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事件

 式場はすぐに多くの親衛隊、聖騎士でごった返し、騒然となる。

 俺達は全員、大広間に移動することになった。

 大広間はテーブルが片付けられ、椅子が乱雑に並べられ、あっという間に騎士達の控室兼取調室へと早変わりする。


「どうなっている?」


 誰かが常に叫んでいる、騒然とした大広間の中で、アイスが端的に問う。


「単純に考えれば、誰かが爆弾を投げ込み、その隙にこの式場内に乗り込んでヴィクティー姫を誘拐ということですね」


 レオが答える。


「だが、警備担当者の話を聞く限り、外の警備を突破してこの式場に襲撃することは不可能だ」


「それは、私も同じ見解だ」


 アイスに同意するのはミンツ大司教だ。今回の事件によほど動揺しているのか、かなり老け込んでいるように見える。


「私の要請した聖騎士部隊がこの式場の周りを、ぐるりと警備している。その上に親衛隊の警備。そうだ、警備は万全だ。なのに、どうしてこんな」


 魂まで吐き出すように喋って、ミンツは肩を落とす。


「だが、現に何かが爆発して、ヴィクティーはいない。どんな魔術師だろうと、あの壁を爆発魔術だけであんな大穴を開けるのは不可能だ。そうでしょう、先生?」


 レオに振られて、


「それについては、宮廷魔術師の名誉にかけて保証しよう。神の如き魔術師だろうと、魔術のみであの石壁を破壊することはできない」


 マーリンは断言する。


「ら、ライカ、君、何も分からないのか? いたんだろう、ヴィクティーの近くに!」


 取り乱した様子のウラエヌスが、すがるようにライカに問うが、


「申し訳ございません」


 ライカは俯くばかりだ。


 ウラエヌスは、助けを求めるように全員の顔を見回すが、誰からも声がかからないのを確認してから、がっくりと肩を落とす。


「ジン、お前も、分からないか、何も」


 疲れたようにミンツが言うと、


「申し訳ないが、何も」


 未だに顔色を失ったままの聖騎士が首を振る。


 と、数人の騎士が鎧を鳴らしながら、アイスの元に駆けつけてくる。


「そうか、分かった。引き続き頼む」


 ため息と共にアイスが答えると、騎士達は一礼をしてから駆けて行く。


「森、そしてこの式場内を徹底的に探したそうだが、ヴィクティーは見つからないそうだ」


 アイスの言葉に、全員の視線が交差する。


 疑心暗鬼だ。お互いがお互いを疑っている。


「内部に手引きをした奴がいるとしか思えないな。やっぱり、得体の知らない奴らをこんな場に呼ぶべきじゃなかったんだ」


 ボブが明らかに俺とキリオを睨みながら言う。


 キリオがびくりと震える。


「やめんか」


 マーリンが珍しく苛立たしげに止める。


「くだらん、やめろ、こんな時に。大体、内部に手引きをした者がいたところで、どうやって警備網を抜けて爆薬でここを襲撃し、そしてどうやってヴィクティーをどこに連れて行くというんじゃ」


 俺達の周りがしん、となる。

 マーリンの言うとおり、一体何が起こってどうなったのか全く不明だ。しかし、だからこそ疑心暗鬼になっている。


 大広間の柱時計を見れば、時刻はもう午後四時になろうとしている。


「どうやら、信じられないことだが、どうにかして森の警備を抜けた侵入者は、ヴィクティーを攫って再び森を抜けて今頃は遠くにいると考えた方が良さそうだ」


 アイスは疲労の色を見せながら眉を寄せる。


「そ、そんな」


 ウラエヌスの顔が泣きそうに歪む。


「しかし、ありえるのか、そんなことが」


 ミンツが首を振る。


「あの警備を突破して、煙幕の中を腕利き二人の護衛に気付かれず誘拐、そしてまたあの警備を突破したというのか?」


「けれど、この周辺のどこにもいないとなると」


 ライカが遠慮がちに言うと、ミンツは唸る。


 そして、重い沈黙。


「あのぉ」


 その沈黙を破ったのは、マイペースな声だ。

 アルルがおっとりとした口調で、


「聖堂って調べたのかしら?」


 その言葉に、場が妙な雰囲気に包まれる。


「む、どうだったかな」


 アイスが思い出すように額に指を当て、


「まだだ。俺もライカも鍵を渡していない」


「ああ、そうね、確かに」


 ライカがジンに同意する。


「だったら、あの聖堂は開いていないんだから無関係か」


 ボブが呟くが、


「ともかく、一応は調べてみるべきじゃろうな」


 マーリンの提案で、聖堂も調べることになる。


「ジン、ライカ、鍵を」


 アイスの呼びかけに、ライカは即座に鍵を取り出す。


「こちらです」


 だが、何故かジンは鍵を出さない。

 懐に手を突っ込んだまま、口をポカンと開けている。


「どうした、ジン?」


 訝しむミンツの問いかけに、


「ない」


 と、信じられないというように目を見開いたまま、ジンは言う。


 その言葉の意味が一瞬分からず、俺は思考を止める。

 俺だけではなかったらしく、その場の全員が動きを止める。


「ない、とは、どういうことか?」


 一番早くに立ち直り、そう質問したのはアイスだ。


「ない。しまっていたのに」


 まだ茫然自失のジンは、それだけ言う。


「ぬ、盗まれたんだっ」


 ウラエヌスが飛び上がる。


「きっと犯人が、ヴィクティーを攫う時に一緒に盗んだんだ! じゃあ、ヴィクティーは聖堂だ、早く行かないと!」


「落ち着くんだ、ウラエヌス」


 アイスは夫を宥める。


「ジンの鍵だけを盗んでも、聖堂の扉は開かない。それに、ヴィクティーを聖堂に攫ってどうするというんだ」


「アイス王妃。どちらにしろ、聖堂を調べなくてはいけないでしょう」


 冷静にレオが指摘する。


 それはそうだ。ともかく、調べることは必要だ。


「だが、鍵がなければあの扉は開かない。特注品だ。何か案はないか、マーリン?」


 アイスがマーリンに視線を向ける。


「爆薬で外壁を吹き飛ばせば、それこそ中に姫がいた場合に危険ですな。扉を無理矢理こじ開けるしかないかと」


「ミスリル製の扉をか?」


 苛立たしげにミンツが噛み付く。


「扉の錠付近に爆薬をセットして、扉側に押し込むようにして魔術で爆発させる。それを繰り返せば、こじ開けることができるはずだ」


 まだ顔色の良くないジンが、それでも少し冷静になって提案する。


「詳しいわねえ」


 アルルが感心して、


「開かない宝箱をこじ開ける時に、よくそんな手を使った」


 短く答えるジン。


 ともかくそれでいこう、ということで決まる。

 アイスが近くの騎士に爆薬を手配する。爆発させる魔術師は、この国でトップクラスの魔術師、つまりマーリンに任されることになる。


「情報封鎖はうまくいっているのか?」


 爆薬の準備を待つ間、ミンツ大司教が呻くように言う。


「しているが、あまり期待しないことだな。多くの騎士には必要最小限の情報しか伝えていないが、ことがことだ」


 アイスが言うと、ミンツは頭を抱える。


 ヴィクティー姫が消えた、その事実が国に広まるのを、教会の担当者であるミンツは心底恐れているらしい。一気に全身から生気を失っている。


「ねえ」


 キリオが、俺の袖を掴んでいる。


「嫌な予感がするんだけど」


「俺もだ」


 やがて、爆薬が届く。


 午後四時四十分。

 マーリンが騎士に囲まれて大広間を出て行く。


 断続的な爆発音。

 そして、午後五時。


 何人かの人間の叫びが、響く。


「何が起こった!?」


 凄まじい絶叫に、大広間に詰めている騎士達も立ち上がり、アイスも叫ぶ。


「うっ、ウラエヌス王っ、王妃!」


 叫びながら騎士が走り込んでくる。

 何かを叫ぶが、意味をなさない。


 騒然とする大広間の中で、我慢しきれないようにウラエヌスが走り出す。


 それからは無茶苦茶だ。


 誰もが叫びながら走り回る。

 王を追って大広間の騎士も全員が走り出し、アイスやミンツも熱に浮かされたように大広間から飛び出す。それを追うライカとジン。ほとんどの人間が飛び出して行く状況に、気づけば俺も大広間を出て、聖堂へと走り出している。


 何が起きた? 俺は、何をしている?


 開け放たれた聖堂の扉。その前に集まっている大勢の騎士。

 そこに俺を含む、大広間からの集団がぶつかるようになって、大混乱が起こる。


「うわっ」


 俺は人の渦の中を、掻き分けるようにして進む。

 気づけば、俺は聖堂の中へと踏み入れている。



「あああああああああああああああ」


 叫び。聖堂の奥から。これは、ウラエヌス王の声だ。


 無意識のうちに、俺はその叫びに向かって寄って行く。


 そして。


「信じられん」


 マーリンもそこにいる。老いた魔術師の声は、例になく動揺を隠せていない。


 叫びの主であるウラエヌス王は腰を抜かしたようにその場に座り込んでいる。横にいるアイスは体を震わせている。

 そう、被害者の肉親である二人は声もなく目を見開き、


「これは」


 切れ者と称される若き天才、俺の知る限り完璧な男であるはずのレオもまた、衝撃に耐えるように自らの口元を隠す。


 いつもは傲岸不遜なジンも、一緒に付いてきたらしい常に余裕を失う様子を見せなかったヤシャも、愕然としている。


 俺も、仲間も、学生も教師も部外者も、誰もが目の前の光景を信じられないと拒否していた。


 俺達は、部屋の中、少女の死体を囲んで、硬直していた。

 誰もが、この展開を、光景を現実のものだと思えない。


 だがその中でも、俺がもっとも目の前の光景を信じられない。

 だって、これは不可能犯罪だ。まだ誰も気づいていないけれど、これは、完全にミステリ小説によく出てくる不可能犯罪だ。


 この、剣と魔法の世界で、不可能犯罪?


 ありえるはずのなかった事件。

 いや、違う。


 ありえると、俺はそう思って動いていたはずだ。

 それが、起こってしまっただけだ。


 最悪のタイミングで。


 神聖な、白く穢れなかったはずの部屋の内部は血で汚れ、少女の死体には首がなかった。


 だが、その体に纏っている白い布、今は血に染まり、更にずたずたにされてはいるが、その白い布と、このシチュエーションで、その少女が誰なのかは容易に想像できる。


 ヴィクティー姫が死んでいる。首をなくして、聖堂の中で。


 誰も、言葉を発さず動かない。聖堂内にいる騎士達も呆然としている。


 目の前の光景が信じられないし、そもそも意味が分からないのかもしれない。


 俺も同じだ。


「……この聖堂を、封鎖だ。このことはこの場にいる人間以外他言無用。漏らせば殺す」


 永遠に続くかと錯覚させられるその沈黙は破られる。

 唇を紫色にして、体を震わせながら、それでも気丈にその場に立つアイスが騎士に言う。

 声はかすれているが、それでもその発言は茫然自失の状態の俺達を少しだけ正気に戻す。


「それから」


 吐き気を抑えるように、手で口を覆いながらアイスが続ける。


「早馬で探偵を呼べ。『静かなゲラルト』を」

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