探偵による大詰め 2
イワンの死体発見現場――聖域に向かった僕たちは、幽鬼のように立ち尽くし、ぶつぶつと何かを呟き続けているハヅキを見つける。他の調査中の探偵も全員、見て見ぬふりをしているようだ。
「あっ、アオイさん」
探偵士の一人がこそこそと近寄ってきて、
「ハヅキ、どうにかなりませんかね。ずっとあの調子で、俺たちが杯に近づいただけで真っ赤に充血した目を見開いて、金切り声で絶叫して……」
「マジっすか」
うげえ、と表情を歪ませるアオイの横をすり抜けるようにして、ヴァンは例のご神体が入った箱へと近づいていく。
「やめろ」
途端、低くしわがれた声と共にハヅキがヴァンに近づく。彼女のものとは思えないひび割れた声。
「それに触るな」
ヴァンは足を止めてハヅキを向く。そのヴァンにハヅキが掴みかかる。思わず僕やアオイ、他の探偵士が止めに入ろうとするのをヴァンは手を挙げて制する。
「それは、ソラのものだ。それがある限り、ソラは死なない」
ぶつぶつとした呟きだが、不思議と内容はしっかりと耳に届く。
「少し調べるのも駄目?」
「触れるな。それは神聖なもの。ソラそのもの。穢すな」
「……これが、ねえ」
構わず土に埋まった杯に手を伸ばそうとしたヴァンの手首が細いハヅキの指に掴まれる。みしみしとこちらまで音が聞こえてくるくらいに握られている。
「……触るな」
「ああ、そうそう、教えてくれ」
痛みに顔をしかめることなく、平然とヴァンは言う。
「イワンを殴ったのはお前か?」
途端、ぐるん、とハヅキが白目を剥き、そのまま倒れる。地面に激突する前に、慌ててヴァンはその体を支えて、ゆっくりと地面に降ろす。
ぽかんとしている僕たちに、
「誰か、寝室まで運んであげてくれる?」
そう言ってから、堂々と杯に触れる。と、
「あ」
ぼろり、とあっけなく土が崩れ、その中から杯が零れ落ちる。
「うわうわうわあ」
慌てた声とひきつった顔でそれをキャッチしたヴァンは、大きく息を吐く。
「……あー、びっくりした」
「ヴァンさん、さっきのハヅキさんに言ったセリフって――」
「ああ、こっちが正解だったみたいだね」
そう言ってヴァンは杯を置き、埋まっていた剥き出しになった土の面を撫でる。
「……なるほど」
「いや、こっちが正解じゃなくて、どういうことっすか? ハヅキが殴ったって、それはハヅキが犯人って――」
「いやいや。俺は殴ったのはどっちかだと思ってた。まあ、ハヅキの方が濃厚だと思ってたけど」
言いながらヴァンは剥き出しになった土をぽんぽんと拳で叩き、
「間違いない。最近、掘り返されてるな。まったく、もうちょっとちゃんと埋めて欲しいな。俺のせいで杯が壊れることになったらどうするんだ」
「掘り返されて、る?」
「ああ、しかし時間がなかったからだろうけど、雑な仕事だ。これだったら多分――」
少し考えてから、ヴァンは、
「アオイ、ディガーを呼んでもらえるか?」
「え、ディガーって、穴掘り屋っすよね。まあ、別によく使ってるとこがあるんでいいっすけど」
「ああ、それでまあ、大体は終わりかなあ……あっ、そうそう、あと、この『歪杯の会』の沿革も調べておいてもらえる?」
「えっ、さっきギンジョ―に聞いてましたよね、ヴァンさん」
どうしてまた同じものを、と質問すると、
「客観的なものが知りたいんだよ。ええっと、後は――ホージョウが犯罪組織とずぶずぶになったのはいつからなのか。オーキの経歴を金回り中心で。それからケイブって奴がどうして『死にぞこない』って呼ばれるようになったのか、その理由。ビンチョルって幹部の実際の組織内での評判とか噂も知りたいな。あとこっちの話だけど、ショウトウが出頭してそのせいで俺が話を聞きに行くことになったんだけどさ、そのショウトウの件とこっちの事件についてのできるだけ正確な時系列の整理が知りたいんだ。『ガレージ』だっけ。あそこもちょっと見に行きたいな。ああ、ココアは休んでおいていいよ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっす」
多すぎたらしく、慌てて途中からアオイはメモを取り出す。
「まあ、それの結果が俺の想像通りなら、って限りでだけど――」
そう言って、ヴァンは疲れた顔に笑みを浮かべる。
「どうやら、事件はさっさと終わりそうだ。ソラのおかげで」
その日のうちに、ハヅキは緊急逮捕された。倒れたハヅキをベッドに運んだ探偵士が、彼女のベッドの下に隠されていたスコップを発見したのだ。報告を受けたアオイは周辺の怪しい場所を徹底的に掘り返し――そして紙にくるまれた長剣を発見した。後に会の儀式に使われていたものだと信者の一人から証言がとれたその長剣の柄と刃には血痕が付着していた。
ハヅキはその剣について、黙秘を貫いている。
軽く目を閉じて休んでいると、ノックの音と共にヴァンとアオイが部屋に入ってくる。二人とも、両手に何やらパンやコーヒーのボトルなど、飲食料品を一杯に持ってきている。
「さて、ここで作戦会議だ。体力もいるだろうから、色々と持ってきたよ」
「いやあ、それにしてもたくさん買ったっすよ、こんなに食べられるんすか、三人で」
「大丈夫だよ、こう見えてココア大食いだから」
勝手なことを言って、と文句をつける前に二人はどかどかと部屋に入ってきて勝手に椅子を使う。もう椅子がないので僕はベッドに座る形になる。テーブルに食料が広げられる。
よく見ればヴァンは何か大きな板のようなものを抱えている。飲食品と一緒に抱えてきていたらしい。
「よし、じゃあ、これでよし。作戦会議と行こうか」
さっそくパンにかぶりつきながらヴァンが言う。
「作戦会議って……今回の事件の、ですよね?」
一応僕が確認すると、
「当然でしょ。さあ、じゃあココア、メモの準備をしてくれ。まずはこれまでの話をざっと整理する」
言われて慌ててメモを取り出す。
「今回の事件は、イワンの殺人とソラの殺人の二件だ。二件が同一犯だという証拠はないけど、とりあえず無関係とは思えないからね。で、まずはイワンの事件から話を整理するよ」
ヴァンはわきに抱えていた板をホテルの壁に立てかける。それは持ち運びができるサイズの黒板だ。どうやらわざわざ調達してきたらしい。
「イワンは聖域の奥深くで死んでいた。で、問題点はこれ一つ」
チョークで文字が刻みつけられる笑顔
・聖域は密室だった。
「ちょっと待ってくださいよ。確かに密室かもしれませんけど――鍵はあったんです」
僕の指摘に、
「その通り」
ヴァンは、聖域は密室だった、という部分から線を引いて、そこにハヅキ、ギンジョー、ソラ鍵あり、と書き込む。
「ただ、その場合、つまりあの三人が犯人だとすると――密室の作成者と犯人は別の可能性が高くなる。これもいいよね?」
「ええっと、はいはい、そうっすよね。だってあの三人が犯人だったら、密室にする必要はないっすもんね」
犯人が自分たち三人の中にいるって言うようなもんだし、とアオイはパンをかじる。
「それを踏まえて敢えて、ってことも考えられるけど、まあ考えにくいよね。ただでさえ、事件現場は聖域なんだ。そこで犯人の範囲をさらに狭めて、なんて危険すぎる。それに、さっきも言ったように犯人と密室作成者が別の可能性もあるからね。結局、密室であることで三人が犯人の可能性がそこまで減るわけじゃあないんだ」
ヴァンは更に分岐する選択肢を書き加えていく。
・犯人は三人以外で、三人に罪を着せるために密室にした。
・犯人は密室をつくる意図はなかった。
→・密室は偶発的にできた。
→・密室は犯人以外の意図でつくられた。
「でも、あの頑丈で、それでいてごくごくシンプルな――常識的なつくりの金属製のドアをつかって、偶然に密室になるなんてありますかね?」
僕の疑問にヴァンは肩をすくめて、
「まあね。そもそも、奇妙で興味深いことに――あの三人の証言では、そもそもあそこは元々『密室じゃなかった』んでしょ? あの聖域の扉に鍵はかかっていなかった。それが、いつの間にか誰かが鍵をかけて、中にイワンの死体が出現したことになる。偶然が考えにくいのは確かだ」
「いや、ちょっと待ってほしいんすよ」
パンをかじるのをやめたアオイが、
「お言葉っすけど、あたしはそこまで人が論理的に動くって信用できないんすよね。やっぱり、あの三人のうちの誰かが密室をつくったってことは考えられないっすか? 人を殺してパニックになって、ついつい持っている鍵を使っちゃった……全然ありうる気がするんすけど」
「なかなか鋭いね。俺もそれは疑ってる」
ヴァンは更に書き込む。
→・密室は犯人以外の意図でつくられた。
→鍵を持っている人間がパニックになって密室にしてしまった。
→それ以外の何らかの意図。
「あの――というか」
そろそろいいかな、と敢えて触れずにいたことを口にする。
「証拠も出てきちゃったし、犯人はハヅキ――で、いいんじゃないですか? パニックになって鍵をしめちゃったとか、いかにも彼女っぽいし」
「……まあ、実際そうっすね」
ははは、とアオイは乾いた笑い声をあげる。
「当局は実際、あとは何とか黙秘してるハヅキの口を割れば解決だと思ってるみたいっす……マサカドさんは反対ですけど」
ここから犯罪組織を潰そうとしている彼にとってはそりゃそうだろう。
「文句を言ってきそうなギンジョーが沈黙を守ってるのが不気味っすけどね」
「多分、何か後ろ暗いことがあるってことだろうね。まあ、大体分かるよ」
「え?」
「そっちはいいや。ともかく、チャンスだ。ほら、例のディガーの手配――杯が埋まっていたあの場所を掘るのは今しかないよ。後ろめたくて黙ってるギンジョ―と黙秘しているハヅキ、あの二人が文句を言えない今のうちに是非掘って調べたいね。で、あー……ハヅキとギンジョ―の口を割らせるのは大切だろうけど、そればっかり待ってるわけにもいかないか。さて、あとイワンの死体発見現場にあったものとしては――」
かりかりと新たに項目が書かれる。
・金属の囲いの中に土に埋まったご神体(歪んだ杯)
→同じ囲いの中に破損したナイフ(マジックアイテム)
→その囲いの鍵はイワンの胃の中で発見。
「あー、それもそこまで目立ってないっすけど、謎っちゃあ謎っすね」
アオイが頷く。
「このマジックアイテムについては、安物で魔術を強化する程度のものだって話だよね?」
「そういうことっすね。大したものじゃあないせいで、由来を探れてないんすけど」
ヴァンの確認に、アオイは同意する。
「多分、このナイフを握ったまま魔術を使ったり、あるいは対象に刃を突き立ててから魔術を使ったら、多少マシになる程度のものだと思う。ってことは、このマジックアイテムを持っているからといって、元々の実力を何倍にもするようなものじゃあないはず――ああっと」
そこでヴァンはぽん、と手を叩き、
「そうそう。大した話じゃないけど、アオイ、あのナイフにほんのわずかでも血液が付着してないかどうか徹底的に調査してくれない?」
「え? け、血液っすか?」
「うん。確信があるわけじゃないけど」
「あのお、それよりも僕が気になるのは、そのナイフがご神体の入っていた箱――いえ、金属製の囲いの中にあって、そこの鍵がイワンの胃の中にあったっていう点なんですけど」
「あー、そっすね、猟奇的っすよね」
僕とアオイの意見に、
「多分これは猟奇的な意味はない。これはただの――苦し紛れだよ」
そんなよく分からないことを言いながらヴァンは次の項目に移る。
・殺害現場=発見現場?
「これもかなり難しい話っすよねえ」
「ええっと」
メモをめくりながら僕はその話を整理する。
「正直、あの周辺は人通りが少ないっすから、犯人とイワンがあの屋敷に侵入すること自体はそんなに難しくないはずなんすよね。ただ――」
「明らかに様子がおかしかったらさすがに誰かの目にはとまる、その可能性が高いですよね」
僕が引き取る。
「そうなんすよ。イワンの死体をひきずったり背負って屋敷まで行くっていうのは難しい、というかそうしていたらさすがに聞き込みで目撃証言が出てると思うんすよね」
「でかいカバンか何かに入れて持ち運んだってパターンは?」
言うヴァンもあまり真剣にはそのセンは考えていない用だ。
「人ひとり入るサイズのカバン持っている人間がいれば、それはそれで目立つっすよ。もちろん、そっちでも目撃者を捜してますけど今のところ該当なしっす。そうなると、やっぱりイワンは生きたままあの聖堂まで行って、そこで犯人に殺されたって考えた方が自然っすね」
「あのー、ホテル『ガレージ』の宿泊客なら、一応例の裏道を使ったって可能性もありますよね?」
一応、可能性の列挙という意味で僕は補足する。
「あー、例の裏道を使えば確かに誰にも見られず死体を運ぶくらいはできるっすね。あそこが通れないって問題点をクリアすれば」
「やっぱり、無理ですか? ヴァンさんレベルの魔術師でも?」
「実はさっきやってみたんだ。炎の魔術を使って扉を開けて、そこから炎だけじゃなくて土の魔術も駆使して」
「え、どうなりました?」
「瓦礫に埋まったよ」
言われてよく見れば、ヴァンの体のあちらこちらが汚れている。
「ただ、まあ何とか辿り着くこと自体はできた。もうちょっと器用だったり、練習を繰り返せば確かにあの裏道をなんとかんとか通ること自体はできる、と思う」
「じゃあ、人を担いで通るのは?」
「一流の魔術師兼探偵として断言しよう。絶対無理」
自信に満ちた顔でヴァンははっきりと言う。
ここまで言うということは本当にそうなのだろう。
「じゃあ、やっぱり殺害現場はあの聖域か――少なくとも屋敷内ってことになりますよね?」
僕の確認に、
「そっすね。そして、イワンがあの屋敷に忍び込む動機もあるっす」
「あー、そうそう、びっくりしたよ。あいつ、未だにあの『黄金の瞳』の事件の犯人、俺の推理が間違っててソラが真犯人だとか言ってつきまとってるんだって? 酷いな、ストーカーじゃん」
呆れを隠さずヴァンは笑う。
「まあ、大方、自分が落ちぶれたから金回りがよさそうなソラから何とかして金をむしろうとしていたんすよ。あるいは、イワンの意思ではなく強制されていたのかもしれないっすよ、ビンチョルとかに」
「はいはい、あの半グレ共か。そうだね、借金返すためにそういうこともさせられていたのかもねえ」
「半グレ?」
聞き覚えのない言葉に僕がぽかん、としていると、
「ああ、ごめんごめん。まあ、とにかく犯罪組織絡みね、マサカドさんが執心の。まあ、ありうる話だね。ソラに付きまとっていたのは確からしいから、イワンがあそこにいても確かに不思議はないか」
「そっすね。ただ――そうなるとやっぱり、話はすごい単純なものになるんすよね。例の胃の中の鍵とマジックアイテムのことを抜きにすると、全部説明できるっす。屋敷の聖域に忍び込んだイワンが、ハヅキと鉢合わせになる。元々敬愛するソラの迷惑でしかなかったイワンの姿を見たハヅキは激昂、そこにあった儀式用の剣で刺し殺す。殺した後もなおも錯乱状態のハヅキはその剣で殴りつけたり、斬ったり――イワンの死体にあった死後の傷はこれっす。で、パニックになったハヅキはその場から逃げ出すんすけど、その時に元々開いていた扉に鍵をかける。少しでも発見が遅れるとか思ったのかもしれませんけど、これって冷静に考えれば何の意味もないどころか自分たち三人に容疑者を絞り込むことになるんすけど、その時は焦っているからとにかくそれをしてしまった。そして儀式用の剣をそのまま埋めて隠した――どうっすか?」
「……問題は、ないように思います」
何か瑕疵がないか確認しながら話を聞いていたが、特に見当たらない。
「だよね。俺もそう思う。付け加えるなら、その儀式用の剣がなくなっていることをソラとギンジョ―が気付いていなかったっていうのは不自然だから――」
「そうっすね。どこまで分かっていたかは別にして、あの二人は共犯だったってことっすね。少なくとも、儀式用の剣が凶器ということは自分たち三人のうちの誰かが犯人なんじゃあないかと考えて、敢えてそれを黙っていた。うん、これでよさそうっすよね。ただ、そうなると――」
アオイは唸ってから、
「やっぱり、さっき抜きにしたナイフもどきと、イワンの胃の中の鍵の話、これがうまくはまらないんすよ」
「だよねえ」
ヴァンも頷く。
「はっきり言って、ソラの殺人についてはどうにでもなるんすよ。ソラがハヅキの犯行だって気付いちゃってそこから話がこじれて、みたいな」
「いや、でもハヅキってそれこそソラを崇拝していたじゃないですか。それが、殺すことに?」
だが言いながら、そんなこともあるんだろうな、という気もしてくる。
「可愛さ余って憎さ……なんて話、腐るほど聞くっすよ。で、好きだから指を取っちゃったと。どこかに保存してるんじゃないんすか? 元々、ハヅキはソラの指が好きだったりとかするのかもしれませんし」
「前も言ったと思うけど、そんな猟奇的な意味じゃないと思うんだけどね、指を斬ったのは」
ヴァンが口を出す。
「ま、その話は今はいいや。そうなんだよ、正直、ソラの殺人については何とでもなる。だけど、だからこそ気になることもあってさ」
言いながら、ヴァンは黒板の別の場所に書き出す。
・ソラは何故殺されたのか。
・歪杯が掘り返されていた意味はあるのか。
上は分かるが、下は一体、何なのだろうか?
「まずソラの殺害からだ。至近距離で前から、心臓を一発。抵抗の跡はほぼ無し。ってことは、まあ、大体分かるね」
「え、何がっすか?」
「状況が、だよ。まあ、いいや。それで次だけど、掘り返されていた件ね。おかげで俺が杯壊しかけたんだけどさ」
「正直、ソラが殺されるまでは強固な反対があったから杯には触ってなかったんす。だから、一度掘り返されているのに気付いていなかったのはこちらの落ち度っすね。あれ、やっぱり例のナイフもどきが置かれた時に掘られたんすかね?」
「いや、多分ソラの殺された後だと思う。確証はないけど、その方が通りがいい」
また、意味深なことを言うヴァン。
「あっ、ヴァンさん、ちょっといいですか?」
思い出した僕はチョークを受け取ると、黒板の使われていないスペースに書き込む。
・今回の事件は過去の『黄金の瞳』事件とどう関わっているのか。
これこそ、根本的な謎だ。ずっと不思議に思っていた。だというのに。
眉を寄せたヴァンは気の毒そうな顔をして、少し言いよどんだ後、
「あんまり、それは気にしないでもいいというか――『気にしない方がいい』と思うよ」
「……え?」
「いや、確かに関係はあるんだけど――気にしない方がいい、というか。まあ、別にいいんだけど。だってさ、何か、『黄金の瞳』の事件で気になることでもあるの? あれ、一応俺が解決してるじゃん」
「えっと」
そう言われると、確かに。だがこのまま引き下がるのも嫌だ。
「ああ、そうだ。その、最終的にヴァンさんの片眼がえぐられたって資料にあったんですけど」
「うん、一応、一般には情報は伏せられてるけどね。まあ、今更どうでもいいけど」
「ヴァンさんの目って綺麗な碧眼であって別に金色じゃないんですけど、どうして『黄金の瞳』として抉られたんですか?」
言いがかりだな、と自分でも思いながら今更引き下がれずにそう言うと、
「ああ、俺の目って一定条件を満たすと黄金に光るんだよ」
と、予想を上回る訳の分からない嘘ですぐに返される。
一体、何なんだ、この会話は。こんな会話をしている場合じゃあない。
もう我慢ができずに、
「ヴァンさん、もう、全部分かってるんですか?」
そう言う。ほとんど叫ぶように。