二日目 1
遅れました。
遅れたことの言い訳、及びその顛末は活動報告の方に書いております。
考え続けても答えが出なかった問いは、翌日の朝食時に簡単に解決した。
「死にたい理由? あるわけないじゃない」
これが答えだ。
翌日、ホテルでの朝食時に、僕の記者という肩書とヴァンの名声、そして前回の潜水館での事件でのつながりをフル活用することによって、主催者であるメアリとエジソンと一緒に朝食をとることができるようになった。もちろん、そこには月華劇団の代表であるハルル・ウルハラとその姉であるムニル・ウルハラの姿もある。
劇団団長であるハルルに、前日の劇の感想を当たり障りのない形で語って出方を窺っていたところ、
「あれって、どこまで本当なの? 四人とも死にたいの? 理由は?」
と、横からあまりにもストレートにヴァンが質問し、それに対してのハルルの即答がさっきのあれだ。
「死ぬつもりなら、こうやって面倒くさいことをせずにのんびりしといて死ぬわよ」
吐き捨てて、髪をかきむしりながらハルルは食事中にも関わらず、テーブルの上に広げてあるメモ帳に鉛筆で書き込みを続けている。どうやら月華劇団の帳簿、らしい。
「姉貴を筆頭に、金に無頓着な役者バカしかいないから、あたしが金のことは全部やらなきゃいけない。今回のことも、メアリさんと出演料の交渉をしたりとか出費とか計算したりとか……ぜええーんぶ、あたし。あたしがやってんの。ねえ? 死にたいならそんなことすると思う? こんな仕事、全部放り投げてるわよ」
不機嫌そうに言い放って、トーストを齧るハルルとは対照的に、ムニルはゆっくりとした動作でコーヒーを一口飲んで、
「あたしも死にたいとは全然思ってないわねー。没落貴族だったウルハラ家を、あたしとハルルちゃんの実力で立て直したところだから、むしろこれからよねー」
名ばかり貴族だったウルハラ家は、月華劇団という超一流の劇団を有する芸術に強い家、というように生まれ変わりつつある。それは確かに、全てこの姉妹の功績だ。
「あたしと姉貴っていうか、主にあたしだけどな。まったく、どいつもこいつも……」
凶悪な形相で帳簿に書き込み続けるハルルに、ヴァンは恐れ知らずにもさらに突っ込む。
「じゃあ、あの劇の内容は別に本当じゃないんだ」
「そりゃそうでしょ。マカロンだって、別にセイバーの正体しらないだろうし。大体、あたしたち四人で美術館巡りをする予定もないしね」
「あ、そうなの? でも最後の方で芸術の都のロウトンに行く予定があるんだから、美術館行くでしょ?」
「行くけど、ばらばらに行くわよ。どうして四人揃って美術館巡りしないといけないの。あたしと姉貴だけならまだしも。どこに行くのも四人一組の仲良し四人組じゃないのよ?」
確かにそれはそうか。僕は言葉には出さずに納得する。トップ女優が四人固まって行動するのも妙と言えば妙だ。その時点であの劇は現実感がない。だが、昨夜、あの劇を目の当たりにした時には、演技力のためか演出のためか、確かに現実のように感じられたのだが。
「にしても……本当にこれまでにない劇でした。月華劇団の歴史の中でもありませんでしたよね? ここまで現実とリンクさせるなんて」
もう一度、いちファンとして話をそこに引き戻すと、
「ありがとー」
と、ムニルはにこにことこちらがどきりとするような無垢な笑みを浮かべ、
「へん」
同じ顔をしているはずのハルルは皮肉げに口をひん曲げるので、結果としてまるで別の顔に見える。
「そりゃあ、そこのお嬢様がこれまでにない劇をって依頼してきたからよ」
やっぱりそうか。
「ええ。でも、期待に応えてくれたわね。いえ、期待以上よ。あんな風変わりな劇だなんて」
「あそこまで変な劇になったのは、メアリさんの依頼もあるけど、あたしからの要求もあったんだけどね」
ようやく帳簿をつけおわったのか、ハルルはペンを置き、
「金の問題がね。これに付き合うからって、定期の公演をストップするわけにはいかないし、それにいくらメアリさんだって、大所帯をこの旅とパーティーに付き添わせるのはなかなかきついでしょ? だから、荷物や人員を最小限でできるような劇をお願いしたの」
ああ、この金にうるさそうな団長の意向もあって、あんな抽象化というか省略された劇になったのか。
「まあ、そういうもろもろの条件を逆手にとって、あんな風な劇に昇華させるなんて非凡な腕としか言いようがないけどね」
少し誇らしげにハルルは胸を張る。
「いきなり、その旅の予定の資料をよこせー、だなんて、意味が分からなかったけど、まさか現実の旅と劇の内容を合わせるなんてねー。あたしもびっくりしちゃった」
無邪気に笑うムニルは朝からデザートのチョコケーキをぱくついている。
「ええっと、この劇をつくったのは……」
質問しようとして、すぐに答えにいきあたる。
「ああ、そうか。例の脚本家、ですね」
月華劇団が人気になったのは、その華やかで演技力のある演者の面々だけでなく、優れた脚本があってこそ、だ。事実、現在月華劇団の脚本を書いているその脚本家が入る以前は、多少人気のある小劇団程度だったはずだ。確か、以前はルイルイが脚本も書いていたのだとか。
「そう、天才脚本家よ、忌々しいけど」
何故かハルルは舌打ちをする。
「能力なかったらすぐにでも切ってやるんだけどね。腕があるから……」
「ん? どうしてそんな嫌ってるんだ、功労者だろ?」
ヴァンは首を傾げる。僕も同感だ。
「胡散臭すぎるでしょ。長い付き合いなのに、未だに正体不明なんだから」
「えっ、あれって、そういう設定なだけじゃないんですか?」
脚本家の正体は不明で、団長と手紙のやり取りと、あとは劇団に脚本をおくるだけ、という話は有名だ。だが、あまりにもできすぎているから、てっきり劇団のミステリアスな部分をひきたてるための設定に過ぎないとばかり思っていたのに。
「んーん、本当よ。手紙のやり取りをずっとしてるハルルちゃんでも、顔も見たことないんだもんねー」
ケーキを食べ終えたムニルはふにゃふにゃとテーブルに顔を載せている。
マジか。本当に、その設定自体が劇みたいだ。
「にしてもあの劇の続き、気になるわね……ねえ、先にこっそり教えてくれない? 主催者権限で」
メアリがとてつもないことを言いだし、さすがにずっと黙っていたエジソンがこらこらと優しく注意している。
「金くれるなら教えてもいい……って言いたいところだけど、残念ながらあたしたちも知らないのよ」
だが、ハルルの口から出たのは、意味不明な発言だ。
「……え?」
基本的に会話に参加せず見守っていたエジソンが、さすがに不審そうな顔をする。
「いや、本当なのよ。脚本家が、第一部の脚本しか渡してきてないから」
「じゃ、じゃあ、第二部ってどうなるんですか?」
まさか、あれで終わりじゃないだろうな。
「この朝食の後、ブルに移動でしょ? ブルのあたしたち劇団が泊まる予定の宿に、先に送られているはずよ」
「そうそう。だからあたしたち、せっかく歴史の都ブルに行くのに、ほとんど脚本を読んでリハーサルするので一日が終わると思うよー。で、明日は本番」
「一日でリハーサルとか冗談じゃないけど、脚本家がそういう条件出してきてるからしょうがないわよ」
ため息をつくハルルを後目に、僕とヴァン、そしてメアリとエジソンは顔を見合わせる。
変わっているのは劇の内容だけでなく、その周辺もかなり変わっている。
「じゃあ、ひょっとして、あれか? ブルで第二部の脚本をもらっても、第三部の脚本はないわけか?」
「もちろん。あのクソわがままな脚本家様によって、第三部の脚本は芸術の都ロウトンの宿に届けられてるってわけ」
肩をすくめるハルルに対して、僕たちは何も言えない。変な話だ。これも、前代未聞の劇にするための、脚本家の企みなのだろうか。けど、どんな意味がある?
今気づきましたが、あらすじ変えてない。変えます。