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推理(2)

すいません、ミスっちゃいました! ぎりぎり14日投稿です許して!!

「ココアには何度も言ったことだけどさ、俺はあの、パパゲアが何故かゴーレムに見つからずに北側で死んでいたのって、悪あがきやら偶然やらの産物だと思っている。理由は簡単で、パパゲアを北側に移動させるメリットが何もないからだ。自殺にみせかけるのでもなければ、誰かに犯行を押し付けるためでもない。縛られていたことから確実に他殺で、なおかつゴーレムに目撃されていないことで誰にも犯行が不可能。誰がどう考えたって、こんなことしたいはずがない」


 僕に聞かせてくれたのと同じ話を、犯人に向けて語りかけるヴァン。


 犯人は反応しない。微動だにしない。


「だけど、一体何をどう悪あがきしたのか。そもそもどうして悪あがきしたのか。そのあたりはずっと悩んでいたんだ。ヒントをくれたのは、ココアだよ」


 え、僕?


「僕、何か言いましたっけ……?」


「こいつ、エジソン犯人説を言い出したんだけどさ、結構ピントのずれた推理で」


「おいっちょっとっ」


 バラすんじゃあない。


「で、そこでさ、エジソン犯人説の根拠の一つで、こう言ったんだ。エジソンには、医術の心得がある。だから、自然と俺たちを誘導できたってね。しかも自然にエジソンは医術の心得があることをアピールした、とかで巧妙だとか褒めてた」


 もうやめてくれ。恥ずかしい。


 だがヴァンには僕をなぶるつもりはないらしく、表情は真剣そのものだ。


「驚いたね。何に驚いたって、そのことに今まで思い当たらなかった自分にだよ。そりゃそうだ。エジソンが医術の心得があると言った。これ以外にない」


 ん?


「……えっと、何が、ですか?」


「えっ?」


 質問が意外だったらしく、ヴァンは驚いた顔を犯人からこちらに向けてくる。

 だけど、分からないものは分からない。これ以外にないって、何が?


「きっかけに決まってるだろ、きっかけ。理由でもいい。悪あがきの原因だよ――エジソンに医術の心得があるという話、これは相当衝撃的なはずだ」


「衝撃的、ですか?」


 どこが?


「例の仮定が正しかった場合は、な――つまり、パパゲアを事故か自殺にみせかけるつもりで殺していた場合は」


 あっ、と思わず声が出る。


 そうか、そういうことか。

 閉鎖空間。医者などの専門家による捜査は後になる。そう考えて、自殺か事故に見せかけておいて、浮上するまでの間に何かするつもりだったのだとしたら。全て計画が崩れる。


「状況から考えて、多分事故死に見せかけるつもりだったんだと思う。少なくとも、クロードの計画ではね。ティアはそれよりも上手だったかもしれないけど」


 もはや、ティアとクロードが犯人だという前提で話が進む。


「竜玉を取れば、館の破損や浸水はしないにしても、衝撃はあると考えていたんだろう。その衝撃で頭を打ってパパゲアが死亡。そう見せるつもりだった。もちろん、場所は部屋だよ。だから、部屋で殺したはずだ。撲殺だろう」


部屋で、撲殺。あまりにも、現実の状況と違う。一体、どうして?


「ところが、クロードからすると予想外――ひょっとしたらティアからすれば計画通りに、エジソンが医術の心得があると言い出した。ということは、死体を部屋で発見されると、事故ではなく他殺だとあっさり分かってしまうかもしれない。あと、ワインに睡眠薬くらい入れてたとしたら、それがばれる恐れもある。クロードは焦っただろうな。なにしろ、その場合一番に疑われるのは間違いなく自分だ。最後に、部屋で二人きりでパパゲアと喋っていたのはクロードなんだ。それを目撃もされているし、自分で認めてもいる」


 確かに、もしそうなったら、クロードが犯人だろうということで大した異議も持ち上がらず多数決で決まっていた可能性はある。反論の余地がほとんどないからだ。敢えて言うならエジソンの医術知識や証言の信用性くらいか。それでも、かなり厳しい。


「あれを聞いたクロードは焦った。自分の計画――俺からすると計画とも言えないレベルの計画だけど、それが丸つぶれだ。焦ったクロードは、どうすればいいと思う?」


「どうって……死体を隠す、ですか?」


 とりあえず思いついたことを言ってみる。


「そりゃあ、そうしたい。だけど閉鎖空間だ。隠す場所も限られる。いつかは見つかる。見つかってエジソンに調べられたら他殺とばれる。それに、エジソンに医術の心得がある、という話が出た時の状況を思い出してくれ。あの時、俺たちは館の沈没、浸水でパニックになりかけて、全員でパーティールームに集まっている状況だった。あそこでパーティールームを抜け出して死体を隠すために運ぶのは危険だ。目撃される可能性はあるし、そうでなくとも長い間不在だと疑われる」


「ううん……」


 僕がその立場だったどうするだろう、と考える。


「……じゃあ、トイレに行くとか言って抜け出して、パパゲアの部屋から他の部屋にでも動かす、とかは?」


「いいね。俺だったらそうすると思う。ただ、大きな問題が一つ。この館は――」


「ああ、そっか。鍵がかかるんですね」


 そう言えば、そうだった。


「もちろん、その部屋の持ち主が鍵をかけていない可能性もある。多分、どこかの部屋は鍵がかかっていなかったはずだよ。というか、俺たちの部屋ってあの時鍵をかけたっけ……? まあ、いいや。とにかく、根気よくやればそうやってどこかしらに死体を入れることはできそうなもんだが、クロードはそれをしなかった。早くパーティールームに戻らなければならないと焦り、怪しい動きを誰かに見られないかと怯えていたあいつにはできなかったんだ。死体を運びながら、奴は途方に暮れたはずだ」


「ああっ、ぐるぐる巻き!」


 唐突に思い出す。あのパパゲアの死体の妙な姿勢を。縛っていた紐を。


「じゃあ、本当に? 本当に、ヴァンさんの言っていたことが当たりだったんですか? あれ、死体を持ち運び易くするために縛って死体を丸めたってことですか?」


「いや、単に運ぶだけならそんなことをするはずがない。あれは――おっと、話が前後するな。順番に行こう。さあ、ここまで来るとクロードはもうパニックだ。とにかく何とかして死体を部屋からなるべく離すしか頭にない。だが、廊下をずるずると死体を運んで一つ一つ、その部屋に鍵がかかっていないか、開かないかを調べていたら、誰かがパーティールームから顔を出した時点でおしまいだ」


「……死体は置いておいて、先にそれぞれの部屋でどこが開いているかを確かめておいてから、後で急いで死体をその部屋に運ぶのは?」


「いい案だ、ココア。冷静じゃあないか。確かに、クロードが冷静だったらそういう手を打ったかもしれない。だがクロードはそんなことを思いつくことができないくらいパニックになって焦っていた……あるいは、あまり考えにくいけど、十分に冷静で、頭も回っていた可能性もある」


「え?」


「そもそも他の部屋に死体を運び入れるという手は、それをやったら一安心という話じゃあない。その死体が発見された後、当然部屋の主は自分が殺したことを否定して、誰かが自分がパーティールームにいる間に死体を運んだと主張するはずだからね。それがどこまで通るかはさておき、もし通ったら当然途中でパーティールームを抜け出たクロードは犯人候補にはなる」


「確かに……」


 結局、パーティールームに皆が集まっている間に死体が出現、となった時点でパーティールームを抜け出した人間に疑いがかかるのは避けられないってことか。


「だから色々考えた上で、別の奴の部屋に入れるのではなく、とにかく遠くに死体を運ぶという考えになったのかもしれない。俺は単にパニックになっていた説を推すけどね。まあ、ともかく。クロードは死体をできるだけ遠くに運ぶことに決めた。だが、さっきも言ったようにずるずると死体をひきずったり押したりしていたらその姿を誰かに見られる可能性は高まる。西側の廊下は隔離壁が降りている。東側の廊下なら通れるが、ゴーレムがいることに気が付いた。あいつがいると後でばれるかもしれない。さて、どうするか、だ」


 ヴァンは指を一本立てる。


「少なくとも、重い死体をひきずったり押したりして時間をかけて移動させられないという問題については、クロードはかなりさっさと解決策を思いついたはずだ。なにせ、普通にあの廊下を歩いていたらそれだけで気付く」


「え?」


「やたら滑るでしょ、水に濡れた廊下がさ」


 沈黙。ヴァンがこちらの言葉を待つように黙り、犯人は最初からずっと黙り込んでおり、そして僕が発言の意味を理解するのに時間がかかり黙る。三人が黙れば、当然沈黙が部屋に満ちる。


 しばらくして、ようやく僕は口を開く。


「……まさか、そういうことですか? 死体を紐でぐるぐる巻きにしたのって……滑らせ易くするため、ですか?」


「多分ね。あいつはパパゲアの部屋で、死体を力づくで紐で縛り――『形を整えた』。滑り易くするために。もちろん、他にもしたことがある。滑らせ易くするために」


「え? ええ?」


 全然思いつかない。


「ぽろっと言っていただろ、クロードは氷の魔術には自信を持っていた」


「……こ、凍らせたんですか? パパゲアの死体を?」


「全部じゃないよ。床と接する面だけを、水で濡らして凍らせてつるつるにした。紐で縛って、その何と言うか、『形も整えた』。一緒に凶器もなるべく遠くに運ぼうってことで、カルコサの像を抱かせたのかな。このあたりは完全な推測だけどね。とにかく、これで死体は床を滑るから運ぶ時間を短縮できる」


 足か何かで押して、死体を滑らせながら周囲を警戒し移動するクロードの姿を想像しようとして、諦める。想像の範疇を超えている。不謹慎だし、滑稽だし、どこか哀れだ。


「エジソンが言っていた、死体の妙な痕跡――今思えばあれは一度凍らせた跡なんだろうね」


 どう思う? とヴァンはそこで犯人に向けて問いかける。犯人はまるで反応をしない。


「ここまで来たら、クロードがどうやってパパゲアの死体を北の廊下に運んだか、ココアにも想像つくんじゃない?」


「東側の廊下を、力いっぱい滑らせたんですね。自分はゴーレムの前を通らず、死体だけを滑らせてゴーレムの向こう側に。ゴーレムが犯人やパパゲアを目撃するはずはない。だって、通ったのはパパゲアの死体だけなんですから」


 思い出す。ゴーレムの不便さの説明をしていたエジソンを。

 豚と鳥がキッチンにあるか、という質問に「いいえ」と答え、豚肉と鶏肉があるかという質問には「はい」と答えていた。そう、ゴーレムは不便なのだ。


 だから、今思えば、ゴーレムにはこう質問するべきだったのだ。「パパゲアの死体は通ったか」と。


「そんなに力いっぱい滑らせる必要もなかったかもしれない。なにせ、館は北西に傾いていたからね。だから、死体はゴーレムの前を通過して突き当りまで滑った後――」


 そう、館は北西に傾いていた。ということは。


「そのまま、今度は西に滑った……」


「そうして溜まっていた水にぷかぷかと浮かびながら、北側の廊下の奥に辿り着いたというわけだ。なかなか面白いことを考えるよね、クロードも。多分だけど、発想の源はあいつの趣味だ。玉突きだよ」


 ああ、と妙に納得する。

 玉突きのことをしつこいくらい言っていたな、クロードは。死体をどこか遠くまで運ばなければと思った時に、普段から見慣れている玉突きの玉が転がる様を連想してもおかしくはない。


「クロードは途中、トイレに行くと言って出ていきましたよね? そして、戻ってきた時には滑って転んだと言って全身が濡れてしました。じゃあ、あれが?」


「うん。あの時に死体を滑らせたんだと思う。で、その時の作業で死体を濡らしたり、あるいは本当に自分も滑ったのかもしれないけど、とにかく全身が濡れたんだ。どう? くだらない話でしょ。俺の予想通り、結局はその場しのぎの悪あがきと偶然が重なっておこった謎だった」


 だが待てよ。パパゲア殺害時のゴーレムの謎がそんな話だったとしたら、ゴーレムがこの事件の焦点だと考えていた僕の考えはまるで的が外れていることになりそうだ。だが、確かヴァンはこう言っていた。ゴーレムの謎を追うこと自体は間違っていない、と。

 だとしたら、もう一つの謎が、犯人を特定する鍵になるのか?

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