三日目 劇中2
再び舞台が明るくなった時には、舞台上にはハルルとルイルイしかいない。
だが舞台中央の絵は特に変化していない。ということは、場所移動はしていないということか?
二人は、困惑した顔で舞台上を歩き回っている。視線はそこらじゅうを彷徨い、明らかに何かを探している。
「いた?」
ハルルの問いかけに、探すのをとめずにルイルイは、
「いない」
簡潔に答える。
「まったく、どこいったんだか、姉貴は……」
愚痴りながら、ハルルもまた探すのをやめない。
「何度も言うけど、どうせ死ぬんだからそこまで気にしなくていいとは思わないの?」
「思わないわよ。一応、死に方は決めてるんだし」
「そうなの?」
「そうよ、実は。まずいい場所を見つけるの。花が咲き誇っているとか、豪華絢爛な金細工だらけとか、とにかく綺麗な場所がいいわ。次に、あたしが姉貴の首を風の魔術で刎ねるの。次に、あたしも自分の首を風の刃で刎ねる」
「……で?」
「凄い絵になると思わない? 美しい場所に、自分で言うのもなんだけど美しい女性が、首を切断されて転がっているの。それも、そっくりな女性二人よ。まるで絵画みたいじゃない? あたしたちの最期に相応しいわ」
これは演技なのだろうか? いや、演技だろうけれど。
だんだんと、口調や身振り手振りが取りつかれたようなものになり、目つきも怪しくなってくるハルルは、普段の傍若無人な態度が態度なだけにギャップがあり、より恐ろしく、胃の底が冷えるような感覚を味わう。
それは僕以外も同じようで、客席に戦慄が広がっているのを肌で感じる。
「やっぱり、死を選ぶだけあってかなり病んでいるわね、団長。発想が怖いわ」
「そう言ってひかれると思ってたから、今まで秘密にしてたのよ」
「じゃあ、何? 団長もムニルも、今まで死ぬのにいい場所を探そうとしていたということ?」
「そういうこと。もっとも、姉貴の方はあんまりあたしのこだわりに理解を示してくれなかったけど。あたしが言うならそれでもいいけど、くらいよ」
「それはそうよ。あのムニルが積極的にその案に賛同していたらそれこそおかしいわ。怖い。大体、団長のこだわりもよく分からない。そこまで手間をかけて『作品』をつくったところで、誰に見せるのよ」
「そりゃあ、何の気なしにここに来た連中が見るでしょ」
「その頃には腐ってるんじゃない?」
「あんた、ロマンも何もないわね。もう傷ついた。あんたとは話さない」
口を尖らせつつ画面端へと歩いていくハルル。
「ちょっと、子どもじゃないんだから拗ねるのはやめなさいよ」
注意しながら、ルイルイが後を追う。そうして舞台には誰もいなくなる。
暗転。今度の暗転は一瞬だ。すぐに舞台は明るくなる。舞台中央の絵も変わっていない。まだ、同じ場所なのだろうか? 二人は舞台の中央、絵を挟むようにして向かい合っている。
「いないわねえ」
ルイルイがため息を吐く。
「まったく、目を離すとすぐこれよ。最後まで姉貴に迷惑かけられて……」
「案外、先に自分で風の魔術で首を斬っているんじゃない?」
「絶対ありえないわよ。あいつ元医者なんだし、薬か何かで楽に死のうとするはず。大体分かるのよ、姉貴はそういうタイプ」
「ふうん……ん?」
喋っていたルイルイの目が、見開かれる。
「ねえ、あれ……」
「あれ? どれ?」
「ほら、例の噴水のところ――あの水に浮いてるのって」
と、舞台端から、倒れた状態のムニルが、まるで水面で揺られながら寄ってきたように、身動きしていないのにゆらゆらと地面で揺れながら出てくる。
どうやっているのだろうか、と純粋に疑問に思うが、おそらく魔術だろうとすぐに見当がつく。風の魔術で、自分の体を動かしているのだ。
ゆらゆらと揺れたムニルに向かって、ハルルが近寄っていく。途中で何かを乗り越えるゼスチャーをしてから、ハルルの足取りが重くなる。足をゆっくりと前に蹴り出すようにしてから、一歩一歩と歩くようになっていく。
僕の目には、縁を乗り越えて噴水のある泉へと足を踏み入れ、足を水につけて前に進んでいく姿がはっきりと見える。水の抵抗にてこずりながらも、足を必死で動かし、倒れているムニルの元へとハルルはたどり着く。
「ムニル……」
名を呟きながら、ハルルは屈みこみ、倒れているハルルを抱き起す。二人ともが、ずぶ濡れになっているのが分かる。
「ああ、こんな……」
唇を震わせるハルルは、ぴくりとも動かないムニルの顔を撫でる。
「こんな、死ぬにしても――こんな死に方なんて」
「確かに、これは――あまりにもムニルらしくないわね」
ずっとその場で立ち尽くして、水の中に入ることなく二人を眺めていたルイルイが呟く。
「まさか、あのお姫様の死にざまが――黒こげだなんて」
そのルイルイの呟きをきっかけに、ゆっくりと舞台が暗くなっていく。
これまでよりも長めの暗転、明るくなった舞台には黒で塗りつぶされた絵が飾られている。二人、ハルルとルイルイが中央で話し合っている。
「なかなか思い通りにはいかないものね。こんな、バラバラに皆殺されて、あたしとルイルイだけが生き残るだなんてね」
「そうね……それにしても、まだ濡れているわね、団長。もう結構経ったでしょう?」
ルイルイの言葉にハルルは自分の白い服の袖を摘まむ。もちろん、その省略された服は濡れてはいないが、これまでの展開とルイルイの言葉、そしてハルルの演技で、未だに服が水に濡れて体に張り付いているようにしか見えない。
それにしても、と思う。あの小道具である絵が脚本家からのものだとすれば、黒く塗りつぶされたかのような、ただの黒一色の絵に変化しているのもその脚本家の演出ということだろう。
ただ、黒い絵が飾られている。ただそれだけなのに、とてつもなく場が不吉で、まがまがしく感じられる。これから、更に嫌なことが起こりそうな。これもまた、象徴化、隠喩なのだろうか。
「仕方ないわよ。日向ぼっこでもすればさっさと乾くのかもしれないけど、当然だけど太陽はなし。風通しも悪いしね」
気持ち悪そうに、自分の体――というより体にまとわりついている白い服を見下ろし、ハルルはため息をつく。
「それで、どうするつもり? 団長の死体を芸術品として展示するプランは崩れてしまったわ」
「あたし一人が変な死に方したところでインパクトないしね。まったく、やれやれよ……普通に、死のうかな。ルイルイは、どうするのよ、結局」
「そうね。情けない話だけど、ここまで来たら、殺されるのを待とうかという気にもなるわね。ムニルやマカロンみたいに、待っていれば殺されるんじゃない? 自分で死ぬ勇気もなかなか出ないし、それでいいような気もするわ」
「情けないわねえー、ルイルイって、実はそういうめそめそしたタイプなの?」
「色恋沙汰で死のうとしてる人間に何を今更」
それもそうか、とからからと笑うハルルだったが、不意にその顔が強張る。
「……今、何か物音がしなかった?」
「え? ……団長、別にそんなもの気にしなくていいと思うけれど。何度も言うけれど、死ぬためにここに来たのでしょう?」
「そうじゃなくて……こんなさびれたトコにこんな時間に、まさかとは思うけど……あたしたち以外に、ほら、例えば観光とかで……」
「観光客? こんなところに?」
不審げにそう言いながらも、だんだんとルイルイの顔にも不安が伝染していく。
「ありえない、とまでは言えないか……確かにもしそうだったら面倒ね。怪しまれるかもしれない。女性二人、それに恰好も恰好だわ」
「おまけにあたしはまだびしょ濡れだしね」
「……そっちの方の壁に、ローブやドレス、鎧が並んでたでしょ。適当に着たらどう?」
「下らないことを言ってないで、どうするのか考えてよ、ルイルイ」
「別に冗談を言ったつもりはないけれど」
それきり会話は途絶え、二人で顔を見合わせつつ、耳を澄ましているのが見て取れる。客席までしん、と静まり返り、耳に痛いくらいの沈黙が劇場に満ちる。演技に引き込まれ、僕たちもまた息を止めて、耳を澄ませてしまっているのだ。
「……聞こえない、わね」
とてつもなく長く感じるが、実際には数秒に過ぎないのかもしれない、そんな沈黙がルイルイの呟きで終わる。
途端、ほう、と客席から同時に複数の客が息をつくのが分かる。ずっと息を止めていたからだ。
「そうね。ごめん、あたしの聞き間違いだったみたい」
「いや、でも……ちょっと、見てくるわ」
そう言って、忍び足でルイルイは進みだす。
これまでの話の流れか、それとも中央にある絵の不吉さのせいか、絶対にろくなことにならない、と僕には分かる。ルイルイはこの後、絶対に悲惨なことになる。おそらく、その予感は僕以外の観客全てにも共有されている。
忍び足でルイルイは舞台端までゆっくりと歩くと、そこにある、存在しないドアをゆっくりと開けるゼスチャーをする。もちろん、僕たちには見えている。多少古びた、本来なら開けるときに軋む音がしてしまうようなそのドアを、ルイルイが細心の注意を払って、ゆっくりと音がしないように開けているのが。
まずドアから頭だけを出して、きょろきょろと周囲を観察して、そのままルイルイは進み、舞台端に消えていく。
あとに残されるのは、黒い絵とハルルのみ。これまでのハルルからは想像もつかない、まるで年端もいかない少女のような不安げな表情でじっとルイルイの消えた舞台端を向いている。存在していない、閉じられたドアをじっと見ているのだ。
そのまま、沈黙。耐えきれなくなったのか、舞台では不安げにハルルが視線をドアからあちらこちらに移す。彷徨う視線は時折客席にも向き、僕とも一瞬目が合う。その瞬間、僕には分かる。団長としてずっと毅然として、というよりもそれを通り越して傍若無人に振舞っていたハルルが、その実、年相応の若い女性であり、弱さも優しさも持ち合わせているただの人だということに。
思わず、舞台に駆け上がって助けになりたくなる。それは他の観客も同様のようで、居心地悪そうに身じろぎする観客が数名いる。
本物のハルルが、困惑して弱り切っているようにしか見えない。これが演技か。凄まじい。いや、本当に演技なのだろうか? まただ。また、僕は奇妙な感覚に襲われる。どこからが劇で、どこまでが現実なのかの境目がどんどんとぼやけていく。あれは弱っている演技なのか。それとも、演者であるハルルが舞台上で上演中に本当に弱っているのか。今自分が観ているものは何なのか。
この感覚もまた、企画し脚本を書いた正体不明の脚本家によるものなのだろうか。すべて、彼あるいは彼女の掌の上か。
それにしても、長い。
あまりにも長い。舞台の上で、ただひたすらにハルルが不安を隠さずにルイルイを待つ。身じろぎをして、視線を移ろわせて。それが、ずっと引き伸ばされている。ひたすらにハルルがおろおろとしているだけで、何も起きずに時が過ぎる。
ひょっとして、本当に何かトラブルが起きているんじゃあないのか?
そう思ったのは僕だけではないようで、他の観客からもとうとう、抑えきれないのかざわざわと動揺した囁き声があがる。奇妙にも、観客とハルルの状態が同調しているように感じていく。舞台上でもハルルが、そして客席では観客が困惑していく。困惑は長く続き、何かが少しずつ膨らんでいく。破裂すれば、この劇は終わりだ。観客が本当にトラブルが起きているのではないかと確かめてしまう。主催者であるメアリか、舞台上のハルルに向かってアクションを起こすことになる。そうなれば、劇は壊れる。壊れてしまう、このままでは。
そんな、何か目に見えない破たんの予兆が見え、今にもそれが起こるのではないかと、その不安が最高潮に達したその瞬間、
「……ルイルイ?」
舞台上で、ハルルが舞台端に向かって、存在しないドアに向かって呼びかける。
それで、ぴたりと客席のざわめきが止まる。
「ルイルイ!」
返事がないことにたじろぎ、叫ぶようにしてハルルが再び、ドアの向こうに呼びかける。
反応はない。
耳に痛い沈黙の後、よろよろと、もはや少女のように、まったく頼りなげにハルルは舞台端にまで歩み寄ると、恐る恐る存在しないドアのノブに手をかけ、ゆっくりと回す。
静かに、ドアを開けて、少し前のルイルイと同じように顔だけを出して、伺う。
「ルイルイ?」
囁くようにして、また呼びかけるが返事はない。しばらくして、ごくりと唾をのんでから、ハルルはドアを通って舞台端へと消えていく。
暗転。
だが、今回の暗転は一瞬だ。ほんの一瞬。
舞台からは絵が消えて、さっき消えたのとは逆側の舞台端からハルルが現れる。ドアを通り抜けた、その先の画面だとすぐに理解できる。
周囲をきょろきょろと見まわしながら舞台中央へと進むハルルの困惑はひどくなっているように見える。ほとんど狼狽といってもいい表情で舞台中央まで進んだハルルは、立ち止まると客席に愕然とした表情を見せつけるようにしてもう一度大きく周囲を見回す。
「……行き止まりじゃない。何もない。ルイルイは、どこへ……」
その小さな呟きはしかし、声量と比例せず客席にまるで響くように届く。
行き止まり? 他の部屋や廊下に接続されていない、いわば袋小路のような展示室がドアの向こうにあったということか。だが、だとすれば、ハルルが疑問に思っているように、入ったはずのルイルイの姿がない意味が分からない。
それから、おろおろとハルルは舞台上を彷徨う。パントマイムで壁に触り、叩き、確かめている。おそらく、隠し通路がないかどうかを。普通の美術館にそんなものがあるはずがない。滑稽だが、その滑稽さを笑えない。死ぬために四人で旅に出たはずが、二人は奇妙な手段で殺され、最後の一人の仲間であるルイルイに目の前で消えられたハルルは真剣そのものの表情で、壁を叩いてまわる。その形相はもはや凄惨だ。必死の表情で、ほとんど殴るようにして壁を叩き、這いつくばり床を叩く。それをしながら舞台上をまわる。
「ルイルイ、ルイルイ、ルイルイ」
名を呼びながら、ずっと。
そうして、やがてハルルの動きは止まる。舞台中央で床を叩いていたハルルは、諦めたのか跪いた姿勢のままで動かなくなり、獣のように四つん這いのままで、じっと床を見ている。長い髪に隠され、その表情は客席からは分からない。
「どこにもいない。一体、どこに行ったのよ、ルイルイ」
獣の姿勢のまま、床を見つめながら、ハルルの疲れ切った声が舞台に響く。
そして、ゆっくりと、本当にゆっくりと舞台は暗くなっていく。
ペテン師は静かに眠りたい4も宜しくお願い致します。




