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表彰式へ

 そして、その日が来る。


 朝だ。

 晴れやかな日に相応しく、雲ひとつない晴天。空の青は白みがかっている。

 だが、その空の青白さを反映するかのように、寒くて仕方が無いのはどうにかならないのか。


「寒いな、おい」


 校庭で、俺は震える。


「我慢しろ。この季節、シャークでは毎年こうなのは知っているだろう。雪が降りそうにないだけ天に感謝するべきだな」


 横のレオは鷹揚に構えている。


「いよいよ、ね」


 キリオも震えているが、その震えの理由は俺とは違い、緊張のためだろう。


「ふん、平民と男女が士官学校の成績優秀者か。シャークも終わりだな」


 俺達三人から少し離れて立っているボブが憎々しげに吐き捨てる。


「うるせー馬鹿」


 俺がシンプルに文句を言うと、


「お前っ、僕が誰だか分かっているのかっ」


 とすぐに顔を真っ赤にして迫ってくる。

 結局、ボブは三年間ボブのままだった。


 ちなみに俺達の服装はいつものものだ。これは王側からの指示らしい。自分達が出席するからといって気にせず楽にしてくれ、と言いたいらしい。

 無理言うな。


「やめんか」


 疲れたように、引率役のマーリンが言う。

 いや、実際疲れているのかもしれない。このメンツで、これから王族に会うことを考えれば疲れもする。


 そのタイミングで、校庭に数台の馬車が連なって入ってくる。

 シャークでよく見る、乗客席がむき出しになっているタイプではなく、外から乗客が見えないようになっているほろ馬車だ。


「来たぞ、迎えだ」


 レオが自信に満ちた笑いを浮かべる。


「俺と君の論文が、世界を変えるための迎えだ」


 そう、ついにこの日が来た。

 王と王妃、そして聖女の生まれ変わりたる姫に会う日。成績優秀者の表彰の日だ。


 俺とレオ、キリオ、ボブは卒業を一週間後に控えた今日、そのために集まっている。


 俺達はこれから、毎年表彰式を行っている式場に向かうことになる。王都から少し外れた場所にある式場だ。

 三百年前に移転する前の旧士官学校跡地を改装した、伝統のある式場らしい。

 以前見たことのあるレオによると、王都にある中規模のホテルくらいの大きさ。2階建てで、部屋数は十以上あるとのこと。

 一階に大広間があり、卒業式はいつもそこで行っているが、表彰式は少人数のため、その式場の離れのようにして建っている聖堂で行うのが通例らしい。


 馬車に二人ずつに分かれて乗り込むことになり、俺はレオと一緒の馬車に乗り込む。


 乗り込むと、ほろがあるため、これまで乗った馬車よりも外の景色が見にくい。というか、何か世界が狭くなった気がする。

 その環境のためか、自然と外の景色を気にするよりも、レオとの話に集中する。


「聖堂とは言っても、実際には石造りの小部屋がころりと地面に転がっているようなものだ。中に小さなシンボルがあるだけのな」


 馬車が走り出すと、レオは聖堂についての説明を始める。

 ちなみに、シンボルとは十字架のことだ。この世界でも神へ祈る際のシンボルとして十字架が存在するというのは少し面白い。


「多分、三百年前は今よりも更に重要な意味を持っていたんだろう。あんな外れじゃあ、近くに教会もないし祈るのにも不便だということで、緊急避難的に教師や生徒が祈るために作られた聖堂だと思うがな」


 何故、こんなにレオが式場や聖堂に詳しいのか。

 それは、彼が何度も足を運んだことがあるからだ。表彰式や卒業式には、通常、王族ではなく上級貴族や資産家が招待される。シャークでもトップクラスの有力貴族であるレオは過去何度もゲストとして出席してきたわけだ。

 とうとうゲストの側じゃあなくなるな、と笑いながら俺とキリオに色々と教えてくれたものだ。


 これまでは出席するのは有力貴族連中や単なる名士だったが、今回は違う。

 王城に住まう王と王妃、そして聖女の生まれ変わりとして大聖堂の一室に普段は住んでいるヴィクティー姫が、わざわざその式場と聖堂まで足を運んでくれるわけだ。


 具体的にどういう風に表彰式が進むのかは、マーリンでさえ聞いていないらしい。おそらく警備上の機密のため、直前まで伏せておくのだろう。


「まあ、予想はできるがね」


 とはレオの言だ。


「予想?」


「ヴィクティー姫と俺達との接触は最小限になるようにされるだろうな。かつ、それでもヴィクティー姫との対面が重要な意味を持つような表彰式に演出するんだろう。というか、それしか道がない。ヴィクティーを使うならな」


 寂しそうな顔をして馬車に揺られながら、レオは「使う」という表現を用いる。


「ものみたいに表現するんだな」


 俺が一応突っ込むと、


「幼馴染の俺でさえ、あいつの素顔は拝んだことがない。それなのに、こういう政治的な場では、お前やキリオ、ボブみたいな初めて会う連中の前で素顔を晒す。これが人間扱いか?」


 肩をすくめて、レオは唇を曲げる。


「素顔を晒す? ヴィクティー姫が、俺達に顔を見せるっていうのか?」


 驚く。

 聖女の生まれ変わりと言われる、あのヴィクティー姫が?


 俺も表彰式のことが分かってから、ヴィクティー姫については詳しく調べてみた。

 生まれた時に教会から聖女の生まれ変わりの認定を受け、それ以降公に顔を晒すことはなく、素顔を見ることができるのは両親である王と王妃、乳母でありお世話係である宮廷医師アルル、そして聖職者の頂点である教皇と、教会側のお世話係であるミンツ大司教。

 これだけ限られた人間にしか素顔を明かさなかったヴィクティー姫が、俺達に?


「ああ、そう聞いている。親戚連中は大変な名誉だって浮かれて超騒いでいてな、鬱陶しいことこの上ない。だが、別の意味で喜ばしい。そうまでするほど、俺達とあの論文はこの国にとって重要な意味を持つ、と国も教会も認めたってことだからな」


「それ、本当の話か? あの論文が、そこまで?」


 どうも信用できない。


「もちろん、あの論文を推すことのできる大貴族、つまり俺がいるからこその重要視だろうが、それを抜きにしてもあの論文は革命だ。特に、お前の作り出した知識や技術の体系化、普遍化、数値化、明文化という考え方は、この国というより世界にとっての既成概念の破壊だ。もっと自信を持て」


 そこでレオは声を潜めて、


「とは言っても、俺達にとってはヴィクティーの顔にそこまでありがたみはないがな。なにせ、本物の顔を見てしまっているわけだ」


 にやりと笑う。


 俺は御者に聞こえてないかと心配になって身をすくめる。


 確かに、ある意味で「本物」を見てしまっているわけだから、衝撃みたいなものは薄れるな。


「じゃあ、俺達の中で一番緊張してるのはボブかな」


 唯一聖女の像を見ていないボブの顔を思い浮かべると、


「それはないだろ。あいつは緊張するほど神経が細かくない」


 と、レオはばっさり。


 そうこうしているうちに、馬車はやがて目的地に着く。


 馬車を降りて、俺は息を呑む。


 鈍い色をした葉を持つ木々に囲まれている。道も無く、びっしりと。どうやって馬車でここまで来たのか、まるで分からない。

 もうちょっと馬車から景色を見ておけばよかった。


 そして、俺達が立っているのは、草木の茂っていない、灰色の広場。凍りつきそうな温度の風。そんな中に、無味乾燥な、まるで巨大な灰色のサイコロのような建造物がぽつりと建っている。


 士官学校の第一印象が「牢獄みたい」だったのは覚えているが、これを見た後ではそんなこととても言えない。

 これこそ、牢獄だ。こんなところでずっと勉強していたなんて、先人達は無茶をしたものだ。

 特に窓がない。鉄格子が嵌っているとはいえ、今の士官学校には窓があるのに。

 ちなみに士官学校が今も昔もこんな牢獄っぽいつくりをしているのは、中の生徒を閉じ込めるためというよりセキュリティーのためらしい。資産家や貴族の子息が通うわけだから、狙われるかもしれない。学校側が責任を負いたくない、という一心だったんだろう。


「うげぇ、なんだこりゃあ」


 俺達から遅れて馬車から降りてきたボブが、降りるなり顔をしかめる。ちなみにボブは一人で馬車に乗っていた。五人なんで一人あぶれる。そのあぶれたのがボブだ。あぶれるべくしてあぶれた感がある。


「凄いぼろいな。僕がこんな場所で表彰されるのか」


 あまりにも素直に口に出すボブに、俺とレオは最早尊敬の眼差しで見つめる。


 なるほど、確かにこいつに緊張するような細い神経はなさそうだ。


 と、最後の馬車からキリオとマーリンが降り立つ。


 キリオは、顔を真っ青にして震えている。

 緊張しすぎで心配になるのはむしろこっちだな。


「さて、行こう。待たせるわけにもいかんからな」


 マーリンはいつもと同じ調子でそれだけ言うと、ボロ布のようなローブを引きずりながら切石のような式場へと歩き出す。


「おい、大丈夫か」


 俺が小さく声をかけると、キリオはこくこくと小さく何度も頷く。が、顔色と冷や汗がどう考えても大丈夫じゃない。


「ふん、貴族としてあるまじき醜態だな。やっぱりお前のような出来損ないがこの場にいるのが間違いなんだ」


 顔一杯に嘲笑を浮かべてボブが近寄ってくるので、


「お、いいぞボブ、そうやっていつもの調子でキリオの緊張をほぐしてくれ」


 と褒めたら、俺を睨みつけながらボブは顔を真っ赤にしてマーリンの後をついて行く。


 レオはそれよりも前に、キリオを気にすることもなく、一番にマーリンの後を続いていた。


「ほら、俺達も行こう」


 まだ緊張のし過ぎで様子のおかしいキリオの肩を抱くようにして、俺はキリオと一緒にマーリンの後を続く。俺達が最後だ。


 ふと見れば、音を立てて馬車が走り去っていく。鬱蒼とした木々の中を、縫うようにしてほろ馬車が走っていく。


「表彰式が終わる昼過ぎには、また迎えの馬車が来るそうだ。心配するな」


 先頭のマーリンが振り返ってそう説明し、また歩き出す。


 ふと、そのサイコロのような式場の横、本当に石造りのただの小屋のような建物が目に入る。

 あれか。あれが例の聖堂か。

 ふいに、とてつもなく寂しくなる。それはその聖堂と呼ばれる石小屋の印象のせいかもしれないし、あるいはそれに未だ会っていないヴィクティー姫を、ものとして扱われている聖女の生まれ変わりを重ねてしまっているからかもしれない。


 だがその小さな小屋の印象はすぐに消えてしまう。


 今の俺にとっては、これからの表彰式の方が大事だ。

 それから、未だにぶるぶる震えていて俺が一緒に連れて行かないと動くこともできないキリオの方が。


 そうして、俺達は石をそのまま切り出して作り上げたかのように無機質な式場に入る。


 午前十時。

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