魔術で導火線に火をつけるのもなかなかの高等技術だ。いくらそれ用に火が付きやすい導火線だったとしてもね。そして、あの二人は全身を縛られているから、身動きできない。移動する時は、イースターが運ぶことが多い。特にタリィについては、イースターが専用の運搬人みたいになっていた」
「そうか、そこまで気を回してませんでしたね」
諦めたようにイースターは笑う。
「つまりタリィの居場所は自分が決める形になる。自分がタリィをどこに置くのか。もちろん、置き方によっては二人を同時に殺すことが不可能であることもありうる」
「そういうこと。けど、まさか、偶然二人とも殺せそうだからあのタイミングで爆破させたとも考えにくい。考えられるのは、イースターがあの殺人に噛んでいるパターンだ。特に、自分のすぐ傍に置いたタリィを殺すのなら可能でしょ。そうして、ビンチョルの方は別の一人が刺す」
「え、ちょ、ちょっと待ってください。あの時、犯人は二人いたってことですか?」
絶叫に近い僕の疑問に、
「うん。恐ろしいことに、無邪気にエーカーがその真相に迫ってたんだよね。ほら、調理用のナイフを使えばいいんじゃないかって話」
そう言ってヴァンはさっきタリィから奪ったナイフをつまみ上げる。
「それがこれ。つまり、こっちを使ってイースターがタリィを刺す。もう一人が例のナイフを使ってビンチョルを刺す。それなら、あの一瞬で二人を殺すことの難易度は一気に下がる」
いや、おかしい。
「ちょっと待ってください。じゃあ、今回の事件の犯人は複数ってことですか?」
ニャン殺害に共犯がいる説は、ヴァンが疑問視していなかったか?
「よく分からない」
と、あっさりとヴァンは白旗を上げる。
「普通の考え方をしたら共犯はありえそうにないけど、さっき言ったように、タリィ・ビンチョル殺害についてはかなり特殊な事情がありそうだった。そうなると、そもそもこの事件も俺が頭の中だけで推理できるようなものじゃなくて、知るよしもない事情がある可能性はある。だから、イースターにどこかで話を聞こうと思ったんだよ……こっそりね」
どうしてこっそりと、と言おうとしてイースターの傷を見る。そうか、それで。
「拷問で共犯者を割るとか、私刑が始まるのも嫌だったし、それにイースターって堅物っぽいから、喋るくらいなら死を選びそうじゃん」
事実、そうなりかけた。
「まあ、俺がイースターと二人きりになるように企んで、鎌をかけたのは今言った通りの理由だよ。正直、怪しいんじゃないか、と少し疑っていただけなんだよ? そこまで過剰に反応しなくても、誤魔化してくれればこの次は同じ方法でエーカーとか、次の奴に鎌をかけてみるつもりだったのに」
「焦って死のうとした時点で、自分の負けですか」
ふっと自嘲の笑みの後、イースターは表情を消す。
「……いいでしょう。もはや、焦って死ぬこともない。それに――おそらく、よくよく考えれば、自分がここでヴァンさんに打ち明けるのも、計画のうちかもしれない」
そんな、奇妙なことを言ってから。
「お話しましょう。自分の知る限りのことを」
そしてイースターは僕からすると、とても信じられない長い御伽噺のようなものを始める。
コミックヴァルキリーWeb版Vol.87より、異世界の名探偵コミカライズ開始いたしました!!
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