第4話 重なる思い
誠とルナ以外は3人称でやります。
「まこ・・・くん。誠・・・君。誠君っ」
「ルナ?・・・・――はっ!」
夢から覚めたように反射的に立ち上がった。と同時に、『しまった・・・このパターンは授業中に立ち上がった恥ずかしい奴の典型だ。』と考えを巡らせ、腰を浮かせたまま勢い良く机に突っ伏す。そこでチロリと、伏せた頭を抱えるような位置取りの腕の隙間から周囲を窺う。ある程度の羞恥攻撃の回避は出来た。と自負していたが、どうやらそもそもの行動は意味を為さなかったようであった。
というのも、
「ま、誠君。もうお昼だよ?」
「・・・・」
隣の席である峯浦さんがそう言葉を掛けてくれたからである。苦笑気味に。僕が照れ隠しに曖昧な笑みを湛え、取り敢えず礼でも・・・と口を開きかけた所に――
「ま~こ~っ♪」
晴れやかな声と共に美佳が眼前にピョコっと髪を揺らし姿を現す。
相変わらず、朝からの元気は未だ衰えを知らない(因みに朝の呼び方と違うが、朝の様子が違っただけで普段はこちらがデフォルトだ)。今尚二ヒヒと含み笑いをする美佳の手にはピンクの布で包まれた弁当箱。言われるまでもなく目的は明確だ。が、二の句を継がない所を見るに、その手のことは僕に言って欲しいようだ。
まあ、いつものことだ。
「一緒に食べようか」
「うん!」
その言葉を待ってました!と言わんばかりの喜色満面の笑顔で美佳は頷く。ついでに僕は体を逸らし――美佳が遮る形で目の前にいるからだ――その背後に居る峯浦さんにも声を掛けた。
「峯浦さんも一緒にどう?」
「えっ・・・」
虚をつかれたように目を丸くした峯浦さんの顔が、次第に笑顔に染まっていく。やがて期待に満ちた表情で聞き返してきた。
「い、いいんですか?」
「勿論さ」
そう笑顔で応えると、峯浦さんはぱあっと目を輝かせ、
「で、では、よろしくお願いします」
律儀に頭まで下げて応じた。
そんな彼女の笑顔に、思わずドキっとしてしまう自分がいる。普段、何もしなくても十分過ぎる美少女なだけに、この笑顔は破壊力が高い。まるでそこにだけスポットライトが当たったかのように彼女を中心に背景が光っているように見える。捉え方に寄れば目を奪われていると言うべきだろう。現に、クラスの男子は呆けたように口を開けっ放しにして見惚れている。改めて凄いなと感慨を抱くと同時に、そんな高嶺の花である彼女をお食事に誘うのは些かまずいのでは?という思いも膨らんでいく。
今更ながら顔をブルーにしながら辺りを窺うと、案の定、称賛よりもやっかみや妬み類の目線がグサグサ突き刺さってきた(当たり前だが男子から)。そして、自分の後ろに座る友人もまた、その一員だった。
「呪われろ呪われろ呪われろ」
「って、何唱えてんだよ!怖いわ」
思わずツッコミを入れると、相手方、翔也は憤慨したように怒鳴りだした。
「うるせえ。学園のアイドルと言葉を交わせるだけでも羨ましいのにお食事とか、しかもオッケーもらっちゃって。お前自分がどれだけ恵まれているか分かってんのか!?」
「そう言われても・・・」
第一に誘ったのは僕の方からだし、勢いからだけど・・・。恵まれてると言われてもイマイチよく分からないし。それに彼女とは仲の良い友達で、ついでにお隣の席とあれば寧ろ当たり前の事だと思うのだが・・・という胸懐の愚痴はそのまま胸の内にしまっておく。
ていうか、そもそも会話が出来ないのは勝手に気後れしている男子諸君に問題があるのだと思うのだ(自分にその気持ちがあるのは否めないが)。峯浦さんも同じ学年の女の子であり、同じ仲間なのだから。それこそ皆が好く彼女に失礼だと僕は思っている。が、所詮は自分の見解に過ぎない。
誰が誰をどう思おうかは僕が口出しして良いものではない。かといって周りに合わせる気も毛頭ない。峯浦さんが嫌だと表明、または表情に顕せば直ちに直そう。しかし、僕が接して来た今までを見ている限り、いつも笑顔だったを覚えている。
少なくとも嫌がっている形跡はないのだからわざわざ正すのは馬鹿げている。
――と僕は考えているのだ。
こうして普通に接していれば、気さくで優しくてとても付き合い易い良い人だといのに・・・。まあ結局、僕は肩を竦めるしかないのであった。そんな僕に、峯浦さんの気遣わしげな声が掛かる。
「あの・・・やっぱり私は――」
そんなこと、皆まで言わせない。
「場所を変えるか・・・峯浦さん。何処がいいです?」
「私は中庭がいいかなァ~」
美佳も便乗する。美佳も察してくれたようで、既に僕の机に置いてあった弁当を片手に持っている。僕も美佳にならい、あくまで笑顔で美佳の意見に賛同する。
「そうだね。峯浦さん。中庭に行こう。」
峯浦さんの手を取り、半ば強引にその場を後にした。その時の手に伝わる冷ややかな温もりと、じっとりとした汗は彼女の不安を表しているかのようで、僕の意志を促進させた。
*
――★――★――★――
*
ピシャリと、まるでその怒りを顕すかのように力よく閉まったドアを、翔也は苦笑気味に眺めていた。
悪い事をしたとは思っている。アイツの性格から言って、怒るのは当たり前だ。
「さっきのはワザとかい?」
「ん?ああ、諒か。まあな。自己満足だと自覚はしている。だが、俺はどうにも我慢できねえんだ」
「?」
振り返ることもなく、翔也は独白の如く心情を吐露する。
「アイツが、俺を救ってくれた誠が幸せを望んでないことにだッ」
「・・・・」
「見返りを求めない事はある意味ヒーローみたいなもんだと思っていた。カッコイイって。だが違う。アイツはそんなカッコつけたがり屋じゃねぇ。昔はともかく、今は分かる。
アイツは自分の幸せを望んじゃいねえのさ。」
翔也は奥歯を噛み締める。
あれじゃまるで、自分が幸せになっちゃイケナイとでもいうかのようだ。しかし、これは決して憶測程度の物では無い。現に、誠は自身の危険を顧みず問題に直行する。その中で何度も何度も怪我をして、見返りも求めず、感謝も求めずその場を去るのだ。
傍から見ればヒーロー像そのものだが、今の俺から見れば病気だ。常軌を逸脱している。まあ、俺も救ってもらった事例の一つ。諒もまたその一人だ。
いや、このクラス。さらには学校の殆どの人が彼に助けてもらった経験がある(学年問わずだ)。
ここまで来ると本当に病気としか言い様がない。原因があるとすれば、美佳から聞いた誠の過去の事件が当て嵌まるだろう。
詳しくは知らないが、両親の同時他界の際。誠もその傍にいたそうだ。もしかして、両親を見殺しにしたと思っているのかもしれない。そうなると、今のアイツの行いは懺悔とも言うべきか。
しかし、実態は分からない。誠本人に聞いてもいいが・・・そんなこと無闇に聞く事柄じゃない。今はそっとしておくのがいいのかもしれないが、俺にはどうも・・・
「まるで死にたがっているように見える?」
「―――ッ!」
「・・・言ってみただけだよ。どれもこれも憶測に過ぎないからね。」
「・・・・・」
諒の諭すような言動と憂いを帯びた目に、翔也は確かに、と眉を開けた。そんな事をぐじぐじ考えていても解決はしない。考えに耽るより、行動で示した方がよっぽど俺らしい。自分で言っては世話ないが。
「ところで」
胸懐で意気軒昂を唱える翔也に、諒の打って変わった気楽な声が掛かる。
「なんだ?」
「大方、彼の幸せを願って~とか言って収めるんだろうけどさ、結局さっきのは何をしたかったわけ?」
さっきというのは、俺が峯浦の事に対して誠に言ったことだろう。何か言い方に刺があるが、気にしないことにする。
「そりゃ勿論、アイツに恋人でもできりゃ心境でも変わるかと思ったわけだ。が、アイツは気づかんから、こうしてそのありがたみを噛み締めさせるように言ったんだ」
「ふ~ん、それって親友として?」
「当たり前だ」
「それってどんくらいの割合で?」
「・・・・・・・・・3割くらい」
「残りは?」
「私情だちくしょう!!」
途端に翔也は盛大に唾を吐き散らす。
「あんにゃろ、学園のアイドルに恋焦がられて羨ましいぞこんちくしょう。そのくせ気づかないとか、どこの漫画の主人公だってんだッ」
そう。誠を除きこのクラスの殆どの生徒諸君は、峯浦が誠に特別な感情を持っていることに気づいている。いや、本人も除く。ていうか、あれ程しょっちゅうチラチラ見てたら誰だって気づくものだ。ある意味峯浦の行動は顱骨すぎるのだ。なのにッ
諒は溜息混じりに呟く。
「それって私怨じゃん」
「うるせぇっ」
大体クラスどころか学校全体が認める美少女を独占している時点で死刑ものだ。だが誰ひとりとして敵意が生まれないのは、誠の人徳によるものだ。皆が認めているのだ。誠ならと。・・・・一応。本人はまるっきり気付く様子がないが。
「まあ、彼の朴念仁っぷりは皆が公認済みの筋金入りだからね。」
「くそ、見てると焦れったくて仕方がねえ」
「でもくっついたらくっついたで反感はあるでしょ?」
「当然だ」
「うわっ、理不尽だ」
全くその通りだが、翔也の意見が皆の心情を代弁しているのは確かだ。また、それだけでは収まらない例外者も中にはいる。誠もいろんな意味で反感を買っている面が多々ある。そりゃあ、あれだけ人助けしていれば逆恨みする馬鹿がいてもおかしくない。だが、俺がそれを許さない。今俺ができる唯一の恩返しは今のところそれだけだ。
どんなに啀み合っても、親友という枠組みには歪一つ及ばない。諒に見せているのも本心だが、根っこの部分から見ればポーズに過ぎない。
俺は心の底から誠に幸せになってもらいたい、それだけだ・・・
「・・・優しいんだね」
「てか、さっきから人の心読むの止めてくんない?しみじみ言ってるけど、さっきから脈絡無いぞ、お前の台詞。」
「君が分かりやすぎるんだよ。」
「ふんっ」
すっかり不貞腐れた翔也を流し目に、諒はポツリと宣言する。
「僕も手伝うよ」
「・・・・ああ、頼む」
彼の優しさ、意志を無下にするほど馬鹿ではなかった。そもそも翔也には、「危ない」や「俺一人で十分だ」などという反論は考えすらし生まれなかった。諒が翔也の既知外で誠の助けになっていることを翔也は知らない。
それでも分かる。
やりたいことは同じだと。
諒と翔也に接点はほぼない。しかし、誠に恩返しをしたい。いや、親友の助けになりたい。ただそれだけを理由に、二人はお互いを理解し、共に歩むことを此処に誓った。