推理(1)
名探偵が大抵の場合に奇矯な振る舞いをしたり突飛なキャラクターをしているのは、何もエンターテイメント性の追求のためばかりではない。それは物語に説得力を持たせるために必要な措置であり、名探偵のキャラクターはリアリティをなくした方がリアリティを持つという逆説ゆえなのだ。
名探偵は、精神的超人であることを物語に求められる。
――ヨーゼフ・ティッス
『キャラクター小説としてのミステリ』より
アイスの号令のもと、関係者一同、そしてアイス腹心の信頼できる部下たち、つまりヴィクティー姫が死んだことを知らされている僅かばかりの騎士は、大広間の中心に集められる。
誰もが不安がり、同時にどこか事態の進展を期待しているのが、集まってくる動作の端々から感じられる。
だが、ひょっとしたら誰よりも不安なのは俺かもしれない。
願わくば、その不安さが外に出ないように。
「さて」
座った関係者一同の視線が集まる中、その前に立つ俺は、一度だけ唾を飲み込み、自信を漲らせて、いや漲っているように演出して、発表を始める。
「まず、初めに言っておきたいことがあります。例の論文を読んでもらった方は分かると思いますが、俺の捜査論、推理論は、全ては論理と蓋然性に基づいて行われるべきだというものです」
「おい、前置きはいいから、さっさと犯人を言え」
ボブは苛立たしげに体を小刻みに動かしている。目はきょろきょろと落ち着きなく彷徨う。
さすがに緊張しているのだ、この男も。
「そういうわけにはいかないよ、ボブ」
余裕を持った笑みを浮かべて、
「いきなり犯人の名前を指摘しても誰も信用しないし、根拠を説明するまでの間に混乱が起こる。一から順に、論理を積み重ねて説明していかなければいけない」
「君の言うとおりだな」
ステッキを抱いたゲラルトが援護してくれて、ボブは鼻白んだように黙る。
俺は続ける。
「論理は言葉通りですが、蓋然性に基づくとはどういうことか? この世に絶対はないが、それでも一般的な通念や純粋な可能性から『起こりそうなこと』は存在します。そして、より起こりそうなことから、順に検討して推理を行うということです。ゲラルトさんの推理に反論する時に似たようなことを言いましたが、要するに『ありえそうもない選択肢は、それよりもありえそうな選択肢が潰れるまで採用しない』ということですね」
さて、と俺はいったんここで言葉を切って、全員の顔をゆっくり見回す。
「では、これからその方法を使っての推理を発表していきます。先程説明したように、一から順を追ってです。なので、まずは一番最初、すなわちそもそも今回の事件を殺人事件として推理していいか否か、から検討していきましょう」
「殺人事件じゃないって言うの?」
首を傾げるアルルの考えはよく分かる。というより、この状況で殺人以外を疑うのが奇妙なことだろう。だがそれでも、推理は根底から論理立てて組み立てて行くものだ。
俺の憧れの、創作物の名探偵達がそうだったように。
「それを検討します。さて、まず聖堂に死体があるのは確かです。首の無い死体です。さて、死体がある以上、つまり人が死ぬような何かがあったということになります。ありえるのは、思いつく限り、殺人、自殺、事故、そして偽装」
「偽装?」
びくり、とウラエヌスが反応する。
「はい、偽装です。首無し死体がある以上、それも疑うべきでしょう。では、まず偽装から。偽装とはつまり、あの死体が実はヴィクティー姫のものではなく、別人のものだということです。何処からか背格好の似た死体を持ってきたというわけです。さて、この場合、昼食までヴィクティー姫がいたことはアイス王妃、ウラエヌス王、ミンツ大司教が確認しています。これを疑うことはしません。何故なら、この三人が共犯だとすれば、そもそも偽装のためにこのような事件を起こす必要がないからです。口裏を合わせてヴィクティー姫が死んだことにすればいい。少なくとも、誰も表立って文句は言わないはずです。第三者の俺達の目に見せるためにこんな事件を起こしたとは考えにくい。そもそも、俺達に自由にこの事件のことを口外することは許されないでしょうからね、意味がない」
「その通りだ。どちらにしろ君達には口止めをするつもりだ」
アイスが無表情に答えて、俺は先に続ける。
「さて、では昼食の時までヴィクティー姫がこの式場に存在していたのは確かです。とすると、身代わりの死体が現れて、代わりにヴィクティー姫が消えたのは、姫自身のご意思で消えた、つまりヴィクティー姫もこの事件の犯人の、少なくとも一人ではあったと言えます。そうなれば目的も分かります。何故、姫が自分の死を偽装して逃げようとしたか、まあ、説明する必要はないですね」
俺の視線を避けるように、ウラエヌスとミンツが目を床に落とす。アイスだけが真っ直ぐに俺の視線を受けて見つめ返す。
「そうなると、姫の協力者が何人か必要になります。少なくとも共犯でなくてはいけないのは、アルルさんです。医者として、そしてお世話係として、あの死体がヴィクティー姫のものだと断言したのはアルルさんですからね、彼女が違うと言ったらこの計画は丸つぶれです」
「え、あ、あたし?」
困惑するアルルに、全員の視線が向く。
「お世話係のアルルさんが姫の現状に同情して、死の偽装を手伝う。あってもおかしくはありません。ですが、残念ながらこの話は考えにくい」
一番最初に反応したのは、ウラエヌスだ。
ばっと俺に視線を戻し、
「ぎ、偽装じゃ、ないのか」
口元を震わせながら、確認してくる。
偽装なのだと、ヴィクティー姫は実はまだ生きているのだと、そう言って欲しいのかもしれない。
だが俺は、いささかも動揺することなく、その希望を打ち砕く。
「はい、偽装ではありません。第一に姫の逃走経路の問題です。今現在この周辺に姫がいないことは明白です。そして、秘密の抜け道のようなものがないことは、騎士の皆さんが証言しています。すると、警備隊のいる森を逃げるしかなく、そこで姫が捕まらない可能性は少ない、つまり計画として破綻しているわけです。そもそも姫を警備するために最大限の警戒をしている警備隊の方々にとっては、姫であろうと姫でなかろうと、警備網を潜ろうとする人間は捕縛の対象であるはずです。なので、姫が変装していたとしても難しい。姫が地中をもぐらのように進めたり、あるいは姿や気配を消す能力が一流の暗殺者並みだというのなら話は別ですが、あまりそれは考えられません。それとも、それを裏付けるような事実を知っている方はいらっしゃいますか?」
誰も答えない。
「第二に、死の偽装のためには、そもそもこの事件が不適当です。表彰式の時に事件を起こしたのは、まあいいでしょう。他にちょうどいいタイミングがなかったのかもしれない。爆発も、ヴィクティー姫の姿を消す際には必要かもしれない。けれど、死体が聖堂で見つかる必要はありましたか? 俺だったら、爆発の後に捜索すると式場の裏で首無し死体が見つかるとか、あるいは浅く地中に埋められているとか、そういうシナリオにします。そうすれば、今よりももっと無理なく、外部犯がやったのだという話になった。それでも大分不自然ですがね。それでも、今よりはマシです。聖堂の中に死体があったために、事件は不可能犯罪になっています。こんな妙な事件にする必要はない」
「そう、か」
疲れたような長い長いため息と共に、アイスが呟く。
そこに失望を見る。
「以上より、この事件が偽装だという考えはとりあえず却下です。では、次に自殺、それから事故もまとめて検討しましょう。これらの選択肢も却下できます。まず第一に、単純に考えにくいというのがあります。自然な自殺や事故で首無しの状況になるとは考えられず、何らかの作為があったと想定できます。ですが、殺人を自殺、事故に見せかけるならともかく、その逆です。誰かに罪をなすりつけるのならともかくとして、誰の犯行とも思えない不可思議な状況です。これでは、作為の存在が疑わしい」
第二に、と俺は続ける。
「自殺にしろ事故にしろ、そして首が斬られたのが死後にしろそうでないにしろ、首がいつどのように斬られたか、そして死体がなぜあんな状況だったのかは考えねばいけません。更に、そこには姫以外の人間が関わっていたと考えた方が自然です。そうなると、結局姫は殺されたと仮定して、殺した犯人とその方法を考えるのとほとんど同じプロセスで推理していくことになります。つまり、現時点ではわざわざ事故や自殺の場合を分けて推理するメリットはほとんどないわけです」
「ふん、大仰だな、つまり、何だ?」
唇をめくり犬歯を見せるようにしてレオが促す。
「つまり、こういうことです。『この事件は、まずはヴィクティー姫の殺人事件として推理して構わない』」
両手を広げ、敢えてゆっくりと、さも重大な事のように俺は解説する。
しばしの沈黙の後、
「当然のことじゃねえか」
ジンが呆れた顔をするが、
「小さな穴を潰していくことは必要じゃ。論理的に結論を出す場合にはのお」
髭を撫でながらマーリンは懐かしそうな声を出す。
魔術の研究をしている時のことを思い出しているのかもしれない。
「では、次に、ヴィクティー姫を殺したのは内部の人間か、それとも外部の人間か、これについて検討していきたいと思います」
俺のその言葉に、場に緊張がはしり、刹那のうちに関係者の視線がいくつも交差する。
そんな中、ぶれずに泰然と座っているのはアイスとレオで、
「内部だ。俺達の中に犯人がいる。少なくとも最初はそう考えるべきだ。違うか?」
レオにいたっては、何の逡巡もなくそんなことを言ってのける。
だが、それに驚いたり気圧されたりしてはいけない。それは、名探偵の姿ではない。俺は事件を終わらせるんだ。自分に言い聞かせて、不敵に笑う。
「そう、レオの言う通り。厳重な警戒網を突破して、なおかつ俺達に全く姿も気配も悟らせず、そして何の痕跡も残さない外部の侵入者。そんなものを想定するよりかは、俺達の中に犯人がいると想定するべきです。つまり」
そこで俺は息を吸う。
眩しいものでも見るように、ゲラルトが目を細める。口元が緩んでいるようにも見える。
俺の振る舞いを探偵として認めてくれているのだろうか。
「つまり、これから俺はヴィクティー姫殺人事件の犯人がこの中の誰なのかを推理していきます」
神託の如く、俺は堂々と皆の前で宣言する。




