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推理(1)

 つまりは、ありとあらゆる行動原理は、極論すれば自らの過去への復讐と言える。。


  ――ヨーゼフ・ティッス

  『王殺し』より





「最初に考えたのはどうしてここでかってことなんだ」


 パーティールーム。誰もいないその部屋は、必要以上に広くがらんとしているように思える。その真ん中までわざわざ椅子を引き出してきて、そこに座っているヴァンの喋る声だけが部屋に響く。


 横に立っている僕も、そして「話がある」と呼び出した「その人」も、声を発さない。発することができないのかもしれない。僕は、ただヴァンの語りを聞いている。まだ、犯人として呼び出されている「その人」の方を気にすることに神経を割いてしまい、相槌すら打てない。


 「前にココアたちの話で出たように、明らかにこの潜水館で事件が起きたこと自体は、計画的なもののはずなんだよ。じゃないとこいつを沈めるなんて話になるわけがない。竜玉のことを知っていないといけないだろうし、知っていたとしても下手したら全員心中になりかねないわけだしね。目的があって、計画をして、その上で慎重に沈めたはずだ。もちろん、何度も言うように破損や浸水、その周辺のことは事故だろうけど、事件や竜玉を装置から外すこと自体は計画していたはずなんだよ」


 異論は出ない。


「で、だ……そうなるとパパゲアを殺して館を沈めたのは――外部の人間ってことになる。そのはずなんだ。だって、パパゲアを殺すのにこの館で殺すなんて、デメリットしかない。犯人は限られるし、行動も制限される。それなのにこの館で殺さなきゃいけない理由――最初に思いつく理由は何になる、ココア?」


「え、あ」


 突然話を振られて驚きながらも、答えは僕の中になる。


「それは、この館ではないとできない、ということでしょうか?」


「そうそう。それが一番シンプルな理由だよね。で、原因もはっきりしてる。パパゲアには、普段は護衛がついているからだ。護衛のいないこの館で殺す。シンプルでいい。そうなると、犯人は外部の人間だ。家族やそれなり以上に近い人間なら、パパゲアにプライベートで接近できるわけだからね。この館よりもいい条件で殺すチャンスは絶対にあるはずだ」


 だが、と反論を口にしようとしたところで、


「だけど、そう考えると問題がある」


 先に、ヴァン自身が言う。


「外部の人間だったら、潜水館の設計も、竜玉のことも知ることができない。つまり、そもそもこの館を沈める計画を立てることができない。なかなかの厄ネタだから、外部の人間はそうそうこの館の秘密を知ることなんてできないはずだ」


 そうだろう。なにせ、聖遺物かもしれないのだから。


「そうなると、妙な話になる。計画を立てるためにはパパゲアの近くの人間である必要がある。だけど、そこまで距離が近いならそもそも計画の意味がない」


「あの、いいですか? 近くにいる人間だからこそ、外部の人間に見せかけるためにこの館で殺し――ああ、そうか、それでも駄目ですよね。この館を沈めることで、近くの人間だってわかっちゃうんだから」


 思い付きを口にしながら、すぐに自分でその穴に気付く。結局のところ、竜玉を取り外して館を沈める時点で、犯人は竜玉の秘密を知っているひと握りの人間だと公表するのと一緒だ。


「そう。どうもしっくりこない――犯人が単独だとすると」


 その言葉の意味が僕たちの頭に染み込むのを待つように、一呼吸置いてから、


「複数犯だとしたらどうだろう? パパゲアに近い人間と、外部の人間。近い人間がこの館についての情報を渡し、計画を立てる。外部の人間が実行する。これならうまくはまる。ただし、いくつか前提があるけどね」


 ヴァンは首を鳴らして、


「このパターンだと、はっきり言うと外部の人間の方が馬鹿じゃないといけない」


「ば、馬鹿?」


意外な言葉に僕がたじろぐと、


「言いすぎかな。馬鹿か、そこまで馬鹿じゃないけど立場的に弱いかのどっちかだね。考えてもみてよ、これ、どう考えたって外部の実行犯の方はデメリットしかない。共犯に弱みでも握られているか、それともうまく騙されてるか」


「騙されてって……」


「言ったろう、館が沈められるということは犯人が限定されるということ。そしてその場合、一番いい方法は、誰かに罪をなすりつけることだ。無罪の人間に罪をなすりつけるよりも、簡単な方法がある。それは、本当にそいつを犯人にするって方法だよ」


 本当に犯人にする。つまり、それって。頭の中を整理する。


「ちょ、ちょっと待ってください。つまり、こういうことですか? パパゲアさんに近い犯人Aと外部の共犯Bがいて、そして、AはBにパパゲアさんを殺させた後、見捨てるつもりだった?」


「そう。Bの単独犯としてね」


 待てよ、だとすると。どうしてそもそもAはそんな方法をとる必要があるのか。それは、何もなければ自分が疑われる立場だということに他ならない。パパゲア殺害で一番疑われそうな人物。それと組む外部犯。馬鹿っぽい。


「……それって」


 僕に向けて、苦笑しながらヴァンは頷く。


「まあ、失礼な連想ではあるけど、そうなるよね。だから俺は、パパゲア殺害事件が分かった時から、一番に疑っていたのは――」


 そうか。そう考えればヴァンの態度のいくつかにも納得がいく。


「――ティアとクロードだ」


「不倫カップルですか」


 思わず失礼な命名をしてしまう。確定しているわけじゃあないのに。


「そう、不倫カップル」


 だがヴァンはあっさりそれに乗ってくる。


「そしてクロードの方はアホだから利用されているだけ、みたいな、そんなイメージだった。で、色々探りを入れてみたけど、どうも当たらずとも遠からず、みたいな感じだったからさ、これを中心に考えていけば間違いないだろうと」


「じゃあ、かなり確信を持ってたんですか? だったら――」


「証拠も何もない。それに、犯人すらも想定していなかった館の破損と浸水がとにかく厄介でさ。何度も言うように、まず犯人に竜玉を戻してもらわないといけないし。それに皆精神的に追い詰められつつあった。もし、あそこで二人が怪しいんじゃないか、みたいなことを言ったら、ないとは思うけど最悪リンチってのも考えられる。まあ、色々考えてあまり表立っては疑ってないポーズをとっていたんだ……今となってはただの言い訳だけどね。ここまで被害を出した後だとさ。結果的には、俺がさっさと場を仕切ってればよかったよ」


 本当に悔やんでいるらしく、ヴァンのため息は深く長い。


「まあ、それに、だ。そもそも事件自体が謎めいていた。ゴーレムは誰も通っていないと言う。パパゲアの死体は縛られている。快刀乱麻の名推理を皆に披露して、全員が納得して犯人は言い逃れできない、といった状況には持っていけない。この状況では、そうできないなら下手に口を出して場を混乱させるべきじゃあないだろうと考えたわけだ。実際、あの時点で俺が告発したところで、じゃあどうやって北の廊下に行ったんだ、とか、確固たる証拠を見せてみろ、とか言われて言い逃れされる可能性が高かった」


 確かに、その考え方も分かる。

 場を混乱させてしまった僕には特に、痛いほど。


「そんな理由で俺は犯人を告発することなく、これ以上の犠牲を出さないためにはどうするか考えていた」


「これ以上の犠牲、ですか?」


「うん。そもそも、俺の推理――というより予想通りにティアとクロードが犯人だとすると、館が浮上するまでに殺される危険性のある人間が二人いた」


 指を二本立てて、誰だか分かるか、とでも言うようにヴァンは視線を投げかけてくる。


「え、えっと……」


 犯人がティアとクロード、だとすると、パパゲア以外に狙われる人間は――


「一人は、メアリ、ですか?」


 自信がそこまでないため語尾を弱くしつつ言ってみると、


「そう。まず、そこがヤバい」


 とヴァンは頷く。


「ティアが犯人だとすると動機の何割か――下手したら全部が、パパゲアの遺産狙いだと予想される。となると、取り分を増やすために娘のメアリが狙われるのは十分に考えられる。もう一人は?」


 思いついた。もう一人、殺されるべき人間。だが、だとすると本当に殺伐とした話だ。げんなりしてしまう。


「……クロード、ですか?」


「もちろん、そうだよ。犯人がいないままで話が終わるわけはない。実行犯であるクロードによる単独の犯行だとするしかティアにはないんだ。この潜水館が舞台の時点で、外部犯っていうのは難しいからね」


「けど、クロードが捕まった時に、大人しく自分の単独の犯行だと認めるわけがない……」


「となると、一番素晴らしい解決策は?」


「クロードが死んでくれることです。死人に口なしで、クロードから秘密が漏れることはない。クロード一人に全てを押し付けても、文句を言う人間もいない」


 愛のない話だ。


「そういうこと。自分が一人でやりました、みたいな遺書を残してくれればなおいいよね」


「あれ? ってことは、あの遺書は――」


「まあ、話は順番にいこう。そっちも、それでいいよね?」


 さっきからずっと黙っている『犯人』に向けてヴァンが確認すると、『犯人』は黙って頷く。


「よしよし。さて、ここまでいいとして、だ。よくよく考えたら、俺はこの推理も妙な気がしてきた」


「……え? どこが、ですか?」


「考えてもみてくれよ。いくらクロードが色ボケしておまけにアホだったとして、だよ? こんな閉鎖空間で自分がパパゲアを殺して、一体どうやって自分が助かるのかってことが気にならないと思う?」


 確かに。まさか、本当に何も考えずにパパゲアの殺害を請け負ったとも思えない。


「いくらなんでも、一応はクロードは納得していたはずなんだ。自分が、潜水館の中でパパゲアを殺しても捕まらない方法だってね。うさん臭くても夢物語だろうと、一応のそれがなけりゃいくらなんでも手は汚さない。まさか、最初からティアの捨て駒になるつもりの、そこまでの純愛物語だったらしょうがないけど」


 あんまりあの二人と純愛は似合わない。失礼かつ偏見だけど。


「だとすると、クロードは一体どんな風に言いくるめられたんだと思う? クロードの計画では、どうなるつもりだったのか?」


 ティアはどんな計画をクロードに語ったのか。クロード以外を犯人に仕立て上げる計画? だとしたら、犯人候補は……メアリしかいない。これで標的を二人一気に葬れるのだから、実際にその手を使ってもおかしくないくらい……いや、待てよ。


「メアリを犯人に、っていうのは、無理がありますよね、さすがに」


 僕の確認にヴァンは軽く頷いてから、


「なくはないだろうけど、ティアを殺すならともかく、パパゲアを殺す動機っていうのがメアリには設定しにくいだろうね。おまけにメアリが犯人だとすると、強烈に文句言いそうな執事がいるし」


 と、補足説明してくれる。


 確かに、エジソンならばメアリが犯人となるとなかなか納得しそうにはない。手強いことになるだろう。かといってじゃあエジソンも殺すとなると殺す人間が増えるし、エジソンとパパゲア二人を殺す動機なんてそれこそ設定しにくい。


「だとすると、もう答えは一つしかありません――パパゲアを、事故か自殺に見せかけるという計画です」


「うん。それがどれくらい現実味があるかどうかはともかく、その計画を聞かされてクロードは抱き込まれたんじゃあないかと思う。ティア・クロード犯人説が正解ならね。ここまでは仮定の話だ……ところが、ここまで考えたところで、俺はそう仮定するとどうしてパパゲアの死体が北側から見つかったのか、が説明できることに気が付いた。こうして、この仮定はただの仮定ではなく、可能性の高い話になったわけだ。俺の中ではね」


 ここまでの仮定が正しいなら、あの謎が説明できる?

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