なにも起きないはずの夜2
万が一にもニャンとビンチョルに届かないように、ということで、見張りをエーカーに交代した後、研究室で改めてイースターにも結果を伝える。それから、タリィを縛って転がしておこう、という提案も。
「タリィについては大賛成だ」
一も二もなくイースターは同意し、諦めて首をすくめるタリィはローブで巻かれる。そうして、全員でお茶を飲みながら作戦会議をする。
「とはいえ、少なくとも今日中は何も起きないんだろう? 閉じ込めてた倉庫を見張る以外にあんまりこれ以上はしようがないでしょう」
ディーコンが真っ当な発言をする。
「それもそうだけど、かといって何もせずにただ待つっていうのもねえ」
ぶうぶうとメアリが文句を言う。横でエジソンが必死で宥めている。
「ちょっとエーカーに」
と、ルイルイが自分のお茶も飲まずに、多目的室で見張りをしているエーカーへとお茶を持っていく。
そこで、エーカーもルイルイもいなくなったところで、
「あのー……」
僕はずっと気になっていたことを切り出す。
「あの二人って、どうしてこの研究塔にいるんですか?」
僕以外の全員が顔を見合わせた後、
「ああ、気にしてたのか。別に、二人がいるところで訊いてもらってもよかったのに。別に説明しにくい話なんかではないですよ」
ディーコンが言って、周囲も頷く。
「そうですなあ。ただ、我々が勝手に喋るよりも、本人から話してもらった方がよいでしょうが……」
ただ頷いたはいいものの、エジソンが躊躇って、
「まあ、ルイルイはすぐに戻ってくるだろうけど、エーカーは見張りだから、先にエーカーだけでも教えてあげようか」
メアリがそう言ってくれる。
「エーカーと元々知り合いなんでしょ、ココアとヴァンって? だから知ってると思うけど、ずっと各地を放浪しながら絵を描いてたのよね、あいつ」
まあ、そうだろうな。
「それで、そこをスカウトされたんでしょ、本人が言うには。それなりに知名度があって各国巡っても疑われないから、絵を描くついでに情報収集をって」
「えっ」
つまり、スパイってことか?
「噂では聞いたことあるでしょ、シャーク国には『インコグニート』って諜報機関があるって話」
ヴァンが続ける。
「あ、はい」
都市伝説レベルで聞いたことがある、確かに。
「実際には今はそこに所属してるのは一人だけなんだけどさ。俺のまあ、友人なんだけど、そいつが、エーカーを雇ったんだって。変な縁だけどね」
「つまり、ええっと、エーカーさんはシャーク国の諜報機関の、その、下請けみたいな感じだったってことですか?」
「そうそう。それで、今回の研究塔に派遣されて、最終的に貧乏くじひかされてずっと警備係をしてるって感じらしいよ」
めちゃくちゃ気の毒だな。
そうこうしているうちにルイルイが戻ってくる。
「ああ、ルイルイさん、ちょっといいですか?」
「……どうしたの?」
僕が呼ぶと、自分の分のお茶の準備だけしておいて、ルイルイが寄ってくる。
「いや、ルイルイさんがどうしてこの研究塔にいるのか、それを聞いてなかったと思って」
ああ、とルイルイはこともなげに、
「女優やめたから」
「えっ」
そんなニュース、聞いたことがない。
「まだ、劇団の方は何とか休止ってことにしたいらしいし、どうにか情報を外に漏らさないように頑張っているみたいだけれど、私はもう半年は舞台に立っていないわ」
「それはまた、どうして……」
「あんなことがあって、友達も去っていったから。劇団にいる意味が少し減ったというのが、ひとつ」
友達、というのが誰を指しているのかは何となく分かる。あの事件の犯人、セイバーだろう。
「それから、あんなことがあったから、脚本家から新作が届かなくなった」
脚本家、と言うときにちらりとルイルイは壁の向こう側を透視するかのように目をやる。壁のはるか向こうにいるはずの、ニャンを見ているのだろう。
「それで、もう一度私に脚本を書かないかという話が回ってきた。冗談じゃあない。代用品として脚本を書くなんて」
少しだけ、顔を歪める。ルイルイのそんな感情の露出は珍しい。すぐにいつもの無表情に戻り、
「だから、文句を言ってやろうと脚本家を追っていた。そうしたら、この場所に辿り着いて、口封じも兼ねてなし崩し的にここの職員にされた」
「追っていたらここに辿り着いたって……よく辿り着けましたね」
「個人的に、彼女と――セイバーと私は親交があった。逆に手掛かりはそれしかなかった。徹底的に彼女の足取りを追っただけ。そのどこかに、脚本家への繋がりがあるかもしれないと思って」
それが、見事的中したわけか。
「さて、と」
時計を見てヴァンが立ち上がる。
「じゃあ、見張りの交代時間まで寝ておく……時間になったら誰か起こしてくれない?」
「あっ、じゃあ、僕、寝られそうにないんで時間になったら起こしますよ」
興奮してまだまだ寝られそうにない。ただでさえまだ夕方なのだ。この特ダネをメモしているだけで時間は経っていくだろう。
「ヴァン、『ジエリコ』いる?」
と、メアリが訳の分からないことを言う。
「いや、いいや、大丈夫。結構眠い」
やりとりの意味を質問しようかと思ったところに、
「あの、いいですか?」
そのまま寝室エリアに向かおうとしているヴァンの背中に、ディーコンが声をかける。
「やはり、小心者なのか、不安なのですが……」
場の空気が淀む。それは、ディーコンがわけの分からないことを言ったからではない。逆だ。彼の発言の意味がよく分かる、いや、この部屋にいるほぼ全員が不安に思いながらも恐ろしくて口には出せなかったことを、今から発言されるのだと分かったから全員緊張しているのだ。
「……この研究塔に関わって、いえ、予言機に関わってそれなりに経った。だから、基本的にルールの中では予言が外れることはないことは理解しているけれど、相手はドラゴンイーターだ。それに、そもそもこの研究塔にいたんでしょう? 予言機を誤魔化す方法や、例えば予言機に隠されたスイッチがあったりして予言を外す方法があって、それを奴が知っている可能性がある、ということは?」
「おい、ちょっと待ってくれ」
簀巻きにされて隅に転がされているタリィが口を出す。
「この俺が断言してやる。隠しスイッチのようなものはない。これでも、ずっとあの作品を研究、メンテナンスしてきたんだ」
「だとしても、例えば物理的なものではなく、隠された機能や抜け道のようなものがあの予言機に用意されていないとは言い切れない。違います?」
ディーコンの追及にタリィは黙る。
「それに、例え予言機が正しいとしても、それは今日の間だけです。0時をまわった瞬間に、あの少女がドアを破壊して脱出して我々を皆殺しにする、という可能性はある」
「一応、日時が切り替わる瞬間には見張りを増やすシフトにはしていますが、だからといって十分かと言えば、確かに難しいところですね」
タリィの横で見張りながら立ったままお茶を飲み、イースターが同意する。渋々ではあるが。探偵士である以上、無力さは認めたくないのだろう。
「そうねえ」
振り返ったヴァンは、既に眠そうな目をして、
「まず、さっきも言ったけどニャンが本気になったらあの時点で皆殺しにされていた、と思う。それをしなかったのは、ニャンの目的がそれではなかったから」
「名探偵との対決、だっけ?」
薄く笑うメアリ。明らかに馬鹿にしている。まあ、気持ちは分かるけど。
「そうそう。で、俺たちが全く推理も予想もしようのない方法で、例えば『実はこの研究塔の壁や扉を簡単に壊すことができました』とか、『実は予言機はドラゴンイーターについては予言が外れる』とか、そういうので監禁状態から脱出して事件を起こしたとして……ねえ?」
「まあ、そう、ですな」
エジソンが重々しく同意する。
「それで名探偵に勝利、って思えるような精神構造してる奴だったらお手上げ。もう、どうしようもないよ。ニャンが超アホだってことを恨むしかない」
「ヴァン、彼女は天才だ。そんな面白くとも何ともない結論のわけがない。俺が認める大天才なんだ。思いもよらない方法で、お前に勝利するに決まっている」
ぐるぐる巻きのままでタリィが吠える。
「うるさいな」
お茶を飲み終えたらしいイースターが呟くとタリィを担ぐ。
「むっ、おい、ちょっと待て、降ろせ」
文句を言うタリィを無視して、イースターは研究室から出ていく。多分、寝室エリアに運ぶつもりだろう。一緒にヴァンも出ていく。
これからヴァンは寝室エリアから寝袋を引っ張り出して多目的室に向かう予定だ。そこで今から寝ておくらしい。イースターは寝室エリアでタリィを監視しつつ寝る。まだ夕方だから二人とも寝るのもつらいだろうが。で、そうやって、0時は起きたヴァンとエーカーの二人で多目的室で見張りをしつつ、他の面々は予言機で予言を確認する。そこで予言に問題がないようだったら、エーカーとイースターが入れ替わる。
こんなタイムスケジュールを組んだ。ディーコンが言及していた、日付が変わった瞬間に何かが起きる可能性を考えてそのタイミングを二人体制にしつつ、エーカーとイースターが交互に見張りを行えるようにした。
これだとずっとヴァンが多目的室にいることになって負荷が大きいが、ヴァン自身がこれを提案した。「万が一の時、多少だけでもドラゴンイーター相手に時間稼ぎの一つでもできるのは俺くらいだろうから」と言われては、こっちとしても返す言葉がない。
メモにこれまでのできごとを書いて整理していく。
ふと、ひっかかる。何か、とてつもなく、大きなひっかかり。どうしてだか分からない。何か、予言機についてとてつもなく引っかかる。
ヴァンは否定していたが、予言機の予言を外す方法。それも、ごくごく簡単な方法。それが、存在している気がする。そして、僕はそれを知っているような感覚。今のうちに、それを皆に伝えてなければいけないような。
だが、出てこない。このままでは、手遅れになってしまうかもしれない。
「ちょっと、何渋い顔してんのよ」
ほら、とメアリがお茶のお替りを入れてくれる。
どうも、とお茶を一口飲んでから、決める。少々恐ろしいし迷惑かもしれないが、やはり確かめたい。
僕も立ち上がると、多目的室に向かう。




