宣戦布告2
「お茶でも飲んでお互いにリラックスして話をしよう……と言いたいところだけれど、あたしもビンチョルも招かれざる客だからお茶がない」
軽い調子をくずさないニャンは、適当な椅子を近くに寄せて座る。
横のビンチョルはこちらを警戒したまま立っている。仮面は収めている。
「そっちは自由にお茶を飲んでいてよ。こっちで勝手に説明するから」
そんな勝手を言って椅子にゆったりともたれるニャン。
「とは言うものの、説明っていうほどのことはないけどね。さっき言ったように、あたしは決着をつけたい。そこの、ヴァンとね。それだけ」
「殺し合う? 勝てる気しないけど」
ヴァンは面倒くさげに吐き捨てる。
「そんな退屈なことはしないって。犯罪芸術家対名探偵なんだから、あたしの起こした事件をヴァンが解決できるかどうか、に決まってるじゃない」
「犯罪予告だと? 許すとでも思っているのか?」
とうとう生真面目なイースターは限界を超えたのか、吠えて立ち上がる。
即座にビンチョルが剣呑な目つきで前にでる。
だが、それよりも先にイースターは突如重力が増したかのようにつんのめり、立ち上がってすぐに椅子に沈む。
ニャンの黄金の眼が輝いているようにも見える。
「落ち着いてよ。この招かれざる客二人が犯罪を起こすかもしれない。そう思って、手を打ちたいのはもっともだ。だから、それは認める。あたしとビンチョルをどこかに閉じ込めておけばいい。それくらいなら抵抗しないよ」
事前に聞いていなかったのか、ビンチョルはぎょっとした顔をしてニャンを振り返る。
「あたしはドラゴンイーターだし、ビンチョルも、まあ、修復された潜水館の迎えが来るまでは死なないでしょ、監禁されても」
「何を考えている? 信用できない」
他の面々が事態の急変とニャンの発言の不可解さに黙ってしまっている中、イースターだけが、おそらくは無理矢理にニャンの力で座らされている状況にも関わらず噛みついている。
「信用できないって、どういう意味?」
「そうそう、信用できない」
異様なくらいに平静、いやむしろいつもよりもダウナーな雰囲気のヴァンがイースターに味方する。
「そんなことをしても、お前は監禁された部屋のドアや壁をぶっ壊して出てくるんじゃない? ドラゴンイーターなんだし」
「この塔はあの怨公が湖底の水圧に堪え切れるようにと特別頑丈に設計した――つまり聖遺物だ。いくらあたしでも破壊できない」
「どうやって信じろって?」
「逆に訊くけど、監禁された後に壁や扉を破壊して飛び出て皆殺し、なんて手であたしが勝ったと思える精神構造してたら、今この場で全員殺して終わらせるわよ」
「ともかく、お前たちを監禁していいなら、監禁させてもらおう」
よろめきながらも、またイースターが気丈にも立ち上がる。
「ああ、それはいいけれど、ちょっと犯行予告をさせてよ」
へらへら笑いながら、ニャンはその雰囲気にそぐわない、恐ろしい言葉を吐く。
「これからわたしたちは監禁されるわけだけど、それにも関わらず、この塔では惨劇が起きる」
「……許せると思うか、そんなことを」
イースターの目が尖る。
「ああっと、監禁までにしといてよね。危害を加えようとするなら、こっちも『ささやかな抵抗』をするから」
意図的にだろう、ニャンは急に感情のない冷たい声を出す。
それは僕をぞっとさせる。本当に、心理的にも物理的にも大した問題なく、彼女はささやかな抵抗、とやらで僕たちを皆殺しにできると、そう確認してしまったからだ。ただその声だけで。
「まあ、さっきも言ったようにあたしはヴァンとの対決がメインだから。力づくで惨劇を起こすつもりはない。謎も何もないからね、それだと。あたしたちを監禁した後、みんなで知恵を絞って協力して、惨劇が起きないようにしてみればいいじゃない」
また、ころっと声の調子を明るいものに変えてニャンは続ける。
「ただ、それでも、惨劇は起こる。ヴァンにはその謎を推理してもらいたいの」
「断れないんでしょ、どうせ」
舌打ちをするヴァン。凄い嫌そうだ。そりゃそうか。
「そう。それから、そっち側には惨劇を防ぐ、そして惨劇を推理するための非常に強力な武器がある。これもうまく使ってね」
そう言うニャンの目線は、巨大な円柱――予言機に向いている。そうか。予言機を使えば、その惨劇とやらを知ることができる。
「それじゃあ、ヴァン、いい対決にしようよ。ゲームスタートだ」
そのニャンの宣言と共に、奇妙なゲームがスタートする。




