推理(5)
ティアの死にざまを思い出す。一体、どうやったらあんな風に……。
「犯人役の死体の傍には、竜玉が転がっていなきゃいけない。ティアは最初はクロードの死体の横に転がしておくつもりだったが、さっき言ったように予定が狂った。だから、お前を自殺に見せかけて殺した後、その死体の横に転がさなければならなくなった。だが、クロードの自殺の時点で身体検査や徹底的な探索が行われた。もちろん、それくらいはティアも予想していたはずだ。そこで竜玉が見つかってもまずい。じゃあティアは、クロードの死体の傍に転がしておく予定だった竜玉を、一体どこに隠したのか……俺が迂闊だったよ、よく考えれば気付いたはずだ。あそこで竜玉を発見していれば、少なくともティアは死なずに済んだかもしれない」
今思い出しても悔しいのか、ヴァンは舌打ちをする。
「しかし、ティアもなかなか猟奇的なことを考えるもんだ。竜玉をまさか」
顔をしかめてヴァンは、
「死体の腹の奥深くに押し込むとはね」
「なっ」
絵を思い浮かべてしまった。気持ち悪い。
いや、でも、そんなことをしたらティアは血塗れになるだろうし、死体や部屋にもその痕跡が残るんじゃあないだろうか?
そんな僕の疑問を読んだように、ヴァンは、
「竜玉は液体を操作できる。血液も操作できるってことだ。ティアは竜玉を使って、クロードの血液を用いて、竜玉を傷口から奥深くへと押し込んだ。多少傷口を調べたくらいじゃあ見つからないほど奥にね。血液を魔術で操作しながら、返り血を極力浴びないように、そして内部を傷つけないように……検死をしたエジソンを責めるのは酷だろうね」
責められるべきは俺だ、とヴァンは首を振る。
「間抜けな俺と違って、お前はそれに気付いた。そして、ごくごく簡単な仕込みをした。入れるのは竜玉を使った魔術でできても、竜玉を出す時には傷口に手を突っ込んで取らなきゃいけない。だから、クロードの腹の傷口に罠を仕掛けておいたんだ。毒物を塗った……針でも入れておいたか? 後で竜玉を回収しようとしたティアは、それにかかって死んだ。ごくごく、簡単な話だ」
罠。あの殺人は単なるトラップだと、確かヴァンはそう言った。そのままの意味だったのか。
あの死にざま。クロードの死体に殺されたかのような死にざまの意味がようやく分かる。
「じゃあそろそろ、どうして犯人がお前だと分かったのか、その根拠を話そう。ティアの殺害からは犯人は特定できない。毒物さえ準備していれば、この犯行は誰にでも可能なはずだからね。話をクロードの殺害に戻すよ。クロードはティアが騙して薬を飲まして殺す。そしてメアリはお前の方が殺す。そういう予定だったはずだ。だが、お前はメアリを殺さなかった。それに気付いてティアはパニックになった。そういう話だったろ?」
犯人から反応がないので仕方なくか、ヴァンがこちらに顔を向けてくる。仕方なく頷く。
「さて、これまでの話をまとめよう。この事件にあった謎のほとんどは犯人の愚かさ、その場の凌ぎの悪あがき、そしてアクシデントによるものだ。で、それをヒントに一つの大きな事件の絵を完成させて連続殺人犯を見つけようとしても、そんなものはいない。これは連続殺人じゃあなく、連鎖殺人だからね。絵はばらばらなんだ。つまり、俺が見つけるべきはその連鎖の終点にいる犯人と、それを特定するためのヒントになる謎だ。他の謎は全てデコイだよ」
つまり、僕が手帳に謎をまとめていたのは、全てのデコイに反応していたのと一緒ってことか。徒労感が酷い。
そして、ヴァンは水を飲むと、もう反応がない犯人に飽きたらしく、完全にこちらに向けて問いかけてくる。
「で、だ。あの夜には、これまでの話に出てきていない不思議なことがあった」
「あっ、ゴーレムですね、ゴーレムの顔に袋を被せて……」
さすがにそれくらいは分かる。ようやく出てきた、例のゴーレムの話だ。
「そう。あれ。これまでは、どうしてわざわざクロード殺害とは関係のないルートのゴーレムに袋が被せられていたのか不思議だったけど、今まで話した仮説に基づけば簡単だ。ゴーレムは、メアリ殺害のルートの障害だったんだよ」
頭の中で見取り図を思い浮かべる。そうか、そうだ。メアリは部屋を移動していた。ゴーレムの前を通らなければ、メアリのところへ行けない。
「だから、ゴーレムの頭に袋を……」
納得しかけた僕に、
「おいおい、それで、なるほどと思ったらだめだろ」
「え?」
自分で言ったくせに。
「さっきのはひっかけだよ。そんな簡単にひっかかるな、記者なのに。いいか、ゴーレムの頭に袋を被せていたのが誰なのかは分からなかった。だろ?」
「ええ、だってその被せた犯人は布で姿を隠して――あれ?」
そこで、今更ながら違和感に気付く。そうだ。そういえば、おかしい。
「そう、自分の姿を隠しながらゴーレムの前を通過できるなら、そもそもゴーレムの頭に布を被せる必要なんてないんだ。念のために、ということも考えられるけど、わざわざ袋を用意するなり持ってくるなりしなきゃいけないことを考えると、リスクと釣り合っていない」
「血文字や紐をほどいたのと同じように、僕たちを混乱させようとしたんじゃ――」
「最初それも考えたけど、カルコサ関連で頭に袋を被せるなんて話はないってアオが言ったからね。それで、俺は初心に戻って考えたわけだ。ゴーレムに袋を被せる。それは当然、ゴーレムに何かを見せたくないからだ。そしてその何かとは、自分の姿ではない。自分の姿なら、袋を被せる時点で隠せているんだから」
「自分の、姿ではない……」
「自分以外の何かをゴーレムに見られたくないから、袋を被せた。メアリを殺すルートにいるゴーレムを。ほら、そう考えれば、うっすらと何か見えてこないか?」
「ちょっと待ってくださいよ……袋を被せたのは、ティア、ですか?」
「そう。ゴーレムの顔に袋を被せたのはティアだ。傍のパパゲアの死体の紐を解いたのが奴であること、そしてゴーレムの頭から袋を外し忘れていたことを考えても、奴がやったと考えるべきだ。例の計画変更でクロードの死体の腹を刺したりとかでそれどころじゃあなかったから、ゴーレムの頭の袋を忘れたんだろう」
そうか。そもそも、事が終わった後でゴーレムの頭から袋が取られていたら、僕たちはゴーレムの頭に袋が被せられていたこと自体に気付けていなかったわけか。そう考えると、かなり綱渡りだ。もしティアが冷静だったら、僕たちはヴァンも含めてこの事件を理解できずに終わっていたかもしれない。
「じゃあ、ティアがゴーレムに見て欲しくなかったのは何か。メアリを殺すためのルートを通る、自分以外の何か」
「それって……」
ここまでくれば、僕にも予想がつく。
「共犯者の姿だ。そこを通って、メアリを殺してくれるはずのね。その時点の計画では、自殺したクロードと、メアリの死体が翌朝に見つかる。ゴーレムで確認して見たら、ゴーレムに細工をする姿を隠した人間がいたことが明らかになる。ああ、これがクロードだな、と。そんな感じに話が進むはずだったんだろうね」
「いや、ちょっと待ってください。やっぱりおかしいですよ。そこまでは分かりますけど、それにしたって、ゴーレムの頭に袋を被せる意味はやっぱりないじゃないですか。その共犯者にも、ローブか何かで姿を隠させればいいだけのことでしょ」
我が意を得たり、とばかりにヴァンが指を鳴らす。
「そう! その通りだね。わざわざ袋をどこからか持ってきて、ゴーレムに被せる必要は全くない……普通なら」
普通なら?
「逆に言うと、こういうことだ。共犯者は、『たとえ姿を隠しながらでも、ゴーレムに見られればその正体が分かってしまう可能性がある人物』だ。だからこそ、ティアはゴーレムの頭に布を被せてフォローした」
ゆっくりと、ヴァンは犯人を指さす。
「実際には、確実にばれるってわけじゃないんだけどね。でも、ティアの懸念も分かる。ただお前がローブか何かで全身を隠しただけなら、ゴーレムに、こう訊かれればアウトかもしれないんだからさ――『そいつは歩き方に何か特徴はあったか?』って」
指をさされた犯人――ライカは、まだ引きずっている片足をさすり、ようやく、
「それで、あたしってことか」
と呼び出されてから初めて呟く。