四日目 捜査開始1
「事件を整理しよう。ああ、悪いけど、ココア、メモしといてもらえる?」
しん、と静まった部屋の雰囲気を動かすためか、ヴァンが軽い感じで声を出す。
「あ、ああ、ええ」
元からそのつもりだ。最初からメモとペンは用意している。
「ええと、そもそも事件はどう発覚したの?」
「え、ええ」
気を取り直したのか、メアリは二度三度頷いてから、
「ついさっきよ。あたしたちがロウトンに来て、このホテルの部屋に荷物を置いて……それで、劇団の面々が昼前にリハーサルを始めようとして……それで判明して、大騒ぎよ。三階だけでね」
「ああ」
物音の理由がようやく分かる。
「んー……そもそも、このホテルに台本が運び込まれたのはいつ?」
ヴァンの質問に答えるのは、エジソンだ。
「ああ、それは昨日だそうです。ホテルの方に確認いたしました。昨日の昼頃、荷物が届いたと」
「荷物は、一目で台本だと分かる形で?」
「まさか。小さなサイズの木箱です。それに人数分の台本が入っているんです。荷物が届くことも、それを部屋に置いておいて欲しいことも事前にこちらからホテル側に伝えております」
「ああ、そういう形になることはエジソンさん側も分かってたんですね」
「ええ。ハルル様から、今回の劇はそのような事前準備が必要になるとお伝えいただきましたので」
ふむ、と僕はペンを止めて考え込む。
ということは、盗まれたタイミングが確定できないんじゃないだろうか?
「じゃあ、事前には誰も木箱の中身を確認してないの?」
ヴァンも同じところにひっかかったらしい。
「そうね。今回、初めてハルルが木箱を開けて確認したところ、そこに何もないと分かったってわけよ」
「じゃあ、最初から木箱が空だったとかの可能性は?」
「それはありえません。ホテルの方に確認を取ったところ、確かに木箱の中には何か重いものが入っていたそうです。先ほど緊急に確かめましたが、複数の方が断言しておられます」
「じゃあ、やっぱり盗まれたのか……ええっと、だとしたら盗まれたのは、昨日の昼からついさっきまでの間かあ。警備は?」
「演者が部屋に来るタイミングで警備員をつけたから、それまではこちらとしては何もしていないわ。まさか部屋にある木箱の中の台本が盗まれるなんて想定もしていなかったし。もちろん、ホテルとしてのセキュリティーはあるわよ。三階に上がるには普通ロビーを通らなければいけないし、怪しい人物を見かけたらホテルの従業員も怪しむでしょうけど」
「あの怪盗セイバー相手だとすると、何もないも同然だろうな」
ヴァンの言葉に僕も同感だ。予告状をあえて渡し、それを受けて厳重な警備をされた場所に忍び込み盗み出す。それが怪盗セイバーだ。普通のホテル、何も警戒をされていない場所に忍び込み箱の中身を盗み出すなど造作もないだろう。
「けれど、そもそも不思議なのよ。どうして、台本なんて盗むわけ? そりゃあ、好事家に売れば多少の金になるかもしれないけど、正直大した額になるとは……」
「金が目的じゃあないだろうね。まあ、そっちは何となく予想がつく。それよりも――」
エジソンとメアリを見るヴァンの片目が、すっと細く冷たくなる。
「俺が知りたいのは、誰が盗むことができたか、だ」
「どういう意味? だから怪盗セイバーだと――」
「その怪盗セイバーが、まあ、台本が欲しかったとしよう。その台本がこのホテルのその部屋にあると、一体どうして分かる? 盗むにはそれを知らなきゃ無理でしょ。要するに、その台本が事前にホテルの部屋に運び込まれるシステムだっていうのを知っていたのは誰かってことだよ」
一瞬の沈黙ののち、困惑しながらも、エジソンが口を開く。
「第二部の脚本も同様の手段で送られましたので、たとえば前のホテルの関係者は分かっているかもしれません」
「それが第二部の脚本で、第三部の脚本も同じ方法でここのホテルに送られるって情報まで分かったってこと? ありえないでしょ」
「そうなると……まずは、我々、でしょうな」
ためらいを滲ませつつ、エジソンが自分とメアリを手で示す。
「まあ、そうね。あたしたちは当然、知ってたわ」
「だよね。ココア、メモしてくれ」
「え、ああ、はい」
台本の情報を知っている人物
・エジソン
・メアリ
とメモに書き加える。
「でも、あたしたちや他の招待客を疑うのは無理じゃない? だって、前日にはブルにいたのよ、あたしたち」
「ブルとロウトンは近い。夜中に歩いて往復することは不可能じゃあない。ましてや、怪盗セイバーだったらそれくらいの芸当は鼻歌でも歌いながらできると思った方がいいでしょ」
「……確かに、ね。ええと、それから台本のことを知っていたのは、当然劇団の役者たちね」
「そりゃそうだ」
僕も頷いて書き加える。
・ハルル
・ムニル
・ルイルイ
・マカロン
「でも、彼女たちの誰かが他の招待客に台本の話をしている可能性はあるわよ。そこまではあたしたちも知らないわ」
「あー、確かに。実際、僕たちも台本の話については聞きましたもんね、ヴァンさん」
「ああ」
同意するヴァンだが、僕がメモに自分とヴァンの名を書こうか迷っていると、
「だがそれについては、詳しい証言をとらなきゃいけないが、あんまり気にしないでいいような気がするけどな」
「えっ、どうしてですか?」
「理由は二つだ。一つは、そもそもこの事件が本当にセイバーのものだとしたら、予告状が出ている。この旅の最中に偶然話を聞いたから事件が起こったとは考えにくい。もちろん、例えば本来は別のものがターゲットだったのが偶然話を聞いてターゲットを変更しただとか、色々パターンは考えられるが、とりあえず今はそう考える方が真っ当だ」
確かに。
「もう一つは、人からの又聞きの話だけでこの犯行が行われたとは思えないからだ。ある程度詳しく、信頼性の高い情報じゃないとな。例えば、俺やココアがそうなんだが、今回の劇の台本が直前でホテルに送られることになっていると話に聞いたとする。だが、それだけじゃあ、一体いつ、どうやってホテルに送られるのかが分からない。俺がセイバーだったとして、まだ届いていないのかもしれないのに夜通し歩いて隣町のロウトンまで行って、結局まだ届いてませんでしたなんて最悪だろ。軽い世間話程度の情報で犯行に及ぶ、なんて考えにくいんだよなあ。詳しく、細部に渡って情報を他の人間に伝えた奴がいるっていうなら話は別だけど」
結局、怪盗セイバーが犯人であり予告状が出ている以上、そう考えるのが妥当か。場当たり的にコソ泥が盗みを働いたのとは違うのだ。
「……つまり、現時点ではあたしのパーティーの招待客――というより、あたしたちと劇団の役者が怪しい、そう言いたいってこと?」
メアリの声は剣呑さを隠せていない。それはそうだろうと思う。
「今のところの、最有力容疑者は、って話だよ。例外もいるし詳しく調べたら話も変わる。そう難しく考えないでくれ。ああ、それと、もう一人条件に当てはまる人間がいるな」
そう言ってヴァンは、横から僕のメモに一人書き加える。
・脚本家