会食(2)
ミンツ大司教は、なおも続ける。
「だからこそ、今日、お前達がヴィクティー姫に表彰されるというのは、非常に名誉かつありえないことだ。だが勘違いするなよ。お前達が気安くヴィクティー姫と接することができるというわけでは」
「ヴィクティーの世話役としては、価値が下がるような気がしていらつくわけだ」
割って入ったのは、近寄って来たレオの囁きだ。
「レオ・バアル、貴様」
「ヴァン。ここにおわすミンツ大司教はな、ヴィクティー姫の世話役という大役を仰せつかって、それを足がかりに教会内の聖女ファタに関する大権威となったお方だ。そうでなければ、この年齢で大司教にまで昇れなかっただろう」
「侮辱するか、貴様」
あくまで小声ながら、ミンツは怒りに声を震わせる。
「ヴィクティー姫は普段は教会の所有物だ。つまり通常は世話役はずっとミンツ大司教ってことだ。王城にいる時にはアルルが世話役だがな」
その怒りを無視して、レオはあえてだろう、所有物という言葉を使う。
「普段からヴィクティー姫に近しく接し、その素顔を見ることができるという特権。飯の種であるその特権にいきなり踏み込まれるわけだ。この表彰式、面白くはないだろうな」
「いい加減に……」
「あのジンって聖騎士、まともな聖騎士じゃないな」
その言葉に、レオに食って掛かろうとしていたミンツの動きが止まる。
「雰囲気からして、傭兵か冒険者あがりか。あんなものを表彰式に紛れ込ませてどうするつもりだ? ぶち壊すつもりか?」
あまりにも直接的なレオの質問に、
「ふざけるな!」
ミンツは声をひそめるのを忘れ、叫んでしまう。
その声に全員の視線を集め、はっとしたミンツは、
「し、失礼する」
慌てながら大広間を出て行く。
「んじゃ、俺も」
皆が突然のことにぽかんとする中、そう言ってジンも続いて大広間を後にする。
「まだ、デザートがあるのですが」
完全に二人の姿が消えてから、ヤシャはポツリと呟く。
「やり過ぎだ。教会との関係が悪化したらどうする」
アイスがじろりとレオを睨む。
「あれくらいで怒る方が悪い。大司教の器じゃないですね。大体、あのジンという男をつれてきて、何か企んでいるのは明白でしょう。皆さんの代わりに指摘したまでです」
「分かっていても穏便に話を進めろ」
「それができないタイプでして」
慇懃無礼にレオは頭を下げる。
一方の俺は、途中からレオではなく、ヴィクティーを見ている。あれだけの騒ぎがあっても、何も反応をしないヴィクティーを。
「個人的な感想をよろしいですか、ウラエヌス王」
と、固唾を飲んでレオとアイスのやり取りをただ見ていたウラエヌスに、ライカが許可を求める。
「え、あ、な、何だ?」
「あたしは警戒すべきは、そこのヴァンとキリオという学生よりも、むしろあのジンという男だと思います」
「え、あ、う」
突然のことに言葉につまるウラエヌスの代わりに、
「発言には時と場合を選ぶがいい」
アイスが窘める。
「失礼いたしました」
ライカは頭を深く下げる。
「心配しなくても、変なことは起きないわよ」
のんびりとアルルが口を挟む。
「同じ世話係だから付き合いあるけど、ミンツ大司教って小心者だもの」
「お前ら」
頭痛に耐えるようにアイスは頭を片手で抱える。
「頼むから発言に気を使え。マーリン、すまないが」
「ええ。いいか、ヴァン、レオ、ボブ、キリオ。ここで聞いたことは他言無用だ。これを違えれば、卒業は取り消しじゃ。あとレオ、食事が終わるまで喋るな」
バアル家の当主にここまで乱暴な口を利けるのは、マーリンくらいのものだろう。単純に、教師として生徒を注意する口調だ。
そんな風に注意されるとレオは意外にも潔く口をつぐむ。
ともかくそのマーリンの発言で、ようやく食事の席は落ち着いてデザートが運ばれる。
それではこれからの予定をお知らせします、とヤシャがプディングを配りながら言う。
「といっても簡単なものです。表彰される皆様にはこの後に各自の部屋に戻っていただきます。そこでジン様とライカ様が迎えに来るまで待機いただきますようお願いいたします」
「ジンも迎えに来るのか」
俺だけに聞こえるくらいの声で、キリオが小さく呟く。
さっきやり合ったばかりだし、態度も悪いから嫌な気持ちは分かる。
「その方とジン様、ライカ様の三人で聖堂まで向かってもらいます。そこでジン様とライカ様のお二人が聖堂の鍵を開けられ、表彰される方は聖堂内部に入っていただきます。中でヴィクティー姫様からお言葉を頂いた後で聖堂を出てください。ジン様とライカ様が聖堂の鍵をかけ、三人でこちらの式場まで戻って来ます。表彰された方はご自分の部屋に戻ってください。ジン様とライカ様は次の表彰者を迎えに行っていただきます」
「あれ、聖堂にヴィクティー姫がずっといらっしゃるんですよね? ライカさんとジンさんがそこを離れて大丈夫ですか?」
俺は質問する。
その方法だったら、ヴィクティー姫が結構な時間一人残されることになる。
「あたしもそう思うんだけどさ」
ライカがプディングを頬張りつつ手をひらひらさせる。
「そういう指示だから」
「心配せずとも、聖堂にいる限りヴィクティーは安全だ。一週間前に扉を新調して、鍵がない限り絶対に中には入れないようになっている。聖堂自体も頑丈な作りで、爆薬でも使わない限り壁を崩すことはできないのも確認してある」
アイスが後を引き取る。
「爆薬を使われたら、どうするんだい?」
そのアイスに更に心配そうに質問するのは、ウラエヌスだ。
「あなた、忘れたの? この式場の周囲、森にはうちの親衛隊と教会の聖騎士がねずみ一匹通さない布陣を敷いているのよ」
アイスは冷たい目で夫を見ながら説明する。
「あ、ああ、そうだった。忘れてたよ」
人の良さそうな笑顔で、安心したようにウラエヌスは何度も頷く。
「なるほど、外部からの脅威には対応済みなわけか。そうなれば、唯一の脅威は内部の俺達。ライカとジンは俺達への見張りと、心理的圧力というわけだ」
皮肉な笑みを浮かべて、明らかに全員に聞こえるような声で独りごちるレオ。
「順番ですが、表彰されるのは総合成績の順になります」
レオの発言を完全に無視して、ヤシャが伝える。
総合成績の順番ということは、レオ、俺、ボブ、キリオの順か。
「表彰式の終了は午後二時半を予定しております。よろしくお願いいたします」
ヤシャが頭を下げてくる。
「終わったらどうなるんだ?」
ボブが首を傾げる。
「終わりましたら、わたくしが馬車を呼びます。王城の方々も教会の方々も、それぞれ馬車で順次お帰りになっていただきます。士官学校の方々は、準備が整いましたらお呼びいたしますのでそれまで部屋で待機をお願いいたします」
本当に、俺達には極力部屋にいて欲しいみたいだな。王族や上位聖職者がいるからといって、ここまであからさまに警戒するのか。凄いな。
「さて、それでは失礼する。楽しい食事だった、感謝するよ。君達はこれからのシャークの宝だ」
アイスが立ち上がると、ウラエヌスも慌ててそれに続き、
「あっ、卒業してから、よろしく頼むよ」
と、挨拶にもなってないような挨拶をする。
そして、ヴィクティー姫が、音もなく立ち上がる。
何も喋らず、そして誰もそちらを見ることなく、ヴィクティー姫はそろそろと歩く。
そのヴィクティー姫に寄り添うようにして、ライカも立ち上がる。だがその護衛のライカでさえ、ヴィクティーを見てはいない。微妙に目線を外している。
そうして、四人は大広間から出て行く。
最後まで、ヴィクティーは人形じみていた。
ゆっくりとプディングを食べていたアルルは、ようやくその時になってプディングを食べ終わる。
「ふう。じゃあ、あたしも行こうかなぁ」
アルルは立ち上がり、
「じゃあね、皆さん。キリオちゃん、一緒に働けたらいいねー」
「はっ、はいっ!」
顔を紅潮させてキリオが返事をする。
そうして、ゆっくりとアルルは大広間を後にする。
「さて、わしらも行こう。ヤシャ、美味かったわい」
マーリンが挨拶をして、
「ありがとうございました、皆様。わたくしはしばらくここの片付けをしておりますので、ご用がございましたらなんなりとお申し付けください」
ヤシャはにこやかに答える。
そして俺達は部屋に戻る。
その途中、階段を上っていると、レオが顔を近づけてくる。
「ヴァン」
「ん?」
「あの場では、空気を読んで言わなかったんだが」
「あれで?」
思わず普通に突っ込んでしまう。
「王城側と教会側、どうやら徹底的に互いを信用していないようだな」
「え?」
「表彰式の流れ、ジンとライカが常に二人揃って行動するようになっていただろう? お互いがお互いを監視する意図なんだろう。疑心暗鬼だな。今回、何か起こるかもしれないな」
「不吉なこと言うなよ」
言っている間に俺達は二階に着く。
そして俺達は解散して各自の部屋に入る。
十二時三十分。