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一日目 上演前2

 ルイルイ。月華劇団の中でも随一の演技派と名高い女優だ。実際、僕が見た劇では、父親を殺した過去を背負いながら、母親に献身的に尽くす娼婦という難しい役をほぼ完璧に演じきっていたと思う。

 マカロン。その中性的な容姿から、男役のトップである女優。女性人気もぶっちぎりでナンバーワン。かくいう僕もファンだ。


 で、怪盗セイバーの正体はマカロンじゃあないかという説がある。説というより、本気でそれを信じている者はいないだろうが、ファンの間では面白がって語られている話だ。まず、マカロンが劇団員になる前には冒険者として生計を立てていたという経歴と、セイバーが聖遺物を使っているのではないかという説が結びつく。そして女優ならば、変装もお手の物でどんな場所に忍び込める。

 と、まあ、はっきり言って完全にこじつけもいいところだ。


「はあー、そんなことを言ったらセイバー俺説とかもできそうだけどなあ。いくらでもこじつけられる」


 説明を聞き終えたヴァンはそう感想を漏らす。


 食事は終わり、僕とヴァン、ルイルイとマカロンは一つのテーブルを囲み、食後のお茶を飲みながら話している。


「でしょでしょ、実際、どうでもいいこじつけなんだけどさ、ファンが妙にそれで盛り上がっちゃったりしてて、困るのよねー」


 頬を膨らませ、両手を上に延ばすマカロン。ドレス姿だというのに、あけすけな彼女の立ち振る舞いはまるでカジュアルな部屋着でも着ているかのように思わせる。


「私と違ってマカロンには熱狂的な女性ファンがいるから。そのファンの中には、むしろ怪盗セイバーで合って欲しい、くらいの人間が何人かいるんです。より神秘的にでもなるのかしら」


 物憂げにルイルイは呟き、お茶を一口。絵になっている。


「しかし、このお茶おいしいねー」


 もうセイバーの話に飽きたのか、マカロンはお茶に興味津々になっている。


「ルー地方の特産品の葉を、三年以上発酵させたものを使っている、このホテルの名物のお茶よ。好きだから、何度か飲んだことあるわ」


 ルイルイとマカロンはどうやら仲がいいらしく、世間話になっても不自然さはない。


「話は分かったけど、今のところセイバーの正体については別にないよ。申し訳ない」


「気にしないでください。そこまで期待していたわけではないので」


 ルイルイは涼しげに言う。


「あのお、お二人以外にはどなたが今回のパーティーに来られているんですか?」


 話の切れ目を狙って、気になっていたことを問うと、


「二人。今回、このパーティーというか旅に呼ばれたのは四人です」


 とルイルイは答えてから、


「ですから、劇団の人気投票で上から四人が、来ています」


 と付け加えたので、僕は興奮のあまり立ち上がる。


「ええっ、じゃ、じゃあ、ウルハラ姉妹も来られてるんですか?」


 言ってから、立ち上がったせいで周囲の視線を集めたことに気付き、慌てて座る。


「そうそう、姉妹は主催者の、ええっと」


 マカロンはちょっと考えてから、


「メアリとエジソンだ。メアリさんとエジソンさんのところのテーブルで一緒に食事してるはずよ。妹の方は団長だから、色々とこの後の打ち合わせとかの話もあるだろうし、姉の方は」


 そこでくくく、とマカロンは悪戯好きの少年のように笑い、


「まあ、こういう場で妹の隣以外に座ることはないわよねー」


「そうなれば、行方不明になることは目に見えているものね」


 ルイルイは涼し気にそう言ってから、


「――そろそろ時間ね。準備をしないと。それでは、ヴァンさん、ココアさん、楽しかったです、ありがとうございました」


 と立ち上がる。会釈をして、颯爽とテーブルを去る。


「ああ、そんな時間? じゃあ、あたしも。じゃあね、お二人とも、この後の劇、楽しんでね」


 手を振りながらマカロンもそれについて行く。


 見送り、未だに夢見心地でぽーっと座ったままでしばらく何もしなかったら、横のヴァンに突かれる。


「おい、ミーハー」


「なんですか、悪いですか?」


「いいや。あれだ、この後しばらくしたら、劇だろ? 横で、色々教えてくれよ。知らないよりは、知ってた方が面白いだろうから」


「あ、僕パンフレットありますよ、いります?」


「見せて見せて」


 実際に話して急に興味が湧いたのか、僕がかばんの中から出した月華劇団のパンフレットにヴァンは没頭しだす。結局、その没頭はとうとう劇の開演がせまり、全員でホテルの劇場への移動を促されるまでそのままだ。





 ホテルの地下に設置されている劇場は、それなりに広い。今回のパーティーの参加者が全員入ることができるくらいの席はある。

 以前月華劇団の劇を見に行った時には、上演前の劇場は異様な雰囲気に包まれ、ざわつきと熱気がたちこめ、時折女性の甲高い悲鳴だか絶叫が響くという奇妙な空間だったが、今回はさすがにそんなことはないようだ。

 とはいえ、やはり落ち着いた上流階級の人々の中にもファンは多いらしく、控えめではあるがやはり期待のこもった囁き声があちらこちらからある。


 横並びの椅子の一つに腰かけると、横にヴァンも座る。ずっとパンフレットを読みながら、だ。だいぶんはまっているらしい。


「目、悪くなりますよ」


 劇場は、舞台をひきたたせるために舞台が薄暗い。


「確かに。残り一つしかないのに、この目が悪くなったらまずいな」


 そう言ってようやくヴァンはパンフレットを閉じると返してくる。


「もういいんですか?」


「ああ、もう読んだ。それに、今回出るのは人気上位四人なんだろ?」


「らしいですねえ」


 あの四人を揃って一週間近くも拘束するなんて、いったいいくら払ったのやら。


「そろそろみたいですよ」


 特にアナウンスがあったわけではないが、客席の人々の上がっていく期待感が肌で感じられる。


「いいね、楽しみだ」


 それきり、僕もヴァンも黙って舞台を向く。厚い緞帳が降りている舞台は、しん、とまだ静まり返っている。


「そう言えば」


 ぽつりとヴァンが呟く。


「そのパンフレットにも書いてあったな。小道具やセット、衣装は最小限だって」


「そうそう。僕も一度見たことがあるけど、本当にすごいシンプルでしたよ。だから、ないはずのものを演技と演出で観客に見せるのがうりっていうか」


「高度に抽象化された演劇ってことね。あー、コントとかだったらそういうの見たことあるけどなあ」


「コント?」


「ああ悪い、独り言――おっ、始まるぞ」


 ヴァンの言葉通り、緞帳が上がる。僅かにあった周囲の囁き声も、一気に消える。誰もが、舞台上に集中しているのが分かる。


 そして劇が始まる。

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