予言機全く役に立たない説
まずは、ということで全員が一番気になっていることを。スイッチを押してから、僕が代表して質問する。
「予言せよ。潜水館はここに来るのか?」
今日中に、迎えが来るのかどうかだ。
『――来ない』
いきなり絶望的な返事が来るが、
「それ、意味あるの?」
ヴァンが呆れた声で言う。
「え?」
「いや、だって……この研究塔の外は範囲外でしょ」
そりゃそっか。
「でも、だったらどうして潜水館が来ないって予言が出たんですかね?」
「多分、単純に今日中には来ないんじゃないかって予想している人間の方が多いんじゃないか?」
タリィが信じられない解説をしてくる。
「えっ、そんな単純な?」
「何度も言うが、そもそも範囲外の予言は不可能だ。それを無理に予言しようとしたら、範囲内の情報から無理矢理にそれを予言するしかない」
縛られたままのタリィは、説明をしている態度が尊大だ。専門家としての誇りがあるのかもしれない。
「ええっと、じゃあ――」
僕は次の質問を考える。
「予言せよ。これ以上人は死ぬか?」
『――死なない』
その予言に安堵の息がところどころから漏れるが、
「飽和予言しておいた方がいいな」
そうエーカーがアドバイスしてくる。確かに。
というわけで何度もスイッチを押して予言を繰り返し聞くが、答えは変わらない。が。
「うーん、これも、信用しちゃいけないんじゃない?」
ヴァンはそう言って安心しそうになる皆をかき回す。
「どうしてよ?」
口をとがらせるメアリに、
「予言機で『誰も死なない』って予言が出て、それで皆が安心して解散するのを見届けたら殺す、って計画してたら予言外せるじゃん」
「うーん、言われてみれば、そうかもしれないが……そんなことを普通、思いつくかな?」
ディーコンが首を振り、
「現に、私は今言われて初めて思い当たりましたよ」
「この事件の犯人なら思いついていてもおかしくないし、そもそもさっきココアがその方法の解説しちゃったし」
ヴァンに言われて、僕は思わず首をすくめる。そうだ。僕のやったことは、予言のかいくぐり方を全員に解説したのと同じだ。ひょっとして、まずかったのか?
「あっ、じゃあ、この後解散してから、誰かが改めて予言聞いたら?」
メアリが思いつく。それなら、確かに僕の方法での予言回避は使えないはずだ。
「その誰かが犯人じゃない限りね。その誰かの報告を信用できるかどうかって問題がある」
ヴァンが言い添える。
「なによ、文句ばっかり……あっ、じゃあ、ディーコンとルイルイみたいに、二人組をつくってやったら?」
「別にいいよ」
ヴァンは肩をすくめて、
「で、誰がそれやる? 立候補する? ちなみにだけど、俺が犯人だったらその後で予言聞く組を真っ先に次の犠牲者にする。更に、殺されなかったら殺されなかったでその二人組の中に犯人がいるんじゃないかって疑われることになるけど」
一瞬、しんとするが。
「私がやりましょう」
イースターが立候補する。
「私がここの縛られているタリィとビンチョルを引き連れて、一時間後にでも改めて予言を聞きます。こいつらはこういう状態ですから、少なくとも犯人ではないはず」
「あー、なるほど、それなら、まあ……」
「ちょっと待ってくれ!」
納得しかけているヴァンに、ビンチョルが突如として必死の形相で食らいつく。
「おい、ヴァンさん、これで、イースターが犯人だったらどうなるんだ!」
「え? どうって?」
「俺とタリィを殺して、好きに予言を捏造できるだろうが!」
「落ち着け。お前とタリィを殺したら、その時点で俺が犯人だとバレるだろうが」
呆れ顔のイースターがたしなめるが、
「信用できるか! いいか、そもそも重要なことをお前たちは忘れているぞ!」
縛られたままで、ビンチョルはバタバタと暴れて、
「この事件の犯人はイカレてるってことだ! ニャンを殺して、それをこんな状況でも名乗り出ないんだぞ! まともな奴じゃあない。何をするのか分からないイカれ野郎が犯人なんだ!」
「無茶苦茶なことを言ってるけど、気持ちは分かるな」
疲れた顔でディーコンが苦笑しつつ、
「結局、縛られて抵抗できない状態のタリィとビンチョル、この二人と誰か一人の組み合わせだと、タリィとビンチョルにはその一人が犯人で殺そうとした場合に身を守るすべが全くない。それが怖いってことでしょう」
「犯罪者が贅沢な」
ルイルイは毒づいてから、
「そいつらの意見は無視でいいでしょ。それより、私も予言を聞かせてもらっていい?」
彼女はスイッチを押すと、
「予言せよ。この殺人事件は解決されるか?」
『――されない』
全員の視線がヴァンに向く。
「いや、ちょっと待ってよ。俺を責めるような目はおかしくない?」
しかめっ面のヴァンがそう文句を言ったところで、
「……うん?」
何かに気付いたように、不意に周囲を見回す。
「どうしました?」
「……魔術を行使した気配があった」
「あっ」
ルイルイが指をさす。
その先には、予言機のあの滑らかな円柱上の金属の一部が白熱している。
「逃げ――いや、屈め」
ヴァンの指示と同時にほとんど全員が姿勢を低くして、それと同時に閃光と衝撃。耳鳴り。
咳き込むと、その自分の咳の音で意識を引き戻される。
「ううっ」
煙い。煙の中でよろよろと立ち上がる。まだ耳鳴り。どれだけ意識を失っていた? ここまで煙だらけだとすると、おそらくは一瞬のはずだ。
「くそっ、竜弾か。嫌な思い出あるもの使いやがって」
ヴァンの声。無事なようだ。ホッとする。
「魔術で煙を吹き飛ばす。全員大人しくしていろ」
その声と共に、一陣の風が吹く。煙が一気に晴れていく。
「ああ、全員無事か?」
エーカーが頭を振りながら確認してくる。
「うわっ」
メアリの声。彼女が見えているのは、中央部分が吹き飛んでいる予言機だ。
「こりゃ酷い。まあ、怪我人が出ていないみたいで何より――」
予言機から他に目線をやりながら言うディーコンの言葉が途中で止まる。
全員、唖然としてそれを見る。
縛られたままのタリィ、そしてビンチョル。
その両名共に、全身をめった刺しにされて絶命している。凶器らしきものは、そのまま傍に転がっている。血塗れのナイフ。例の、床に刺さっていたあのナイフ。
「……さっき、もう人は死なないって予言されたばっかりじゃなかったか?」
しばらくしてから、疲れ切った声でヴァンが言う。
「だから最初から言うように、この予言機は役立たずなんだよ」
破壊された予言機を眺めながら、同じように疲れ切った声でエーカーが応じる。
「この二人が殺されたら、犯人は私、みたいな話をついさっきしたばっかりですよね」
イースターのセリフに、反応するものは誰もいない。とにかく疲れた、ただそれだけだ。
「ねえ、ニャンもビンチョルもタリィも、全員犯罪者。殺した奴はもう名乗り出てくれない? 何もしないし、こっちはただゆっくり休みたいだけなの」
おそらくは本心からであろうルイルイの言葉に反応して名乗り出る犯人は、残念ながらどこにもいない。
研究室に全員で避難してから、一時間。
「つまり、あの予言機から出ていた無数のコードのうちの一つ――それが、偽装された導火線だったと?」
現場検証の結果分かったことを、ヴァンがまとめる。
「ええ。ヴァンさんが気付いたあの時、誰かがその導火線に魔術で火をつけた。そしてその導火線は予言機の内部に仕込まれていた竜弾に繋がっていて、大爆発をした。そういうことかと」
そこまで話してから、イースターは眉をひそめて、
「ただそうなると、問題はそれにタリィが気付いてなかったとは考えられないということです」
ああ、もちろん。とヴァンは頷いて、
「そりゃあ分かっているよ。どうせ、それを仕掛けたのはタリィだろうからね」
全員がヴァンを凝視する。
「どうしたの、そんな顔して、皆」
たじろいでからヴァンは、
「大体、薄々勘づいていたはずでしょ。この事件には――、いや、ニャンの計画には内部に共犯者がいた。で、それはタリィだよ」
だからタリィの徹底的な身体検査を提案したんだけど、とヴァンは続ける。
「い、いや、しかし、タリィはずっと縛られて――」
エジソンの反論に、
「それはニャンがやってきて以降の話でしょ。俺が言っているのは、その前だよ」
肩をすくめたヴァンは、
「そもそもさ、ニャンが俺に挑戦するためにこんな事件を起こしたってことは、このタイミングで俺が研究塔に来るって知らないと無理でしょ。あと、計画を練ろうにも今の研究塔の内部がどうなっているかとか、メンバーが誰でどう動くかをある程度知らないと計画なんて練れるわけないじゃん」
当然と言えば当然の指摘に、全員がしん、となる。
「例のタリィの手紙――何でもない日常のことに思わせて、実は最終的にこの研究塔の内部の情報がニャンに届くようにしてたんじゃない? ああ、もちろん厳重に検閲してたんだろうけど、予言機の情報じゃないからね、タリィが伝えたかったのは。予言機についてはニャンは知ってるわけだから。それ以外の、本来はどうでもいい情報を婉曲表現で伝えている分には、見逃しちゃってたんじゃない?」
「そ、そこまで分かっていながら、どうしてこれまで――」
「やだよ。犯人刺激するかもしれないし、タリィもニャンの狂信者っぽいから暴走するかもしれない。絶対口割らないだろうしさ。何よりも私刑始まりそうだし」
その結果殺されたけど、とヴァンは自嘲する。
「ともかく、ニャンの共犯者だったのはタリィで間違いないはずだよ。例の通気口の件もある」
「え?」
通気口の件? あれが、何か?
「ともかく、あいつはニャンからの指示書か何かを持っている可能性はゼロじゃない。普通は見つからない場所にね。だから、徹底的にあいつの持ち物とかを捜索した方がいい。ほとんどは見た後で燃やしたりして処分しているだろうけど、残っているものがあるかもしれない」
「すぐやりましょう」
イースターが頷く。
「それにしても」
ヴァンは苦い顔をして、
「まさか、こうなるとはね……。多分、あいつらは事件が解決しないって予言されたから、殺されたんだろうね」
どういう意味ですか、と訊いても、ヴァンは苦い顔のまま首を振ってそれ以上教えてはくれなかった。
その後、分かってきたことをまとめる。
まず、凶器のナイフは証拠品として研究室に保管されていたのを持ち出されたらしい。誰がどのタイミングで持ち出したかなどは不明。正直なところ、誰もナイフを気にしていなかった。僕も含めて。なにせ、それどころではない謎だらけだったのだから。今思えば、迂闊に過ぎる。とはいうものの、では気にしていてあの二本のナイフの持ち出しを禁止していたとしても、やはり事件はなされただろう。なにせ、あの爆発で全員が金縛りのような状況で、なおかつ被害者は二名とも縛られている状態だ。殺そうと思えば何でも殺せたのだ。
タリィの方は胸を一突き。一方、ビンチョルの方は何度も刺されている。理由は簡単で、ビンチョルの懐にあった懐中時計が突き刺されて壊れていた。エーカーが取り出して、文句をつけていたあの懐中時計だ。多分、一撃目のナイフはその時計で防がれた。そのために、犯人は何度も突き刺して殺すはめになったのだろう。
あの爆発で意識を失っていたのは数秒だろう、というのがあの後の検証で出た共通の意見だ。
ただ、それにプラスして煙、それから意識を取り戻したとしても突然のことにショック状態だったことを考えると、全員それなりの間、身動きできなかったと思われる。竜弾による爆発があると事前に分かっていてそれに備えた犯人なら、その間に二人を殺すことは十分可能だろうとのことだ。とは言うものの、なかなか危険な橋であることには変わりはない。
そこまでしてどうしてあのタイミングで二人を殺したかったのか。僕には全く分からない。
ともかく、分かっていることはひとつだけ。大して役に立たなかったあの予言機は、とうとう完全にお釈迦になったということだ。




