名探偵登場(1)
俺達、表彰式の出席者は大広間に再び集合する。
ただし、今度は、大広間は俺達を逃がさないための、閉じ込めるための部屋と化した。
この大広間の中には出席者の他に、ある程度の事実を知っている騎士数名がいる。その誰もが、俺達に向けて、いつでも剣を抜けるように警戒しているのが見て取れる。
事件について知らない騎士達は、アイスの命令で大広間の外、玄関ホールで待機している。大広間から俺達の誰も出ていかないように見張っているのだろう。
つまり、大広間の中では事件について喋っても構わない状況だ。だが、それでも誰も口を開こうとしない。誰もが、青白い顔をして押し黙っている。
比較的平静を保っているのはアイスとレオだが、やはりその二人も衝撃は大きいらしく、何も喋ろうとはしない。
多分、誰もが恐ろしいのだ。あの事件、あの聖堂で見た悪夢のような光景が、口に出すことで夢でなくなるような気がして。もちろん、夢ではないのだが。
一番衝撃を受けているのはウラエヌス王だろう。ミンツ大司教もまるで死人のような顔をして茫然自失だが、ウラエヌス王にいたっては、さっきから椅子に座り込んだまま俯き、身動きをしていない。死んでいるみたいに。
午後六時。
不意に、玄関ホールが騒がしくなり、そして大広間のドアが開く。
「やあ、アイス王妃直々のお呼び出しだそうで」
大広間の海底の泥のような雰囲気とは対照的に、快活に言って男が颯爽と入ってくる。
男は三十代前半だろうか、青っぽい髪と、彫りの深い顔を持つその男は、中肉中背の体を燕尾服に包んでいる。燕尾服のタイは真っ赤だ。
金属製のステッキをくるくると器用に回しながら、その男は俺達に近づいてくる。
「そうそうたるメンバーですね。どうも皆さん、初めての方は初めまして。僕はゲラルト。ゲラルト・マップです」
この男が、『静かなゲラルト』か。
俺は名前しか知らなかったその男を、憧れを初めて目にする。
ゲラルト・マップ。
シャークの宮廷探偵団の副団長補佐の地位にその歳で就いている、シャークを代表する探偵であり、パンゲアの六探偵の一人。
いくつもの大事件を解決してきた実績のある、紛れもない名探偵だ。
「それで、事件の概要は?」
場の雰囲気に呑まれることなく、ゲラルトは軽く問いかける。
「今から説明することは、他言無用だ。事件の解決を含む対応について知恵を借りたい」
「ええ、もちろん」
恐ろしい目つきで睨みつけるアイスに臆することなく、ゲラルトは笑顔を見せる。
アイスは事件の概要を、つまり表彰式、爆発、ヴィクティー姫の失踪と聖堂の死体発見までの流れを簡潔に説明する。
恐るべき話であるにも関わらず、ゲラルトはそれを聞きながら笑顔でステッキをくるりくるりと回している。
「なるほど、分かりました」
話を聞き終わったゲラルトはステッキで床をとんと叩く。
「対策について考える前に、まずは確認が必要ですね」
「確認?」
訝しげにライカが聞き返す。
俺は、その可能性に気づいていた。そう、ミステリマニアである俺が、一番に辿り着く可能性だ。雰囲気に気圧され、全く言い出せなかったが。
「死体が本当にヴィクティー姫のものかどうかですよ。首がないんだから、別人かもしれない」
その言葉にはっとなって頭を起こすのはウラエヌスだ。
娘が死んでいないかもしれない、その可能性に希望を見たのだろう、目に生気が宿っている。
だが、
「あれは、おそらくヴィクティーで間違いないと思う」
隠しきれない苦悶の表情を浮かべるアイスが言う。自分で言いながら、それを言うのが苦痛で仕方が無いようだ。
「私も、そう思う。お世話係として、ヴィクティー姫の背格好や特徴はよく分かっているつもりだ。ご遺体を見たのは一瞬だが、あれはヴィクティー姫に見えた」
ミンツ大司教も同意する。
「アイス王妃もそうでらっしゃると思いますけど、あたしは同性ってことで、お着替えとかもよく手伝っていたから、ミンツ大司教よりも自信があるわ。あれは、ヴィクティー姫よ」
もう一人の世話役、アルルがそう言うに至って、ウラエヌスはがくりとまた顔を下に向ける。
「まあ、そうだとしても、もう一度ちゃんと確認してください。それから、現場の状況や死体の検分もお願いしますよ、アルルさん。医者なんだから適役だ」
ゲラルトの死体という言い方に、はっきりとアイスが嫌悪感を表情で示す。
唐突に、アイス王妃がヴィクティー姫に対して、ちゃんとした肉親の情を持っていることを感じる。
娘として大切に思いながら、それでも政治のための道具として使っていたのかもしれない。
「じゃあ、護衛役兼監視役の騎士を借りていきまーす」
場の雰囲気を和ませようとしたのか、間延びした言い方をして立ち上がるアルルを、
「ちょっと待ってくれ」
レオが止める。
突然のことに、大広間の全員の目がレオを向く。
それに怯むことなく、
「失礼だが、アルルが事件に関与していないという確証がない」
と、恐るべきことを言う。場の空気が凍る。
「何を馬鹿な」
ライカが何か言いかけるが、
「外部犯かもしれないが、あの時に式場にいた人間も十分に怪しい。そんなこと、分かっているだろう?」
説き伏せるというより、投げやりな言い方をするジンに、ライカが黙る。
「アルルが一人でした検分を信用するのは危険ということか。私はアルルを信用しているが、それでは不十分ということか?」
アイスが冷たい声でレオに返し、
「ええ、万が一がありますので。せめてもう一人、医術の知識のある人間と一緒に調査してもらいたい」
「さすがレオ・バアル。合理的だ」
この状況で何故かゲラルトが拍手をする。
「あの本は僕も読みましたよ。素晴らしかった。ところで、ご一緒にあの本を書かれたヴァンというのは?」
「あいつだ」
レオが俺を指すと、ゲラルトは笑顔で近づいてきて、
「いやあ、どうもどうも、会えて光栄だよ」
と握手までしてくる。
「ゲラルト。君は賛成だということか、アルルの他の誰かにも調査させるというのに」
マーリンの質問に、
「その方が安全ですからね。ただ、ことがことなんで今から医療関係者を外から連れてくるというのは下策ですね。理想を言えば、今この場にいる事件について知っている人間の中に、それなりの医療知識がある人がいればいいんですけど。別にそこまで専門的な知識がなくとも、万が一アルルさんが捏造しようとした時に気づけるレベルの知識がある人が」
ゲラルトが答える。
その答えの途中から、俺、レオ、ボブ、マーリン、そしてアルルの顔が自然とある一点を向く。
「嘘でしょ」
視線を向けられたキリオは呆然と呟く。