推理3
ええとつまり、と僕は口に出してこれまでの話を整理する。僕以外の探偵士やアオイ、ケイブもいまいち飲み込めていないようなのでちょうどいいだろう。
「つまり、元々イワンのことを警戒していたハヅキは夜、聖域に鍵がかかっているのを発見した。まあ、聖域に何か用があったのかもしれませんけど――それで」
「あれ、鍵をかけたっけ? かけていなかった気がするけど。くらいの心理状態になったわけだ。で、少し恐ろしくなってまず確かめるために部屋に鍵を取りに戻った。その時の姿をギンジョーに目撃されている。そして、護身用に剣を持ってきてから、ドアを開けて聖域に入ると……って、そういう流れだよ」
ぬう、と思わず腕組みをして考える。確かに、絵は浮かぶ。
「そこで、イワンを見つけて恐怖と驚愕のあまり殺してしまった、と?」
「何だよ、結局ハヅキって小娘が人殺しってことには違いないじゃねえか」
勢いづくケイブだが、
「――元々、イワンには致命傷とは別に死後につけられた傷があった」
ヴァンのその発言にぴたりと口を止められる。
そう言えば、そんな話があった。忘れていた。
「元々、不思議ではあったんだ。死後の傷――もちろん、殺した時に勢い余って死んでいるのに攻撃したくらいじゃあ、それが死後の傷だと分かるわけがない。死後、それなりに時間が経過してからつけられた傷のはずだ。殺した後、死体の前でそれなりに時間が経つまでゆっくりしつつ、死体を攻撃して、それからパニックになって逃げだして鍵をかける……あまり考えにくいよね」
「つまり、その、死後の傷をつけたのが」
ようやく僕にもヴァンの言いたいことが分かる。
「そう。鍵を開けた先の聖域で、ずっと警戒していた相手であるイワンの姿を見たハヅキは、パニックになって持っていた剣を振り回す。それはイワンに命中する。その後、逃げ出したハヅキはドアに鍵をかけて――ああ、ひょっとしたらハヅキからすると恐ろしい相手であるイワンを閉じ込める、みたいな意味合いだったのかもしれないね――ともかく、そうやってその場から逃げ出す。ところが、逃げ出しながら、だんだん冷静になってくると、こう思う。ひょっとして自分は、イワンを殺してしまったんじゃあないだろうか。そうなるとギンジョーやソラに助けを呼ぶのも恐ろしい。記憶の中では確かに剣が当たったイワンはまるで動いていないし声も出していなかった。殺した。そう思い込む。そうして、ハヅキは剣を持ったまま逃げるように部屋に戻って――剣を埋めたり、翌日どう振舞うかの作戦を練るのに夜を費やす……こんな感じかな」
「なるほどっすね」
アオイは顔を真剣なものにして、
「つまり、殺したとばかり思っていたそのイワンが、もしも既に死んでいたとしたら、犯人は別にいるっすね」
「そう。そして明らかに情緒不安定でずっと黙秘しているハヅキは、自分でもイワンを殺したと未だに思い込んでいるってわけ」
「おいおい、ちょっと待てよ。全部てめえの想像じゃねえか」
噛みつくケイブ。
「もちろん。ただ、ハヅキ犯人説はどうしても――胃の中の鍵、死後の傷、そして物置に仕舞ってあった剣、こいつらとうまく噛み合わない。それくらいは納得してくれるよね? 俺はただ、そのうまく噛み合わないものを何とか噛み合わせるようなストーリーを語っただけだよ。とにかく、ハヅキ犯人説は不自然だ。この不自然さをちゃんと説明できるようになるまでは、俺の与太話を聞いてくれてもバチは当たらないでしょ。ともかく、細部は間違っていたとしても、ハヅキが深夜に聖域に鍵がかかっているのを発見したこと、そのために剣と鍵を準備して中を確認したこと、そしてそこにはイワンの――死体があったこと、このあたりは中々妥当だと思うんだけどね」
「長々と喋ってるけどよ、結局その場所には鍵がかかっていた。それには変わりねえだろうが。ハヅキって小娘が犯人じゃあないってんなら、他の二人、ギンジョーと、ソラだったか? あいつらのどっちかが犯人だってことだろうが。俺は関係ねえ。鍵を持ってないからなあ」
「だから俺はそれを疑ってるんだけど、まあ、それはどっちでもいいや。俺はね、密室がどうやってできたかよりも、どうしてできたかの方を重要視しているんだ。さっきも言ったけどね。二番目の密室ができた経緯は予想できた。元々あった密室をハヅキが開けて、パニックになってまた閉めた。じゃあ、一番目の密室は? その元々あった密室は、誰が何のためにつくった?」
「……ええっと、最初の密室もハヅキがつくったと考えるのは変だから、あと鍵を持っている人間で考えると、ソラと、ギンジョー、ですか?」
何となく、はずれな気がするので恐る恐る言ってみると、案の定、
「違う。さっきから言っているけど、鍵を誰が持っているのか、じゃあないんだよ。ひょっとしたら複製してある鍵があるのかもしれないし、ソラやハヅキ、ギンジョーの鍵を盗み取って犯人が使ったのかもしれない。俺が重視しているのは、何のために、ってところだよ」
そう言われても、まったくピンとこない。密室がつくられた、理由? ヴァン自身が言ったように、自殺に見せかけることが不可能な状態で密室にして、何か利益があるだろうか。分からない。とっかかりがなければ。
「あっ」
とっかかり、で思い出す。
「胃の中の鍵」
そのまま考えず口に出す。そう、ポイントは、イワンの胃の中から発見された鍵だと、そう言っていた。
それを聞いてヴァンは嬉し気に頷いてくる。どうやら方向性は正解らしい。
「そうそう。そこから考えていくと、話としては分かり易い。っていうか、そうか、はは、二重密室なんだね、これ、ある意味で」
今気づいた、とヴァンは軽く笑う。
「つまり、聖域があって、そこが密室になっていて、その中に更に密室がある。鍵のかかった箱、いや、囲いか。その中にはナイフもどきがあって、鍵は死体の胃の中。そう、いったん、密室の理由は置いておいて、こっちから考えた方が近道かもしれない。あの鍵は何なのか」
猟奇目的で犯人が、意味もなくイワンに鍵をのませた?
いや、それはヴァンが否定していた――駄目だ、ヴァンが否定したから、という理由は。もう少し冷静に考えてみよう。意味もなくそれをした、というのは否定しきれない。だが、それがありえそうかどうか、だ。ナイフもどきにも意味もなく、鍵を飲み込ませたことにも意味はない。まあ、ありえそうにはない。状況が不可解な密室であるからなおさらだ。密室と、胃の中の鍵がまるで無関係ということがありうるだろうか。
「……でも、その胃の中の鍵、ええと、それから、ナイフもどき、あれを使って、どうにかして聖域を密室にしたってことですか?」
「いやいや、方向性がずれてるよ。そうじゃない。あー、俺が重視しているのは意味とか意図だよ。胃の中に鍵があった意味だ。言い方を変えようか。鍵を胃の中にいれなきゃいけないのは、どんな時か」
そんな時、あるわけない。
そう否定したくなるが、横からアオイが、
「隠す時、っすか」
と、予想外の言葉を使う。
「いや、鍵はさすがにないっすけど、証拠物件の資料とかを、追い詰められた犯人が丸めて食っちゃうとか、何回かあったんすよね」
「いいねー、そう、俺もそう思う。まあその場合は証拠隠滅だから今回のケースとは違うけどね」
満足気なヴァンは固まっているケイブに、こちらがぞっとするような冷たい目を向けて、
「要するに、追い詰められた人間が、何かを隠したい時、あるいは一時的に奪われないようにする時に、胃の中って場所を使う。ま、完全な悪あがきだね――さて、だとすると、今回隠そうとしたものは何か。もちろん、例の囲いの鍵だ。どうして? 理由は簡単で、とにかくその囲いを開けてほしくなかったからだ」
「ちょっと待ってください。あの囲いの扉、アオイさんがぶっ壊したんですよ?」
「ぐえ、ちょ、ちょっと、今更それを掘り返さないでもいいじゃないっすか」
気まずそうな顔をするアオイ。
「あ、いえいえ、そういう意味じゃあなくて……だから、無理にやろうとしたら、鍵がなくても簡単に開くんですよ? 鍵を飲み込んだって……」
「だから悪あがきなんだよ。それだけ、追い詰められていたって証拠でもある」
「追い詰め――誰が、いや」
愚問だ。そう、何とかして隠そうとした時に、他人に飲み込ませる奴なんていない。つまり。
「鍵を飲み込んだのは……イワン?」
考えてみれば、一番最初に疑うべき人間だ。鍵を誰かに強制的に飲み込ませるよりも、自ら飲み込む方がよっぽどあり得る。
「そう。で、そうやってまで囲いを開けてほしくなかった。どうして? イワンにとって、隠したいものがあの囲いの中にあったからだ。あの中にあったものは二つ、土に埋まった杯――だけどこれはずっと前からそこにあったものだ。今更隠しても大した意味はない。だとしたら、残るは例のナイフもどきだ。あれを、隠したかった。一時しのぎでも何でも、だ。だからそのために鍵を閉めてその鍵を飲み込んだ」
「ん、んー……ん? ええと、そうなると、あのナイフもどきは、一体何なんですか? 刃の破損したナイフ――安物のマジックアイテムらしいですけど」
「一時的なものにしかならない、悪あがきでしかない。そう分かっていながらも鍵を飲み込んでまで隠したいものなんだよ? そんなもの、決まってるじゃない――凶器だよ」
意味が分からず、止まる。周囲の人間も全員、困惑して停止している。だが、視界の端で、唯一、ケイブだけが悪鬼の如き表情をしている。
「凶器って……自分に致命傷を与えた武器を――ああっ、つまり、イワンは犯人をかばっていたってことですか?」
そういうことか、と納得して大声を上げるが、
「そんなわけないじゃん。大体あいつ、そういう精神性してないだろうし」
ヴァンはあっさりと否定するだけでなく、かなり失礼な偏見を披露する。
「じゃあ、凶器って――何の凶器なんですか? 一体、あんな安物のマジックアイテムで何を?」
「……あれは魔術の補助を少しする程度のマジックアイテム、そうだよね?」
僕の質問に答えることなく、ヴァンはアオイに確認する。
「え、ええ。大したことのないマジックアイテムっす」
「うん。だけど、それを俺や、ソラ、オーキ、そして――イワン。一国の代表レベルの魔術の使い手が持ったら、意味合いが変わってくる。そう思わない? 魔術は人を直接攻撃するのには向かない。だけど、それが一流の使い手で、更にその魔術を補助するアイテムまであったら?」
それは、十分に人を、殺せるか。
「ただ、単純にそのナイフもどきを握ったら魔術が強くなって、それで魔術を使って殺した――なんてやり方だったらそれを凶器としてそこまで隠さなきゃいけなくなるかな、っていうのがあるんで、えー、多分、例えば氷の魔術でつららみたいに破損した刃の部分を補って、それで突き刺したとか、そういうもっと直接的な凶器としての使い方をしたんじゃないかな、と思ってる。確信はないけどね。血液が少しでも付着していないか調べてくれっていうのは、そういう意味だったんだよね」
「それで結局、何の凶器なんですか? だって、今の話からすると、イワン殺害の凶器のわけが、ないですよね?」
自分を殺した凶器を隠すために鍵を飲み込む。意味不明だし不可能だ。
「それはもちろん」
ヴァンの指が、怒り狂った表情の大男に向けられる。
「ケイブ殺人未遂――イワンは未遂じゃあないと思っていたんだろうけど――それの凶器だよ」