第3話 友人帳
美佳に連れられ無理やり走らせれた僕は、机上で果てていた。
運動は苦手です。
「大丈夫?」
「ああ、諒。まあ別になんとか大丈夫だよ」
「どっち?」
苦笑するこの爽やかな男性は、名を榛原諒と言う。しかし、普段は長い前髪に隠され見えない。
「・・・ホント、前髪切りゃカッコイイのに」
「嫌だよ。そんな自信ある顔じゃないし、第一に恥ずいだろう」
本人が言うように、彼は人の視線が嫌いだという。特に女子の視線が苦手で、女子には極力近づかず仲の良い友達としか話をしない。加えて常に前屈みで顔が前髪に隠れている為、この爽やかスマイルを知る人も少ない。存在感が薄い、根暗など散々な言われようだが、本人が公言立って否定しないため定着してしまっている。
本当は前向きで、楽しい性格だというのに勿体ない話だ。
「いつも言っているけどさ、もっと自分に自信持てよ。そうすりゃモテるぜ、絶対」
「君に言われると嫌味にしか聞こえないんだけど・・・」
「何故?」
「はあ・・・これだから誠は」
何だ?随分思わせぶりじゃないか。
僕が何か反論しようと言葉を模索している最中、教室のドアが緩やかにスライドした。瞬間、水を打ったかのように教室内に静寂が訪れる。
引き起こした要因の人物はしずしずと入室を果たし、数々の視線の束に狼狽えた。
「お、おはようございます……」
細々とした言葉がさらに尻窄みになる。そのままススっと自分の席に座った。僕の隣の席に。
「おはよう。峯浦さん」
「あ、うん。おはよう、誠くん」
いくらかホッとした様子で言葉を返すのは、名を峯浦琴美と言う。彼女を一言で形容するならば大和撫子。その一言に尽きるだろう。腰まで届く黒髪や細い顔にスッキリした鼻梁と形良い柳眉、楚々とした雰囲気を醸し出し背の高さも相成って清楚で大人な女性を思わせる容貌をしている。普段から物腰も柔らかく、隔たりのない対応から、公言こそされていないが学校のアイドルとして密かに持て囃されている。だが、今の態度を見てわかる通り、それが発揮されるのは一対一の場合のみ。大衆の面前では恥ずかしがり屋だ。そんな彼女でも割りと態度はハッキリしていて、資産家の娘という立場などで言い寄ってくる男を一刀両断して罵声を浴びせた事は有名な話だ。最も、この街で資産家の娘というのは結構有り触れた存在だ。近年出来たばかりの街にそうした人が多く移り住んできたのだ。そのお陰で、この学校付近では高級マンションが立ち並び、僕などの住む住宅街はずいぶん遠くなってしまったわけだ。まあその愚痴はどうしようもないから捨て置く。ともかくそうした経緯で、資産家は珍しくはないのだ。それでも尚彼女が人気を誇るのは、その容姿端麗さが大きいと言えるだろう。
----そんな風に考えに耽っていたせいか、僕は横で熱っぽく見つめる彼女の視線に気付けなかった。