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会食(1)

 正午。

 俺の部屋がノックされる。


「あ、はいはい」


 椅子に座ったままぼんやりとしていた俺は、慌てて立ち上がってドアに近付く。


 そしてドアを開けようとして、思い切りバランスを崩す。


「うわっ」


 理由は簡単で、ドアに鍵をかけたことを忘れていたからだ。この世界で魔術錠と呼ばれる、魔術によって強引に開けられないように魔術的な工夫がしてある鍵がドアにはついている。ドアに鍵がかかっているというのに、そのまま全力で慌てて開けようとしたために思い切りつんのめる。


 何とか鍵を開けてドアを開くと、そこにはにこやかに笑うヤシャが立っている。


「お待たせいたしました。昼食のご準備が整いましたので、どうぞ大広間までおいでください」


 表情を一切崩さずそう言うと、ヤシャはくるりと背を向けて去って行く。


 自動人形みたいだな。

 そんなことを思いながら部屋の外に出ると、同じタイミングで大広間に向かおうとしている様子のキリオとばったり出くわす。


「あ、キリオ。楽しみだな、昼食。今まで食べたことのないようなものが食べられるかもな」


 明らかに再び緊張しつつある顔色のキリオを落ち着かせようとおどけて言うと、


「そ、そうね」


 キリオは青白い顔に弱々しい笑みを浮かべる。


 こりゃ重症だな。


 気を遣いながら、二人で一階に降りて、玄関ホールに入ったところで、


「ん?」


 玄関ホールに見たことのない白と黒のパーカーの二人組が立っているのに気付く。


 誰だ? フードで顔が隠れてよく見えない。


「あの」


 と、俺が声をかけようとしたタイミングで、無言で白のフードを被った人物が、俺との距離を一気に詰める。明らかに、武術を習得した人間特有の、綺麗で無駄のない動きだ。

 そして、その右手にはいつの間にか短刀が握られている。


「おっ」


 あまりに突然のことに体がうまく動かないし、声すら咄嗟に出ない。

 俺は、ただ目前に迫ってくる白のパーカーの人物を見ているだけだ。


 そして、それで十分だ。

 詠唱も予備動作もいらない。必要なのは、イメージだけだ。俺は目の前の標的を見ている。認識している。なら、それで十分だ。


 魔力が、俺の目から流れ出し、標的にまとわりついてから魔術が発動する、そんなイメージ。


 ばん、という軽い爆発音と同時に、白いパーカーの人物は後ろに吹き飛ぶ。


 爆発魔術。ほとんど反射的にしてしまったものだから威力も規模も大したことはないが、人間一人をカウンターで吹き飛ばすのには十分だ。


「うっ」


 爆発のためか、白いパーカーに火がついて、燃え上がる。それに怯んでか、高い声をあげてたじろぐ。


「キリオっ」


 無事か、と彼女の方を振り返ると、


「……何者?」


 俺が見た時には、キリオはもう一人の黒いパーカーの人物の喉元に短刀を突き付けて組み伏せていた。

 おそらく、相手の持っていた短刀を奪ったのだろう。キリオは手先の器用さと素早さではレオを上回る。そういうのは得意なのだ。


「ああ、もう、降参降参」


 水の魔術で消し去ったのか、いつの間にか火が消えている白いパーカーの人物が軽い口調でそう言って、その多少焦げているパーカーを脱ぎ去る。

 出てきたのは、青みがかった髪と緑の瞳、そして褐色の肌、尖った耳を持つ、すらりとした肢体をした軽鎧姿の女剣士だ。

 初めて見た。おそらく、ダークエルフの特徴を持つ女だ。それもかなり若い。下手をしたら俺達と同年代かもしれない。


「にしても、そっちもなさけないわね。発案者がその程度じゃ」


 呆れた口調で女が言うと、


「ふん、馬鹿らしい。これ以上やると、殺し合いになるからな。ほどほどでやめておいただけだ」


 黒いフードの人物はそう傲慢に言い捨て、


「えっ?」


 組み伏せていたキリオが驚くほど鮮やかに、黒いパーカーだけをキリオの手中に残して抜け去ると、そのまま立ち上がる。

 現れたのは筋骨隆々とした壮年の男。短かく刈った髪、整えられたあごひげ。少しドワーフの特徴が出ているかもしれない。パーカーの色とは不釣り合いな、白銀の鎧を纏った剣士だ。


「あんたたち、一体……」


 いきなりのことに頭がついていけない俺がようやくそう言うと、


「自己紹介がまだだったわね」


 女剣士は艶やかに微笑み、答える。


「わたしはライカ。そこの男はジンよ、よろしくね」





 「それは災難だったね」


 人の良さそうな笑みを浮かべて喋る太った中年の男。

 紹介されなければ、この人物がウラエヌス王だとはとても思わなかっただろう。大家族のお父さんといった雰囲気だ。


「彼らは素性がよく知れません。実力を確認するのは必要かと」


 即座にそう口を挟んだのは、紺を基調とした神官服を着た痩せぎすの初老の男、ミンツ大司教だ。


 その彼らが目の前にいるというのによく言うよ、と俺は呆れて、隣のキリオとちらりと目を合わせてから、蒸した魚を口に運ぶ。


 あの後、大広間に入った時には既に食事が始まっていた。

 今は俺とキリオも席につき、一緒に食事をとっている。今、この式場にいる人間の中でこの場にいないのはヤシャだけだ。

 ヤシャはさっきまで料理を運んでいたが、今は大広間の隅にある即席の厨房にこもって次の料理を作っている。彼女は本当に、人をもてなすことにかけては万能らしい。


 どうも、話を聞くに、俺とキリオが最後に呼ばれたらしい。簡単なテストをするため、らしい。その簡単なテストとやらがあの突然の襲撃だ。

 テストの内容自体は、ライカとジン以外はついさっき俺の口から聞くまで皆知らなかったらしい。

 発案者は聖騎士のジンという話だが、実際のところこの口ぶりからして、本当の発案者はミンツ大司教っぽいな。

 理由ももっともらしいが、実際には、平民と下級貴族という異分子が余計なマネをしないように一発かましたってところだろう。

 そう考えるとムカつくな。もともと大人しくしてるつもりだったが、この後で大人しくしてたらビビって萎縮してると思われるわけか。無茶苦茶やってやろうかな。


「まったく、嘆かわしいな」


 さっきからほとんどの料理を一口で食べているレオが、ナプキンで口を拭いながら言う。


 そのタイミングでヤシャが新しい料理を持ってやって来る。


「そう言うな、レオ。ジンもライカも、ヴィクティーのためにしてくれたことだ」


 困ったように眉を寄せてウラエヌス王が庇うが、


「そのことじゃあないですよ、ウラエヌス王。俺が言いたいのは、我が国が誇る親衛隊と教会の剣たる聖騎士。その二人が不意打ちのようなマネをしておいて、学生に返り討ちにあってるのが嘆かわしいと言っているんです」


「その気になれば殺せた」


 挑発的なレオの物言いに、即座に不愉快そうに反論したのはジンだ。

 無意識に力が入ったのか、持っていたフォークがぐにゃりと歪んでいる。


「弱い犬ほどよく吠えるってな」


「俺は教会の聖騎士。バアル家とやらの威光も関係ない」


「だから?」


「この場で俺が弱くないのを証明してやってもいいということだ」


「面白い。教会の連中はもっと詰まらん連中ばかりだと思っていた」


 巨大なテーブルを挟んで、レオとジンの雰囲気が険悪になる。


「よせ、ジン」


 それを、ミンツは煩わしそうに止め、


「レオ様、お戯れはそこまでに」


 さっきまで料理を運んでいたヤシャがいつの間にかレオの背後に立ち、なだめる。


「本当にやめろ、レオ」


 マーリンも疲れた声で止める。

 そんな声になる気持ちも分かる。レオを止めるという意味のない行為を立場上しなければならないのだから。


 予想通り、そんなことくらいでレオは止まらず、


「貴族だろうが関係ないと啖呵は切れても、上役には逆らえないか?」


 さらに挑発するレオに、怒り心頭のジンが何か言おうと口を開いたところで、


「せっかくの食事を、雰囲気を悪くしないでほしいものだ」


 氷のような冷たい声が響き、大広間の空気を凍てつかせる。


 声の主はアイスだ。現王妃。シャークの女傑。

 燃えるような赤い長髪、太い眉、薄い唇に冷たく光る目。どれもが王の風格を持ち、横のウラエヌス王がオロオロするしかなかった場の空気を一瞬で変える。


「ミンツ大司教。ジンはあなたの推薦で今回の役目についたが」


 赤いドレスを揺らして、アイスは少しだけ前に身を乗り出す。その目の先にはミンツ。

 もう四十になるらしいが、見た目は二十代後半だ。だが、迫力はくぐってきた修羅場を想像させる。


「あなたの監督責任を問うた方がいいかな」


 笑わない女としても有名なアイスは、能面のように口以外を固定したままそう言い、


「いや、済まない。ジン、大人気ないぞ」


 狼狽えてミンツが叱ると、不満げにジンは頭を下げる。


「そうだ。学生の言うことだ。聞き流しなよ聖騎士」


 ライカがいたずらっぽく笑うと、ジンは凄い目つきで睨みつける。

 このダークエルフの特徴を持つ女剣士は、レオに挑発されても気にならないらしい。年上の余裕だろうか。見た目は俺と同じくらいに見えるけど、実年齢は結構いってるのかも。


「それにしても美味しいわねえ、このお料理。やっぱり、ヤシャさんはお料理御上手ねえ」


 場の雰囲気を和らげるためか、それとも単にマイペースなだけか。

 おっとりとした口調で喋るのは栗色の髪をした二十代と思われる女性だ。

 豊満な肉体を黒いローブで包んでいる。マーリンのものとは違い、綺麗で洒落た刺繍のされているローブだ。

 どこか眠そうな目をしている彼女がアルル。シャークを代表する天才医師でありお世話係。


 医術に興味のあるキリオからすれば憧れの人らしく、さっきからちらちらとアルルに目をやってる。


 マイペースなアルルの言葉に固かった場の雰囲気が崩れ、元の食事を楽しむものになる。


「しかしあの論文には度肝を抜かれたなあ、学生があんなものを書くとは」


 ワインに舌鼓をうちながら無邪気に俺とレオの論文を褒めるウラエヌスに俺は心配になる。

 一国の王が、国の体制を変えろと言う趣旨の論文を褒めていいのか?


 案の定、すぐに隣のアイスに睨まれて身を竦ませている。


 キリオはアルルと何やら話し込んでいる。どうやら医療に関する話らしく、サンプルだの形式の統一だの熱心に話し込んでいる。

 レオはアイスとシャークのこれからについて話しているが、どうもお互いに上っ面を撫でるような、腹の探り合いをしているような空虚な内容だ。

 ジンはミンツと、小ちゃくなっているウラエヌスはライカと話している。マーリンは面倒臭そうにボブの相手をしている。自慢話を聞かされているのだろう。


 そして、俺は一人、アイスの隣に座っている、誰よりも目立つにも関わらず誰も見ず話題にもしない、一人の少女を黙って見ている。


 真っ白いフリルドレス、同じく白い肘のあたりまで覆っているレースの手袋、そして頭をすっぽりと隠す白いヴェール。

 ヴィクティー姫だ。肌を見せないどころか、顔はおろか体の線や髪型まで分からないように徹底的に隠すようになっているその服装は、とてつもなく不自然だ。


 だがそれよりも不自然なのは、誰も彼女に喋りかけず、見もせず、話題にもしないことだ。


 ヴィクティー姫は何も食べず、喋らない。

 時折、体を少しだけ動かすのに気付かなければ、中にいるのは人形ではないかと疑うところだ。


「おい、まじまじと見るんじゃあない」


 いつのまにか近寄ってきていたミンツが、俺に囁きかける。


「え?」


「平民である貴様は知らんだろうが、聖女の生まれ変わりたるヴィクティー姫のお姿を直視するのは教会の許しを得なければいけない。こんな場だから今回は不問にしておいてやる」


 俺は驚く。

 こんな、何もわからないような状態でも見ることすら禁止だっていうのか?


「じゃ、じゃあ、ひょっとして誰もヴィクティー姫を話題にもしないし、喋りかけないのも?」


「当然だ。ヴィクティー姫の御前で彼女の話をするのは不敬にあたる。それに、彼女は喋らない。彼女の声は聖女の声だからだ。それなのに喋りかけるなど失礼にも程がある」


 実際にヴィクティー姫に対して、ここまで厳しく非人間的なルールが適用されているのか。

 俺は唖然とする。

 実の親である王と王妃も、そのルールを受け入れているのにも驚く。

 ようやくレオのヴィクティーに対する批評が納得できる。

 偶像崇拝を禁止された聖女、それに瓜二つだったというそれだけで、こんな運命を辿ることになるのか。

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