捜査(2)
大広間に入った瞬間、中にいる全員の視線が俺とゲラルトを向き、俺は背筋が一気に強張る。
「いやあ、捜査の方は順調ですよ」
躊躇いなくそう言ってステッキを振るうゲラルトに、視線が緩むのを感じる。
助けられた。しかし、何も分かっていないのに、順調とははったりにも程がある。
「さて、じゃあ、後は関係者への聞き込みってやつかな?」
ゲラルトが振り返る。
「ええ」
というより、もうそれしかすることが残っていない。
大広間の柱時計を見て、もう既に一時間近く時間が経過していることに驚く。
あと一時間しかない。
大広間はいつの間にか三つのグループに分かれて座っている状態になっている。王城グループ、教会グループ、そして士官学校グループだ。ヤシャがそれぞれのグループを渡り歩きながらお茶などを運んでいる。
「じゃあ、ここからは僕の監視は不必要だね。それじゃあ、ちょっと寝る」
「は?」
冗談かと思ったが、ゲラルトはどのグループからも離れた大広間の片隅にすたすたと歩くと、そこいらに置かれていた椅子をいくつか並べてベッドのようにして、ごろりとそこに横になる。
一人になった俺は戸惑うが、とりあえずは味方のところへ、つまり士官学校のグループへと向かう。一名、味方とは言い切れない人間がいるが。
「ふん、何の用だ? あと一時間くらいだぞ」
その一名、つまりボブが憎まれ口を叩く。
「聞き込みだ」
「聞き込みって、でもほとんどの話はあのゲラルトさんの推理の時に出たんじゃない?」
キリオの言葉はごく当然のものだ。あらかたの話は、ゲラルトがヴィクティー姫の行動を聞いている時に出たと言える。
「まあ、それでもだよ。例えばヴィクティー姫と関わりがない時は皆、何をしていたかとか」
「部屋でじっとしておったじゃろ」
簡潔に答えるのはマーリンで、そういう風にヤシャに言われていた以上、そうするのが確かに当然だ。
他の全員もそれに同意を示す。
「あれ、でもレオは違ったんじゃないか? 途中で、大広間に寄ったって聞いたぞ」
俺はライカとジンに聞いた話を思い出す。
「ああ、聖堂からの帰りだろ。確かに真っ直ぐ部屋に戻らずにここに寄ったが」
「レオ様はすぐに出ていかれましたわ」
ひょっこりと顔を出すのはお茶を運んでいるヤシャだ。
「小腹が減ってたんじゃないのか?」
「ああ、だけどヤシャに作ってもらうまでもなく、ジンとミンツ大司教が残したデザートがあったからな。それを食べてすぐに出て部屋に戻った」
「じゃあ、その大広間からの帰り道で何か変わったことはなかったか? 誰かに会ったりとか」
一縷の望みをかけるが、
「あったら言ってる」
その反論にそりゃそうだと納得して、
「ヤシャさんはいつまで大広間で片付けを?」
ついでにヤシャにも質問する。
「申し訳ありませんが、正確な時間は。ただ、自分の部屋に戻る途中で、聖堂から帰られたボブ様、ジン様、ライカ様にお会いしましたわ」
「え、そうなんですか?」
「ああ、間違いない」
ボブは尊大に鼻を膨らませる。
「時間は、大体午後二時頃だった気がするな」
正確には思い出せないらしくボブが不満げに首を傾げる。
「あたしの部屋に迎えが来たのが同じくらいの時間だから、それでいいはずよ」
キリオが言い添える。
俺のところにキリオが来たのが確か二時十五分。聖堂に言って表彰されて部屋に帰るまで俺が二十分くらいかかったことを考えれば、それくらいになるだろう。
「そうだ、キリオ」
「何?」
俺はふと当然の疑問に立ち返る。
いつヴィクティー姫は殺されたのか。
表彰が始まってからはジンとライカ、そして表彰される人間に確認されているわけだから、その間に殺されたとはやっぱり考えにくい。
だとしたら、最後の表彰者であるキリオに細かく話を聞くべきだ。その周辺が怪しい。
ゲラルトへの証言は、確かレオまでで終わっていたからそこの話は聞いていない。あの時は俺とキリオがヴィクティー姫の顔を知っていると明らかになっていなかったから無理もないが。
「お前が呼ばれてからのことを教えてくれ」
「え? ええ、さっきも言ったように、迎えが来たのが大体午後二時。それから三人で聖堂について、扉を開けてもらって中に入ったわ」
「扉は、確かに二つの鍵で開けていたか?」
「ええ、もちろん。それで、ヴィクティー姫の表彰を受けて……」
「その時に顔は確認したんだよな?」
「畏れ多いから、そんなに顔を上げてじっくり見たわけじゃないけど、あの像のお顔だったわ」
そこら辺は俺と一緒か。
「表彰自体はすぐに終わって、聖堂を出て、その」
言いにくそうに口籠って、
「玄関ホールで二人と別れてから、ヴァ、ヴァンの部屋に行ったけど」
顔を赤くしたキリオが目を逸らす。同時に、いくつもの生暖かい視線が俺を向く。
やばい、そうだった。
「も、もっと表彰が終わってからのことを詳しく話してくれ」
話を逸らすようにそう言うと、キリオも安心したように、
「そ、そうね。そうよね」
小動物のように何度も頷き、
「けど、実はそんなに覚えていないのよね。あまりのことに緊張しちゃって、聖堂に入る時から記憶が定かじゃないっていうか」
それを責める気にはなれない。俺だって、まるで同じだからだ。
「ふん、さすが気が小さいな。僕はそんなことなかったぞ」
ボブが言うが、誰も反応しない。どう反応すればいいのかがよく分からない。褒めればいいのか?
「ただ、印象に残ってるのは、行きも帰りも、三人でゆっくり歩いてたことかな」
意味がよく分からずに、
「ゆっくりって?」
「あたしが緊張してるのもあったし、護衛の二人もあたしを護衛しながら歩いてるっていうのがあったんだけど、やけにゆっくり歩いてる気がして、何だか不思議な気がしたっていうだけの話。下らなくて、ごめん」
「いや」
俺は思わず顎を撫でる。これは、詳しく考えるべき問題かもしれない。
「式場から聖堂までの距離は大したことがないが、確かに俺の時もゆっくり歩いた印象がある。走れば一分もかからないような道のりだけど、実際には五分程度かかっていた気がする。ということは、キリオの表彰が終わってから、次に護衛の二人が聖堂の扉を開けるまで、大体十分程度間が空くことにならないか?」
その隙に何かが起こったんじゃないだろうか。俺はぼんやりとそんなことを思う。
もちろん、その方法を使ったとして、じゃあ護衛がその後に聖堂を確認した時に何もなかったのはどういうことだという話だが。
「それは正しいが、実際にはどうかな? 聖堂内部は確かにその十分間は空白だろうが、誰かが聖堂に入ろうと思ったら、ライカとジンが外に出ている限り目に付くだろう。もちろん、絶対とは言わんが」
淡々とレオが反論してきて、
「じゃあ、二人が玄関ホールに入って出るまでの時間で聖堂に侵入したっていうのはどうだ?」
無理がある気がするが、ともかくそれなら誰の目にも触れずに聖堂に近付ける。
「どこから二人の動向を確認するんだ。そんなもの、一緒にいたキリオ以外には確認できないだろう」
「いや、外から二人が式場に入るのを確認したのかもしれない」
「地面のどこかに埋まってたのか? ゲラルトの説と大して変わらないな」
そう言われて俺は黙る。
実際のところ、今の俺の推理に無理しかないのは自覚している。だが、そもそもどう手を付けていいのか分からない。
「そもそも、聖堂に近付いても中に入れんじゃろう」
長い白髭を撫でながら、マーリンが止めを刺す。
そうなのだ。そもそも密室状態だったという問題がある。
そこにちょうどよく、ヤシャがまたお茶を運んでくるので、
「ヤシャさん、扉を手配したのはヤシャさんですよね?」
「ええ」
「絶対に、二つの鍵を使う以外にあの扉を開ける方法はありませんか?」
藁にもすがる思いで確認するが、
「無論です」
ヤシャは断言する。
「王や王妃、それからミンツ大司教に確認していただいても同じ答えになると思います。あの扉は、二つの鍵を持たない限り中に入ることは不可能です」
控えめながらも自信に満ちたその言葉に、隙はありそうにもない。
「ん?」
何か納得でもいかないことがあるかのように、ボブが首を捻る。
「どうした、ボブ?」
「やかましい、気安く僕の名を呼ぶな」
俺のただの呼びかけにまで噛み付いてから、
「なんか、変な気がするんだよな」
「何が?」
「知るか」
それきり不貞腐れたようにボブはそっぽを向く。おそらく、自分でも何が引っかかったのかよく分からないのだろう。
だが、それは俺も同じだ。
俺も、何かがおかしい気がする。
次に、俺は恐縮しながらも王城グループへと向かう。
「時間がないな。聞きたいことがあれば遠慮なく聞くがいい」
毅然とした態度で迎えてくれるのはアイス王妃で、ウラエヌス王は椅子に沈み込むようにして座っていて反応を返さない。アルルとライカは何事か喋っている。
「ああ、どうも」
礼を言うものの、実のところ俺には何も訊きたいことがなかった。いや、そう言っては語弊がある。何を聞けば解決に近づくのか見当もついていないというのが正しい。
だからまずは、さっきヤシャにしたのと同じ質問をする。
「あの聖堂に入るには、つまり扉を開けるには二つの鍵を使用するしか方法がありませんか?」
「ああ、私も何度か立ち会って確認し、何人もの名だたる職人と何度も打ち合わせをした。聖堂に入るには鍵を使う以外にない、そうだろうウラエヌス」
「ああ」
死人のような声で、顔も上げずにウラエヌスはアイスに同意する。
予想していた返事なので俺は落ち込みはしない。
さて、もうこちらから訊きたいことはない。どうしよう。
「何か、気になったこととかはありませんか?」
だから、俺はあまりにも漠然とした、己の無能さを証明するような質問をしてしまう。
「あのお」
期待していなかっただけに、声がかかって驚く。
それは、さっきまでライカと話していたアルルだった。
「ライカちゃんとも相談して、言うべきかどうか迷ったんですけど」
首を捻りながら、アルルが続ける。アイスとライカ、そして俺の視線が彼女に集中する。
「昼食後、表彰式の流れについての説明を王妃やミンツ大司教が行った後の話なんだけど、護衛のお二人に連れられて行くヴィクティー姫をお見送りしてから、あたしたちは皆、それぞれの部屋に戻ったのよ」
そこで、言いにくそうにアルルはアイスの顔をちらりと見てから、
「そこで、あたしは自分の部屋に入ったのはいいけど、忘れ物をしたのを思い出したの。ヴィクティー姫のお着替えを手伝う時に、自分の化粧品も念の為に持っていったんだけど、それを忘れてて。だから、取りに戻ろうと思って、ドアを開けたところで、見たの」
「私が部屋を出る姿か」
平然とアイスが答えるので、俺とアルル、ライカは面食らう。
「え、ええ、そうです、申し訳ございません」
「よい、別に隠すようなことではない」
それから顔を翳らせて、
「むしろ、混乱していたとはいえ今までそのことを話していなかったことこそ私の落ち度だ。情けない」
「その、部屋を出て、どこへ?」
「大広間だ。ヤシャと話がしたくてな。だが、結局大広間には入らなかった。忙しそうにヤシャが片付けをしているのをドアの隙間から見て、気が変わった」
言いながらアイスの顔が笑みを形作る。いつか見た、自嘲の笑み。自分を嘲笑う笑みだ。
「いかんな、こんな時にも取り繕って嘘を吐く。本当は、直前で話す勇気がなくて逃げたんだ。恐ろしくなった」
恐ろしい? そもそも、どうして接待役のヤシャにわざわざ会いに行くんだ?
「ああ、そうか、この話をしていなかった。アルルがヴィクティーの世話役になったのはここ一年ばかりのことだ。その前は、産まれてからずっとヤシャが世話役をしていた」
「え」
思いもしなかった事実に驚く。
王城の中では周知の事実らしく、アルルもライカも平然としている。
「はっきり言って、我々実の親よりもヴィクティーにとっては親に近い存在だ。あまりにも近くなりすぎると困るから、一年前に世話役から外した。けれど、ヴィクティーのことを一番良く知っているのは、今でもヤシャだろうな」
逆に言えば、ヤシャにとってもヴィクティーは娘同然だったはずだ。それなのに、あまりに平然としている気がする。
急に、俺はあの冷静沈着なヤシャのことが不気味に思えてくる。
「だから、私がしようと思っていたのは、ヴィクティーの話だ」
「はあ、なるほど」
さすがに内容まで踏み込むわけにはいかないだろうと、俺は曖昧に答えて次の話に移ろうとする。
だが、その俺を、アイスの暗い目が捉える。
「この事件、ヴィクティーの自殺ということはないのか?」
そして、そんなありえないことを言う。
途端に、ばっとウラエヌスが顔をあげる。その顔にはありありと絶望が刻まれている。
「じ、自殺ですか、そんなはずは」
ないだろうと答えようとして、憑かれたようなアイスの言葉に遮られる。
「方法は分からない。だが、動機は十分すぎるほどある。ヴィクティーは人形だ。私はあの娘が産まれて、成長するに従って聖女ファタのお姿に似てくるにつれて、それを利用することを考えた。ウラエヌスは最後まで反対したがね」
「よせ、同罪だ」
涙声でウラエヌスが言葉を挟む。
だが、アイスは止まらない。
「当時の教会と我々の関係は必ずしもよくなかった、いや正確に言えば露骨にぶつかり合っていた。その不和を利用して他国が暗躍しシャークの国力を削ろうとしているのが分かっていながら、それでも敵対をやめられなかった。だから、これは使えると思った。私の娘を聖女の生まれ変わりにする。そして、教会にくれてやる。そうすることで、我々と教会が強く結び付くことができる」
いつしか、アイスの両眼はふちに爛々と光をたたえ、同時に中心部に虚空のような闇が現れている。
「国のために必要だった。私は、そう思ってヴィクティーをそんな風に扱った。国のために、娘に恨まれてもいいと思っていた。反抗されても、ありとあらゆる手段で押さえつける手立ては揃えていた。なのに」
言葉を切って、アイスは震え出す。全身を震わせている。
「何も逆らわなかった。ヴィクティーは、全てを受け入れた。あんな、人間扱いされないような立場にも、恨みの言葉一つ言うことなく。それどころか、あらゆる命令に絶対に従った。まるで、まるで人形みたいに」
座っているウラエヌスの目から、ぼろぼろと涙が零れている。泣いているというより、吐いているようだ。
「怖くなった。人間じゃないように感じて、私は娘を更に遠ざけて、聖女として扱った。それでも娘は言われた通りに聖女として振る舞い、私はますます怖くなった。ああ、そうだ、ヴィクティーはまるで人間ではないみたいだ。けれど、分かっている、分かっているんだ。本当は、そうしてしまったのは私なんだ」
「違う、君だけじゃない。私達だ。娘よりも国を選んだ、そういうことだ」
涙を流しながらウラエヌスは立ち上がり、自分が泣いているというのに慰めるようにアイスの肩に手を置く。
「私だったら、私がヴィクティーだったら、死ぬか私を殺している。そう思った。久しぶりにヴィクティーと会って、相変わらず人形のように命令に従うだけの姿を見て、私はヤシャに相談しようと、だができなかった。聞きたくないことを聞かされるんじゃないかと思い、逃げた」
そこまで言って、アイスはふっと目を閉じる。
鬼気迫る雰囲気が消えて、代わりにそこには抜け殻のようになった一人の女性がいるだけになる。
「機会があれば、ヴィクティーに殺されるつもりだった。何の償いにならないとしても」
夢見るようにアイスは呟き、
「もう、その機会は二度とないが」
そう付け足す。
ウラエヌスは涙も枯れたのか涙を止め、ただ悲痛な顔でアイスを守るように彼女の両肩に手を置いている。
王と王妃とはとても思えない、哀れな夫妻の姿だ。
俺はしばらく何と言っていいか分からず黙っていたが、やがて黙っていても何も解決しないことに気付いて黙って頭を下げる。
ミステリに出てくる、いわゆる素人の名探偵に対する批判として、こんなものがある。
何の権利もなく、事件に関わり、関係者の傷をえぐって、事件を勝手に終わらせる。
だが、俺の場合はもっと最悪な可能性がある。えぐった挙句、事件を終わらせられないという可能性が。
「ああ、悪かった、話が脱線したな」
すぐに、アイスは元の毅然とした態度に戻り、ウラエヌスも自分の椅子に戻る。
「いえ……そう言えば」
気分を変えるつもりで俺はアルルに喋りかける。
「アルルさんとライカさん、仲良さそうですね」
「ん? ああ」
ライカは複雑な顔をして、
「宮廷医師になる前、アルルは士官学校の教師もしていたのよ、医術のね。あたしは、その時の生徒」
「医術に関しては出来が悪くて、魔術と剣の腕だけ抜きん出てたから、親衛隊に入るとはあの時から思ってたわよ」
少し懐かしむように遠い目をしてアルルが言う。
「アルルみたいな、千切れた腕を元どおりに繋げるような医者に比べれば、それは出来も悪いわよ」
「ううん、あなたの場合は、明らかに平均よりも下だったわよお」
言い合う二人は、教師と生徒というより、姉妹や友達同士に見える。
「ええと、他に、どなたか何か変わったことはありませんでしたか?」
俺の質問に答える人間はいない。
つまり、これで王城グループにする質問も終わりってことか。
時間を見れば、すでに大広間に入って二十分以上経っている。残り時間は僅かだ。
「気に病むことはない」
時計を気にしたのに気づいたのか、アイスが言う。
「時間までに君が事件を解決しなくとも、恥じるようなことではないし、我々もゲラルトも君を責めるような真似はしないさ。君は我が国を代表する優秀な人材だ。胸を張りたまえ」
王妃のその言葉を、逆に痛く感じながら、俺は礼を言って次の教会のグループに向かう。
教会のグループというより、ミンツ大司教とジンが二人、ぽつりぽつりと座っているだけだ。
おまけに、悄然と座るミンツをほとんど無視するようにして、ジンは立ったままあらぬ方向を見ている。
「扉は絶対に鍵がないと開きませんか? どうしてもダメ?」
俺のおきまりの第一の質問は、
「絶対に不可能だ」
というミンツの弱々しくもはっきりとした断言で終わる。
「で、ジンさんはどうして今回の護衛役に? 汚れ仕事専門なんでしょう?」
ゲラルトが言っていた中で気になっていたことを単刀直入に訊く。
「事件とは関係ねえよ」
ジンが言い捨て、
「そうだ、じ、事件とは、何の関係もない」
怯えたようにミンツが繰り返す。
「いいか、小僧」
ジンが俺の顔を指差し、珍しく真摯な態度で言う。
「犯人についての情報を教えてやる。犯人は手練れだ」
「え」
「煙幕が張られていたとはいえ、俺から鍵をすり取ったんだからな。並の技量じゃない」
「そうだ、し、信じられん。ジンがいいようにされるなど」
震えながらミンツが呻く。
「ジンは、明かり無しで洞窟の奥深くのダンジョンを踏破したこともある男だ。いくら煙を張られていたからといって、近づく気配を見落とすなどと」
「気配の消しっぷりといい、俺のポケットから鍵をすり取ったことといい、第一級の暗殺者か盗賊あたりの仕業って気がするがね」
顎鬚を撫でながら、ジンは不愉快そうに呟く。
「どうですかね」
俺はあまり同意できない。暗殺者や盗賊が首を斬り落として部屋を血に塗れさせるか?
「くそ、こんな馬鹿な、ヴィクティー姫が死ぬなど」
ミンツは白髪をかきむしる。
「こんなことなら、打ち合わせの時に」
短く、激しいミンツのその叫びには、後悔がこめられている。
「打ち合わせ?」
「あ、ああ」
我に返ったのか、ミンツがびっくりしたような目で俺を見て、
「朝食の後の打ち合わせだ。表彰式の流れを説明して、それ以外の行動を決してしないように、非常時にはジンとライカの指示に従うようにと念を押した」
「え、それが、何か?」
何も問題があるようには思えない。
むしろ警備上は当然の話だ。
「ヴィクティー姫は、私や王、王妃の命令に従う。完全にだ」
悔やんでいた。ミンツは、皺が寄るくらいに目を強く閉じて、何かを悔やんでいる。
「だから、だから聖堂で何かがあった時も、逃げも抵抗もしなかったのかもしれない。そのせいで、命を失ったのかもしれない」
泣くようにして言うその内容に、俺ばかりかジンまでも唖然とする。
「おいおい、大司教、そんなわけないでしょうが。人間なんだから、命の危険が迫ったり怖かったりしたら、何かしら行動するだろ」
ジンがごく当たり前の反論をするが、
「だから、ヴィクティー姫は人間ではないのだ。聖女だ。いや、我々が、聖女にした」
そこまで言ってから、はっとしたようにミンツは自分の口に手を当て、自分の発言に恐怖したかのように青ざめる。
「何を言っているんだ、私は。忘れてくれ」
呻いてから、ミンツはがっくりと肩を落とす。
「わ、分かりました。ところで、何か気づいたことはありませんか?」
俺の質問に、ミンツは答えるどころか動きすらしない。魂が抜けたようだ。
「そういや、ウラエヌス王がこの式場に剃刀を持ち込んでいるらしいな」
代わりに、ジンがぽろりと零すように口にする。
「え?」
ウラエヌス王が? いや、剃刀を持っていることくらいはありえる。髭剃りに使うかもしれない。王なのだから、それくらいは持ち込めてもおかしくない。
それよりも。
「どうして、ジンさんがそれを知ってるんですか?」
「あん? ああ、別に、自然と耳に入った。剃刀がどうのこうのってな。別に大した話じゃねえから、普通にいつの間にか知ってたな」
本当だろうか?
俺は疑わしく思う。だって、教会側の人間に、ウラエヌス王のそんな個人的なことが自然と耳に入るものか? それとも、ライカが話したのだろうか。ずっと一緒だったわけだし。けど、親衛隊のくせにそんなに不用心でいいのか?
「おいおい、何を疑ってるか知らないけど、どうでもいい話だろ、剃刀なんて」
ジンに言われて、気を取り直す。そうだ、その通りだ、剃刀があるからといってこの事件が起こせるわけでもない。
疑心暗鬼になっている。
俺は深呼吸する。
もう、教会側にも訊くことがなくなってしまった。
時計を見れば、残り時間は十五分程度。
俺は絶望して、ため息を漏らす。
もう、無理か。




