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一日目 劇中1

 幕が上がった舞台には、何のセットも何の小道具もない。そのままの板張りの舞台。だから観客には、そこがどこなのか分からない。これからの演者の演技やセリフで分かってくるのだろう、と予想はつく。


「あー、楽しかったわね」


 舞台に登場するのは、さっき会ったマカロンだ。服装は、白一色の何の飾り気もないシャツとパンツ。もちろん、実際に舞台上の人物がそんな恰好をしている、ということはないだろう。衣装も、こちらに想像しろ、ということなのだろう。


「だけどあたしはやっぱり、初日のルーがよかったわね」


「それはそうでしょう。あなたは、歴史にも芸術にも興味がないでしょうから。美食の都ルーから、歴史の都ブル、そして芸術の都ロウトン。ルー以外に興味があるわけがない」


 セリフと共に登場するのはルイルイ。マカロン同様に、真っ白い恰好をしている。


 二人とも、さっきとメイクと髪を変えていない。まるで、そのまま素のマカロンとルイルイが舞台に出てきたようだ。もちろんそう思わせるよう計算しての演出なのだろう。


 だが、それ以外のところがひっかかっている。ルーからブル、そしてロウトン。この三つの町、美食の都、歴史の都、そして芸術の都を巡る旅。それは、完全に僕たちの今回の予定と合致している。招待状に書かれていた、今回のパーティーであり旅の予定と、まるで一緒だ。


 客席からも、かすかなざわめき。他の客もどう考えていいのか混乱しているのだろう。


「ところでマカロン、二人は?」


「知らない。先に行ってるんじゃない? 待ち合わせは入り口ってことにしてるし」


「確かに……ここでだらだらしていてもしかたがない、か」


 二人のやり取りが終わり、舞台が暗転する。客席のざわめきは大きくなる。


 間違いない。さっき、ルイルイはマカロンをマカロンと呼んだ。つまり、この劇ではマカロンがマカロンを演じている。そしておそらく、ルイルイはルイルイだ。だって、あの演技力に定評のあるルイルイが、何の役にも入っていない、まるで素の状態にしか見えなかった。


「おい。こういう変わったの、月華劇団ではよくあるのか?」


 隣のヴァンが囁く。


「いえ、こんなのは初めて聞いた――」


 喋っているうちに、また舞台が明るくなる。


 さっきの暗転は場面転換を意味しているのだろうが、相変わらず何のセットもないそのままの舞台だ。だが、確かにさっきと場面が違っていることは分かる。何故なら、小道具が一つだけ登場している。


 舞台の中央に、絵が飾られている。日の差す、明るい青。小さな魚が数匹。海の絵、か。


 その絵の前に、四人が立っている。


 マカロンと、ルイルイ、そして。


 二人と同様に真っ白いシャツとパンツ姿の、よく似た女性二人。双子の姉妹だ。もちろん、僕は知っている。ウルハラ姉妹。団長の妹と、男性人気ナンバーワンの姉。


 妹、ハルル・ウルハラは不機嫌そうな目つきをして、さっきからずっと頭をかきむしっている。緩くパーマのかかった髪が揺れる。身振り手振りから、慢性的に不機嫌な女性なのだろうと何となく想像がつく。これが演技によるものだとしたら大したものだ。


 一方の姉、ムニル・ウルハラはにこにこと笑い、ぼうっとその場に立っている。一見眠そうにも見える垂れ目、そしておっとりとした動き、ただそれだけで、他は妹であるハルルと顔も髪型もそして恰好までも同じだというのに、こうもはっきりと違う人間だと印象付けることができるなんて、これも演技だとすればすさまじい。


「入り口に絵があるなんて珍しいわね」


 尖った口調でハルルが言うと、


「いやいや、別に珍しくないって。いきなり入り口から絵が置いてあったり、彫像があったりとか。結構あるみたいよ?」


 大きく伸びをしながら、マカロンが答える。


「美術の町、か。さすがね。町の中に小規模な美術館がいくつもあるけど――」


 一歩、絵に近づいたルイルイはその絵を眺めながら感嘆する。


「そのどれもが素晴らしいものが展示されていた。この絵も、同様に――素晴らしい」


「へえ、絵の良しあしなんて分かるの、ルイルイ?」


「巧拙くらいは分かる。あなたとは違うのよ、マカロン」


「ちょっとお、喧嘩しないでよお」


 ムニルが間延びした声を出すと、


「姉貴の言う通りよ。こんな絵がいいか悪いかなんて、どうでもいいでしょ。まあ、最後に色々と美術品を見ながら雑談するんなら、ちゃんとしたもの見たいとは思うけどさ」


 ハルルがそうぶっきらぼうに言う。ただぶっきらぼうに言っただけだというのに、特にそこを強調したわけでもないのに、それなのに「最後」という言葉に、何か重いものを感じて僕は身を固くする。


「まあ、そうね」


 感情のこもっていない声でルイルイが同意すると、ぱんと、突然マカロンは両手を叩いて、


「はいはい、湿っぽい話はなし。どうせすぐにそういう話をしなきゃいけなくなるんだから。ほら、もっと楽しい話をしましょうよ」


「楽しい話って、何かある? あんたが怪盗セイバーだと疑われてるってくらいじゃない? 愉快な話なんて」


 刺々しいハルルの言葉に、苦笑しながらムニルが割って入り、


「まあまあ、ハルルちゃんも。マカロンちゃんも悪気があるわけじゃないんだからさあ。かっかしちゃう気持ちも分かるけどね。楽しい話なんてあるわけないんだからね。そんな話があったら――」


 ムニルはおっとりした口調で、何でもないことのように続ける。


「――私たち、こんな死ぬための旅行になんて来ていないものねー」

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