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四日目 事件発生2

 結局、地図を調べるのに夢中で、ロウトンに向けて出発するのは僕とヴァンの二人が最後になってしまった。


 馬車の中でもずっと地図を眺めていたので、ロウトンに着く頃には、


「う゛ううう゛、気持ち悪い」


「自業自得だよ」


 隣からヴァンの呆れ声。


「いやあ、夢中になっちゃって……」


 気分をよくしようと、馬車から降りて深呼吸する。周囲を見回す。これまでの町とは趣の違う、色鮮やかな街並み。いたるところに草木や花が植えられており、建造物はどれも意匠がこらされている。街路樹のように彫刻やオブジェが並び、絵画が町中に飾ってある。まさに、芸術の都だ。


「ホテルも凝ってるよなあ」


 ヴァンが呆れ半分感心半分の声で呟く。


 その呟きの通り、確かに馬車の外にホテルは大きさこそ今までのものより小規模だが、真っ白い石壁に彫刻が施されており、赤を基調としたタペストリーがそこに差し色として機能している。窓の枠や正面入り口の扉のノブなど、ワンポイントだけ金でできているのもいい。三階建てか。


「でも、招待客が全員ここに泊まるなら、結構ぎりぎりですよね」


「だよなあ。多分、このホテル貸し切りなんじゃない? 豪勢なことだな。パパゲアの遺産、全部使い果たしちゃったりして」


 冗談を言いながらホテルに入る。紫色の絨毯の敷かれたロビーでフロントから部屋の鍵を受け取り、手すりの部分に彫刻の施された階段を上がり二階へ。僕とヴァンは二人とも二階の部屋なので、そこで互いの部屋に向かえばいいのだが。


「……ええっと」


 思わず足を止めてしまう。二階の、三階への階段の前に、警備員が二人立っているためだ。別に関係ないと言えば関係ないのだが、気になる。それはヴァンも同じらしく、興味深げにその警備員を見た後、僕の方に「ほら、お前が質問しろよ」という視線を送ってくる。


「あのお、すいません」


 ヴァンのことがなくとも気になるので、片方の警備員に声をかけてみる。


「何でしょうか?」


「三階、何かあるんですか?」


「ああ、いえ。三階は主催者であられますメアリ様エジソン様夫妻、それから月華劇団の方々の部屋になっておりますので」


「ああー、そういうことですか」


 今まではホテルが大きなものだったから、貸し切りというわけにはいかなかった。だが、今回はこのホテルを貸し切りしているみたいだから、月華劇団の人気女優やメアリ、エジソンといった警備した方がいいような面子を固めて三階に配置すれば、二階から三階への出入り口を警備すればいい、ということだ。確かに、月華劇団の熱狂的なファンなんて部屋に押しかけそうだし、これは妥当な措置だろう。


「逆にこれまではどうしてたんですかね?」


「さあ、それはなんとも。我々に言われても」


 警備員は困惑している。そりゃそうか。


「それぞれの部屋の前に警備員配置してたらしいよ」


 答えるのはヴァンだ。


「まあ、それだと雇う警備員も多いし、強がってるけど懐具合がかつかつなメアリにとってはこっちの方がありがたいだろうね」


 と余計なことまで言い、警備員は二人とも苦笑している。


「……まあ、そこまでして警備するのは」


 何か言いかけて、ヴァンは首を振る。


「まあ、何でもない。さあ、警備員の皆さんの邪魔するのはやめて、荷物を置いてから出発しよう」


 自分で命令したようなもんなのに、とも思うが言っていること自体はもっともなので、不満ながらも僕は警備員に礼を言って自分の部屋に向かう。


 荷物をサイドテーブルに置いて、メモとペン、そして例の地図だけをもって部屋を出る。廊下でヴァンを待っていると、少しだけ遅れてから何やら上の空のヴァンがやってくる。


「どうしたんですか?」


 はぐらかすだろうな、と思いながらも一応聞いてみると、


「……んー、ああ、俺の部屋の上が騒がしいんだ」


 と、意外にもあっさりと教えてくれる。だが、意味はよく分からない。


「ええっと?」


「ここ、ちゃんとしたホテルなんだから多少のことで他の部屋の音が、しかも上の部屋の物音が聞こえることはないでしょ。それなのに俺に聞こえてくるってことは、俺の真上でよほどバタバタしてるってことだ」


 なるほど。そう言われると、確かに気になる。


「でも、三階は警備員に見張られてるじゃないですか。別に大変なことが起こってるはずはないと思います、けど……」


 だが、下の部屋にも物音が響くくらいにバタバタしているらしいのも確かだ。


「どうしましょう?」


「とりあえず、警備員の様子を見てみる?」


 それしかないか。


 ということで、二人連れ立って階段の踊り場まで向かう。そのまま一階に降りて観光に出かける、ような振りをしながら、不自然にならない程度に足取りを緩めて、三階への階段を守る警備員を横目で観察する。


 警備員は二人とも揃っているし、特に何かを警戒している様子も、狼狽している様子もない。


 何もないのかな。

 そう思いながら通り過ぎて一階に降りようとしたところで、


「ちょうど、いいところに」


 声と共に、警備員の向こう側、三階からメアリが階段を降りてくる。声の調子が少し不安定で、以前の潜水館の事件の時の彼女を思い出させる。それで、何か起こったのだろうな、といやでも分かる。


「ああ、何?」


 ヴァンは気のない様子で返す。さっきからの流れからすると、知りたくて仕方がないはずだろうに、なかなかの役者だ。女性だったら月華劇団に入れるかもしれないくらいの名演技。


「ちょっと、いい? 外でお茶でも、どう? ああ、もうすぐエジソンも来るから、四人で一緒に」


 提案というより、声の調子からすると懇願だ。


「俺は別にいいけど、ココアは?」


「ああ、僕も、別に構いませんよ」


 声がうわずらないようにするのに苦労する。ヴァンと同じく、僕も何事か起こっているのを知りたくて仕方がないというのを隠さなければならない。そうやって向こうを油断させないといい取材ができないというのはよく知っている。


 メアリの言葉通り、すぐにエジソンが現れる。


 四人揃って、言葉少なにホテルを出る。緊張を隠そうとはしているが、メアリとエジソンの横顔は強張っている。緊張が僕にも伝染しつつある。


 足早に移動して、メアリの先導で洒落た喫茶店に入る。メアリは一言二言店員と言葉を交わす。すると、店員がその喫茶店の奥、更にそこから壁の一部にしか見えないドアを開けてその奥へと案内してくれる。


 隠し部屋のような個室。そこにあるテーブルに四人で席に着き、全員にコーヒーが運ばれたところで店員は一礼して部屋を出て、例の壁のようなドアを閉める。外界の音は一切聞こえなくなり、この個室が孤立したことが分かる。


「――さて」


 落ち着かない様子でメアリは体を前後に揺らしていたが、コーヒーで口を湿らせると、


「ヴァン、ちょっと相談があるんだけど」


「それは、そもそも俺を呼んだことと関係があるか?」


 これは、以前ヴァンがメアリと話していた内容だ。どうしてヴァンが呼ばれたのか。それには、理由があるとメアリも認めていた。


「そう、そうね。ええ」


「それで、警備員を配置するなんて過剰な警備とも関係がある?」


 そのヴァンの問いかけに、メアリはエジソンと顔を見合わせる。


「……その通りよ」


「ついでに、ひょっとして怪盗セイバーも関係あるか?」


 その言葉に、これまで何とか平静を保っていたメアリは目を一杯に見開き、がたがたと椅子ごと体をのけぞらせる。


「どっ、どうしてそれを」


「ヴァン様。まさか、あなたは何かご存知なのですか?」


 珍しくエジソンも狼狽を隠せていない。


 だが狼狽して困惑するのは僕も同じだ。

 セイバーが関係している?


「いや、最後のセイバーについてはほとんど勘だよ。元探偵――自分で言うのも恥ずかしいけど、名の知れた名探偵だった俺を招待するのも、過剰な警備も、何かを警戒してのことだというのは見当がついてた。それを俺をはじめとする招待客に秘密にするのも分かる。面子を取り戻すための今回の旅行パーティーなのに、余計な水を差すのは嫌だろうからね。ただ、これが例えば誰かの命が狙われているとか、そういう話だと、もしもそれを秘密にしておいて誰かが死んだりすれば、ねえ?」


 そうなれば、大批判に晒されるだろう。容易に想像できる。情報を明かさなかったメアリとエジソンが殺したも同然だ、というような話にもなりかねない。


「メアリはともかく、エジソンさんは老獪だし、その辺りで変な意地を張るタイプでもない。ということは、誰かに危害が加えられる恐れはないけど、何かしらを警戒しなきゃいけなかったわけだ。そうすると、一番に考えられるのは、心配してるのは人じゃあなくて物品ってセンでしょ。何かを盗まれるかもしれない。そう警戒している、と。もちろん、警戒するのには理由が必要だ。事前に警戒する理由――例えば、予告状が届いたとかね」


 ヴァンはポケットに手を入れて、


「何か盗むのに予告状を出す変人なんて俺はセイバーしか知らないし、おまけに奇妙な一致が二つあった。一つは、俺が怪盗セイバーについての依頼を、正式に受けたわけではないけど、まあともかく関わったばかりだったという点。もう一つが」


 取り出され、ヴァンがテーブルに置いたのは折られた紙。その紙に釘付けになっている僕たちに見せつけるように、ヴァンがゆっくりとその紙を開くと、例の文面が目に飛び込んでくる。


「二日後の第三部、月華劇団による『怪盗セイバー』の結末を、お楽しみに!」


「これ。奇妙な一致が二つ重なったら単なる偶然じゃない可能性も考えなきゃいけないからね。それで、ちょっとカマをかけたんだ」


 沈黙。息の詰まる沈黙の後、ほう、とメアリは魂ごと吐き出しているような深いため息をつき、


「さすがね、ヴァン」


「で、正解ってことだよね、その反応を見るに。セイバーから予告状が届いていて、そして警戒にも関わらず盗まれた。違う?」


「違わないわ……忌々しいことに」


「ヴァン様。今まで秘密にしていたことは謝罪いたします。しかし、私もメアリも、まさかこんなことになるとは思っていなかったのです」


 ヴァンの出した紙の横に、エジソンがカードを置く。

 そこには、簡単な文面が記されている。


「あなたたちの祝福される旅路にて、何よりも輝かしいものをいただく――セイバー」


 予告状、か。


「今回のパーティーの招待を終えた時、この予告状が届きました。文面からしてこの旅の途中でセイバーが盗みを計画していることは読み取れます。セイバーはこれまで予告状を違えたことはないという話ですから、私たちが旅に出ている間に自宅に忍び込んで何かを盗み出すということはないと考えました。ですから、この旅に必要以上に高価なものを――特に文面からすると宝石や貴金属類を、持ってこなければそれだけでいいと思っていたのです。いえ」


 そこで言葉を切り、エジソンはメアリの顔を伺う。メアリは諦めたように力なく頷いてから言葉を継ぐ。


「今更取り繕っても仕方ないから白状するけど、一応それなりの価値のあるアクセサリーを持ってきてはいたのよ」


「えっ、ど、どうしてですか?」


 ずっと黙ってメモを取っていた僕は思わず疑問を口にする。

 だって、持っていかなければ盗まれる可能性が高いと分かっていたのに。


「今までセイバーは不可能と思われる状況でも予告状通りに盗み出してきた。ということは、あたしたちが何もそういう高価で輝くものを持ってこなかったら、どうなると思う? それでも、予告状の通りに何かを盗まれる可能性が高い。その場合、正直、予想がつかないのよ。文面も『もっとも輝かしいもの』って抽象的な書き方だし、宝石貴金属がなかったら、何かあたしの予想もしてなかったようなものを盗まれちゃうかもしれないでしょ」


「高価なアクセサリーを持っていれば、セイバーはそれを盗みさえすれば予告状を実現できる……」


 話があべこべのような気もするが、だが納得はできる。


「そういうこと。それに、そのアクセサリーだけに絞ってしまえば、警備も簡単でしょ。それだけを重点的に警備すればいい。もちろん、そんなことをしていたら怪しまれてセイバーの予告状が来てることがばれちゃうかもしれないから、カモフラージュとしてあたしたちや劇団にも警備をつけたけどね。けどまあ、実際、それをしてもやっぱりそのアクセサリーがセイバーに盗まれたとしても、それはそれでよかったのよ。それくらいだったら、こっちで飲み込んで黙っておくつもりだったの。そのアクセサリーの価値よりも、今回のイベントを何の瑕疵もなく成功させる価値の方が比べ物にならないくらいに大きいから。ただ、アクセサリーが盗まれるだけならともかく、何か不測の事態が起こる可能性もあるでしょ。そのために、念のためにヴァンを呼んだってわけよ」


 一気に喋りすぎて喉が渇いたのか、メアリはそこでカップに口をつける。


「で、俺が今相談を受けてるってことは、その不測の事態が起きたってことでしょ。一体、何が起きたの?」


 ここまでの話をある程度予想していたのか、ヴァンは落ち着いている。


「……アクセサリーは盗まれませんでした」


 コーヒーを飲んでいるメアリの代わりにエジソンが言う。


「その代わりに、予想外のものが盗まれたの」


 コーヒーを飲み干したメアリが後を引き取る。


「それは――」


「やっぱり待って。当てていい?」


 だがメアリの言葉を遮り、ヴァンは一瞬考えた後、


「……あの劇、『怪盗セイバー』の第三部の台本だ。違う?」


 その答えに、メアリは再び体をのけぞらせて、手にしていた空のカップをテーブルに落とす。エジソンも、驚愕の表情のまま硬直している。


 二人の反応を見るだけで、ヴァンの言葉が正解だったのだと確信できる。


「なるほど、これは――」


 そして、硬直した二人を後目に、ヴァンは完全に独り言の声量でぼそりと呟く。


「――ルートは3つ、か」


 そんな、意味の分からない呟きを。

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