表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/345

推理(2)

「さて、この殺人事件は乱暴に言えば二つに分解することができます」


「二つ?」


 頭の中で事件を分解しようとしているのか、眉を寄せながらライカが首を捻り、


「あの、ひょっとして、爆発のこと?」


 おずおずとキリオが確認してくる。


「そうだ。姫が殺されたのと爆発事件、これは二つに分けて考えることができる。さて、どう考えてもこの二つのうち厄介なのは姫の殺害の方です。密室に犯人の不在、首無しといくらでも謎があるわけですからね。というわけで、まずは爆発事件の方から推理をしていきます」


 そう、俺も最初に見当がついたのは爆発事件の方だった。そして、そこから事件全体についていくつか分かったこともあった。


「あの爆発は竜弾と呼ばれる爆薬によるものだとジンさんとゲラルトさんの見解が一致しています。少量で大爆発を起こして大量の煙を発生させる爆薬ですね。俺も話を聞いてから座学で習ったことを思い出しました。さて、ここから、事件全体について言えることがあります」


 何か反応があるか、と全員の顔を見回すが、誰もが俺の次の言葉を黙って待っている。

 ならば、と俺は一際声を大きくする。


「爆薬がこの式場に持ち込まれた。それもボディーチェックをすり抜けてです。決してうっかりや偶然で起こることではない。この事件は、計画的なものなのです」


 どうだ、とばかりに言い放つが、誰もがぽかんとした顔をしている。


「そりゃ、当たり前じゃろう。こんな事件を無計画にするわけがなかろう」


 ようやく、マーリンが反応を返すが、俺の推理に対する絶賛ではない。


「馬鹿じゃねえの」


 緊張から解き放たれたためか、一気に声が大きくなったボブががなる。


 なるほど、ここで事件が計画的だという前提に立つことがどういう意味を持つか、皆あまりピンときていないのか。ミステリを齧っていたら、結構ここが重要だと思うんだが。


「いえ、ここでこの事件が計画的なものであるというのは、後々大きな意味を持ってきます。では、話を先に進めます。次の問題は、内か外かです。すなわち、爆発はどちらから起こったのか。式場の内側か、外側か」


「外だ」


 断定するのはジンだ。

 その言葉には自信というよりも、事実をただ報告しているだけだという淡々とした響きがある。


「俺は、護衛中は当然ながら気を配っていた。爆発の寸前、あの踊り場の南側の壁の付近に何もなかったのは確認しているし、そもそも爆薬を設置したり投げつける動きがあれば察知できる」


「もちろん、あたしもよ」


 不満げにライカが割って入る。


「あたし達は護衛として考えられない大失態を犯したのは確かだけど、そこまで無能じゃないわ」


「いや、仮に察知できなかったにしても、だ」


 鈍く光るジンの目が俺を捉える。


 気圧されそうになるのをこらえて、真正面から受け止める。微笑みながら。


「お前がさっき自分で言っていたじゃないか、これは計画的だと。偶然見つからなかったからいいようなものの、爆弾を投げる姿を俺やライカに見つかったらその時点でアウトだ。そんな計画を立てるか?」


「その通りです」


 俺は頷くが、ジンに全面的に同意したわけじゃあない。


「しかし、ジンさん。同じくこの事件が計画的なものであるという理由で、爆発が外からのものだということが否定されるのです」


「何?」


「いいですか、我々の中に犯人がいるという前提で推理をしていることを思い出してください。あの爆発の煙幕が晴れた時、俺達は全員そこにいました。二階の階段付近に。ということは外から爆発させたとするなら、色々と細かい疑問点は抜きにしてこのように考えられます。犯人はどうにかして式場の外にいて、どうにかして持ち込んだ爆弾を二階に向かって投げつける。それから、急いで式場に入り二階に駆け上がり、部屋から出てきたように見せかける」


「……そうだな、そうなる」


 俺の話を頭の中で整理しているのか、目を宙にやりながらジンは何度か頷く。


「姫と護衛がちょうど二階の階段付近にいるかどうか、どうやって犯人に分かるんですか?」


「ん?」


 あまりにも予想外の方向からの指摘だったのか、ジンの表情が無防備なものになる。


「い、いや……そうだ、そんなもの、俺達が式場に入るのを確認すれば大丈夫だろう。式場に入ってから二階に上がるまでの時間くらい、予測がつく」


 動揺しながらも、考えながら喋るようにしてジンが反論してくる。


「いいですか、何らかの理由で数十秒あなた方が玄関ホールに待機しただけで、その計画は丸つぶれになるんです。爆発を起こして犯人が式場に飛び込んだところで、あなた方と鉢合わせになるわけですからね。二階で爆発が起きた瞬間に何故か外から飛び込んでくる人間を前にして、あなたは無関係だと思うわけですか? いや、待機までいかなくとも、爆発の時にあなた方が階段の途中にいるだけでほとんどアウトだ。爆発後に自分の部屋から出てきたように見せかけるには、あなた方を階段で追い抜かなきゃいけない。どうです、こんなギャンブルめいた計画を立てますか?」


「音だ」


 まだジンは諦めない。もがくように次の案を出す。


「俺達が式場に入った瞬間、犯人は玄関ホールの扉に耳をつけて、中の俺達の足音を聞いて二階に上がるタイミングを知ったんだ」


「そんなにうまく行きますか? 下には絨毯が敷かれている。足音がはっきりと分かりますか?」


「それしか考えられない。内側から爆発が起こるはずがないんだ」


 もはやジンの声は叫びに近くなっている。


「かなり無理がありますし、万が一それで中の様子が窺えるとしても、やはり駄目です」


 俺は首を振る。


「爆発が起きた瞬間、ジンさんかライカさんが二階の階段を後退しないと誰が言えます? ましてやその後に煙幕を避けて下に降りて行ったら? 玄関ホールまで煙がくる前に鉢合わせしたら? 結局、外から爆発を起こして煙幕に紛れて二階に行くという計画自体、爆発後に人がどう動くか分からないがゆえに酷く不安定な計画なんです」


「だが、内側からの訳がない、俺が見逃さない!」


 ジンが吠える。

 プライドゆえなのか、絶対に認められないようだ。


「ところで、そもそもの爆薬の持ち込み方法についてですが、ヤシャさん、一週間前からの警備とチェックの中、爆薬を持ち込むのは不可能と言っていましたね」


「え、ええ」


 突然話を振られたのに驚いてか、ヤシャの鉄面皮が崩れかける。


「それは確かでございます」


「そして、それ以前に何らかの方法で持ち込んでいても、一週間前に式場とその付近を総ざらいでチェックした時にばれてしまう、そうですね」


「その通りでございます」


「ゲラルトさんの推理の時の口ぶりからして、そのチェックには教会側も協力していたわけですよね、大司教?」


「ん? あっ、ああ」


 呼びかけられて、ミンツはびくりと震える。


「だけど、その時に壁を引き剥がしたり地面を掘り返したりまではしなかった」


「あ、ああ、その通りだ。仕方ないだろう、そこまでするはずがない。だから、ゲラルトは地面に暗殺者が爆薬ごと埋まっていたと推理したのだ。そうだろう、ゲラルト?」


 助けを求めるようにミンツ大司教はゲラルトに目をやり、


「ええ、そうです。本格的な警備が開始される前に、チェックされることがないような場所に置いておくしか、犯人や爆薬を持ち込む方法はないと考えました」


 ゲラルトはとん、と座ったままステッキで軽く床を突く。


「俺もそれに賛成です。爆薬は、そのようにして持ち込まれた」


「つまり、やっぱり地面に埋まってたわけね」


 ライカが身を乗り出すのを、


「そっちではありません、もう一つの方です」


 俺の言葉が謎なのか、誰も反応せず一瞬大広間がしんとなる。


「そうか」


 だが、すぐにゲラルトが目を見開く。


「壁か」


 そう、地面を掘り返しはしないし、壁を全て引き剥がしたりはしなかった。そこまでするはずがない。


「はい、犯人は一週間以前にこの式場に忍び込み、一部の壁紙を少しだけ剥がしてから、壁を削ったのです。別に大きく削る必要はない。ほんの僅かなスペースを作れるだけ壁を削ればいい。そして、そこに竜弾を入れて、上から何かを被せる。薄い木の板くらいが適当ですかね。いや、完璧を期するなら岩を削って作った板がいいかもしれません。ともかく、そうやって被せてから壁紙を元に戻せば、それでよしです」


「犯人は、壁に埋め込まれていた竜弾を取り出して、それを投げつけたってことかい? だから内側から爆発したと? けど、そんな壁が削られた跡なんて、見つかっていないよ」


 どこか陰気な声でウラエヌスが言う。俺がヴィクティー姫が死んだという前提で話を進めていることが、こんな影響を与えてしまったのかもしれない。


 だが、それくらいで、遺族を傷つけたくらいで探偵は怯めない。それで退くくらいなら、最初から推理なんてするべきじゃない。


「そんな面倒なことはしませんし、その竜弾が隠されていた跡が見つからないのも当然です。爆発で吹き飛んでいますから」


「そうかっ」


 言ったきり、ジンが絶句する。


「あの階段前のスペース付近の南側の壁に、最初から爆薬が埋まっていたのね」


 悔しそうにライカが歯軋りする。


「はい。上から新しく壁紙を貼り直したり、壁といってもかなり床近くに埋めたりして、壁紙を一部剥がして貼り直した跡をできる限り目立たないようにしたのかもしれません。全てが吹き飛んだ今となっては神のみぞ知る、ですがね。ともかく、ここまでくれば爆発が起こった経緯も想像がつくでしょう」


「わしと同じくじゃな」


「そう、先生が聖堂の扉をこじ開けた時と一緒です。魔術です。どこに爆薬が埋まっているのかさえ知っていれば、後は魔術で爆発させられる。ある程度の腕があって準備さえしていれば、詠唱も予備動作も必要なく、睨むだけで可能でしょう」


 俺なら、睨むだけで大木すら燃やし尽くす自信がある。


「ジンさんが察知できないのも無理はありません」


「待てよ、当日の表彰式の詳しいスケジュールは直前まで決まってなかったんだろ? お前、計画的だって言って話進めてるけど、どうやって爆薬埋める計画立てるんだよ?」


 そこで隙を見つけたとばかりに、猛然とボブが口を尖らせて反論してくる。

 しかも、中々いい反論だ。だがもちろん、それに対する説明も準備してある。


「確かに、細かい計画は直前まで決まらなかったはずだ。表彰式の内容自体が直前まで決まってなかったらしいから、どうやっても無理だ。それは正しい。だが、いくら細かい情報を仕入れられなくても、できる範囲で計画を立てることはできる。例えばこの爆薬で言えば、この式場で表彰式が行われる以上、どんな流れになろうとこの爆薬が無駄になるとは考えられない」


「は? どういうこ、あ……」


 更に反論しようとした途中で、俺が言いたいことに気づいたのかボブが言葉を止める。


「そうだ、この式場の構造を知っていれば、二階がホテルのようになっている構造を知っていれば、ヴィクティー姫を含めた全ての人間が何度もこの二階の階段前スペースを通ることは確実なんだ。なら、そこに仕掛けておいて間違いはない。当日の流れによって多少の計画変更があっても、そこの竜弾が使えなくなることはないはずなんだ」


「あ、あれ、でも、ちょっと待ってよ」


 戸惑いを露わにして、キリオが声を出す。


「魔術を使って爆薬を爆発させたってことは」


 そこで何かに気づいたようにキリオが言い淀む。


 そう、キリオの考えは正しい。

 魔術の基本だ。魔術は近中距離用。あまりに離れていては魔術が発動しない。

 つまり、この場合。


「魔術を使用して爆発させたとなると、その意味で一番疑わしいのは爆発の瞬間、その壁から一番近くにいた人物、つまり」


「ジンと、ライカ?」


 呆然とアルルが呟いてから、自分で否定するようにぶんぶんと首を振る。


「足りない。もう一人いるな」


 レオが俺の目を黄金の瞳で見つめて、アルルの答えを補足する。


「ああ、そうだ」


 三人いたのだから、当然だ。


「最後の一人、つまりヴィクティー姫です」


「馬鹿なっ、ヴィクティーが!」


 叫び立ち上がりかけるウラエヌス王を、


「落ち着け」


 アイス王妃は静かな一声で止めて、


「そこにヴィクティーを含めるのは、どういう意図だ?」


 冷たい目と声で俺を問う。


 もう、その目や声に凍えることはない。

 今では、彼女のその氷の顔の後ろに荒れ狂っている後悔や自己嫌悪、混乱が容易に想像できる。


「ここで、爆発事件以外にも視野を広げてみましょう。ゲラルトさんの推理では、犯人は外部犯でした。何故なら爆発が起こってからその場にいる姫を攫い、聖堂で殺し、そして煙が晴れる前に、それも誰にも知られずに二階階段前まで戻るというのはいくらなんでもありえない、現実的でないと考えたからです。結果としては、外部犯説でも色々と無理が出たわけですが」


 くく、と俺の話がそこまでいったところでゲラルトが含み笑う。

 自分の推理について批評されているのを、一歩引いたところから面白がっているのか。


「さて、先に言いましたがこの推理は我々の中の犯人による計画殺人という前提で行っています。つまり、爆発が起こってからヴィクティー姫を殺したのでは時間的に無理が出る。そして、爆発を起こしたと疑われる人間の中にヴィクティー姫がいる。何の先入観もなく、その二つの要素だけを考えてみてください。最もありえそうな選択肢は、一番自然な選択肢は何ですか?」


「入れ替わりだわ」


 熱に浮かされたようにライカが言う。


「その時には既に姫は殺されていて、あたし達と一緒にいたのは偽者。そしてその偽者が、魔術で爆発を起こした」


「そう、つまりそれこそがまず検討すべき仮説です、ああ、反論があるのは分かっているから、ちょっと待ってくれ」


 立ち上がり何か言おうとするボブを、俺は手で押しとどめる、


 いけるか?

 自問自答する。心臓はばくばく音を立てるし喉は砂漠みたいにからからだ。でも、まだ表面上は落ち着いている。

 ここから、先に推理を進ませれば、ついに犯人の名前を挙げることになる。

 いけるか、俺に?

 もう一度だけ自問自答する。答えは返ってこない。

 ああ、それでいい。どちらにしろ、いけるかではなく、いくしかない。探偵である以上、事件を終わらせようとする以上。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ