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二日目 2

 ブル。歴史の都。その二つ名の通り、かなり長い歴史がある。そもそもの始まりは今となっては大したことのない、小さなダンジョン。そこに挑む冒険者たちのためにつくられた小さな宿屋や食堂、道具屋だ。やがてそれは発展し、小さな町となり、ダンジョンが攻略され聖遺物が取り尽くされ、ほとんど挑む冒険者がいなくなった後でも町として細々と存続し続けた。あまりにも細々と、ずっと変わらずに町と存在し続けていたために、今でも当時と同じような街並みであり、当時の建造物が残っている。世界の数多くのダンジョンが未踏破であり、聖遺物を目指して多くの冒険者が挑んでいた、その時代を知ることのできる場所として、今では観光地となっていると、そういうわけだ。もちろん、近くに美食の都ルー、芸術の都ロウトンがあるというのも観光地と発展した大きな理由のひとつだろうが。


 そういうわけで、町を歩いていても特に綺麗な場所があるわけではない。

 むしろ、道はほとんど舗装されておらず、立ち並ぶ家々も古く今にも崩れそうな土壁で、見た目で楽しめるものでは全くない。


「はあー」


 だが、それが妙に楽しい。ひとつかふたつ昔の町がそのまま残っているような、なるほど確かにこれは歴史の都だ。街歩きをしながら、僕は見つけたものを片端からメモを取る。面白い。


「あっち博物館だってよ……当時の冒険者のための訓練所が、そのまま博物館になってるんだと。古い武器なんかも飾ってるみたいだ」


「へえー、まるで劇の舞台みたいですね」


「石像も絵もないみたいだけど」


 言いながら、ヴァンの顔が奇妙に歪む。


「そういやあ、お前と絵とか彫刻とかの話をするのは、あの時以来だなあ」


「あの時?」


「霧中寮の事件だ。覚えてるか?」


「ああ……」


「あんなことがあったから、芸術に関わることはもう絶対に御免だと思ってたんだけど……まさか劇で関わることになるとはなあ」


「そんなことを言ったら、劇自体が芸術じゃないですか」


「アート系かエンターテイメント系かに分かれるんじゃない?」


 喋りながらその博物館への道をゆっくりと二人、並んで歩く。

 今日は、夕食までは完全に招待客は全員自由時間に設定されているのだ。他の招待客も、ぼんやりと町を巡っているようで、時折出会って軽く会釈しあっている。


「おっ」


 と、その博物館の前で、何やらこそこそと周囲を窺っている、ローブを頭からすっぽりと被っている怪しい人物を見つける。


「あれ、事件の匂いがしますね」


 僕が囁くと、


「いや、あれ、マカロンだろ」


 ヴァンはあっさりと言って、その人影に近づく。


「おーい、マカロンさん」


 声に反応して、人影はびくりと動いた後動きを止め、その後ゆっくりとローブのフードを降ろし顔を露わにする。

 ヴァンの予想通り、確かにマカロンだ。


「ああ、ヴァンさんじゃん、ココアも……どうして分かったの?」


「靴」


 端的にヴァンが答える。


「靴……? ああ」


 自らの靴を見下ろし、マカロンは苦笑する。

 彼女の履いている靴は、なるほど、確かに昨日会った時と同じ靴だ。ヴァンもよく見ている。しかし、改めて見るとパーティー用の靴を普段づかいにしているっぽい。がさつだ。


「さっすが名探偵……ああ、ところで、マカロンでいいわよ、ヴァンさん」


「そう? で、マカロン、何してんの? リハーサルは?」


 ぎく、と全身を強張らせた後でマカロンはへへへ、とばつの悪そうな笑いを浮かべて答えない。さては。


「もしかして、逃げ出してきた、んですか?」


「いやいや、違うって。ほら、あたし第一部で死んだじゃん。だから、出番ないのよ。だからリハーサルも関係ないから遊んでオッケーってことになったの」


「……怪しいな。俺は詳しくないが、先に退場した役者は稽古もリハーサルも見なくていい、なんてことあるのか? 一応、見てアドバイスするなり、裏方を手伝うなり仕事はありそうだが」


 そうヴァンが突っ込むと、マカロンは苦笑いをしてそっぽを向こうとするので、


「さてはマカロンさん、やっぱり逃げ出して――」


「だあってさー、せっかくブルに来たのに、ずうっと稽古場に缶詰とか、絶対いやじゃん。あたし、元冒険者よ? こんな血の騒ぐ場所もないでしょ。はずれにある、例のダンジョンにも行きたいし」


 があー、と反論してくるマカロン。こちらとしても叱りたいわけではないので、とりあえず話を変えることにする。


「『古い湖』とかいうダンジョンですよね? でも、規模的に大したことないダンジョンなんでしょ? 難易度的にも」


「ちょっとちょっと。これだから素人は。ダンジョンっていうのはねえ、宝とか、規模とか、難易度が全てじゃないのよ! それはロマンなのよ、ロマン!」


「分かる」


 ヴァンはうんうんと頷いている。


「ダンジョンっていうのは千差万別でね、まるきり自然の洞穴みたいなダンジョンもあれば、古い機械仕掛けで鉄ばっかりのダンジョンもあれば、まるで普通の家みたいなのに致死の罠が山ほどしかけられてたりとか」


 くわー、と熱くなってダンジョンについて語ろうとするマカロン。うざい。


「分かる」


 ヴァンはまだ頷いている。


「あー、ちょっとー、いたいたー、マカロンちゃん」


 聞き覚えのある間延びした声が響き、調子良さそうに語っていたマカロンの動きが止まる。


「まったくもー、ハルルちゃん、怒ってたわよー」


 体にぴったりとくっつく、ほとんどただの布みたいなドレスを身に纏って、ムニルが歩いてきている。なんて言う格好だ。パーティーの時より、服装が、何と言うか、ヤバい。あれが稽古着、というか、普段着なのか。周囲の人々が全員そのムニルの姿を凝視している。そりゃそうだ。僕だって凝視する。


「い、いや……」


 誤魔化そうとして諦めて、慌てて駆け出そうとするマカロンだが、


「マカロンちゃんが逃げると、あたししか捕まえられないんだから。やめてよねー」


 そう言ったムニルが手を伸ばすと、マカロンがその場で一回転して地面に転がる。


「ぐえっ」


「ほらほら、いくわよー。それじゃ―皆さん、お騒がせしましたー」


 倒れたマカロンの足を掴むと、そのままずるずると引き摺ってムニルは去っていく。


「風の魔術だな」


 ヴァンがそう言って何事もなかったように博物館へと歩みを再開する。


「えっ、ちょ、ちょっと、どういうことですか?」


 慌てて後を追いつつ尋ねると、


「どういうこともこういうことも、あのムニルはどうやら一流の魔術師だ。少なくとも風については」


「はあ……」


「ただ、言っとくけど俺には劣るからな、俺には」


 無駄に張り合うヴァンを無視して、あのおっとりしたムニルが魔術の達人だったことに、ただただ驚く。

 人は見かけによらない、と言うけれど。


 博物館はなかなか面白かった。古い剣や槍が展示されているが、その中に時折、妙に他と比べて新しい剣も展示されている。


「あれって、どういう意味なんですかね? まさか、聖遺物?」


「いや、違うだろ。多分、人がつくった武器じゃあなくて、ダンジョンから出てきた剣なんじゃあないのか。ダンジョンのお宝だ。だから、なかなか古びない」


「はえー、じゃあ、あれは?」


「あれはスライムジェルの瓶詰だな。くっついてすぐに固まるから、接着剤として使うことがある」


「ほうほう。あれは?」


「あれは今使われているものの二つ前の型の金貨だろ、確か。いや、金貨じゃないな。銅貨か。ただの小銭だと思うけど。まあ、古いから展示されているんじゃないか?」


 名探偵だけあって、一緒に博物館を巡るとなかなか楽しい。メモもはかどる。だが、調子にのっていたらメモが埋まってしまった。


「あーっと、どうしましょう?」


「知るか。文房具屋を探せよ。確か、博物館の近くにあったぞ。紙とかペンを普通に売ってあったと思うけど」


「なるほど、そうします」


 と、先に博物館を出て、文房具屋とやらに入ったところで、


「あら?」


 今度は、ルイルイがいる。ムニルと違って、ごくごく常識的な恰好をしている。だが、その美貌から、抑えた格好をしていてもまるで輝いているように見える。


「あっ、どう、も」


 何となく、さっきのことがあり挨拶が不自然になると、


「ココア、よね、確か。昨日はどうも。言っておくけど、私はさぼっているわけじゃあないわよ。今は、ちゃんと休憩中なの」


「で、ですよねー」


 ははは、愛想笑いをしている僕を後目に、ルイルイは店員からペンを受け取ると、それをくるくると指で回す。


「安い、観光地の土産用のペンを集めてるの。趣味でね」


 にや、と何故かそこでルイルイは笑ってから、


「私のこと、無趣味で演技しかしない女だと思ってなかった?」


「いっ、いえ、そんな」


「冗談よ。じゃあね」


 ペンを鞄に入れると、ふるふると手を振りながら店を出ていく。そして、去り際に、


「ねえ、ココア」


「はい?」


「もう、あの事件の犯人は分かった?」


「事件?」


「劇の中の、あの殺人事件よ。元脚本家のプライドで少し事件を考えてみても、全く分からない。剣ばかりが無数に展示してある場所で、絞殺されている理由も分からないし」


「ああ、いえ、全然分かりませんよ」


「私も全然……あの脚本家様には、敵わないということかしら」


 眼鏡の奥の目に、不意にぞっとするような冷たい光を宿らせて呟いて、こちらの相槌を待たずにルイルイは出ていく。完璧なように思えたルイルイの薄暗い部分を覗き込んでしまったような感覚に、僕は思わず立ち尽くす。

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