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名探偵登場(2)

 少しだけ疲れを見せながらもおっとりとした表情を崩さないアルルと、真っ白い顔をしてふらふらのキリオが戻ってきたのは約一時間後だ。


「まず、あのご遺体はヴィクティー姫に間違いありません。宮廷医師として断言します。こればかりはキリオちゃんには判断しようがないので、あたしだけの判断です。ご不信なら、後で王や王妃、大司教にも」


 前置きなしで、アルルが口火を切る。


「その必要はない。私は母親だ。一目で、あれが娘だと分かったさ」


 沈みながらも毅然と言うアイスの横で、ウラエヌスが肩を落とす。


「同意する」


 疲れ切った声でミンツ大司教が言う。


「続けて、ご遺体の状態を報告いたします。これはキリオちゃんにも確認をとってますので」


 同意を求めるようにアルルが目をやり、キリオがかくりと頷く。


「ご遺体は首を鋭利な刃物で切断されていました。おそらく、凶器は遺体の傍にあった儀式用の剣」


 ああ、あれか。

 俺は大聖堂地下の像が持っていた剣を思い出す。あれを模したらしい剣が、聖堂の傍に確かに置いてあった。


「儀式用の剣というのは?」


 事情を知らないゲラルトが質問すると、


「聖女ファタは、およそ千年前、聖霊歴元年に人を襲う魔物を打ち滅ぼし、彷徨える人々をまとめ、シャークを建国したとされる。ヴィクティー姫には何らかの儀式の際には、その時のファタの格好をしていただくということになっている」


 さすがにそういうことには詳しいらしく、ミンツ大司教が説明する。


「ふむ、具体的には?」


「ファタは戦場で拾った剣を片手に、染めてもいないただのテキト布を身にまとっただけの姿で建国したとされる」


 テキト布とは、シャークの特産品でもある乾燥させた木の根の繊維を編み込んでつくられた布のことだ。編み目が荒くざらざらとしていて肌触りは悪いが、そのざらつきゆえに染色が容易く、今も庶民の生活の中で多く見られる布だ。

 俺の実家の家でも、テキト布はよく見たものだ。


「とはいえ、そのままその格好をさせるわけにもいかん。儀式用の剣は用意するものの、ヴィクティー姫にお持ちいただくことなく、儀式の場に置くだけだ。テキト布も、白く染色したものを、何重にも体に巻き付けるようにしていた。万が一にもお体を晒すわけにはいかんからな」


 そうか。

 緊張していてあまり見てはいなかったが、聖堂でのヴィクティー姫は白い布を重ねていて、食事の時と同じく体の線がよく分からなかった。

 聖女の姿から逸脱させてでも、ヴィクティー姫をなるべく秘された存在にしたかったのだろう。


「ええ、聖堂に向かわれる直前に、あたしが着付けを手伝わせていただきました。長い長いテキト布を、何回も体に巻いて」


 続けるアルルの口調はいつものようにのんびりとしたものだが、そこには悲しみの色がある。その時のことを思い出しているのかもしれない。


「そのテキト布、ヴィクティー姫のご衣装ですが、明らかに破損、そして失われていました」


 そのアルルの言葉に、


「ほお、どのように?」


 快活に言い放ち、ゲラルトはくるりとステッキを一周させる。


「ズタズタに切り裂かれていたし、焼け焦げていた跡もありましたもの。そもそも、量が圧倒的に足りない。あれだけ長かったテキト布が、体に一回巻くのが精一杯程度のものしか残っていませんでした」


「ほう、単にズタズタにされていただけでなく、焼け焦げていたというのも面白い」


 ゲラルトの口元には笑みが浮かんでいる。


「ご遺体についてですが、首を切断されていた以外に、全身に裂傷が存在していました」


「裂傷?」


 その言葉に、ゲラルトの目が細まる。


「ええ、浅いものもあれば深いものも。刃物で斬りつけたというより、もっと切れ味の鈍いもので全身を斬りつけたような」


 アルルがそこまで説明したところで、ウラエヌスが呻く。聴いている者が苦しくなるような呻きだ。


「失礼しました」


 アルルが頭を下げるが、


「よい。正確に報告しろ」


 アイスが努めて平静に続けさせる。

 だが、その口から一筋の血が流れるのを見る。唇を噛み切ったようだ。


「は。ご遺体については、それで以上です。次にあの聖堂の状況ですが、扉に関してはこじ開けた時にところどころが破壊されているため、特に細工の跡を見つけることはできませんでした」


「じゃろうな」


 マーリンがため息をつく。


「細工の線は考えなくていいかと思います。手配したわたくしが保証いたします。あの扉は特注品。一週間前に取り付けたばかりですし、あの扉が完璧であるのは宮廷、教会それぞれに所属する職人の証明済みのはずです」


 ヤシャが言って、


「その通りだ。あれは細工することはできない。どの職人に聞いても、そう答えている」


「うむ」


 アイスとミンツが同意する。


「なるほどなるほど、続けてください」


 楽しげに続きを促すゲラルト。


「聖堂内は血に塗れていました。自然に飛び散った、というよりもあえて部屋の内部に血を塗りたくったような印象を受けます。特に、天井は血塗れでした。何者かが、血を天井に投げつけたのかもしれません」


 淡々と述べられるが、その事実に俺は慄然とする。

 聖女の生まれ変わりの首を斬るだけでなく、その血を室内に塗りたくり、天井にまで血を浴びせる。そのおぞましい光景に、吐き気すら覚える。


 それは俺だけでなく他の人間も同じようで、誰もが気分が悪くなったように息を漏らす。

 特にミンツ大司教は衝撃が大きいようで、目を見開き愕然としている。

 教会の人間として、あまりにも冒涜的だと聞こえたのだろう。


「被害者が被害者ですし、何やら宗教的なものを感じますね。邪教の信奉者かな」


 ゲラルトは変わらない。楽しげに呟く。


「ひとまずはそんなところです。キリオちゃん、何かある?」


 アルルの問いかけにキリオはぶんぶんと首を振り、無言のまま俺の隣にすとんと座る。


「大丈夫か?」


 一応訊いてみると、


「大丈夫なわけないでしょ」


 と、真っ赤な目で睨みつけられる。

 そりゃそうか。


「さて、では次は、ヴィクティー姫が消えた時のことを詳しく教えていただきましょうか」


 ヤシャに用意してもらった紅茶を口にして、ゲラルトはジンとライカに顔を向ける。


「といってもな」


 ジンはあご髭を撫でて呟く。


「情けないことだが、特に教えることはない」


「そうね」


 ライカはため息をつき、


「午後二時十分頃に、キリオ・ラーフラを式場に送りとどけて、そのまま引き返してあたし達二人は聖堂に。聖堂の鍵を開けて、ヴィクティー姫に聖堂から出ていただいてから、そのまま三人で式場に向かって、二階に上ったところで、例の爆発が起こったわ」


「聖堂の例の扉は、魔術錠でしたね」


「はい、ですから、一度扉を閉める都度、二つの鍵で開けなければいけません」


 ゲラルトの確認に、ヤシャが答える。


「ふむふむ、それで、当然ながらその時にはヴィクティー姫は生きていたわけですね」


「当然だ」


 憮然としながらジンが、


「一人の表彰が終わる都度、俺とライカは聖堂内とヴィクティー姫のご様子を確認している。無論、じっくりと隅々まで調べるようなことはしていないが、聖堂内が血塗れだったりヴィクティー姫が傷を負っていれば気づいただろう」


「けど、聖堂の中は真っ暗だったんでしょう?」


「確かに蝋燭の明かりだけだったが、それでも薄明かりで聖堂が血塗れかどうかくらいは分かる。表彰された連中も同じだろう」


「それは無論そうだな」


 レオがジンに同意する。


 続いて俺やキリオ、ボブも黙って頷く。


 確かに薄暗かったが、死体が転がっていたり部屋が血塗れだったりすればさすがに気づく。


「爆発について、何か不審物があったりは?」


「特になかったと思うが」


「ええ、あのスペースには何もなかったと思うわ」


 ジンとライカが答える。


「ふむ、そこから、外から爆弾を投げ込まれたと考えるわけですね」


「それは正確じゃないな」


 不意に、ジンの目が鋭く光る。


「窓があるわけでもない。外から内部に投げ込むというより、爆弾付きの矢か何かを外壁に打ち込まれたと考えた方が自然だ。それから、使用された爆薬はおそらく竜弾だろう」


「竜弾?」


 ボブが意味がわからないらしく、鸚鵡返す。


 俺も何かで聞き覚えがある気がするが、思い出せない。座学で習った気がするが。


「竜の糞と何種類かの植物を混ぜて作る爆薬ですね」


 さすがに名探偵だけあって、ゲラルトは即座に答える。


「ああ、外壁を吹き飛ばした爆発力、そしてあの煙の量からして、間違いないと思う」


「少量でも岩を吹き飛ばす爆発力と、同時に発生する大量の煙。なるほど、状況からして、竜弾に間違いないと思えますね。竜弾なら少量で済みますから、持ち運びにはもってこいです」


 ゲラルトはにっこりと笑い、


「さすがは教会の汚れ仕事役、元冒険者のジンさん」


「知っていたのか」


 覚悟していたかのように静かに呟くジンと、一方明らかに狼狽して立ち上がるミンツ大司教。


「どうしてあなたがこの場に護衛役として推薦されたのか知りたいところですが」


「よせ。どうせ事件とは関係ない。下らん理由だ」


 隠すというよりも面倒臭そうにジンが言い、


「そうですか。それではやめておきましょう」


 あっさりとゲラルトは引き下がる。


 喘ぎながら立ち上がったミンツ大司教は、よろよろとそのまま座る。


 そして、沈黙。

 ゲラルトは口を閉じ、何かを考えるようにステッキを撫でる。


「どうだ、ゲラルト?」


 沈黙に耐えきれないように、アイスが促す。


「そうですね、解決はまだ遠いですが、検討すべき仮説はあります」


 ステッキを軽く振って、ゲラルトは言う。


「入れ替わりです」

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