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推理2

 限界まで高まった緊張は、備え付けの家具を震わせるのではないかと思うような爆発的な笑い声で崩れる。だが、笑い声の主、ケイブの目は一切笑っていない。怒り狂っている。記者としての観察眼などではない。僕でなくとも、子どもでも分かっているくらいに怒っている。


「いきなり何かと思ったら、面白えことを言うなあ、おい」


 まったく面白くなさそうにケイブが言う。というより、吠える。


「訳の分からない理屈で俺を犯人だと――証拠も何もあったもんじゃねえな」


 ケイブの体が膨らんでいく。筋肉に力が入っているのが見て取れる。


「大体、聞いた話だとそのイワンってのは、あの妙な宗教の関係者じゃないと入れない場所で殺されたんだろう? どうやって俺がそこに入るってんだ?」


「その言い方は間違っている――多分、敢えてだろうけど、今更そんな誘導にはかからないよ。一つ、あの場所、聖域と呼ばれる場所は鍵がかかっていなかったと証言されている。だから、入ることはできたはずだ。ただ、その後で鍵がかけられているから、そういう意味ではあの密室をつくることができる人間が限られていることは間違いない。二つ、殺人現場があの場所とは決まっていない。あくまでも、死体が発見されたのがあの場所だということだけ」


「同じようなもんだろ? この辺りは、人っ子ひとりいないクソ田舎ってわけじゃあない。むしろ、中心部だぜ、あくまでもここいらでは、って程度だけどよ。とにかく、外で殺してからえっちらおっちら死体を運び込むなんて考えにくい。どうせそこで殺されたに決まってる。密室の話だって、結局後から鍵をかけたなら、鍵をもっている奴が犯人ってことじゃねえか。俺はそんな鍵なんぞ持ってないぜ」


「……本当に? 俺は、実は持っているんじゃあないかと踏んでるんだけど」


 と、謎めいたことをヴァンは言ってから、


「まあ、実際には、鍵を持っているかいないかよりも、重要なのはどうして密室をつくったのか、って方だよ。あそこが密室であることによって犯人は会の関係者に限定されたかって言うと、そういうわけでもない。元々鍵がかかっていないならあそこに入って殺すことは誰でもできるからね」


「殺した後で、びびってつい鍵をかけただけじゃねえか? 冷静に考えれば鍵をかけた方がまずいだろうが、素人が殺した後でパニックになるのはよくある話だ。犯人は、あの、神経細そうな小娘らしいじゃないか、ハヅキって言ったか。あいつなら無理もない。違うか?」


 せせら笑うケイブに、ヴァンも薄っすらと笑って対峙する。


「そう、実際に俺はそう推理した。話はシンプルに考えるべきだからね」


 そうして、ヴァンは僕たちとの話し合いで出た話をもう一度ケイブや他の探偵士に向かって繰り返す。


 元々、ソラに付き纏うイワンを苦々しく思っていたハヅキは、ある日の夜、偶然に聖域まで忍び込んだイワンを見つけて激昂する。そうして儀式用の剣で刺し、殴り、斬りつける。途中で死んでいることにも気付かないくらいに興奮して。我に返ると怯えて聖域を飛び出し、よせばいいのにパニックになって鍵までかけてしまう。そういう筋書きだ。


「ほら、何の問題もねえじゃねえか」


 満足そうに言うケイブに、


「胃の中の鍵、それからナイフもどきのことがなければね」


 そう言ってヴァンは補足説明をする。


 一瞬、返す言葉を失ったのか黙るケイブだが、すぐに、


「確かに訳はわからねえが、不可能じゃない。だろ? そのハヅキって小娘が殺した後、ナイフもどきを置いてから無理やりにイワンの死体の口の中に鍵を突っ込んでいれば解決だ。何のためにか、なんて知らねえけどな。まあ、人間は理屈の通らないなことをするもんだ。人殺しなんて極限状態ならなおさらな」


「経験からの言葉?」


 ヴァンが混ぜ返すがケイブは黙って肩をすくめる。


「基本的にあんたの言葉には同意するよ。パニックになった状態なら特に、理不尽なふるまいをしてもおかしくない。たださすがに殺した相手の胃に鍵を突っ込むレベルの理不尽なふるまいはどうかとは思うけど。それから、剣のこともある。あの剣は、物置に仕舞われていたものだった」


 そこから、ハヅキが凶器を準備していたのではないか、という話をもう一度ヴァンは説明する。


「ほら、間違いないじゃねえか。あの小娘が犯人だ。最初から殺すつもりでイワンを殺したんだ。ああ、計画殺人なら殺した後パニックになるはずがない、なんて言うなよ。最初に殺した時はいくら計画していてもパニックになるもんだぜ。事前の準備や覚悟でどうにかなるもんじゃねえ」


 やけに説得力がある発言だが、多分実際の経験からくるものだろう。


「そこじゃあないよ、問題は」


 だがヴァンは揺るがない。


「つまりさ、わざわざ剣を準備したっていうことは、ハヅキはイワンが聖域にいたことを知っていたことになる。知っていて、イワンを殺すために剣を持ってから、聖域に行ってイワンを殺す。計画的な殺人。そうなるといくつも疑問が出てくる。まず、どうやってイワンがいると知ったのか。偶然聖域を覗いた時にイワンを見つけて、慌てて物置まで剣を取りに行った? どうも妙だ。それに、そもそもどうして計画してまで殺したのか。ソラに付き纏うイワンが憎かったから? だとしたら、どうしてソラにとって重要な場所である聖域を殺害現場に選んだのか。ハヅキがイワンを殺すとしたら、やっぱり突発的に殺したと考えた方が筋が通るんだよ。なのに、ハヅキは剣をわざわざ準備していることになっている。どうも筋が悪い」


 つまり、どういうことなのか。


「一番筋が通っているのはこういう話だよ。つまり、ハヅキは剣を用意してから聖域に入った。そこで、イワンを見つけてパニックになったハヅキは持っていた剣でイワンを攻撃して、慌てて逃げ出した。その時につい、鍵をかけてしまった。これならいいでしょ」


「いやいやいや」


 黙っていようかと思っていたが、我慢できずに突っ込む。


「ちょっと待ってくださいよ、剣を準備しておいて、イワンを見つけてパニックって……訳が分からないじゃないですか」


 イワンがいることを知らないのだとしたら、どうして剣を準備していたのか。


「そう? だけど、剣が凶器としてではなく護身用だったとしたらどう?」


 護身用?


「そもそもしつこくイワンがソラに付き纏っていたことで、ギンジョーやハヅキは警戒していたはずだ。ハヅキも掃除とかしながら、軽く見回りくらいしていたかもね。そんな中、何か妙なことをハヅキが発見したとする。ギンジョーに知らせて大騒ぎするほどのことでもない、けれど警戒のために武器になりそうなものを手にするくらいのことを」


「発見って、何を、ですか? 怪しい人影とか?」


「怪しい人影発見したらさすがにギンジョー呼ぶでしょ。そこまでではないけど、おや、とは思うものだよ、多分。推理というより予想だけどね、ヒントはある。ほら、わざわざ部屋に鍵を取りに行った。いや、取りに戻った。つまり――」


 ヴァンは何を引っ張るゼスチャーをして、


「かけてなかったはずの聖域のドアに、鍵がかかっていたんだよ」

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