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戯れ合い(2)

 俺とトウコの戯れ合いが終わると、車座になって全員で遊戯室に座る。


「あれは風の魔術だな」


 それまで完全に存在を消すかのように黙っていたウーヘイが、突然喋りだす。


「あ、ああ、そうです」


「風の魔術で、何かを断ち切るというパフォーマンスは、国で一度見たことがある。だが、それは呪文を唱えて集中してやっと細い小枝を切り落とす程度のものだ。あれほどのものは見たことがない」


 正確には、あれはいわゆる「かまいたち」だ。強風による真空状態によって切り裂かれる自然現象。おそらく、他の魔術師はイメージとしては風で刃を作るようなものなのだろう。が、俺の場合は、前の世界の科学知識があるから、より具体的にイメージできた。それが無詠唱で袋竹刀を切り落とせた理由だろう。


「いや、それもそうだが、俺が驚いたのはトウコの袋竹刀に当てたことだ。魔術なんてすっとろいものだと思っていたけど、認識を変えなきゃいけないかもな。なあ、アオイ」


 マサカドに振られ、アオイは無言で頷くが顔には不服の色がある。

 なんだ?


「完敗でした」


 潔く言うトウコだが、あの空虚な穴のような目が忘れられず、俺はちょっと怖い。


「いや、さすがにトウコさんの太刀筋を見切って、そこに魔術を当てるなんて芸当、できないですよ」


 そして、する気もなかった。


「へえ、じゃあ、どうやったんだあ?」


 興味深そうにダイゼンが腰を浮かす。


「イメージとしては、置いたんですよ。刃を」


「置いた?」


「ああ」


 怪訝そうなマサカドに、納得して頷くウーヘイ。


「なるほど、剣に当てたのではなく、剣が当たったのか」


「そういうことです」


「壁際まで跳んだのも、突きのフェイントも、全てはトウコの太刀筋を限定するためか」


 咳き込みながらスライスが言う。


 もう、そこまで見透かされているのか。つくづく、怪物達だ。


「そういうことですね。試合前にずっと強化魔術の準備をしておいて、実際に強化した脚力で後ろに跳んだ瞬間、もうその瞬間から、ずっと風の魔術だけを練っていました」


 そして、あのタイミング。


「トウコさんは、真っ直ぐに来るタイプだと思いました。真っ直ぐに近づいてくるし、剣も最短距離を振るうタイプだと。小細工なしで。だから、ある程度なら誘導できるかもしれない。というより、それしか勝機がありませんでした」


 だからあの三手。

 距離をとって、迫るトウコに突きのフェイント。そして袋竹刀まで手放せば、きっと俺の腹、胸、喉のどこかしらを下から上に切上げてくる。そう思っていた。

 さすがに、そのどこかまで絞るのは難しい。けれど、どこであろうと下から上に切り上げるのであれば、袋竹刀の剣先ではなく刃の中央くらいが通る道筋は限定できる。

 後は、その道筋にいかに素早く、そして袋竹刀を切断できるほどの切断力のかまいたちを発生させられるか。それだけが賭けだった。

 というより、賭けの連続だ。綱渡りに次ぐ綱渡りで、偶然に勝ったに過ぎない。


 もう二度とやりたくない。


「いずれ再戦をお願いします」


 が、そう思っているのは俺の方だけで、トウコは平然とそんなことを頼んでくる。


「嫌です」


「おいおい、勝ち逃げか?」


 マサカドが囃し立てるが、


「次にやれば殺されそうですから」


 こっちも必死だ。


「違いない。トウコは負けず嫌いだからな」


「確かに」


 スライスの言葉に同意するウーヘイ。


「大体、魔術と剣術なんて全くの別物なんですから、それを戦わせて比べようってのが無理ですよ」


 言い訳のように俺が続けると、


「そうかしら? 剣も魔術も同じようなものじゃない?」


 ライカがふっと静かな声で言う。


「え?」


「剣も、まずは頭の中で振るもの。頭の中では、私の剣は世界最強なのよ。鋭くて、速くて、強くて、重くて、上手い。問題は、それをどうやって現実にするのか。何度も何度も思い浮かべて、現実と区別できなくなるくらい思い浮かべて、そして鍛錬でそのイメージに近づく。どう? 魔術とほとんど一緒じゃない?」


「確かに、誰もが頭の中じゃあ、最強の剣士だな、違いない」


 マサカドが笑う。自分も含めた剣士全てを笑うような嘲笑だ。


「けど、それがないと誰も剣なんて振るわないよなあ」


 うんうん、と感慨深げにダイゼンが何度も頷く。


「そういうものかな」


 俺は呟いて、少しだけ剣術に興味が出てくる。

 ちょっと、やってみようかな。


「戯れは終わりましたかな?」


 と、遊戯室にヒエイが入ってくる。


「あれえ? どうしたんだ、見張りしておくんじゃなかったのかあ?」


 ダイゼンの疑問にヒエイは肩をすくめる。


「その私がここにいるということはどういうことか、少しは考えてみなさい」


 そのヒエイの後ろから、ヘンヤ、そしてセキウンが入ってくる。


 途端に遊戯室の空気が凍り、俺達は全員いつの間にか立ち上がって固まっている。


「終わった。秘剣は確かにヘンヤに伝授した」


 そう言うと、セキウンが一歩踏み出してくる。


 穏やかな様子のままのセキウンは、その穏やかさの中で完全に異物である抜き身の刀をぶら下げている。


「ダイゼン」


「は、はい」


「秘剣を見せた時に、ヘンヤが少しだけ動いた。拭いて手入れしておいてくれ」


 ダイゼンに向かって、セキウンは無造作に刀を投げる。空中を一回転した後、剣の柄が鮮やかなくらいにぴったりとダイゼンの手の中に納まる。


 そして、ヘンヤは全身を汗で濡らしている。

 顔色は青白く、そして額に薄く、だが確実に切り傷が僅かながらついており、血が流れ出している。


「だがさすがはヘンヤだ。私の気に押されてもう少し大きく動いていれば、そんなかすり傷では済まなかっただろう」


 そう言うと、くるりと背を向けてセキウンは遊戯室を出て行く。


「私も疲れた。ヒエイ、しばらく私は部屋で休む。夕食も必要ない。瞑想する。明日の朝食には顔を出そう」


「はい、お疲れ様でした」


 そうしてセキウンの姿が消えてからも、しばらく誰も言葉を発さない。


 ダイゼンが無言で布を取り出し、セキウンから渡された刀の刃をゆっくりと丹念に拭いていく。


「受けたのですか、秘剣を?」


 ぽつりと、トウコが口にすると、全員の目が一斉にヘンヤを向く。


「ああ」


 憔悴しきった声でヘンヤが返して、


「見ろと言われて、見た。動くなと言われたが、どうしても一瞬震えてしまって、この様だ」


 指で額の血を拭う。


「どうだった?」


 死人のような声のスライスも、興味を抑え切れていない。


「とりあえず」


 ようやく、ヘンヤの顔にいつもの薄ら笑いが戻ってくる。


「腹が減ったな」


「皆さんで摘めるものを出しましょう」


 ぱん、とヒエイが手を叩く。





 屋敷の中には食材を置くような場所やキッチンがなく、ヒエイはいつも離れで料理をしてわざわざ屋敷の食事室、というより食卓に持ってくるらしい。


 冷やした野菜を切ったものと味噌らしき調味料が食卓に並べられ、それぞれが席に着く。結局、セキウン以外は全員食事をとることになった。


 しかし、座るのにも一苦労だ。

 棚やら箪笥やらがあって、中央には大きめの食卓。本当にスペースがない。特に中に人が五人くらい入れそうな馬鹿でかいクローゼットがある場所なんか、よほど痩せていないと座れそうもない。ちなみに食卓のその場所にはトウコが座っている。かなり細いようだ。あんな剣を使うというのに。


「これからは、若先生とお呼びしなければいけませんなあ」


 お茶を配りながらヒエイが言うと、


「やめてくれよ、ヒエイさん。気持ち悪い」


 大仰にヘンヤは頭を振る。


「いや、ケジメは必要だ。そう呼ぶべきなのだろうな、これからは」


 がり、とスライスが野菜を齧る。


「そうですね。これからもよろしくお願いします、若先生」


 大して抵抗も見せずにトウコが頭を下げると、逆に下げられたヘンヤの方がうろたえている。


「よしてくれよ、マジで。あ、ところで、俺と師匠がいない間、何だか面白いことをやってたみたいだな」


「ああ、トウコとヴァンが袋竹刀で戯れ合っていたよ。気付いたのか?」


 ウーヘイは野菜をマントの下から取り出した短剣に突き刺しては口に運ぶ。


「師匠がな、秘剣の準備のために瞑想しながら、突然言ったんだ。トウコと魔術師が戦ってるってな」


「げ」


 マジかよ。化け物だな。


「魔術師の方は相当の腕だ、とも言ってたぜ。剣士だから魔術のことはよく分からない。だから、もしもこのレベルの魔術師が相手なら、初太刀から出し惜しみ無しでいく、ともな」


「出し惜しみ無しって」


「秘剣で瞬殺、ってことだろうな」


 そこまですることないだろ。普通にやっても瞬殺だよ。


「俺でもそうするな」


 だが、ウーヘイが剣聖の過剰な考えを肯定する。


「戦いにおいて何よりも恐ろしいのは、未知のものだ。俺達にとって、魔術とは未知。未知かつ強いものと戦うのなら、一撃で勝ちたい。自然な心の動きだ」


「そうね。けど問題は」


 気だるげに頬杖をついたライカが指を俺に向ける。


「強さを見極めるのが一苦労ってとこよね」


「そうだな。弱く擬態する奴もいれば、殊更に強く見せて呑もうとする輩もいる」


 言いながらスライスは暗い目でマサカドを見る。


 マサカドは意に介さず、ただただ野菜を次々に一口で飲み込んでいく。


「しつこいくらいに真っ直ぐさや単純さを強調する奴とかなあ、ひひひ」


 笑ったヘンヤに目を向けられたトウコは、黙って睨んでいる。


 やめろよ、心臓に悪い。


「それを言うならダイゼンだって怪しいですなあ。右脚が動かないフリをしているのかもしれない」


 冗談めかしたヒエイの言葉に、


「おいらかあ? やめてくれよヒエイさん、おいらの脚は本当に動かないよ。名医に見てもらった診断書だってある。アルル先生のな」


「アルル?」


 そこで意外な名前に声をあげてしまう。


「アルルって、あのアルルですか?」


 あの忘れようもない事件で出会った、おっとりとした宮廷医師の顔が脳裏に浮かぶ。


「ああ、そうよ」


 ライカが代わりに答える。


「ヴァンは知らないかもしれないけれど、アルルはエリートだから、こっちに留学してた時期もあるし、度々こっちに来るのよ。医術と言えばペース国のイメージが強いかもしれないけど、イスウ国の医術は独特な発展を遂げてるから、シャーク国やペース国の医師や医術師が勉強しにくることも多いの」


 それはどこかで耳にしたことがある。

 イスウ医術は、魔術を使用せず、薬効のある自然物や運動、ツボへの刺激で患者の自然治癒力を高めて治すもので、全く根底の考え方が他国の医術とは違うらしい。


「はあ、じゃあアルルさんとダイゼンさんは知り合いなんですか」


「というか、おいらだけじゃなくて、十年前にセキウン流に所属してたなら全員アルル先生のことは知っていると思うなあ。学生だったアルル先生は、イスウ医術を試したくて、何と言うか、その、患者が手っ取り早く多く手に入る場所を探してたんだぁ」


「ああ」


 確かに、剣術道場ともなれば、毎日患者には事欠かないだろう。


「さあて」


 と、狭いスペースの中でも器用に食卓の下で刀を磨いていたダイゼンが刀を持ったまま席を立つ。


「こんなものでいいかなあ。ちょっと、セキウン様に刀を返しに言ってくるぞお」


「瞑想中だから、くれぐれも邪魔にならないように」


 とヒエイが注意すると、


「大丈夫だよお。この中で一番一緒にいる時間が長いのはおいらだぞお、そこら辺の呼吸は心得てるって」


「やっぱり心配だから、私も行こう」


 結局、ヒエイも立ち上がる。


「あ、そうだ」


 そこで、ヘンヤが嫌なタイミングで嫌なことを言い出す。


「ヴァンのこと、魔術師としても探偵としても興味持ってるみたいだったぜ。というか、連れてきた俺が褒められた。どうせ瞑想の邪魔するんだったら、一緒にお前も挨拶しに行ったらどうだ?」


 嫌だ、と断るのも変だ。


 ということで、結局三人でセキウンの部屋に向かうことになる。

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