過去 イワンの推理
「イワン様、あまりにもそれは」
抗議するハヅキと、無言で怒気、というより殺気を滲ませて更に前にでるギンジョー。だがその二人を前にしても特に気にすることなくイワンは続ける。
「そこの二人は狂信者だろう? ソラがいかれた行動をしても、一も二にもなく協力するはずだ」
とうとう、ギンジョーが腰に差していた短剣に手をかける。全員が一斉にギンジョーを止めようと動くが、
「……っ!」
だが怪訝な顔をしたギンジョーは短剣を引き抜かず、戸惑っている間に係員に囲まれ、血相を変えたホージョウに後ろに引っ張られる。そして、トドメとばかりに、
「やめて」
とソラが冷たい声を出す。
「……へえ」
一方、そのやり取りを見ていたヴァンは感心する。おそらく、ソラ、オーキ、後はウーヘイも分かっただろうな、と思う。
あの一瞬で、イワンがギンジョーの短剣、その鞘口を刃ごと魔術で凍らせたのだ。ほんのわずか、ピンポイントで。引き抜くのに少しだけ時間がかかる程度だが、それでも問題なく止められると判断したのだろう。それにしても、氷の魔術をあの一瞬で精密に行使できるとは、氷と炎の魔術の天才とは伊達じゃあない。
「冗談で言っているんじゃあない。まず、三人で手分けをすれば、試合前に僕、ヴァン、オーキの鍵をすり取るのはかなり簡単になるだろう」
気にすることなくイワンは続ける。
言うほど簡単な話ではないだろうが、だが確かに一人で鍵を集めるよりは圧倒的に簡単になるであろうことは否定できてない。
「そうやって四本の鍵を集めて、僕とオーキの試合が始まったら皆がその試合に気を取られている間に金庫を開けて盗み出す。これだって簡単だ」
「問題はその後でしょう。どうやってオーキさんとイワンさんに鍵を渡すんです?」
凄まじい目つきをしているギンジョーの方をちらちらと気にしつつ、ホージョウが反論する。
「そこだよ。そこなんだ」
イワンは嬉々として手を叩く。
「そこが、ソラが犯人である一番の理由なんだ。僕とオーキは試合会場にいた。そこで、会場で僕とオーキが試合演目である造形に集中している時に、こっそりと鍵を返したんだ」
全員、ぽかんとする。
「ええっと」
誰も何も言わないので、仕方なくヴァンが口を開く。
「ど、どうやって? 衆人環視の中、ソラがのこのこ試合会場に上がって二人に鍵を返したのを、誰もが見落としていたってこと?」
「もちろんそんなわけはない。会場の外から、ソラは僕とオーキに鍵を返したんだ」
ますます全員混乱する。ギンジョーすら、怒りではなく困惑した表情へと変わっている。
「まさか、投げ渡したって言わないよね? 鍵を投げて、ちょうど試合に集中していたイワンとオーキさんのポケットの中にすぽっと入った、とか」
「さすが名探偵。そうだ。それに非常に近い」
ふふん、とまだ混乱しているヴァンの顔を得意げに見返して、
「魔術だよ」
とイワンは言う。
「魔術?」
「そこのソラは何の魔術が専門なのか、忘れたのか?」
「ええっと、確か――風の魔術、だっけ」
「そう。この大会に出ているということは、最高位の風の魔術の使い手と考えていい。ならば、風の魔術で鍵を僕たちのポケットまで運ぶことも可能なはずだ」
あまりにも予想外の推理にヴァンは黙る。それを感心、あるいは肯定と見たのか、イワンは得意満面な顔で周囲を見回す。
「ちょっといいか? わし、さすがにそれをやられたら気が付くと思うんやがの。いくら試合に集中していたとはいえ」
「ぼうっとしていて気が付かないことくらいあるだろう」
軽蔑したように言うイワンに、
「それやとお前も同じやぞ、イワン。わしもお前もぼうっとしていてそれを気付かなかったというのか?」
「ぐっ……」
「待て。そもそも、会場の外――例えば観客席から鍵を会場にいる人間のポケットに入れるという芸当、本当に可能なのか?」
ウーヘイがもっともな疑問を口にする。
「試したことはないが、おそらく可能。ただ――」
ソラは少し考えてから、
「私がやるとすれば、魔術で空気の管のようなものを手元から目的のポケットまで伸ばす形になる。そして、その管の中を鍵を流すようにして運ぶ。ただし、目的の人物が動いていると難しい」
「造形の魔術に集中していた僕たちはじっとしている場面がほとんどだった。だったら可能だ」
噛みつくようにイワンが言うが、
「ちょっと待て。それなりには動いておったぞ、わしもお前も。それにの、もしも鍵を運んでいる途中でわしらが動いてしまったら鍵は会場の床に落ちることになるじゃろ。もしそこで騒ぎになったら――」
「そうなっても自分の懐から落ちただけだって納得するだろ」
途中でイワンが反論するが、オーキは首を振る。
「それにの、例の空気の管をつくるという話――わしは風の魔術には詳しくないが、そうやって管をつくれば、それは目に見えるはずじゃ。いくら空気でも、の。風の刃が目に見えるのと一緒や。そんな長い管をつくっていれば、百歩譲ってわしらが気付かなかったとしても観客は気付く」
「ぬっ、むっ、う」
とうとう、反論の余地がなくなったのかイワンは顔を赤くして黙り込む。
しんとなる部屋。いつしか全員の視線が一つに集まる。それは期待だったり、好奇心だったり、挑戦だったりと色は異なるが、それでもただ一人に集まっていた。
注目の的になったヴァンは、咳払いをしてから、
「ええと、じゃあ――順番的に俺の推理か」
仕方なく、話を始める。まだ、きちんと材料や証拠がないからここで話したくはなかったのだが、仕方ない。