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ココアの解決編(真)

「そもそも、この事件を殺人事件として真正面から考えることに無理があったんです」


 僕が自信満々に推理を披露するのを、ヴァンはベッドから体を起こして黙って聞いている。


「ヴァンさんの言うように、殺人事件は不可解です。これを後回しにすればいい。そうして、もう一つの事件から考えるべきです」


「この館の沈没事件だな」


「そうです!」


 びしぃ、と指をヴァンに向ける。


「どうして犯人はここを沈めたのか。それは、閉鎖空間をつくるために他なりません」


「閉鎖空間にするメリットは? どう考えても、犯人が限られるから不利が大きいと思うが」


「理由は二つ。一つ目は、まさにそう、犯人が限られるから――つまり、それがメリットになる理由は、これしか思いつきません。『閉鎖空間で他の誰かを犯人にしたてあげる』。これです。殺す標的以外に、犯人役をなすりつけて社会的に殺す標的がいるとすれば、この状況にも納得がいきます」


 どうだ、と内心どきどきしながらヴァンを見ると、


「いいね! そこまではほとんど俺と同じだ。大筋では俺も同意するよ」


 ぱちん、と指を鳴らしてヴァンは笑う。

 ほっとする。やった、どうやら今回は僕の推理は当たりらしい。前回、なかなかの醜態を晒してしまったから、今回は絶対そうはなりたくない。


「閉鎖空間にする二つ目。それは、この閉鎖空間だからこそできることがあるということです。つまり、外部からの情報や手助けが入らないこの状況下で――僕たちを誘導できる。そう、誘導して、殺人の罪を他の人間になすりつけ、それが既成事実のようになってから、館を浮上させる。つまりこの二つの目的は実際には一つ。自分の殺人を標的になすりつけるためです。そう考えれば、犯人は一人しか考えられません。つまり」


 と、犯人の名前を口にしようとしたところで、ヴァンが妙な顔をして首を傾げているので不安にかられる。だが、今更止まらない。


「犯人は――エジソンです」


 その名を聞いたヴァンは目を見開き、多少身じろぎしている。どう見ても、驚いている。


「……え? 違いますか?」


 自信がなく、ついついそんな風な言葉が口をついて出る。


「……少なくとも俺の考えにはなかった。ただ、違うかどうかは分からない。俺が正しい保証もないんだしね。まあ、とにかく続きを聞かせてくれよ。興味はある。どうして、エジソンが?」


「え、ええ……」


 ヴァンと違う、というだけでかなり自信を無くしながらも、それでも僕は続ける。だが言葉に力がなくなっていくのはいかんともしがたい。


「ええっと、こういう閉鎖空間にしたら、例えば潜水館についての情報はエジソンさんからの情報が全てになりますよね? 事実、僕たちは事故の状況や館の構造、機能、そして対処についてはエジソンさんの話が全て正しいという前提で動いています」


「まあ、そうだね」


「しかもエジソンさんには医術の心得がある」


 ぴくり、とヴァンの指が震える。あれ、ここはあたりか? 少し自信が出てくる。


「この状況では自分たちの健康状態が最優先の懸念事項になるでしょうし、殺人に関しても、その死体の調査は医術の心得がある人間が行うことになる。つまり、殺人事件についての情報に館自体についての情報、それと僕たちの精神状態のどちらもある程度コントロールすることができる立場、それがエジソンさんの立場なんです」


「なるほど、ねえ」


 頷くヴァンは心底感心しているようだ。演技や皮肉ではないらしい。ということは、少なくともここまではそこまで的外れではないということだ。


「しかも巧妙なことに、エジソンさんはその自分の圧倒的な立場を、巧みに隠していました。主導権を取ることなく、誰かに命じられるまでは決して動かず、命令には従い、あくまで執事という立場をずっと動かなかった。だから気付きませんでした。けれど、よく考えてみれば、僕たちはずっと、エジソンさんの情報や助言を基に全ての行動を起こしていた。僕たちに情報を与える立場のエジソンさんは、僕たちの行動を誘導できたんです」


「そうやって誘導して事件の犯人を他の奴になすりつける……まあ、そこまではいいよ、別に。だけど、それってうまくいってないんじゃないか?」


 ヴァンの指摘は僕の予想していたものだ。なんだ、それが反論か。安心する。


「確かに、エジソンさんの情報を基に誰かが怪しいとなるならともかく、現時点ではそもそも『誰も犯人になり得ない』状況になっています。ゴーレムからの情報のせいで」


「だよね」


「ただ、これもヴァンさんが言ったことですよ。そもそも、この状況自体が犯人の予想していたものではなく、その場しのぎの悪あがきをした結果が現状だと」


「……確かに」


 そう言ったね、とヴァンは認める。


「となると、犯人が存在できない現状は、誰かに犯人をなすりつけるはずだったのが、事故で館が浸水してしまったために妙なことになってしまった状況だと考えられます」


「ちょっと待て。ええと、そうだな」


 頬に手を添え、ヴァンは考えながら喋ってくる。


「じゃあ、ココアの言うようにこれが浸水によるアクシデントの末の状況だとしよう。じゃあ、もしも浸水が起こらなかったら一体、どうなっていて、誰が犯人にされていたはずなんだ?」


「さあ?」


 僕は肩をすくめる。そんなもの、分かるはずがない。だが。


「ただ、浸水がなかったらキッチンが普通に通り抜けられたはずなんで、そのあたりがうまくいかなくなった原因なんじゃないかと思います。あのキッチンはエジソンさんだけが通り抜けられる、いわば専用の抜け道です。たとえば、あのキッチンの隅の床にでも、緊急用の抜け道が設置されていたとしたら、どうでしょうか? 否定はできないでしょう? そんなものがないと僕たちが判断するのは、設計に携わっていたエジソンさんが言及していないから、それに尽きます。エジソンさんが犯人だとしたら何の意味もない」


「つまり、エジソンはパパゲアを殺した後、その抜け道を使うはずだった、と。それを使って死体をどこかの部屋に残せば、その部屋の主が怪しまれる、か」


「死体の調査をするのもエジソンさんでしょうから、自殺ではなく他殺だと断言したり死亡推定時刻を部屋の主の不利になるようにしたりも自由自在です。で、閉鎖空間の中で、僕たち全員がそいつを犯人だとみなしてふん縛ったりした後で浮上させれば」


「犯人のできあがり、と。そんなにうまくいくか? 裁判もあるだろうし、国の捜査機関だって」


「そこで、この潜水館の特徴が効いてくるんですよ。いえ、館の特徴というか、パパゲアの特徴ですかね。つまり、聖遺物が使われているかもしれない、ということです。ということは……」


「あまり情報公開はされない、と?」


「それどころか、聖遺物が手に入ったら国は後はうやむやにする可能性だってあると思いますよ。なにしろ、もし聖遺物があるとしたら、それはペース国でパパゲアの手に入った可能性が高い。つまりペース国の聖遺物です。それを、シャーク国が手に入れることができる。殺人事件くらい、何とかして握りつぶすでしょう」


「ゲラルト議長はそういうタイプでもないと思うが、まあ、確かに聖遺物が手に入るとなると、少なくとも通常の事件とは扱いが別になるだろうな。アオや俺はそもそもその調査のために送り込まれたわけだし、その俺たちが事件に巻き込まれている時点で、そういう要素はあるだろう、が……」


 そこで、ヴァンは唸り出す。


「……えっと、やっぱり、変、ですか、ね?」


 元々自信を失っていたので、そういう態度をされるとどんどん不安になってくる。


「――いや、なかなか興味深い話ではあったよ。ただ、俺の前でだけにしろよ。表面上はあれでも、この館の面々の精神状態は多分限界だ。そこでそんな話をしてエジソンが怪しいという話にでもなれば、暴走してエジソンを拷問する流れにもなりかねん」


 確かに。ぞっとしない話だ。


「ココアが言うように、エジソンが犯人だとすると、前提が崩れる可能性がある。抜け道だとか不思議な仕掛けだとかが館の中にあったら、それも使い放題だ。ゴーレムの証言だって信用できるかどうか分からなくなる。エジソンは言ってなかったけど実はゴーレムの証言を捏造する技術が実はありました、となったらおしまいだからな。まともに事件を考えること自体が馬鹿馬鹿しくなる。そういう意味では、こんなわけの分からない状況にはふさわしい推理だとは思う……だけどねえ、悪いけど、正直、可能性はそこまで高くない気がするよ」


 ばん、と真正面から斬られた気分だ。


「ど、どうしてでしょうか?」


 さすがに理由を聞くまでは納得できない。


「ココアの推理を完全に否定はできないんだよ。エジソンが犯人で嘘をついていたら、前提が全部崩れて何でもありになるからね。だから、あくまでの可能性の話だよ……さっきココアが言った、館浮上後の流れ、事件が握りつぶされるって流れは、そうなるかもしれないけどそうならないかもしれないじゃん」


「ま、まあ……そうですね」


 それは、否定はできない。


「むしろ聖遺物が関わっているからこそ、徹底的に調査しようって話になってもおかしくないでしょ。というか、そうなるんじゃないかなあ。少なくとも、館の構造なんかは徹底的に調べられるんじゃない? 公にかどうかは別としてさ。死体についてだって、浮上後に検死されると思うし。で、そこでもしもエジソンが嘘をついていたってことが分かったら、その途端にエジソンは最有力容疑者になるんじゃない? ゴーレムの証言だって、後で専門家に調べられたら捏造なり偽装なりはばれそうな気がするんだけど。その場合もやっぱりエジソンが犯人だって話にならないか?」


 確かに、嘘をついていたことがバレた瞬間、エジソンは犯人候補になってしまう。リスクが高い、か。


「まあ、これはあくまでも可能性の話だから、エジソンがそうならない可能性に賭けるギャンブラーだとか、そんなことを考えもしないほど馬鹿だとかしたら、ココアの推理が正解の可能性もある」


「う、うーん……」


 そうは言うが、僕が思うにたとえ犯人だとしても、エジソンはそういうタイプではない。となると、やっぱりだめか。


「ココアは今、この状況だけを考えて推理を組み立ててるみたいだ。違うか? まあ、それも無理はない。俺たちはその状況にどっぷりなわけだし、この状況の打破が最優先で考えなきゃいけないんだからね。けど、冷静に考えれば、この閉鎖空間では通用しても浮上後には通用しない話をしてる。この場を誤魔化したところで、いずれ館は浮上するはずなんだ――エジソンが全員を巻き込んだ無理心中でも企てていない限りね。ああ、だから、その場合もココアの推理が正解の可能性がある」


 それは一番最悪な場合だ。推理が当たっていても嬉しくとも何ともない。


「だけど、俺としては、少なくともエジソンが犯人か否かは別として、後から調べられたら分かるこの館や死体についての証言は真実だと考えて推理を組み立てた方がいいと思うよ。どうしてもそれじゃあ矛盾するようだったら、前提の情報を疑ってそこからエジソン犯人説に繋げればいいと思うけど」


「け、けど、ヴァンさん。実際、どうしても矛盾しちゃってるじゃないですか。東と西の廊下を通らずに北に行く方法は、キッチンが塞がれていた以上、ないんですよ?」


 だからこそ、僕はあの事件を真正面から考えるのをやめ、エジソン犯人説へと辿り着いたのだ。必死で反論する。別にこっちも伊達や酔狂でエジソンを犯人だとみなしたわけじゃあない。


「……何度も言うように、この状況はあくまでも偶然ありきで起こったものだと俺は考えている。だから、元々犯人はこんな、誰も犯人でありえない状況をつくりだすつもりはなかったはずだ。こんな状況になったのは事故が半分、悪あがきが半分。多分、犯人は途方に暮れている――とはいえ、もうどうしようもない」


「え?」


 不吉な言葉にどきりとする。


「こんな状況になったらどうしようもないってことだよ。にっちもさっちもいかない。犯人にとってはね。けど、だからこそ浮上させるわけにはいかないはずだよ、このままでは。誰かに犯人役をなすりつけてからじゃあないと、浮上させるにさせられないはずだ。限界状態になるまではね」


 ところが、とヴァンは薄く笑う。自嘲か、あるいは諦念か。


「じゃあ、犯人役が見つかれば浮上させられるかっていうと、それも難しい」


「どっ、どどど、どうして?」


 慌てる。生死の問題だから当たり前だ。


「だって、例えばココアが犯人となる」


「うえっ、僕ですか?」


「例えば、だよ。で、ココアを縛り上げて部屋にでも放り込んでおく。それで、館が浮上し出したらどうする?」


「ええっと、それはつまり、竜玉が装置にはめ込まれたってことだから――あっ」


「そう。そうなると、ココアは犯人じゃなかったか、もしくは共犯者がいるってことになる」


 結局、犯人役のなすりつけは失敗するわけか。


「じゃあ、犯人は一体どうするつもりなんですか!?」


 詰みじゃないか。


「方法はある。あるが……それをされたら俺の負けだ。最悪の方法だ」


 途端、ヴァンの顔が曇る。


「ただ、非常に不愉快だが、俺たち全員の生殺与奪を握っているという点で、現時点では犯人の方が主導権を持っている。犯人を見つけたところで、イコール竜玉が見つかって俺たちが助かるとは限らないんだ。だから、待ちだ。さっきも言ったが、全員が全員を警戒しているってことで犯人がその最悪の方法をとらずに、諦めて浮上させてくれることを祈るしかない。無力なもんだな、名探偵なんて」


 自嘲の笑みと共に、ヴァンはごろんと横になる。


 僕は、そうしてヴァンが眠りにつくのを見守ることしかできない。必死でヴァンの言葉の意味を考えるが、何も思いつかない。あるいは、僕は自分で思っているよりも精神的にも肉体的にも疲労困憊していて、まったく頭が回っていないのかもしれない。


 だったら、もう寝た方がいい。

あと3~4話で読者への挑戦です。すみませんな。

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