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プロローグ

ペテン師書籍化作業があったり、ミステリなので書き溜めがないと怖かったりで少しお待たせしましたが、開始します。なお、いただいたお題の中でどれを使っているのかは最後まで秘密にさせてください。お題から真相がばれる可能性もありますので。ではでは。

復讐は死者のためのものではない。復讐する者とされる者のためのものである。


  ――ヨーゼフ・ティッス

  『王殺し』より





パパゲア・モネ 発明家・大富豪

ティア・モネ その妻・後妻

メアリ・モネ その娘・先妻との娘

エジソン モネ家執事


クロード 商人

アオ 学者・仮面の男


ライカ 議員・ヴァンと旧知

ディーコン 議員・その夫


ココア 記者・主人公

ヴァン・ホームズ 元名探偵





 殺すしかない。これは、自分のためではない。いわば世界のためだ。世界のために、彼には死んでもらうしかない。これは、いわば復讐だ。


 そこまで考えて、私は笑う。


 復讐。ならば、舞台にうってつけだ。あの場所にはそれがある、カルコサ。あのカルコサだ。それになればいい。これから、私はカルコサになるのだ。あの蘇る死者に。


 夜。人気のない、湖畔。星と月をそのまま映し出している黒い鏡のような湖面の前で、哄笑する。


 とはいえ、実際に自分の手で殺す必要はない。自分の手を汚さず、標的に死んでもらう。その仕組みはできている。だが、やはり、殺すのは私だ。いかにこの手で刺しも斬りつけも殴りもしないとはいっても、私自身が殺すのだ。それを誤魔化すことはできない。


 私――カルコサは、湖面から対岸に目を向ける。かなり距離があるが、あちら側は町。だからこちらと違って多少なりとも灯りがある。その灯りに浮かび上がるようにして、真っ黒い塊がある。巨大な塊。ごつごつとしてはいるが、全体としてはおおむね球状とも言える形。巨大な岩石のようだ。だが、それが岩石などではないことをカルコサは知っている。あれこそが、舞台。


 あそこで、復讐が行われるのだ。





 かの高名な名探偵にして大貴族であられるヴァン・ホームズから呼び出しの手紙をもらったら、何があろうともそれに応じるのが記者というものだ。特に、ヴァンのおかげで大スクープをモノにした僕にとってはなおさらだ。上司たちも「とにかく行け」ということで他の仕事を全部別の人間に割り振ってくれた。


 そういうわけで、僕――ココアは呼び出しの手紙をもらってすぐに馬車で彼の領地にやって来た。前にも出迎えてくれた若い女性の使用人に案内され、例の領地の中にある森、そこの山小屋に入ると、相変わらずやさぐれた生気のない顔が出迎えてくれる。


「ああ、よく来たな」


「ヴァンさんから呼び出されたら、そりゃあ来ますよ」


 僕のセリフに肩をすくめて、ヴァンは座るように促してから自身も椅子に座る。前回の時と同じようにお茶を注いでくれる。


「どうも」


 お茶を口にしながら観察する。白に近い金髪、油気の無い肌、目の下の隈に片目には眼帯、と前回とまるで変わらない姿だ。暗く沈んでいる表情をしているが、彼はこれが標準なのだとは前回の事件で学習している。真っ黒いローブに包まれた体はやせ細ってはいるが、以前よりは多少はマシな肉付きになっている気がする。


「ウィッチさんはどうしてます?」


 とりあえず世間話のつもりで切り出すと、


「元気だよ。元気すぎるな。うちの奥さんと妹と結託して……ああ、それとあいつな、あのメイド。とにかく、若い女だけで派閥を結成して俺を排斥しつつある」


 妻と妹とは会ったことがないが、それでも容易に想像がついて顔をしかめるヴァンが本気で気の毒になってくる。


「よく考えたらお前もやばいかな。お前、俺の味方だよな。あっちに付かないでくれよ?」


 心底不安そうな顔をしているので、おそらく本気だ。


「もちろん、僕はヴァンさんとは付き合いも恩義もありますから」


「どうかなあ……向こうは若い女だけで結束力固いしお前も……あれ? お前って、女だっけ?」


 いきなり超失礼な質問をされて、目が吊り上りそうになるところを愛想笑いを努力して保つ。

 中性的な顔と童顔のせいで何度もされる質問だ。


「あのですねえ、ヴァンさん。僕は――」


「悪い、話が逸れた。お前を呼んだ理由を話そう」


 いきなり話が方向転換するが、興味のある話なので僕も矛を収めざるを得ない。


「聖遺物の話、覚えているか?」


「え、ああ。ドラゴンイーターと聖遺物の関係ですよね?」


 前回の事件の後、この場所でヴァンから語られた信じられない話は、もちろん覚えている。忘れられるものでもない。ただ、あまりにも荒唐無稽な話がゆえに、正直なところ半信半疑だ。もちろん、彼が僕を騙す必要などないことも確かなのだが。


「そう。あの話……オフレコでって頼んだら、本当にお前は記事にしなかった。まあ、それもあるし、前回の事件で二人で生き延びたってのもあって、とにかく、俺はあれだ、お前のことを結構信用してるわけだ」


「それはどうもありがとうございます」


 悪い気はしない。


「で、ちょっと、お願いがあってな。もちろん、一方的なお願いじゃあない。俺にもお前にも利益のある話だ。本来だったら、俺がお願いというよりもお前の方からお願いしなきゃいけないような話だよ」


 そこでヴァンはお茶を一口。


 いやにもったいぶる。僕はおあずけをくらった犬のようにヴァンが続きを話すのを待つ。


「ココアは、『潜水館』を知っているか?」


 唐突に出てきたその単語に面食らいながらも、


「そりゃあ、記者ですから。いえ、記者じゃなくてもほとんどの人は知っているでしょ。あれだけ大々的に宣伝してるんですから。水の中を潜っていく館。発明したのは、『あの』パパゲア・モネ」


「あの、の部分に悪意があるな」


「いやあ、だって、あのへんてこな発明ばかりで有名なパパゲアですよ? 永遠に回り続ける独楽、とか、馬の脚に装着したら速さが数倍になる蹄鉄、とか」


 いわゆるとんでも発明家だ。金に物を言わせて物を集めたり人を雇って自分の発想を無理矢理形にしたりと、発想は馬鹿馬鹿しいのに資金力と技術力があるだけ厄介だ。もちろん、今までそのとんでも発明の中で役に立つと世に認められたものはない、が。


「だが、今回だけは別。それが前評判だ。だろう?」


「確かに。だって『潜水館』に関しては、試験運転が何度も成功しているそうですし、注ぎこんだお金も今までの発明の比じゃあないらしいですから」


 そう。今回の発明が広く知れわたっているのは、彼自身による熱心な宣伝以外にも、ひょっとすると今回は本当に凄い代物なんじゃあないか、という期待感もあってのことだ。それに、ただ沈むだけ、ということではない。


「しかも、カルコサ湖に沈めるんでしょ?」


 シャークの辺境にある大きな湖。カルコサ湖。その湖は五十年前から注目を集めている。その湖の底に、古代の文明の遺跡があるらしいと明らかになったからだ。湖の深い底にあることもあってなかなか調査は進んでいないが、それでもその遺跡がかなり古いものであること、下手をすれば神話や伝説の時代のものの可能性もあることが分かっている。湖に伝わるいくつかの伝説がひょっとすれば史実かもしれないとも。だとすれば凄い話だ。


 潜水館は、このカルコサ湖に沈めて、湖底の遺跡の調査をすることに使われるらしい。少なくとも、そういう建前でパパゲアは発明、開発をして宣伝をしている。潜水館自体にも話題性がある上に、それが詳細不明の古代遺跡の話と結びつくのだから、世間の注目の的にもなるというものだ。


「いやあ、うちも記事を書きましたけど、かなり評判いいですよ。皆、『潜水館』には興味津々みたいです」


「その『潜水館』が今度、試験運転が終わっていよいよ正式に稼働するのは知っているか?」


「当然、知ってますよ。でも、やっぱり最初は中に入れるのはパパゲアの家族と、それから招待客だけでしょ。金持ちやら大貴族やら、そういう連中だけを招待してこれで恩を売って色々と次の発明に便宜を図ってもらおうとでも思って――」


 言いながら、ふと思い至る。大貴族。パパゲアが潜水館の最初の潜水に招待するほどに力も名前もある貴族。例えば。

 言葉を止めて、じっと目の前のやつれた男を見る。見た目では分からないが、この男、ヴァン・ホームズは大貴族だ、一応。ひょっとして。


「実は、招待状が送られてきてな」


 そう言ってヴァンはひらひらと封筒に入った紙を揺らす。


「マジですか、ええー、凄い凄い」


 ぴょんぴょんと跳ねてしまう。本当に凄い。


「こういう招待は普段なら妻か妹が行くところなんだ」


「ええ、ええ。それでヴァンさんは引きこもり、と。そういうことですよね?」


「そう。普段はな。ところが、今回はちょっと特殊で、まあ、あれだ、ただパーティーに出るというわけにもいかないんだ。ちょっとした仕事を頼まれた」


「仕事って……誰にです?」


 大貴族であるヴァンに仕事を頼める人間など、そうそう思いつかない。


「断りにくい筋からだ。ペース国のな。長い付き合いでもあるし、無下にすることができない。だが」


「だが?」


「行きたくない。パーティーなんて最悪だ」


 心底引きこもりだなあ、とちょっと感心する。以前はそんなことはなかったそうだから、本人の言うように過労死寸前まで働かされた大変革の時期にこうなってしまったのだろう。

 それはそうと、何やら話の方向が素晴らしいことになってきたような気がする。


「ということでな、俺の名代としてパーティーに出席して、ついでに仕事を頼まれてもらえれば――」


「もちろん!」


 ヴァンが言い終わる前に返事をすると、向こうは面食らったようで目をぱちくりとさせ、


「即答だな」


「こんなチャンスはないですよ。記者がそんな餌を投げられて、断るはずがないでしょ。行きます行きます。もう、どんな仕事でもやりますよ」


「そうかそうか、よかった。これで俺は引きこもれるし、向こうにも言い訳ができる。そっちは記事が書ける。素晴らしい。じゃあ、ほら」


 と、さっきまで揺らしていた招待状が投げ渡される。僕は恭しくそれを受け取ると、さっそく封筒から取り出して招待状を読む。ヴァンの代理で僕が行く、というのは妙な話にも思えるが、貴族がパーティーなどに自身でなく代理を出すのはごくごく当たり前のことだ。ましてや今回の招待は正式な式典などではなくいわばお遊び。僕が行ったからといって断られることはないだろう。現に、招待状には本人以外は不可とも書いていない。


「肩の荷が下りた。いや、まったくこういうのに参加するなんて冗談じゃあ――」


 安堵した様子で弛緩しきった体勢でお茶を飲もうとするヴァンに、


「そいつはいけねえな」


 声。ヴァンのものでも僕のものでもない。


 思わず招待状から顔上げて周囲を見回すと、いつの間にか部屋に男が入ってきている。気配も、足音もなかったというのに。誰だ? 身を強張らせる。


「うっ」


 だが僕以上に動揺しているのはヴァンだ。ただでさえ悪い顔色を更に青白くして、


「お前、どうして……」


「頼まれたんだよ。向こうはてめぇのやりそうなことなんぞお見通しだ。てめえがそうやってさぼるかもしれねえから、引きずってでもパーティーに放り込めってな」


 喋る男は目つきは鋭く、体格はがっしりとしている。シャツの袖から伸びた腕の筋肉を見ても、かなり鍛えこまれているのが分かる。だが単に鍛えているだけではない。腕にも顔にも、古傷らしきものがいくつも刻まれている。明らかに、歴戦の戦士だ。だが城の兵士や騎士といった雰囲気ではない。言葉遣いも、どこか斜に構えているような立ち姿も、闇を感じさせる。裏社会で、暴力を生業にしている男。それに違いない。


「とにかく、お前がパーティーに行かないなら俺が首根っこを掴むことになる。観念しろ」


「……抜け目ないな、相変わらず。お前を寄越すって人選もまたいやらしい」


 ため息を一つつくと、ヴァンは伸びをする。


「分かった、分かったよ。まったく……ああ、ココア、そんなに怖がらなくていい。こいつは見た目はあれだけど犯罪者じゃあ……ない、よな?」


「いや、結構違法行為はしてるけどよ」


 やっぱり。見た目通りだ。


「つうか、今じゃあ俺の仕事自体が違法だろ。私立探偵なんてよ」


「それもそうか。じゃあ、ココア、こいつは犯罪者だけどそんなに怖がる必要はない犯罪者だ」


「フォローになってねえよ……まあ、よろしくな嬢ちゃん。ん? いや、あんた女……か?」


「いや、あのですね、僕は――」


「まあ、どうでもいいや。とにかく、俺はこれで帰るけど、てめえのことは見張っとくからな。絶対にパーティー出ろよ」


「もう行くのか? うちのメイドと話してけばいいのに」


「いいよ、別に」


 強面だった男が急に居心地悪そうに身じろぎする。


「照れるなよ。ココア、こいつ、ほら、うちのメイドいるだろ、あいつに惚れてるんだよ」


「え、マジですか?」


「何で俺と初対面の人間にいうわけ? ……まあ、そうだよ。つうか、元々はあの娘は俺が引き取ってたんだ。私立探偵が違法になったら俺の傍に置いとくのもなってことで、こいつに引き取ってもらったんだよ。で、元気か?」


「俺が?」


「お前の健康なんぞどうでもいい。話の流れで分かるだろ、あの娘だよ」


「元気も元気。使用人のくせに妻と結託して俺を馬鹿にしてる」


「いいことじゃねえか」


「言ってろ……ううん、じゃあ、悪いけど、本当に悪いけど、ココア、わざわざ来てもらったけど、どうやら俺が行かなくちゃいけなくなったらしいから、この話は――」


「え? でも、招待状には二人までOKって書いてありますよ。ほら、部屋にベッド二つあるからって」


「……いや、そうかもしれないけど」


「ここまで呼び出しといてこれで終わりはないんじゃないですか? いいじゃないですか、一緒に行けば」


 こんな機会はめったにない。食い下がるだけ食い下がってやる。


「で、でも俺が一人で仕事をしないといけないってことだからさ、なあ、ジャンゴ?」


「いや、別に。お前が代理を行かせて一応仕事しましたって形で誤魔化そうとするのがまずいだけであって、お前が一人だろうが誰かと行こうが関係ない」


 助けを求めるようなヴァンの言葉は切って捨てられる。


「いいじゃないか、好きに不倫旅行に行って来いよ、その間に俺が奥さんにあることないこと吹き込んでやるから」


「マジでそういうこと言うなら俺は絶対に行かない」


「うそうそ、冗談だって」


 言い合っている二人の男を眺めながら、ココアは喜びを抑えきれずにんまりと笑ってしまう。やった。あの潜水館のパーティーに参加して、潜水館と湖底の遺跡両方を絡めた記事を書ける。例の『霧に浮かぶ塔』事件以来の、センセーショナルな記事になる。

 正直なところ、あの記事でココアという名前は有名になったものの、「偶然事件に巻き込まれたから記事が書けただけ」だの「記者としての実力は普通以下で過大評価されている」だのといった評判があることは知っている。これが、それを払拭するきっかけになれば。


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