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オーキ

 最上階、スイートルーム……といってもホテル『ガレージ』の、だからたかが知れているが、そこに通される。なるほど、多少は部屋が広いし調度品が高級な感じはするが、正直大したことはない。

 ベッドの横に椅子。一脚には部屋の主が座り、


「おお、よう来たな」


 いかにも好々爺、といった外見の老人が部屋に入った僕たちに向けて椅子に座って手招きしてくる。


「ああ、どうもっす、すいません、この度は」


 挨拶をしながらへこへこと頭を下げながらアオイが進む。僕にそれも続く。


 近づくにつれて、その老人が異様に背が高いことに気付く。全く威圧的ではないのに、重圧を感じるくらいの体躯。


「支配人が言ってた、探偵士さんやな。どうぞどうぞ、かけてくれ」


「じゃあ、へへ、私は待ってますんで」


 ホージョウはひょろひょろとした足取りで部屋から出ていく。


 僕とアオイが椅子に腰かけると、


「で? あの、イワンっていけすかないガキ……ああ、もうガキってほどの歳じゃあないか、あいつが死んだんだってのお。で、わしに質問があるんやろ?」


「ええ、申し訳ないっす。いや、一応、被害者の関係者には全員話を聞かなければならないって規則がありましてね」


 いつものセリフなのだろう、淀みなくアオイは説明をしていく。


「多分偶然だとは思うんすけど、昔、イワンとある事件で関係していたオーキさんが犯行現場近くのホテルにいるってことで、話を聞かせてもらえればと」


「ああ、ああ。懐かしい話やのお……あの宝石が奪われた事件な。じゃが、あの事件はヴァン・ホームズが解決して終わった。今回の件に関係があるんか?」


「あのお」


 我慢できずに口を出す。


「でも、今回の事件、被害者がイワンってだけじゃなくて、その以前の事件の関係者が集まりすぎています。イワンの死体が見つかったのは『歪杯の会』の本部だからソラさん、ギンジョーさん、ハヅキさんがいるし、近くのホテルにはオーキさん、だけじゃなくて支配人はホージョウさんだし、それから」


 ちらりとアオイの顔を伺い、喋っていもいいか確認を取る。目だけで頷いてきたのを見てから、


「ビンチョルさんっていうその昔の事件の関係者もこのホテルに滞在してるそうです。さすがにこれを全部偶然とは……」


「ふむ」


 眠そうなオーキの目が値踏みするようにこちらを向く。長いひげを撫でる。


「ええと、そのお嬢ちゃん、ん、いや、失礼、ええと……?」


 どうやら僕の性別に迷っているようなので、


「ああ、僕は――」


「こっちはココアと言います。あたしの助手っす」


 説明しようとした僕を遮ってアオイが紹介する。


「ほうほう。で、いいかな、ココアさん。あんたら、ビンチョルには会ったか?」


「いえ、この後、ホージョウさんに頼んで会わせてもらうつもりですけど」


 正直に答える。ここで誤魔化す意味はない。


「じゃあ、あいつに確認すればいいやろうが――わしがここに来たのは、本当に偶然じゃ。引退後は、好き勝手に全国を旅行してやろうと思ってのお。じゃが、それ以外は違う。偶然じゃあない」


「……はい?」


 どういう意味だ?


「ソラたちとホージョウ――ここの支配人はそもそもこの場所に住んどるんやから偶然も何もないやろ。で、イワンはそのソラにずっとちょっかいをかけとったらしいな。何度か、ソラから相談を受けたから知っとる」


「ソラさんとそんな親しい仲だったんですか?」


「いや、別にそういうわけでもないが……まあ、人づてになあ」


 微妙にお茶を濁すような返答。少しひっかかる。


「とにかく、そういうわけでイワンの奴はソラを追っておったんやからここにいるのは偶然じゃあない。それで、ビンチョルはそのイワンを追っていたはずや。だから、今ここにおるんやろ」


「ビンチョル、が?」


 元イワンのスポンサーをしていた男が、未だにイワンを追っているというのか?


「ああ、その、さっき言ったソラの相談の流れでわしも知ったんやが、例の事件以降、まあイワンにも色々あったらしくてのお、ビンチョルに借金があるという話や。最近は返済が滞っているとも聞いとる」


 ふうむ、なるほど。ということは、オーキ以外はかつての事件の関係者が集合しているのは、ある種必然ということか。オーキの話をうのみするのはよくないとは思いながらも、少し考え込む。


「そもそもやな……わしがこんな話をするのも妙やけど、あんたらどうしてわしの話を聞こうなんて発想になるんや?」


「それはさっき言ったように、規則で――」


 アオイの説明をオーキは首を振って止め、


「わしも特に詳しくしっとるわけやないが、例の場所――そこの、奥深く、あいつらにとっての聖域のような場所で、密室の中でイワンの死体が見つかった。そうやろ? なら、普通の探偵さんならわしに話を聞こうなんてことにならんやろ。犯人は、例の、ええと、『歪杯の会』の誰かで決まりや」


 言われてみればそうだ。確かに、普通ならそうなる。だが、今回の事件についてはヴァンの協力が必要になる、という話だった。だが冷静に考えればそれがそもそもおかしい。どうしてこういう話になったんだったか。そうだ、確か。


「いやあ、あたしは上司の指示に従っているだけっすから」


 言い訳のようにアオイが言うが、そうだ、そうだった。マサカド、というイスウの重要人物の指示のはず。つまり、この事件が単純なものではないと判断したのはそいつだということだ。一体、何をもって? 現時点で僕たちが知らない情報を何か持っているのだろうか?


「まあ、ええわい。わしに何か訊きたいことがあったらいつでも気安く訪ねてくれ。どうせ暇やし、元々あと一週間はこのホテルに滞在する予定やったからな。ああ、あとあれや、アリバイ、とかいうものを訊くんじゃろう、普通は?」


「ええ、まあ」


「だったらわしにはアリバイはない。ここに来たのは一週間前からやが、ずっと一人やし、結構ふらふらと町をうろついたりしとるからなあ」


 それだけ言って、オーキは喋るのをやめる。多少、疲れた様子だ。


 僕とアオイは顔を見合わせる。ここで、もっと突っ込んでもいいが、ここまで協力的ならまた日を改めて聞きに来てもいい。ここはいったん退散するか。


「ありがとうございました。ではこれで――」


 挨拶をしながら立ち上がって、部屋から出ていこうとする僕たちに、


「ああ――」


 椅子の上でぐったりとしたオーキが声をかけてくる。


「――差支えなければ教えてくれんか? あんたら、犯人は誰やと思っとる?」


 僕は答えようがない。


「いえ、あたしは何とも」


 アオイがそう答えて今度こそ部屋を出ていく。その僕たちの背中に、


「相談を受けていた身からすると、ソラたちが犯人だとは思いたくないがのお。いや――」


 意味ありげなセリフが投げかけられ、そして途中で止まる。

 続きが気になり振り返ると、オーキは椅子に座ったまま既にこくりこくりと眠りかけている。諦めて部屋を出て、廊下で待っていたホージョウに声をかける。


 次は、ビンチョルだ。

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