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四日目 捜査開始2

 捜査をどうするか、の話に入ると、僕を除く三人の意見はすぐにまとまる。


「やはり麗しく人気の高い女性ばかりですし、それがよいでしょうな」


「今警備員が守っているから、三階にいるのは劇団員だけ。ほとんど男子禁制みたいな状況だし」


「他の招待客にも、取材だって説明すれば怪しまれないだろう。何か事件が起こったとは思わないはずだ。それがいい。じゃあココア、頼んだ」


 というわけで、僕がホテルの三階に乗り込み、劇団員の面々から話を聞き取り、メモに残すことになった。


「その間に、俺もメアリやエジソンさんから詳しい話を聞いたりとか、外で調べられることは調べておくから。手分けしようぜ、手分け」


 とヴァンは言う。いまいち納得できない。


「女性ばかりで心細い思いしてるだろうし、警戒解くには同じ女性が――あれ?」


 ヴァンはそこで首をひねって、


「悪い、前聞いた気もするんだけど――ええっと、失礼な質問かもしれないけど、ココアって、その……」


 と僕の性別に混乱しているので、


「あのですねえ、僕は――」


 いい機会だ。はっきり言ってやろう、と口を大きく開いたところで、


「ああ、いかん! 申し訳ございません。ホテル側との打ち合わせをしなければいけない時間が迫っている――ここで失礼します、ヴァン様、ココア様。とりあえず先にメアリから事情を聞いておいてください。後で私も必ず」


 と、立ち上がったエジソンが慌てた様子で頭を下げながら部屋を飛び出していく。


 何となく、タイミングを逸した感じになり、そのまま解散となって僕はひとまずホテルに戻り、三階に昇ることにする。やれやれ。





 警備員に軽く会釈をすると、話は通してもらっているらしく道を開けてくれる。階段を上がって三階に着くと、つくりはまるで二階と同じなのに、別世界に来たような感覚がある。物語の舞台に入り込んでしまったかのような雰囲気。もちろん、気のせいだろう。ここに月華劇団の役者が固まっていると事前に知っているからそう思ってしまっているだけだ。


 僕はとりあえず現場に行くことにする。現場、つまり脚本が盗まれた場所だ。脚本の入った箱は、ハルルの部屋にあったらしい。

 彼女の部屋のドアをノックすると、すぐに開いて、これまでよりも数段不機嫌な様子のハルルが顔を出す。


「ああ、入って。話は聞いてるわ」


 ぱっと何の変哲もないホテルの一室だが、家具類が全て端に寄っている。多分、脚本がないかと部屋中ひっくり返して探した時のままなのだろう。


 椅子は一脚しかないので、僕は立ったままで椅子に座ったハルルに聞き込みをスタートする。ハルルは足を組み座ってがりがりと頭をかいている。


 まずはメアリの話の確認をしてみる。大筋でハルルは全て認める。


「……なるほど。では今回の脚本が盗まれる心当たりみたいなものって、ありますか? セイバーがどうして脚本なんて盗むのかっていうのは?」


「あるわけないでしょ。脚本なんて大した価値のない――」


 苛立たしげに吐き出した後、ふっとハルルは口調を緩めて、


「ああ、いや……あるとすれば、まあ、中身よね。三部構成で、二部まで公開されて三部が行方不明。内容を知っている人間もいない。上流階級の客に二部まで見せてることもあって、好事家の間では伝説的な作品になる可能性はあるわよね。タイトルが『怪盗セイバー』なのもできすぎよ」


 確かに、そうだ。つまり――


「これも全て演出だ、と?」


「うちの脚本家が、今までにない劇って注文に対してそこまでやるのは、まあ、ありえない話じゃあないわね。あのタイミングで劇の題名入りの紙を配布するのだって脚本家の指示だし……それにほら、あんたも感じたでしょ? 今回の劇のテーマって多分……」


「演劇と現実の境目、ですか?」


「そう。そんな感じでしょ、多分。あたしたちがあたしたち役を演じていたり、舞台が実際に今いる町だったり。そう考えると、この脚本がセイバーに盗まれたこと自体、劇の演出の一部だって考えられなくもないけど」


 ばさ、とハルルは髪をかき上げて、


「まあ、それだったらさすがにあたしに一言あるはずだと思うけどね。なんだかんだ言って、脚本家はこれまでそういうぎりぎりのところでの仁義みたいなものは欠かしたことはなかったから」


「そうなんですか?」


 意外だ。正体不明の奇才脚本家、からイメージしていたのは、他人のことなど考えず、自分一人のこだわりを貫く芸術家気質の変人だった。


「うん。先に脚本のプロット受け取った時点で、あまりにも先進的過ぎてちょっとわかりにくかったりとか、客層的に受けそうにないと思ったりしたらこっちからダメだしとかリクエストとかするわよ。で、結構素直に受け入れてくれるわ」


「へえー」


「まあ、そうやってくれる分、こっちも向こうとの約束とかを絶対に守らないといけないんだけどね。前も言ったけど、脚本家はどこに目があるか分からないくらい、こっちのことをよく知ってる。あたしたちが勝手に脚本をいじったり、指示に従わなかったりしたら、すぐにそれを指摘してくるわ。まあ、単なるミスなんだけどね。でも、もし意図的にそういうことをしたとバレてしまったら……まあ、多分切られるわ」


「そうなんですねー」


 メモをしながら、何かが気になる。何か、何かが――あれ?


「ううっ、ちょ、ちょっと待ってください」


 そうだ。僕は慌てて確認する。


「何?」


「プロットを先に見せるんですか、脚本家は?」


「ええ、そうよ……あ」


 まずいことを言ってしまった、とハルルは口を押える。


 そうだ、ヴァンも言っていた。こんなわけが分からない劇を演じることになって、次の部の脚本を確認しないでいるのは危険なのではないか、と。団長として何か手を打っているのではないか、と。あの時はハルルは否定していたが。


「じゃあ、今回の劇も、プロットは渡されていたんですか?」


「あー……他の劇団員には、内緒にしてくれる?」


 と、ハルルは言う。


「え、ええ」


「実はさ、プロットの話、他の劇団員は知らないのよ。あー、失敗した。こんなところでポロっと言っちゃうなんてね」


 髪をかきむしり、


「あたしが脚本に口出ししてるって分かったら、ちょっと面倒なことになるのよ。劇団員には、脚本家は絶対だからとにかく脚本の通りにやれ、逆らうなってことで教育してるからさ。これであたしが脚本に携わってるとか、文句を言ったら脚本家が対応してくれるとかバレたらさ、ほら、色々と面倒なわけ」


 なるほど、そういうことか。


「特にルイルイなんて元々は脚本書いてたくらいだから、もうそうなった時の面倒臭さといったら想像しただけで吐き気がしてきて――」


「あの、ハルルさん、それはいいんで、結局、今回のこの劇もプロットは事前に見たんですか?」


「まあ、見たけど今回のそれはいつものものとは違うわよ。かなり特殊な劇だからプロットもいつもとは書き方が違う簡潔なものだし、訳が分からない内容だったのよ。だから、脚本家にもっと分かりやすくしてほしいってリクエストして」


「して?」


「分かったってオーケーはもらったけど、結局修正されたプロットは確認できてないわね。まあ、時間がなかったのよ、とにかく、本番までに。だからあとは、分かりやすいように修正された脚本が届いているのを祈るしかない状態よ。ま、そこまで心配はしてなかったけど。これまではいつだって脚本家は最後にはこっちの期待に応えてくれたからさ」


「ふうん……じゃ、じゃあ、そのプロットって、今、見せてもらうこと出来ます?」


「ええ、ちょっと待って」


 そう言うとハルルは懐に手を突っ込むと、無造作に折りたたまれた一枚の紙を取り出す。何かのチラシだ。


「このチラシの裏に書かれて送られてきたの、プロット」


「ええっと……」


 予想外の雑さに戸惑いながらも、おずおずとそれを受け取り、


「……なんですか、これ」


 思わず感想をそう言う。





・三部作

・登場人物は役者自身。ハルル・ムニル・ルイルイ・マカロン。

・死にたい四人が喋りながら歩く。一人ずつ死んでいく。

・舞台中央の絵が切り替わり、場所を示す。

・一人目は剣が無数に散乱している中で絞殺される。

・二人目は水の中で焼き殺される。

・三人目は最上階の入り口で墜落死しているところが見つかる(ここでは、医術の知識のある人間が死体を調べて墜落死だと認定しなければならない)。

・物語の舞台こそがセイバーの正体のヒントだと生き残った一人が呟いて、終劇。

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