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cat 愛  作者: 中村 光
第一章 日常坐臥(にちじょう さが)
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第1.5話  私の日課

 

  パチリと、比較的スッキリした目覚めで朝を迎える。絶え間のない胸の鼓動と微かに上下する呼吸のリズムが、揺り篭のように安眠を促しているお陰だ。私は毎晩、彼の胸の上で就寝しているのだ。ふふ、こんなこと彼と一つ屋根の下で暮らす私だけの特権だろう。愉悦感に浸りつつ身悶える事早一分。幾分落ち着きを取り戻す。なんだか一人芝居をしている気分だ。

 そこで、ふと首を上げれば安らかに寝息を立てる彼の姿を存分に拝見できる。愛しげに彼を眺め回し、満足がいった所で毎朝恒例行事を執り行う。彼の胸の上で静かに立ち、その顔付近にまで身体を移し、私はそっと、彼の唇に自分の唇を重ねた。一時(いっとき)の時間が何十時間にも感じられる幸せな一時(ひととき)。体感でそれを十二分に感じ、惜しげに唇を離す。いわゆるところのキスというやつだ。接吻とも言うが私には些細な問題だ。毎朝欠かさずこれを執り行っているのは彼には内緒だ。・・・実際は内緒ではなく公式的に行っている。というか気づいて欲しいのだが、彼は一向に気づく気配はない。目覚めのキスという、新婚おしどり夫婦のような甘いひとときを堪能させてあげようとしているのに、全く腹立たしいことこの上ない。

 ペチペチ、と苛立ち任せに軽く頬を叩く。すると、

「う、うう~ん・・・」

 ようやく半覚醒状態。後は、

「にゃ~」

 と私が鳴くことで事足りる。眠い目を擦りながら身体を起こす彼に図らずも溜息が漏れる。彼の本職は学生である以上、自己管理のできない起床の悪さは目に余る。別に特別夜更かししている訳ではなく、単に寝起きが悪いだけだ。それだけでも十分心配な要素だが、一体私がいなけれなどうなっていたことやら。ま、「私がいなければ駄目ね」と一人満足感を得られる点では、他の要素で欠点の無い彼の弱点を握る良い機会なのだから、愛すべき欠点だ。

「おはよう・・・ルナ」

 ともあれ、寝起き真っ先に私を視野に入れ、優しげに微笑む姿を見れば如何なる思いも無に等しくなる。あちこち撫でてもらい、気持ちよくて身をくねらせる。それが一通り済み、最早言い残す事は無い。あ、いや別に死んでもいいという解釈ではなく、後腐れ無く彼の寝室を後に出来るという意味だ。何故女の私が思春期の男性である彼の寝室を寝床にしているのかというと、・・・それほど不毛な問いは無い。強いて挙げるなら、彼の寝顔を眺めるのが私の趣味だからだ。

 さて、そろそろ彼の無言の圧力が掛かる頃、私はサッサと退散するとしよう。

 ベットを降り、足早にその場を後にしてやはり小言が漏れるのは仕様である。言えば「今更着替え程度で恥ずかしがらなくても・・・」という内容だ。彼は自分の着替えは覗かれたくないというのだ。 風呂も一緒に入り、夜の散歩共にし、同じベットで深夜を過ごす間柄、何を今更と思うの当然というもの。

 だがまあしかし、彼の言いつけに背く意は私は持ち合わせていない。強制されているわけではないが、これは自身への戒めのようなものだ。一年前、死の危機に瀕していった私を助けてくれて、ここまで育ててくれた彼に私は生涯を掛けて恩返しをしたいと心に決めている。――という思いを片腹に、もう少し我侭も許容して欲しい所だ。無論胸懐での愚痴に過ぎないが・・・

「ルナ~ご飯できたよ~」

 リビングのソファーで二度寝を決め込みそうな頃合、彼の声が轟いた。言葉の通り、食事は全て彼が賄ってくれている。歯痒いが私には到底できそうにない。元一人暮らしの賜物か、彼の料理は格別だ。最も、彼以外の料理を口にしたこともなければする気もないが。

 フローリングに足を降ろし、ダイニングテーブルにその足を伸ばす。すると途端に香ばしい匂いが漂ってくる。相も変わらず手料理は文字通り手を抜かないようだ。私の分は簡素でいいと思っていても、彼は執拗に自分で作りたがる。それがまた最高に上手いのだから反則だ。

 ――と一通り食事が済んだ所で、視線の端に移る古ぼけたチクタク時計が定時を指し示す。私が声を掛けると彼も気づいたのか、心持ち急ぎ早にお皿を片付ける。そのまま玄関に向かおうとする彼に、私は再び声を掛ける。彼が振り向くのを機に、私はテーブルの下に視線を送った。其処には彼が持って行く筈であるスクールバックがあるのだ。

「あちゃ~」

 彼は苦笑いを浮かべ、慌てて戻る。私の示唆したバックに手をかけ、ふと思いついたように私に向き直った。

「ありがと。行ってきます。」 

 律儀に挨拶を済まし、私に背を向ける。そんな彼の行為に微笑み、その大きな背中を見上げた。

 刹那、行ってしまう。と、寂寥感に駆れれた私は、咄嗟にジャンプして彼の首にしがみつく。

「ちょっ、おいおい」

 困ったような彼の声音に罪悪感は否めないが、でも一人になるのは嫌だった。かと言って、誰でもいいわけではなく、厳密には彼が居ればそれで満足だ。こんなもの私の我侭に過ぎない。そんな毎日恒例行事にも、彼は毎度真剣に思ってくれる。

「・・・ごめんな。僕もずっとルナと居たいんだが・・・悪い。留守番よろしく。すぐ帰るよ」

 本当に沈鬱げな表情で、毎日毎日。私だって悲しい顔なのは演技ではない。でも・・・やっぱり彼は最高に優しい。そんな彼を、”私は愛してる”。 

 去りゆく背中に語りかける。愛しています。そして、いってらっしゃい、誠。と、これが、毎日行われる私の日課だ。ルナとしての一日の始まりだ。


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