試験(2)
安宿で着替えてから集合場所である王都の中心、時計台に着くと、既にキリオが待っている。
キリオも着替えてきたらしく、試験で着ていたものよりも明るい色の服装ではあるが、身体に張り付くようなタイトさのジャケットとパンツという組み合わせはそのままだ。
正直なところ、キリオがこういうのに来るタイプだとは思っていなかったので、姿を見て少し驚く。
「や、やあ」
俺が手を挙げて挨拶すると、
「どうも」
と言葉少なにキリオも挨拶を返してくる。
どうも、そんなに悪い奴でもないのかもしれない。ただ切れやすいだけで。
「悪いな、待たせたか?」
そこに、大声を出しながらレオがやって来る。
レオは着替えていない。試験と同じ、赤と金色の布からなる豪奢な衣装姿だ。
街中ではかなり目立つ服装だが、気にもしていないようだ。
「ああ、いや、俺は今来たところ」
「そうか。この近くに俺の馴染みの店がある。ご馳走しよう」
と言うなりレオは先陣を切って進む。
キリオがその後を続き、俺も慌てて後を追う。
そうして着いたのは、随分と年季の入った門構えの、小さなレストランだった。
「この店は二百年続く老舗だ。紹介状が無ければ入れないという面倒な店だが、ここの翼竜のローストは絶品だ。さあ、行こう」
レオが店内に入ると、顔パスらしくそのまま店員に店の奥にある個室まで案内される。
「おまかせで頼む」
と慣れた様子でレオが頼むと、落ち着いた初老の店員は深々と頭を下げて個室を出て行く。
「まあ、とりあえず乾杯といこう。ここの水は、ペースの雪解け水を使っている」
水の入ったグラスを掲げて、レオは乾杯をしてくる。
俺とキリオも乾杯する。
グラス同士がぶつかり、高く軽い音をたてる。
「それで、一体どういうつもりか、聞かせてもらえる?」
水で唇を湿らせてからキリオが単刀直入に言う。
「ん? ああ」
一息で飲み干したレオは、にやりと笑う。
「そこまで他意はない。単に、君達と親交を深めようと思っただけだ」
「ど、どうして、俺達と?」
特に、俺みたいな平民と?
そう疑問に思いながら水を飲んで、その味の柔らかさに驚く。
「あの魔術試験で、君達の優秀さは分かった」
「ボブだって優秀だけど」
キリオが突っ込むが、
「アレは駄目だ」
ばっさりとレオは切り捨てる。
「人間性もまずいが、家柄もまずい。メージン家はな。俺に欲しいのは、優秀で貴族からの紐がついていない友人だ。俺の立場上、他の貴族と親しくするのは即政治問題になってしまうからな」
そこに、大きな陶器製の皿に入った肉が運ばれてくる。
これが、翼竜のローストか。
「まあ、食え食え。マナーを気にせず、かぶりつけ。これはその食べ方が一番うまい」
お言葉に甘える。というか、さっきから肉の焼ける匂いで腹が減ってたまらなかった。
フォークで突き刺し、肉の塊をかぶりつく。
うまい。
かんだ瞬間、肉汁が口の中に溢れてくる。塩だけのシンプルな味付けが、濃い肉の味をはっきりと際立たせる。
「相変わらずうまいな」
そう言うレオの皿には、既に肉の姿がない。一瞬のうちに食べてしまったようだ。
「ともかく、君達と友人になりたかったんだ。とてつもない才能をもってして特待生になった平民と、困窮している上に跡取りがおらずもうじき家が消滅する貴族」
「えっ?」
それって、キリオのことか?
思わずキリオを見ると、キリオは目を赤くして睨みつけている。
まずい、どうしてそう挑発するようなことを言うかな。
「って、え? いやいや、どういうこと?」
そこで俺は気づく。
「跡取りがいないって、いるじゃんか、ここに」
跡取りがいないって、キリオはそれじゃあなんなんだよ。
が、そんな疑問を口にした俺を、レオとキリオがぽかんと丸い目で見てくる。
「ああ、そうか。ヴァンは知らないのか。まあ、それはそうだな。試験に出てくるような話でもない。ゴシップだからな」
気を取り直したように、レオは頷く。
「そっか、知らないのか」
肩を落として、安心したような落胆したような声をキリオが出す。
「え、ど、どういうこと?」
「あのな、ヴァン」
そしてレオは意味ありげにキリオに目配せしながら言う。
「キリオは女だ」
それから、
「胸はないがな」
と余計なことを付け加えて、キリオに睨まれる。
いくつもの失策により領地を失い、財産を失い、立場を失った貴族。
それがラーフラ家だった。
おまけに子どもができず、家自体が消滅の危機にあった。
そこまでくれば諦めればいいものを、何とか手を尽くして家の存続を画策した。だが、そんな消滅寸前の家に養子として自らの子を預ける貴族がいるわけもない。側室を抱えるような余裕もない。
もはやこれまでと思われたその時、当主と妻の間に子どもができる。
その時の当主とその妻の喜びがどれほどのものだったのか、想像もつかない。そして、産まれてきた子どもが女児だった時、二人の心がどのように壊れたのかも。
ともかく、分かっているのは、産まれた子、キリオは女性でありながら男性として育てられ、そして両親は今でもキリオを男の跡取りとして扱って、いや、信じているということだ。
キリオの両親は滅んでいく家を省みることもなく、キリオという立派な跡取りがいればラーフラ家は安泰だと、ただそれだけをうわ言のように繰り返し、残り少ない財産を処分しては資金を作り、キリオを跡取りだと社交界の場で紹介する。
それが他の貴族の嘲笑の的になっていることも分からずに。
「はああ」
あまりにも壮絶な話で、聞き終えた俺はただ息を漏らすしかない。
「有名な話だ。金もないのにやたら社交界には出てきていたからな。しかし、士官学校に入れるとは。多分、その学費でラーフラ家は完全消滅だな」
そう言ってレオはキリオに目をやる。
「そうね。仕方ないわ」
鋭い目を閉じて、祈るようにキリオは言う。
しかし、少女だったのか。
いや、確かに中性的な顔だとは思っていた。美少女と言われても納得はできる。
だが、髪が男性とすれば少々長いとはいえ女性にしては短かったこと、男装、そしてその態度から、完全に同性だと思っていた。
「社交界で俺も何度かキリオとは会ったことがあってな、あまり変わっていない。両親のもとから離れているというのに、今更女の格好をするのには違和感があるのか?」
「うるさい」
キリオの目が開かれ、赤く充血した目でレオを睨む。
「ああ、ちなみに、ヴァン。言っておくがな、彼女の目が鋭いのは生まれつきだ。雰囲気が刺々しいのも、子どもの頃から好奇の目に晒されてきていたからだから勘弁してやれ」
「あ、ああ、うん」
あんな過去を聞かせられれば、納得するしかない。
「ちなみに目がすぐ赤くなるのは」
「ちょ、ちょっと!」
キリオが慌ててレオの言葉を遮ろうとする。
その様子が、普通の少女のようで、何だ俺が先入観で今まで変な見方をしていただけか、と反省する。
「こいつ、泣き虫なんだ。子どもの頃から変わっていないな」
レオがそう言うと、キリオは黙って俯く。
顔が赤い。
え、泣き虫?
ってことは、あれか、今までキリオの目が赤く充血していたのは、俺が怖がっていたのは、あれは、泣きそうなのを我慢してたってだけ?
拍子抜けだ。
「ともかく、そういうわけだ。君達だって、いくら実力があっても有力貴族の後ろ盾があって困ることは無いだろう、仲良くしてくれるか?」
「もちろん」
俺は即答する。
友達ができる分には大歓迎だ。あの様子じゃ、他では友達作りにくそうだし。
「ええ、あたしもいい」
ぱちぱちと瞬きしながら、キリオが顔をあげる。
「けど、一つだけいい?」
「ん?」
レオはきょとんとした顔をする。
「あたしも、レオと何度か会っているから、分かることがある。あなた、手を抜いたでしょ」
え?
意味が分からずレオを見ると、彼はにやりと猛禽類が牙を剥くような笑みを浮かべる。
「気付いたか。侮れないな。そうだ、魔術試験で少し手を抜いた。マーリンにはばれて、叱られたがね」
「どうしてそんなことをしたの?」
キリオの質問に、レオは肩をすくめてから俺に顔を向ける。
俺?
「特待生になれなかったら、ヴァンは入学しないつもりだっただろう?」
「ああ、そりゃあ、そうだよ。金がないし」
答えながら、レオが何が言いたいのか気付いて驚く。
え、つまり、そういうことか?
「どうしても、ヴァンが欲しかったんだよ。だから、手を抜いた。ヴァンが特待生になれるようにな」
そして、ウインクをひとつ。
「もっとも、無駄だったがな。あの試験結果を見るに、俺がいくら全力を出しても特待生はヴァンだった」
ともかく、こうして、俺達三人は友人となった。