推理2
誰もが呆然として声も出せない。耳に痛いほどの沈黙の中、ヴァンは語り続ける。
「今回の旅に合わせるようにしてこの劇は上演され、登場人物は現実と同じ。そして劇中でもルー、ブル、そしてロウトンと巡っているって話が出ていたから、てっきり劇中は最終目的のロウトンだと思い込んでいた。芸術の都だとね。だけど、よくよく考えてみれば、三つの町を巡ったという話は出ているけど、そこがロウトンだと――美術館が溢れているこの町だとは誰も言っていない。かなり微妙な部分はあったけどね、美術の町だとか、小規模な美術館がいくつもあるだとか。けれど、やはりロウトンだとは言っていない。ましてや、そこが美術館だなんて」
「び、美術館じゃなかったら、一体何なのよ?」
メアリの声は動転のためか裏返っている。
「逆に、どうして舞台が美術館だと思ったか。それを考えてみよう。その理由の一つ目は、さっき言ったようにそこがロウトンだと思い込んでいたから。さあ、他の理由は? どうしてみんな、そこが美術館だと思い込んだ?」
ヴァンの問いかけに僕たちは顔を見合わせて、
「……入口に、絵が飾っていたじゃない、あれは?」
まず口を開いたのはマカロンだ。
「ああ。だけど、それは美術館じゃなくても入り口に絵が飾ってあることくらいいくらでもある。何より、劇中でそれが『珍しいこと』なのではないかと話題に上がっていたくらいだ。入口の絵は判断材料にはならない。ああ、同じように噴水も判断材料にはならないよね。だって噴水があるのは『珍しいこと』なんだから」
「武具が、剣がいくつも展示されておりましたな」
続いてエジソン。
「ああ、そうです。けどエジソンさん、その表現は正確じゃあない。登場人物の表現を借りて言うなら、床にまで剣が並んでいる、だけです。展示とは誰も言っていない。剣を含む様々な武具が並んでいる場所――並んでいてもおかしくない場所です」
「彫像とかも並んでなかったっけー?」
ムニルの質問には、
「彫像というのも正確じゃあない。正確には、石像があったんだ。そう、石像があってもおかしくない場所ではある。それは確かだ。だけど、彫像が展示されているのならば美術館かもしれないけれど、石像があるからといってそこが美術館とは限らない。でしょう?」
とうとう誰も何も言わなくなる。美術館だという根拠をヴァンに全て論破されてしまったように。だが僕は違う。僕はまったく納得していない。
「ちょっと待ってください」
満を持して反論する。
ヴァンは少し楽しそうに目線をこちらに向ける。
「絵があったのは、入り口だけじゃあありませんよ。実際には舞台の中央の絵はどんどん変わっていった。あれは、劇中では場所の移動を表現していたはずです。っていうことはですよ、移動するたびにそこには別の絵がある――つまり絵がたくさんある場所、美術館だってことじゃないんですか?」
僕の反論に何人かから、ああ、という納得のこもった息が漏れる。結構気分がいい。どうだ、という思いでヴァンを見る。
「いいところを突くじゃあないか。さすがは助手」
背を向けて、その場をうろうろとヴァンは歩き出す。歩きながら喋る。
「確かに、そこは俺も悩みどころだったよ。けど、この劇の特徴の一つは抽象化、象徴化、省略……でしょ? 唯一の小道具があの絵だ。それはつまり、あの絵には単なる絵がそこにある以上の、意味がある。あの絵は、何の絵だった?」
「海、ですな」
あの事件を思い出したのか、少し顔をひきつらせてエジソンが答える。
「暗い海や、明るい海など、様々な海――ああ、いや、海とは限らないですか。それこそ湖なのかもしれない。嫌ですが。ともかく、水中の絵でしたな」
「そう。だけど、それが実際に劇中でも間違いなく絵だとされたのは、入り口のものだけでしたよね。それ以降は、誰も絵に言及していない。つまりあれは、入り口のもの以外は絵ではない可能性があります」
そう言われても納得できない。
「いやいやいや、ヴァンさん、めちゃくちゃですよ。じゃあ、あれ、絵じゃなくて何だっていうんですか?」
思わず半笑いになってしまいつつ、言う。
「だって、どう見たって絵じゃないですか。劇中であれが絵以外の何かを表していたって言われても、絵以外に何も表さないでしょ。額があって、その中に色々な水中の、光景、が」
僕の発言は途中で止まる。ヴァン以外の全員が怪訝な顔をして僕を見つめてくるが、それどころではない。
縁があり、その中には光景がある。様々な水中の光景。ああ、だが、まさか。まさか、入り口の絵以外は。
「まさか、ヴァンさん、あの絵は――」
「最初のもの以外、あの絵画は劇中では別のものを表していた。縁どられた光景。つまりあれは」
最後の答えがヴァンの口から出る前に、僕はそれを呟いている。
「――窓」
「ああ、あれは窓だよ。もちろん、窓の外が水中ってことは、ガラスが張ってあるんだろうけどね」
「そ、それはちょっと、想像――いや、妄想がひどすぎるんじゃあないの?」
唖然としている面々の中から、さすがに突拍子もないと感じたのか、首を傾げながらメアリが声を上げる。
だがヴァンはそれに対して慌てることもむきになることもなく、平静なままで、
「絵の内容を考えてみて欲しい。エジソンさんの言うようにあれは色々な水中の光景だった。それだけでなく、魚がいたりいなかったり、小さな魚だったり大きな魚だったりしたけれど――そして最終的には、第二部の終わりごろには真っ黒な絵になっていた。あれは、何を意味しているのか?」
ヴァンの問いかけの答えは、既に僕の頭の中に出ている。だが、衝撃のあまり口を動かすことができない。だとしたら、そういうことなのか?
「深さだよ。明るい景色から、どんどんと暗い景色へと潜っていく。つまり、深く深く下に降りていくことを意味している。最後が真っ黒なのは、最下層へ降りたってことだよ」
言葉を切り、全員を見回してから、再び静かにヴァンは口を開く。
「つまり、物語の舞台は水中で、下に何層も伸びている場所で――」
そんなものを、僕たち人間が建造できるだろうか?
「武具の類が並べられ、剣なんかも無数にあり――」
それはつまり、宝だ。収穫物。
「剣がいくら転がっていてもそれを使わず人間を縊り殺す存在がいて――」
人間ではないならば、それは自然だ。剣を使用する知能を持たず、ただ剛力で首を絞めることしかしない存在。モンスター。
「水中で焼き殺されても不思議ではなく――」
旅行の最初で舌鼓を打った、あの味を思い出す。火吐き魚の煮込み。
「突如として消失、そしてその後の墜落死が起こりうる」
罠だ。落とし穴。
「そして何よりも、死を望む者たちが向かってもおかしくない場所――もう、分かるよな、マカロン」
ヴァンはマカロンを真っすぐ見ている。彼女もまた、感情を削ぎ落した顔で見かえしている。何も読み取れない目で。無言で。
「俺とお前なら、分かるはずだ。でしょ? 実際に、ああいう場所に潜った同士だ」
ヴァンはひくひくと片頬だけで笑ってから、
「舞台はダンジョンだ。そして、ダンジョンに関係ある人間がセイバー――つまり元冒険者のお前だ、マカロン」