過去 ソラの推理
まずは色々と検討しよう、というヴァンの提案に真っ先に、
「簡単な話だ」
と自信満々な声をあげるのはイワンだった。
全員の視線が集中すると、気分がよさそうに鼻を鳴らす。
「いいか、他の連中は別として――僕から鍵をすり取ることなんて不可能だ。検討する必要なんてない。いいか、もっと分かり易く言ってやろう。僕とそこのオーキは、さっき会場で試合をしたばかりだ。まあ、試合は地元贔屓もあって僕の負けということになったが」
完全な負け惜しみを挟んでから、
「そこから係員に呼ばれて、まっすぐにここに来たんだ。当たり前だけど、会場で試合中に僕やオーキから鍵をすり取る、あるいは逆に前からすり取っていたのをそこですり戻すことなんて不可能だろ? そして、試合が終わってから今までに僕に近づいてきた奴はいない。つまり試合前にすり取っておいて試合後にすり戻すこともできない。つまり鍵はすり替えられていない。ウーヘイの鍵が使われて金庫の鍵が開けられた以外考えられない。証明終わり、だ」
とそれなりに筋の通った話をする。
「後はウーヘイ、というかナムト国側の話だ。僕たちは関係ない。ほら、簡単な話だろ」
得意げに言ったイワンが周囲を見回したところで、
「そこまで簡単な話とは思えない」
冷たく、ソラがその鼻っ柱を粉砕する。
「……な、なっ、なっ」
あまりにも予想外のことだったのか、しばらくぽかんとした後でイワンは顔を紅潮させ、言葉にならない声をあげながらソラに向かって食ってかかろうとする。
無言でずい、と前に出たギンジョーとハヅキがソラを守ろうとするのと、ビンチョルが慌ててイワンの肩を押さえて止めるのが同時。
「可能性だけならいくらでも考えられる。例えば――」
その状況を全く気にすることなく、ソラは静かな口調で語り続ける。
「そもそも、鍵が私たちの持つ四本と、ウーヘイの持つ四本、それだけしかない、というのが大会側からの情報。でも、この情報が正しいという証拠がどこにあるの?」
しん、と場が静まる。暴れていたイワンも虚を突かれたように動きを止める。
「ちょ、ちょっと」
係員の一人が何か反論しようとするのを、ウーヘイは手を挙げて止めて、
「……つまり前提から誤っている、と?」
「可能性の話。そもそも、その金庫が鍵が四本揃っていないと開かないというのもただの伝聞。ひょっとしたら、別の鍵でも開くのかもしれないし隠されたスイッチでもあって、それを押せば開くのかもしれない」
「いやいや、さすがにそれはないやろ」
オーキは呆れた声で否定するが、
「あくまでも可能性。そして、これを否定するのは難しい。何故なら、この事件をナムト国は公にするわけにはいかないから。違う?」
「違いない。殺人事件ならともかく、盗難事件となれば、そちら側の同意を得て、内密に済ませる。国の威信がかかっているからな」
ウーヘイの言葉に、他の係員も気まずそうに頷く。
「つまりこの後、金庫や鍵を専門家に調べてもらうにしても、その専門家はナムト国の身内になる。どちらにしろ、ナムト国のフィルターのかかった情報しかもたらされない。ナムト国が何らかの隠蔽や偽装をした場合、私たちにはそれを知る方法はない」
「ちょっと待てよ。結局、それならやっぱり僕たちは関係ないじゃないか。僕の話は正しいってことだろ」
気を取り直したイワンが文句を言うが、
「オーキ老は違う。それに、私たちの中に、隠れたナムト国側の人間がいないという確証もない」
ソラの言葉に再び黙り込む。オーキは顔をしかめている。
「あくまでも可能性の話。これが本当に正しいと言っているわけではない。私が言いたいのは、検討が無意味ということはありえない、ということ」
「可能性の話とはいえ、そんな不名誉な推理を出されてはナムト国側としては反論せざるを得ないな……どうだ、ヴァン」
ウーヘイに振られて、
「どうして俺が……まあでも、可能性の話だとしても、その可能性は今のところかなり低いと思っていいだろうね」
ヴァンはソラの推理を否定する。ソラは予想していたらしく、特に反応はなく無表情でヴァンの顔をただ眺めている。
「一番のネックは動機だね。ナムト国が国ぐるみでそれをする動機が、今のところまったく思いつかない。そもそもこの事件はナムト国にとって大打撃なんだ。さっきウーヘイが言ったように何とか内密に済ませようとするだろうけど、それにしたってこの場にいる俺たちには事件のことを知られている。これはナムト国にとっては、借りをつくって弱みを握られていることに他ならない。何か隠れた事情があって動機が存在するって可能性はもちろんあるけど、その隠れた事情とやらが見つからない限りは、とりあえず考えないでいいんじゃない?」
誰からも反論はない。誰も喋らないので、ヴァンは続ける。
「けど、こういう風に色々と可能性を検討することには意味がある。ナムト国からの情報が正しいとして検討を続けたいんだけど――」
「ちょっといいかのう」
オーキが一歩前に出る。
「さっきのイワンの話じゃが、思うところがある」