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一日目 劇中2

「ペテン師は静かに眠りたい3」の文庫版が本日3/30発売です。よろしくお願いいたします。

 不穏な雰囲気のまま、舞台は暗転する。


 しばらくして、また舞台が明るくなると、中央の絵が変わっている。暗い海、巨大な魚が悠々と泳いでいる絵だ。これは、場所移動を示しているのだろう。


「この石像……どれも生きている人間みたい。凄いもんね」


 何もない舞台の奥を見渡しながら、ハルルが言う。その動作だけで、立ち並び展示されている石像の数々が観客である僕の目にもありありと映る。


「けど、生きている人間そっくりだとか、うまい下手はわかるけど、それだけね。これって、意味は分かる、マカロン?」


「えっ、意味なんてないんじゃない? ただの石像が並んでるだけ」


 マカロンは手を頭の後ろで組んで即答する。(存在していない)石像には目もやらない。


「おおざっぱだな、これだから元冒険者は……」


「ちょっとちょっと。あたしが雑なのは認めるけど、冒険者が全員おおざっぱじゃないわよ、団長」


「二人とも。そんなことはどうでもいい。それより、これからどうするか決めましょう」


 ルイルイの冷静な声に、言い争っていたマカロンとハルルは顔を見合わせて、


「やだやだ。マカロンみたいにおおざっぱなのも嫌だけど、ルイルイみたいに細かすぎるのも嫌だわ。これから死のうっていうのに、細かい予定なんて決める必要ある? 無心で像なり絵なり見とけばいいじゃない」


「そうそう。ルイルイ悪い癖だよ。作家の悪いところが出てるよ」


「関係ないでしょ」


 冷静な顔のまま憤慨するルイルイが、元々は役者ではなく裏方――脚本家だったというのはファンの間では有名な話だ。彼女の抜群の演技力の源泉はそこではないかという説もある。


「どうせ皆、死ぬつもりなんだから気楽にいこうよー」


 間の抜けた声でムニルが言う。


「姉貴。あたしはこれでも気楽なつもりよ。あたしは他人に文句を言っている時が一番自然なの」


「ああー、団長っぽい」


 とマカロンがハルルに同意し、じろりと睨まれて慌てて目をそらす。


「楽しい話と言えばさ……さっき話に出たけど」


 舞台を、奥を眺めながら歩き回るマカロン。彼女が石像を眺めながら喋っているのが分かる。


「怪盗セイバー。あたし、実はその正体を知っているのよね」


 ざわ、と空気が揺れる。それは舞台上のマカロン以外の三人が動揺した、からだけではない。客席も含めた、空気が揺れている。観客もまた動揺している。僕も含めて。ちらりと横を見れば、ヴァンも困惑した顔をしている。よく、分からない。


 これは、マカロンを演じているマカロンが劇中の美術館で「怪盗セイバーの正体を知っている」という脚本にあるセリフを喋っているだけなのか。それとも、マカロンという人間が舞台の上で「怪盗セイバーの正体を知っている」と告白しているのか。区別がつかない。

 今、見せられているのは一体何なのか。

 舞台と客席の間に何となくあった境目が、消えて、二つの世界が融けかけているような、奇妙な感覚。


「まさか、噂通りに本当にあなたがセイバー、なんていう話じゃないわよね?」


 ルイルイが眼鏡の奥で冷たい目を向ける。


「ふっふっふー」


 それに答えず、不敵に笑ったマカロンは舞台奥から視線を外し、立ち止まり、手を前方に伸ばして捻る。それだけで、存在していないはずの扉が僕の目にもはっきりと映る。今、マカロンは扉を開けて別の場所へと移動しようとしている。


 存在しない扉を開けて、顔だけを外にのぞかせて、マカロンは目を輝かせる。


「ねえ、ちょっと来てみて。こっちから、感じが変わってるわよ。石像じゃなくて、ええっと、何だか物騒なものが並んでる」


 そう言って嬉しそうに存在しない扉をくぐって、足取りも軽くマカロンは舞台を去っていく。


「はあ? 物騒ってどういう……いや、それよりもセイバーの話はどうなったのよ、おい、ちょっと、待てって、おい、マカロン!」


 叫びながら、それをハルルが追う。扉を潜り彼女も舞台から消える。


 それに続いて、ため息をつきながらルイルイが、そして最後におっとりした足取りでムニルが、舞台上を去る。

 舞台には役者がいなくなり、無人の空間にただ例の海の絵だけが残されている。


 しばらく、誰もいない舞台が続いた後、唐突に暗転する。


 客席のざわめきはいよいよ大きくなり、はっきりと聞こえる程度になっている。全員が、困惑している。


 すぐに舞台は明るくなる。


 無人であることに変わりはないが、舞台に既に絵はなくなっている。もちろん、これは絵が消えたのではなく、別の場所に場面が変わっていることを意味しているのだろう。


「あれー? マカロン、どこお?」


 と、ゆっくりとした呼び声と共に、舞台袖からムニルが現れる。きょろきょろと周囲を見回しながら、舞台を進む。後ろから、


「ちょっと姉貴、一人で進まない! 危ないでしょ!」


 不機嫌な顔をしたハルルが現れる。そして、ほぼ同時にルイルイも。


「いやあー、しかし、凄いねー」


 姉のハルルに肩を掴まれて引き戻されつつ、ムニルが奥を眺めながら感想を言う。


「確かに壮観ね。全身鎧に剣、盾、槍、斧……武器防具のオンパレードね」


 ムニルに同調して、彼女とほとんど同じ顔の動きをして奥を眺めるハルル。その動作、視線、そしてセリフで、石像ではなく鎧や様々な武具が立ち並んで展示されている様が僕にもはっきりと分かる。


「ここって、有名なんだっけ? 入り口の絵といい、石像といい、ここの武器や鎧といい……かなり有名でもおかしくないと思うんだけど」


「少なくとも私はまったく聞いたことがないわ。そんな有名でもない、と思うけれど。それに、団長、絵や石像の巧拙はともかく、こういった武具については目利きは全くできない。案外、ここに並んでいるのは価値のないなまくらばかりかもしれない」


「確かにね……」


 ルイルイの言葉に腕を組んで考え込むハルル。その隙に、解放されたムニルはとてとてと周囲を楽し気に見回しながら、反対側の舞台袖に消える。


「……あっ、また、姉貴っ」


 いなくなったことに気付いたハルルが慌てて周囲を見回すと、


「ハルルちゃん、ルイルイちゃん、来て来て―。こっちすごいよ、剣ばっかり」


 ムニルの声が聞こえる。


 ハルルとルイルイは顔を見合わせた後同時にため息を一つ、二人して駆け出していく。


 一瞬の暗転。場面転換。


 舞台には三人が揃っている。全員が周囲を見回しながら歩いている。


「はあー、確かに剣ばっかり、それに、数もさっきまでとは段違いね」


 感心した口調でハルルは言いながら、一歩進む。


「うわっ」


 と、その横のムニルが何かに躓いて転びそうになる。ルイルイが咄嗟に助ける。


「あ、ありがとー、ルイルイちゃん」


「気を付けて。床にまで、剣が並んでいるんだから、注意して歩かないと」


 そのセリフと三人の歩き方、さっきのムニルの躓き。それが、周囲を夥しい剣で囲まれ、床にまで剣が並べられている異常な場所を浮かび上がらせる。

 さっきのハルルではないが、そこまで変わったエリアがある美術館ならば、確かに有名になっていてもおかしくない気がする。この美術館は現実にモデルとなる美術館があるのだろうか?


「それにしても、一体マカロンはどこに――」


 ルイルイはセリフの途中で息を呑む。視線が凍り付く。


 その視線の先を追って、僕もそれを見つける。信じられないことに、それはずっとそこにあった。だというのに、三人の演技に引き込まれたためか、それともあまりにもそれが気配を殺していたためか、劇中のルイルイが気付くまで僕にも気付かなかったのだ。

 いやそれは僕だけではないだろう。他の観客からも、同時にざわめきがあがっている。少し悲鳴も。


 舞台の中央、床に、マカロンが倒れている。


 足元を気にしながら走り出すルイルイ。少し遅れて、ハルル。ムニルは駆け出そうとして二度三度と躓きかけている。だが、ともかく三人は倒れているマカロンへと近づき、三人で囲むような形になる。


「姉貴、元医者でしょ、どう?」


「うーん」


 屈みこんで、マカロンの首筋に手を当てたムニルは、


「死んでるね」


 と平然と言う。


「これはーえーっと、首を絞められて殺されてる」


 誰も、慌てない。騒がない。悲しみすらしていない。発見した直後はともかく、いまや三人とも落ち着き払ってる。


「絞殺か」


 ルイルイが不意に静かに笑みを浮かべて、足元を蹴る。


「『これ』を使わなかったのね」


 足元に転がっていた剣を指してのことだと僕が気付いたのと同時に、また舞台が暗くなる。だが、今度は明るくならない。ずっと暗いままだ。そのままで、十秒、二十秒と時間が経過していく。


 客席のざわめきが最高潮に達した、その瞬間に、


「これにて、月華劇団の『怪盗を巡る殺人劇』の第一部は終了となります」


 と静かな、しかしよく通るルイルイの声でアナウンスが入り、最高潮かと思われた客席のざわめきは更に高まる。


 呆然としてふと横を見ると、ヴァンはこれまでにない真剣な顔で、じっと真っ暗闇のままで幕が下りていく舞台をじっと見ている。睨みつけるかのように。

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