名探偵登場(3)
「やっぱり、あの死体はヴィクティーのじゃないのか、入れ替わってたんだな!」
喜び勇んでウラエヌスが立ち上がるが、
「いえ、それはないでしょう。アルルさんにミンツ大司教、何よりもアイス王妃が認めています。あのご遺体はヴィクティー姫のものです」
にべもなくゲラルトは断言する。
意気消沈して椅子に腰を下ろす自分の夫を横目で気にしながら、
「では、どういう意味だ?」
静かにアイスが問う。だがそのアイスの瞳がわずかに震えている。動揺しているのだ、彼女も。
「問題は時間的余裕です。爆発が起きてすぐに警備隊がこの式場とその付近に詰めかけてきたそうですね。だとすると、爆発の直前まで護衛のお二人と一緒にいたヴィクティー姫を攫った犯人は、爆発から警備の騎士達が到着するまでの一瞬の間に姫を攫い、何らかの方法で聖堂に侵入し、殺害し、脱出するという芸当をしたことになります」
「現実的ではないな」
レオが感想を漏らす。
「だとしたら、答えはひとつです。あの時、護衛と一緒に爆発に巻き込まれていたヴィクティー姫は、実はヴィクティー姫ではなく犯人だった。入れ替わっていたんです」
「馬鹿な」
唸るのはジンだ。
「そんなはずはない」
「何故そんなことが言えるんですか? あなた方護衛役はヴェールを被った姿しか見ていないんでしょう? いえ、仮に素顔を見ていたとしても、それが本当にヴィクティー姫なのか判別のしようがないのでは?」
「それは認めるわ」
素直にライカは頷きながらも、
「けど、それは何の解決になってもないでしょう。もしあの時既にヴィクティー姫が入れ替わっていたとしても、あたし達は聖堂内を確認して、死体なんてなかったし血に塗れてもいなかったのは確かよ。一体、いつヴィクティー姫は殺されて、そのご遺体はどこにあって、そしてどうやっていつ聖堂にご遺体が出現したのよ」
「それはまだ分かりませんよ」
反論を楽しそうに受けながら、ゲラルトは言う。
「可能性の一つとして、まずは検討しているだけです」
「っていうことは、ヴィクティー姫に化けられるんだから、犯人は女ってことか?」
ちらちらとキリオを見ながらボブが口を出し、
「そうとも限らん。肉体操作の魔術である程度は何とでもなる」
マーリンがそれを否定する。
自分の肉体を操る魔術の系統の一つに、見た目を変えてしまう魔術がある。あまりにも極端に肉体を変化させると負担が大きいが、それでも顔や体格を変化させて、男が女に、あるいは女が男に変装することは可能だ。
かつて、髭面の大男が、絶世の美女に化けてスパイ活動を行っていた例もあるという。髭は付け髭で、かなり無理をして体格まで女のものに変えていたらしい。
「とはいえ、魔術だけで完全に女になりきるのは無理があるな。化粧の力も借りなければ。男なのに化粧品を持ち込んだ奴がいればそいつが怪しいな」
少しだけ、冗談めかしてレオが言い、
「そんな方はいらっしゃいませんでした」
と即座にヤシャが否定する。
「細かい部分はともかく、ヴィクティー姫に化けたところで激しい運動をするわけではないし、多少無理な肉体操作で姫に化けることは可能でしょう?」
自分の思いつきが正しいことを証明したいのか、ゲラルトは同意を求めてくる。
「分かった、ではそうだと仮定して、一体、いつのタイミングで入れ替わったというんだ?」
アイスが促し、
「そうですね。この中で素顔を知ってらっしゃるのは、王と王妃、世話役のアルルさんとミンツ大司教に……」
「一応、俺もだな。例の像を建国祭で見ている」
レオがそんなことを言って、俺は何だか話の流れが嫌な方向に流れる予感がする。
ふと横を見れば、同じように不安そうにしているキリオと目が合う。
「像があるって噂、本当だったのかよ」
ボブが嫉妬を目に浮かべて呟く。
「その顔を知っている方々の中で、本日ヴィクティー姫のお顔を確認したのは?」
「朝、この式場に来る前、三人で朝食をとった。久しぶりだったんだ、いつもは教会の方にいるから、久しぶりに、親子で、朝食を」
ぽつりぽつりと、ウラエヌスが喋る。その目に、光るものがある。
「そうね。あれは、午前七時くらいだったかしら」
冷静にアイスが補足する。目を閉じているが、その瞼が震えている。
「当然、その時は素顔だったわけですね。それから?」
「朝食が終わったのは確か八時過ぎ。その後、八時半頃に、あたしがお着替えを手伝いしたの。その時にお顔を確認しているわ。あたしと王、王妃、姫、それからライカはその後に揃って城を出発、九時に式場に到着した」
アルルが感情を交えずに説明する。
「私とジンが到着したのも同じくらいだ。九時過ぎに、お部屋に私が挨拶に行った。その時もお顔を拝見している」
ミンツ大司教が言う。
「ふむ。ちなみにヤシャさんはいつからこの式場に?」
「色々と準備がありますのでわたくしは前日から泊まり込んでおりました」
「なるほどね。さて、それで、その次に顔を確認したのは?」
「あたしよ。昼食の後、儀式用の衣装に着替えるのをお手伝いした時に、お顔を拝見したわ。そのすぐ後に、ミンツ大司教と王と王妃も表彰式についてのお話をしに来たわ。その時もヴィクティー姫はお素顔のままだった」
「確かに」
疲れ切ったようにミンツが頷く。
「表彰式についての話というのは?」
「流れの説明だ。警護上の問題から、間違っても流れを外れることのないようにという念押しも含めて」
そこで、初めてアイスの顔に笑みが浮かぶ。それは、自嘲がへどろのようにこびり付いた、強烈なものだ。
「無駄な念押しだが。そんなことをしなくとも、あの娘は命じたことを外れることなどないというのに」
「ああ、そうだな、素直な、素直すぎる娘だった」
ウラエヌスは鼻を啜りながら声を震わせる。
「馬鹿な、ヴィクティー姫が死ぬなど」
唐突に、激昂したようにミンツ大司教が拳を振り上げる。
「そうだ、あの方はまさに聖女だった。この国のために身を削る、聖女だ。それが」
そこで脱力して絶句したミンツは、祈るように天を仰ぐ。
「ふむふむ、そしてその後、護衛のお二人と一緒に聖堂に向かったわけですね」
関係者のそんな様子に頓着することなく、軽やかにゲラルトは話を続ける。
「そうだ。そして、午後一時に俺のところにライカとジンが来た。そのまま聖堂に行って、表彰が終わったのは一時十分程度かな。特に何があったわけでもないから、すぐに終わった。その時にもちろん顔は確認している。例の像、聖女ファタと同じ顔だった」
目を閉じて思い出しながらレオが喋るのを、
「そうだ、それくらいの時間だ。レオは、こちらが驚くほどすぐに聖堂から出てきて驚いたから覚えている」
ジンが時間についてを保証する。
「もっとも、その後、式場についたところで一悶着あったがな」
憎々しげにジンが付け加える。
「小腹が減ったからこの大広間に寄りたいというのを、ジンがぶつくさ言うので、ちょっとした口論になったんだ。最後は俺が無視して大広間に入ったがな」
「そうそう。そのせいで次のヴァンのところに行くのが遅れたのよ」
こんな状況でありながら、その時のことを思い出してかライカはくすりと笑う。
「一時二十分だった、俺のところに迎えが来たのは」
俺もあの時のことを思い出しながら証言する。
「はい、そこまでで結構です」
と、かつりとステッキで床を鳴らしてから、ゲラルトが制止する。
「つまり、入れ替わるとしたらそのタイミングですね。顔を知っているバアル卿を誤魔化すことはできない。つまり、それ以降のヴァン君が出会った姫こそが入れ替わった偽物です」
ああ、やっぱりそうなるのか。
俺は絶望的な気持ちになりながらも、レオに目をやる。
レオは、肩をすくめている。
諦めろ、ということだろう。
キリオを見れば、彼女も絶望的な表情をしている。気持ちは分かる、というか一緒だ。
恨むぞ、レオ。
「あの、すいません」
俺は意を決して口を開く。
ここを誤魔化して、間違った結論になるのを黙って見ているわけにはいかない。
何事か、と大広間の人間の視線が自分に集まるのを感じる。
畜生、言うしかない。
「俺とキリオも、ヴィクティー姫の顔を知っています。像を見たので」
そこからの展開は少々衝撃的だった。
俺の発言にぽかんとする、俺とレオ、キリオ以外の面々。
それでも何があったかを説明していくうちに、だんだんと皆の顔が変わってくる。多くは呆れ顔だが、ボブとミンツ大司教は顔を真っ赤に、閻魔のような憤怒の表情を浮かべる。
特にミンツ大司教は、教会における聖女に関係する一切を取り仕切る立場ということで、あの地下にある像や地下室自体も彼の管理下にあるらしいから、怒りは尋常ではない。
いや、怒りよりも先に、そもそも信じようとしなかった。
だが、俺が仕方なくあの地下の様子やどういうルートでそこまで行ったのかを細かく説明すると、俺の言うことを信じざるを得なくなったらしく、
「しっ、信じられん!」
と叫び、手引きをしたレオに向かって怒鳴り散らした。
あの老体のどこにそこまでの活力があるのかと不思議になるくらいに怒鳴り続けた後、ミンツは急にがっくりと椅子に座り込む。
「ああ、もうじき建国祭だというのに、何という失態だ」
ミンツ大司教は皺だらけの手で顔を覆う。
さすがにこれには俺も罪悪感を覚え、居心地が悪い。キリオも同じ様子だ。
「まあ、そういうわけだ」
だがレオは、あれだけ怒鳴られたというのに、どこ吹く風といった様子で全く変わらない。
「そういうわけだ、じゃないだろ! 許されることじゃない、極刑だ、こいつら三人を極刑に処すべきだっ」
ここぞとばかりに喚くのはボブ。
だが誰もそれに同調しない。ミンツは気が抜けたように座り込んでいるし、それ以外の面々はそもそもそれどころじゃあないようだ。
「となると、バアル卿の次のヴァン君、そして最後のラーフラ卿も姫の顔を知っており、そしてそれを確認しているわけか」
ゲラルトはかつかつと何度もステッキで床を叩く。
「ふむ、ふむふむ、そうなると妙だな。入れ替わったというセンはないと考えるべきだ」
「ちょ、ちょっと待てよ」
そこでボブが慌てて口を出す。
「魔術と化粧で、ヴィクティー姫そっくりに変装すりゃいいじゃないか。特に、こいつらはその像を見てどんな顔か知ってるんだ」
俺、レオ、キリオの顔をボブは憎しみを込めて見回す。
「アイス王妃、こいつらの誰かが犯人ですよ」
「落ち着け、ボブ」
マーリンが割って入る。
「あんた、またこいつらを庇うのか!?」
大声で非難するボブだが、
「そうではない。魔術による肉体操作の限界の話を忘れたのか」
そのマーリンの言葉に、ボブは言葉に詰まる。
そう、魔術の肉体操作には限界がある。当然の話だが。
例えば、骨格を完全に別人のものにしてしまえば元に戻らないどころか体を破壊することになるだろうし、目の位置を変えようと思っても魔術で移動させられるのはほんの僅かな距離だけだ。
もちろん、ほんの少し変えるだけで人間の顔の印象は変わるし、性別すら誤魔化すこともできる。だから別人になることはできる。
問題は、誰かに成り代わることができないということだ。自分の顔からその誰かに顔を変えようと思ったら、顔の輪郭を全く変え、目鼻口の位置を全て変え、肌の色と髪質を変えてもまだ足りないかもしれない。
限界までの変化で誰でもない人間になることはできても、別の誰かになることはできないのだ。
「た、たまたまヴィクティー姫そっくりに化けられる顔を持っていたのかもしれない」
苦し紛れのようにボブが言ったところで、
「やはり、見当違いかと」
と静かな声でヤシャが言う。
「ボブ様のお説はやはり乱暴すぎると思いますし、そもそもゲラルト様の仰るようにどなたかがヴィクティー姫様に変装できたとしても、やはり何の解決にもならないと思います」
「まあ、そうですね」
不愉快そうにすることもなく、ゲラルトは平然と同意する。
「表彰の都度、護衛の二人が聖堂を確認しているわけですし、どのタイミングで入れ替わったかがまるで分からない。護衛のジンさんとライカさんが共犯ということなら、話は別ですが」
「そっ」
「それはありえない」
何か言いかけたライカを押しとどめるように、アイスが異を唱える。
「ライカは今回の役目のために、親衛隊の中でももっとも若く、調査をしても何の背景も持たないからこそ選ばれた剣士だ。つまり、ジンとは今回の表彰式で初めて接触をした。この半日程度で、ヴィクティーの殺害などという大それたことを、初対面の人間同士で組んで行うとでも言うのか?」
「確かに」
頷いて、ゲラルトはステッキを回し、
「やはり入れ替わりはありえませんね。けれど、事件の真相は判明しました」
全く気負うことなく、平然と宣言する。




