ナムトへ
「ナムトが閉鎖的であるのは、建国の経緯が関係している。神の御力のもと、人が魔物を駆逐し世界に繁栄した遥かな昔。人もエルフもドワーフも、ありとあらゆる民の血が混じり始めた時のことだ。それまでのパンゲアには数多くの、弱い小国が存在していた。だが戦争を伴い、時には友好的に、国と国が一つになり民の血が混じっていく。そうしてペース、シャーク、イスウの巨大な三ヶ国が出来上がっていく。そんな時の話。エルフやドワーフといった種族ごとの反目や差別意識がまだ完全には消えていない、しかし種族の血が一つになり、その区別が消えていこうとしていた世界だ。人、ドワーフ、エルフ、オーガ、エトセトラエトセトラ、あらゆる種族に存在していた、いわゆる『純血主義者』は憤っていた。どうして高貴なる自分達の種族の血が、劣って穢れた別の種族の血と混じってしまうのか。何故世界は、そんな方向へ動いていくのか。こんなことは間違っている」
馬車の外の景色にも飽きて、俺は大きく伸びをして視線を車中に戻す。同じように伸びをしているキリオと目が合い、互いに苦笑いする。
「逆説的だが、それぞれの種族の純血主義者は、互いの種族のことを見下し合いながら、しかし純血を尊ぶ気質とそれゆえ純血が消えていく世界への怒りという点では共通していた。そして世界がどんどんと一つになる方向へ進んでいく中で追い詰められた彼らは、純血を維持するために忌まわしき他種族と手を組むことにした。純血主義者達が種族の壁を越えて徒党を組み、未開の南の地へと向かい、国を開いた。それがナムト国だ。もちろん、他の汚れた国々と国交を持つわけもない。ナムト国は純血主義者が純血を守るために作り上げたシェルターなんだ」
元々は未開の地だというだけあって、さっきから岩しか目にしていない。道とも言えない道を通って、岩山を三つ以上越えなければ、どの国からもナムト国へ入国することはできない。
よっぽどいいことが待っているのでない限り、こんな目に遭ってまでナムト国へは旅行に行く気にはならないだろう。もっとも、旅行で入国するのはそもそも許可されないが。
「皮肉なことに、そうやって純血主義者同士で閉じこもったナムトは、その主義ゆえに建国されてから国民の数は減る一方だった。特にエルフなんかは寿命が長い分、何と言うか、繁殖力は他の種族に大きく劣るわけだからな。他の三国が発展していく中、対照的に衰退していくナムト国は、結局最終的には滅びを免れるために主義を捨て、全ての種族がナムト国民として一つになっていった。今では純血のエルフやドワーフなんて存在もしていない。他の国と同じに。そして、残ったのは他国への閉鎖性のみ。そんな妙な国がナムト国だ」
そこまで読み上げて、ボブはぱたんと本を閉じる。彼が読んでいたのは、パンゲアの歴史についての初歩的な教本だ。
「別にそんなことは説明されないでも知ってるよ」
うんざりして俺が耳を塞ぐゼスチャーをすると、
「ことの重大性が分かっていないようだからおさらいしてやっているんだ。その太古の昔、ファタやドラゴンのような伝説が生きていた時代からほとんどの国交を断ってきたナムト、そのナムト国の王からの呼び出しだぞ。もしこれがきっかけで国交が開始されれば、僕達は歴史に名が残るかもしれないんだっ」
唾をとばしながらボブが熱弁する。
「歴史に名、ねえ。ヴァンは、特に何もしないでも歴史に名前くらい残るんじゃない?」
悪気なく、ボブの神経を逆撫でしそうなことを言うキリオ。
思った通り、怒りと羞恥でボブの顔が赤く膨らむ。
「ボブ、キリオ。今更だけど、二人は呼ばれた心当たりはないのか?」
ボブの気をそらすため、そして本心からずっと疑問に思っていたことを口にする。
探偵が呼ばれる。それはいい。ウーヘイがそう言っていた。だが、どうしてボブとキリオまでが、指名され、そして呼ばれているんだ?
俺と仲がいいから?
そんな理由でナムトの王が呼ぶとは思えない。ボブとは仲良くないし。
「大貴族の次期当主で士官学校をトップクラスの成績で卒業、若くして騎士団の役職を得た僕が呼ばれるのがそんなに妙な話か?」
さっきまでの怒りはどこへやら、ボブは眉を寄せて首を傾げる。本当に俺の疑問を不思議がっているようだ。あからさまな自慢も、ほとんど無意識にやっているのだろう。凄いと言えば凄い。
「シャーク国の医師と騎士が必要な何かがあるのかもしれないけれど、それにしてもあたしとボブって指名は何か妙な気がするわよね。最初聞いた時は、あたしも驚いたもの」
確かに驚きだ。シャーク国からは、ゲラルト団長と俺、ボブとキリオが招待された。
そこから考えれば、俺が興味があるのは、別の国のメンバーだ。
今回の集まりに、イスウ国からは、ペース国からは、そしてナムト国自身からは、一体誰が集められているのか。七大探偵と称される探偵が集められることは確定だが、ボブとキリオが呼ばれたことを考えればそれだけとも考えにくい。
「しかし、酔ったな」
さっきからずっと馬車の中で、酷く揺れる道行を旅していた俺は気分が少々悪くなっている。外を見ていたが、結局代わり映えの無い景色ばかりで、気分をよくしてくれる効果はなかった。
「ヴァン、少し眠ったら?」
「ああ、そうさせてもらうか」
「ふん、軟弱な奴め」
「先に出たゲラルト団長は、今頃はもうナムトについているんだろうな。うらやましい」
息を吐きながら目を閉じ、横になる。そうなってしまえば、さっきまで不快でしょうがなかった酷い揺れも、心地よいものに感じるようになってくる。まるでゆりかごだ。
思った以上に疲れていたらしい。目を閉じて揺れに身を任せるとすぐに、睡魔が襲ってくる。寝ている間に着いていればちょうどいい。
俺はその睡魔に身を任せることにする。
「着いたわよ、ヴァン」
キリオに揺り起こされ、俺は起き上がり伸びをする。
「ああ、あれ、ボブは?」
「先に行ってるわ」
せっかちな奴だ。
馬車を降りて驚く。まず、空だ。厚い黒雲が空を覆っていて、薄暗い。寝る前までは天気はよかったというのに。
ナムトの王都に着いたはずなのに、地味な石造りの建物が連なっているだけで、人通りが全くない。空が曇っていて薄暗いことも合わせて、酷く陰気だ。
いや、陰気だという問題じゃあない。人が、一人もいない。異常すぎる。
「おい、キリオ」
振り向いた時には、馬車は存在していない。
代わりに、さっき立ち並んでいたのと同じ石造りの建物、灰色の建物がそこにある。
何だ、これは?
何なんだ、これは。一体。
警戒心よりも先に意味の分からない焦燥感に突き動かされて、俺はその建物に近寄る。扉がある。
手で押せば、扉は大した抵抗もなく開く。
「う」
中には、何もない石造りの部屋。どこかで見たような部屋だ。
その中央に、白い布を纏った、そしてその布を赤く染めた、頭の無い女が横たわっている。
「これは」
俺は、気づけばあの聖堂に立っている。ヴィクティー姫の死体と共に。
気持ちが悪い。吐きそうだ。
ぼとり、と音がする。
振り返れば、首が転がっている。
その顔には見覚えがある。ヴィクティー姫、いや、俺が知っているヴィクティー姫のものだ。つまり、レオの。
転がっていた首は、いつしか本物のレオのものになっている。目を見開き、絶命している首。だが。
ぐるりと、その見開かれた目の瞳が動いて、俺を向く。
そうして、レオは笑う。
「起きてよ、ヴァン」
キリオの声。
「ああ」
覚醒した瞬間に、既にさっきまでのものが夢だとは理解している。
体を起こすと、全身が汗で濡れているのを感じる。
「どうしたの、顔色悪いけど」
「ああ、いや、嫌な夢を見たんだ。きっと」
ヴィクティー姫の幽霊の噂を聞いたからだ、と言いかけて止める。ここで二人にしていい話じゃあない。
「きっと、何だよ?」
ボブが顔を寄せてくる。人の弱みには興味津々らしい。
「いや、きっと、馬車の揺れで気持ち悪くなったんだろう」
「そいつはすみませんでしたがね、旦那」
と御者が声をかけてくる。
運転にケチをつける気か、と怒られるかと身構えるが、
「着きましたぜ」
そうして馬車はゆっくりとスピードを落とす。




