エピローグ2
エピローグ3とあとがきを明日投稿して終わり。今度こそ終わりです、すいません!
ああ、とヴァンは苦笑して、
「いや、脚本の舞台がダンジョンだ、だから自信満々でマカロンがセイバーだ、と告発した後にさ、実は他にも元冒険者がいたり、冒険者じゃなくても何かの形で『古い湖』と過去関係してた奴がいたら大恥でしょ。だからそこが大丈夫かどうか、お前に勘づかれないように遠回しに質問してもらったんだよ」
なるほど、古い湖と関係があるか、や、冒険者をしていた人間は他にいないか、という質問だと気付かれるからか。それにしても、喧嘩をしたら誰が勝つか、って質問はひどいと思うけど。
「俺はマカロン――セイバーを警戒していた。勘の鋭さも相当だと思っていたから、とにかくこっちが辿り着いていると気付かれて逃げ去られることを避けたんだ。あの質問は、それだ。後は、トドメだな。元冒険者のお前が舞台がダンジョンだと気付いていないはずがない。それなのに、何か気付いたことはあるか、という質問に対して何もないなら、それはトドメに使える。ココアにしてもらった四つの質問については、そんなところか?」
その答えに、明らかにマカロンは失望した顔をして、長く細いため息を吐いている。
「なあーんだ、期待して損したわ。てっきり、もっと何か意味があるんだと思っていた」
「どんな意味が?」
「それ、次の質問よね? あたしは、てっきりヴァンはあたしが標的なんじゃあなくて脚本家が標的だとばっかり思っていたのよ。それで、あの質問は脚本家を炙り出すものだと思っていたのよ」
「……どうして、そこまで俺と脚本家が関わりがあると思い込んでいる?」
「次は、こっちの質問の番でしょ」
ぱっと見ただけでは、和気あいあいと歓談しているようにか見えない二人。だけど、僕にはだんだんと部屋の温度が下がってきているようにすら感じる、奇妙な緊張感が満ちている。
「脚本家の正体は知らないだろうけど――予想はしてるでしょ。どんな奴だと思ってるの?」
その質問に、初めてヴァンは口ごもる。一瞬の躊躇いの後、
「――ニャンだ。あくまで予想だが」
一瞬、その人名の意味が分からず僕は重力が消失したかのような感覚に襲われる。どこかで聞いたことのある人の名前。ニャン。芸術家。あの、ニャン?
「誰、それ?」
怪訝そうな顔をするマカロンに、
「次はこちらの番だ。これに答えたら教えてやる。マカロン、結局のところ、お前と脚本家の関係はどうなっている? 怪盗とそのプロデューサーでうまくいっていたら、今回こんな事件は起こらなかった。そうでしょ?」
「痛いとこ突くわね……まあ、そうよ。あたしは、正直、最近は脚本家の指示からは逸脱してたのよ。というか、指示なしで自分で判断して盗みを繰り返していた」
「もう自分ひとりで大丈夫だと、実力を過信したわけね」
「うっさいわね……で、それを千里眼の脚本家は見逃さず、今回の事件を仕組んだ。そういうことだと思うわ。予告状が出ていたことすら、あたしは知らなかった。さあ、じゃあ、ニャンとやらについて教えてもらうわ」
「いいとも。といっても、俺が知っていることは少ない。もう死んでいるはずの芸術家で、とてつもない技術を持っている可能性がある」
「嘘は言っていないけど、全部正直に言ってるわけでもないわね」
ひやりとする声を出して、マカロンの目が細まる。
「それで終わりなら、このゲームはここで打ち切りにするわ」
「分かったよ。まったく、勘の鋭い奴だ。ニャンは、ひょっとしたら不死身かもしれない。だから、死んだはずが生きている可能性がある」
「……は?」
さすがにマカロンは唖然とするが、
「俺が嘘が言っていないことは何となく分かるでしょ。じゃあ、こっちの番だ。さっきの質問だよ。その、お前が裏切ったプロデューサーでもあった脚本家と、俺が関わりがあると、どうして思ったわけ?」
「え、あ、ああ」
気を取り直したマカロンは咳払いをして、
「だって、今回の事件の標的は――調子に乗ったあたしを切り捨てるのはどちらかというとついでで――本当の標的は、あんたでしょ、ヴァン」
意外な言葉に、僕のメモする手は再び止まる。
「……へえ」
「あたしを罠にかけるのは、あくまでも副産物。そうでなくて、脚本家としてこれまでになかった劇をつくることこそが本当の目的。そしてそれは、あの舞台の上であたしたちが演じたものに限らない」
あそこでは、現実と劇の境目が曖昧だった。ルイルイは僕が捜査をしている時に、自分が今、劇の登場人物のようだと言っていた。
「劇が現実に侵食した。あたしが脚本を処分し、それが事件になり、それを名探偵ヴァン・ホームズが解き明かす。そこまで全てが、脚本家の書いた脚本だった。そう思わない? ああ、これは質問じゃないわよ」
黙って、ヴァンは感情を殺した片目でマカロンを見ている。
「それじゃあ、こっちの質問ね。どうして脚本家の正体がニャンとかいう奴じゃないかと疑ってるの?」
「あの水中の絵。脚本家が用意した小道具だ。劇の進行に合わせて内容が変化する絵――そういうのをつくるのが得意で、好きな奴なんだ、ニャンっていうのは。それから、お前の言う通りだとして、これまでにない劇をって発注に対して現実を侵食していく劇を出してくる感覚も、芸術家っぽいでしょ」
「なるほどね」
納得した様子のマカロンとは裏腹に、僕は二人の話についていけず、かろうじてメモをしながらも眩暈がしてくる。
「さあて、俺としてはもうあんまり質問したいことはないんだけど――」
「え? まだまだ訊きたいことあるんじゃないの?」
にや、と笑うマカロンに対して無表情を崩さないヴァンは、
「いや」
横で見ている僕ですらぞっとするような、標本でも眺めているかのような乾燥した目つきでマカロンを見る。
「もう、大体分かった――お前から得られることはないよ、マカロン」
そして、立ち上がったヴァンは笑顔を凍り付かせて固まったマカロンに背を向ける。
「さようなら。もう会うこともないでしょ」