推理3
一瞬の沈黙。 全員が息をのむ沈黙を割って、哄笑が響き渡った。
からからと、明るい笑い声をあげて、マカロンが体を折るようにして笑っている。
「やだやだやだ、まさかでしょ、ふふ。あの舞台がダンジョンで、だから元冒険者のあたしが犯人?」
ひとしきり笑った後でマカロンは体を真っすぐに整えて、
「あのね、さっきメアリさんも言っていたけど、舞台がダンジョンなんて推理でもなんでもなくて想像、というか妄想でしょ? 根拠が弱すぎるでしょ、さすがに。ねえ? ええと、イースターさんだっけ? 探偵士さんもそう思うでしょ?」
「ん、ま、まあ、そうですね。確かに、まだ確定的というには足りないようには思いますが、しかしそれなりに筋が通っているようにも――」
「ほら、足りないって言ってるわよ」
「足りないなら、補強するとしよう」
ヴァンは当然一歩も退かない。
「劇中、美術館には大して詳しいとは思えないマカロンが、入り口に絵が飾ってあることについて『珍しいことではない』『結構ある』とコメントしていた。これは、そこが美術館ではなく、マカロンが詳しい場所であることを意味している……それとも、これは脚本家のミスだって主張するか? 謎の天才脚本家は、そんな雑な脚本を今まで書いていたのか?」
「今回は急遽の依頼で、しかもこれまでにない劇を、という発注だった。珍しくそういう細かい部分でミスをしてもおかしくないんじゃない?」
一方のマカロンも退かない。
他の人間を置き去りにして、二人は見合ったまま言葉を戦わせている。
「第三部の脚本、プロットでは墜落死した死体が最上階で発見される。これも奇妙は奇妙だが、ダンジョンだとすれば不思議でも何でもない。ダンジョン内には罠が複数ある。落とし穴で墜落死――しかも、それが即死でなかったとすると、どう? 死にきれなかったとしたら、苦痛の中で死にたがっていたのが助かりたいと思ってしまったら、どうする?」
ダンジョン。僕は実際にそこに潜ったことはないが、仕組みは知っている。だからここまで言われれば想像はつく。実際に冒険者だったマカロンならば当然答えは分かっているだろうが、それでもマカロンは答えない。黙って、ヴァンが自分で答えるのを待っている。
「……帰還石だ。墜落して、死にきれずに帰還石で入り口に帰還して、そこで息絶える。自然でしょ?」
不思議な点、不自然な点。その全てが、舞台がダンジョンだと考えれば説明がつく。
「全て机上の空論で――」
「ああ、それから」
なおも反論しようとするマカロンの言葉を遮り、
「ルー、ブル、ロウトンの町の名が出てきた上でダンジョン、というと限られている。第一候補はブル付近にある『古い湖』だ。湖関連のダンジョンなら、窓から水中の光景が見えるのにも当てはまる。だから、わざわざ調べに行ったよ。まったく、冒険者のまねをするなんて何年ぶりだか」
う、と声が漏れそうになる。僕が美術館を調べている間に、どこかに行っていたヴァン。あの薄汚れていた恰好。あれは、ダンジョンに潜っていたのか。
「大したダンジョンではないし、今更あそこを潜っている冒険者なんていないみたいで、邪魔が入らずにじっくり調査できたよ。入り口には、内容こそ海の絵じゃあないけれど絵が飾られていたし、石像も立ち並んでいた。モンスターを倒したら武具のドロップ率が高かったし、ちゃんと窓もあったよ。そして何よりも――」
にや、と少し邪悪な印象すらある笑みを浮かべて、
「――噴水があったよ、珍しくね。火吐き魚もそこにいた。楽勝だったけど。さあ、ここまで一致したら、もう間違いないと言ってもいいんじゃない? あの劇の舞台――そのモデルはダンジョン、『古い湖』だ」
とうとう、マカロンからの反論は出ない。
「ココアに質問してもらったけれど、この六人の中で個人的に『古い湖』に関係がある、という人間はいないみたいだ。そうなると、この舞台と関係がある、というのはつまり場所の種類――ダンジョンに関係がある、つまりマカロンしかいない」
自然と、全員がマカロンから一歩距離をとっている。
「……それで、それだけであたしがセイバーだと? 脚本家が勝手に書いた、その舞台がダンジョンらしいという、それだけで?」
「ついでに言うと、ココアからの質問に、舞台がダンジョンじゃあないかという意見を全く口にしていないのも疑わしいね。元冒険者のマカロンなら、ダンジョンなんじゃあないかとぴんときてもよさそうなものだ。もしも何も後ろ暗いことがないなら、ココアにそのことを伝えてもいいんじゃない?」
「――そうね」
ぎょろ、とマカロンの鋭い目が明らかに警戒した様子のイースターに向く。
「ねえ、探偵士さん」
「……何か?」
「ここまでの話を材料にして、あたしをセイバーとして告発する? 強制的に捜査をしてみる? 言っておくけれど、あたしのパトロンにはそこそこの大物がいるわよ。それに――」
マカロンの目はハルルとメアリにも向く。
「薄弱な根拠であたしを疑って大事にして、いざ犯人じゃあありませんでした、となったら、あたし以外にも怒る人が出てくるんじゃない?」
「……まあ、うちの看板女優の一人であるマカロンに捜査の手が伸びて、それで何もなかったとしたら団長としてはコネクションの限りを使って抗議をせざるをえないわ。面子もあるしねえ、悪いけど」
渋々、といった様子でハルルが言うと、
「モネ家は、内々に処理してほしくてヴァンを招待したのよね。それを、客人でもある劇団員を犯人扱いされ、主催のパーティーを大事にして壊されて、最終的に間違ってましたとなったら、何もしないわけにはいかない。お願いした立場で悪いんだけど、ヴァンにも、それからヴァンの推理に乗った奴にもね」
メアリが同調する。
二人の言葉に探偵士たちは困惑したように互いの顔を見合わせ、イースターは低く唸り、
「……いや、しかし、それでも――」
「まあ、待ってよ、イースター君」
苦渋の表情で喋ろうとするイースターにかぶせるようにヴァンが言う。
「確かに、これだけじゃあ判断に難しいかもしれない。これはあくまでも、一つ目のルートだ」
脚本から犯人を見つけ出すルート。そうだ。もう一つのルートがあると言っていた。
「ではこれから、妥当性についての話をしよう。といっても、さっき少し話はしたけどね。まず、メアリとエジソンがセイバーだというのは、自由に動けないことから妥当性が少ない。ここまではいい?」
さっき話したことなので誰からも反論はない。
「更に、メアリとエジソンが犯人として相応しくない理由がある」
「ありがたいことですな」
本気なのか皮肉なのか分からないエジソンの相槌。
「それはメアリとエジソンが依頼人側だってことだよ。今回の話、そもそもセイバーから予告状が届いて、それで心配した二人が俺を呼んだことから始まっている。それなのに二人のうちどちらかがセイバーっていうのは、ちょっと筋がよくない。いや、もちろん、可能性はあるよ。例えば予告状が偽者のセイバーからのものだったりとかね。ただ、その場合も俺を呼ぶかっていうとねえ、ちょっと奇妙な話ではある。自分で言うのもなんだけど、俺はそれなりに名が通っている元探偵だし、何より二人は以前の事件で俺が謎を解くところを見ているからね。そんな二人が、偽者のセイバーの事件のために俺を呼ぶかな? 俺が本物のセイバーに辿り着く可能性だってありえるしね」
自画自賛に当たる内容だからだろう、言いにくそうに顔をしかめたヴァンは少し早口でそこまで一気に喋る。
「かなり複雑な入り組んだ事情があればありえるだろうけど、基本的にはこの面からも二人がセイバーだっていうのには妥当性が少ないってことに、同意してもらえるかな?」
「もっちろん」
大きく元気よく返事をするのはメアリだ。そりゃあメアリはそうだろう。他に発言する者はいない。