四日目 捜査開始3
まず、字が雑で読むのに苦労する。
「筆跡から自分の正体がばれないようにしている工夫みたい。毎回、微妙に筆跡を変えてるのよ」
とはハルルの言だ。
だが、それを別にしても、このプロットは異様だ。異様すぎる。まず、あまりにも簡潔だ。簡潔すぎて、これを読んでも結局何のことか分からない。
「内容がよく分からないのは百歩譲っていいとして、最後にヒントだと言って終わるのはやめてって言ったの。こういう、結論が出ないで観客に解釈まかせて終わる系のやつ、個人的にも嫌いだし」
なるほど。そして、それを脚本家は受け入れた上で脚本を書いたわけか。しかし、それにしても。
「ええっと、ちょっと整理させてもらっていいですか?」
僕はそのプロットを眺めながら、これまでの二部の劇を思い出し、照らし合わす。
「確か、第二部ってルイルイさんが消えてハルルさんだけになって終わりますよね。それって」
僕はプロットの三人目、の部分を指でなぞる。
「この部分ですよね? この、ルイルイさんが墜落死しているのを見つける前で終わっているってことですか?」
「あたしに訊かれても困るけど、まあ、そういうことでしょうね。三部では、最上階に行ったあたしが墜落死しているルイルイを見つけて、流れはよく分からないけど『この舞台がセイバーの正体のヒントだ』って言うんでしょうね」
「それだと、第三部がかなり短くなっちゃうんじゃないですか?」
「このプロットの通りだとね。けど、その終わり方だと分かりにくいってそもそもダメ出ししたわけなんだからさ」
「ああー、そりゃそうですね」
だから、終わり方が丁寧になって、分量が増えたわけか。
しかし、何だろう。何か、ひっかかるような。この後で墜落死したルイルイをハルルが見つける……まあ、いいか、とりあえず。
「このプロットのことは、他の劇団員は知らないってことですよね?」
「んーああっと、いや、そのお……姉貴は知ってるわね」
一瞬のためらいの後、ハルルの顔がもどかしそうに歪む。
「あ、そうなんですか」
やはり姉妹だからそこには打ち明けるのか、くらいに軽く思ったのだが、
「いや、相談したりとか姉貴にも口出しさせてるってわけじゃないのよ? 脚本家にリクエストの手紙を書くのを代筆してもらったりとか、そういう雑用をこれまでちらちらやってもらっててさ」
異様なまでに慌ててハルルは弁解しだす。
そこまで弱みを見せたくないのかと少し呆れながら、メモをする。
「それじゃあ、脚本盗難についてなんですけど……」
と、少し前にヴァンたちとの話し合いで出てきた内容を伝える。そもそも、脚本が今回奇妙なシステムで送られてきていて、この部屋に置いてあるというのが分かっている人間はそこまでいないということ。
要するに、犯人もしくは共犯者として、劇団員と脚本家が怪しいという話だ。
「うーん」
激昂するでも狼狽するでもなく、ハルルは意外にも落ち着いて熟考する様子を見せて、
「さっきも言ったけど、脚本家が犯人って説は、まあ、なくもない、わね。つまりこれを演出の一部として。いやあ、でも、どうかなあ」
首を捻る。
「何か気になることでも?」
「いや、ほら、さっきも言ったけど筆跡をわざわざ毎回変えたりとか、それみたいにプロットをチラシの裏に書いたりとか、脚本を書く紙も毎回違ったりするのよ。手紙のやり取りだって、何回か間を噛ませたりとか……それくらい、自分の正体を隠すために尽力してるのが脚本家よ」
「はあー……ハルルさんも正体ご存知ないんですか?」
「長い付き合いだけど、全然知らない。とにかく、そこまで自分の正体を隠しているのに、よ……これをやったら、大変なことになるんじゃない? だって演出だろうが何だろうが、これはれっきとした犯罪でしょ? 今はまだ大事にはなっていないけど、これって最終的に探偵士に正式に捜査されることになるでしょ? 脚本家の正体だって問題になるじゃない。国家権力で正式に捜査されたら、さすがにバレる可能性高いじゃない」
「いや、それはどうですかねえ」
あのメアリの様子を見ると、是が非でもこの事件のことを公にしないように動く気がするが。
だが、そんな僕の懸念をハルルは鼻で笑い、
「無理でしょ。普通の事件ならまだしも、この事件は『セイバー』の事件ってことになるんでしょ?」
「あっ」
そりゃあそうか。
「で、でも、本物のセイバーかどうかは……」
「本物かどうかは関係ないでしょ。確定するまで。まあ、その辺りも含めて、メアリはヴァンとかあんたに期待してるんでしょうけどね」
「え?」
「さっさと犯人を見つけて、偽のセイバーの事件だって分かったら、この事件うやむやにできるでしょ? 実際、あたしもそれを望んでいるわよ。脚本家の正体暴露されるような流れになったら、うちの劇団と脚本家の縁が切れてもおかしくないから」
そうして最後に、犯人についての所見を言う。
「実際、あたしも含めた劇団員が直接脚本を盗むと考えると――」
「考えると?」
「十分可能でしょうね。前日の夜にでもホテルを抜け出して、ここまで歩いて盗んで帰る。別に時間的には十分可能よ。実際、犯人は四人の中にいるんじゃない?」
自分のその四人の中に含まれているというのに、あっさりとハルルは言う。
「どうして、ですか?」
思わず真正面から質問してしまう。
「んー、内部の四人が脚本を盗む理由なんてあたしは知らないわよ。でも、外部の人間が盗む理由の方がもっと想像つかないのよね、実際」
乱暴すぎる話だが、妙に説得力があるように感じる。
確かに、関係者以外が脚本を、それもまだ世に出ていない第三部の脚本だけを盗む理由があるようには思えない。そして、ハルルにとっては脚本家が演出で盗難を仕組んだとも思えないらしい。なら確かに、容疑者が四人の中にいると考えるのも分かる、いや。
「ちなみに、ハルルさんは犯人じゃないですよね?」
「えっ、ああ、あー……そりゃあそうでしょ。だから、そっか、言い方が悪かったわね。犯人は三人の中にいるはずよ」
何だか反応が鈍いハルルだが、おそらくかなり精神的に疲弊しているのだろう。
そろそろお暇することにする。他の三人にも話を聞かなければならないし。
「あのー……なんだかお疲れの様ですし、そろそろ僕……」
「ん? あ、ああ……ごめん、ちょっと、疲れててね。そうしてもらえると助かるわ。ああ、また、何か質問とかあったら、いつでも訊きに来て」
「はい、あの……僕とヴァンさんでできるだけ早く謎を解きますから、元気を出してください。しっかりと休んでおいた方がいいと思いますよ」
「ありがと。あんた、優しいのね」
これまでのハルルからは考えられない言葉と似合わない儚げな笑顔を最後に受けて、僕は部屋から出る。
ドアが閉まったのを確認してから、
「……ふう」
一息ついてから、メモに追加する。
・ハルル 明らかに様子がおかしい。 犯人濃厚?
さて、次は誰に話を訊きに行こうか。