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cat 愛  作者: 中村 光
第二章 日進月歩
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第13.5話  事後処理


木々の間をすり抜け。霊堂は苛立ちを隠しきれず小枝をヘシ折る。

 この学校は都外に建てられている所為で、周辺は見渡す限りの森林で埋め尽くされている。元々都心に近づける為に、近くの比較的低高度な洪積台地を整地して出来た校舎なのだ。御陰で近隣に人影などありはしない。それでなくちゃあんな狼藉を働こうとは思わなんだ。

「あ~クソッ、むしゃくしゃする」

 胸懐の愚痴を吐露しつつ、荒々しく歩み続ける。――と、

「よお」

 木立から人影が躍り出て来た。

「あん?」

 よく見れば男だ。黒い鶏冠に模した髪を目つきの悪さが不良っぽさを引き立てている。まあ、不良に絡まれる事など良くあること、特に不思議に思わなかった。しかし、その男が母校の制服を着ているのに気づき、慌てて笑顔を繕う。

「君は、誰かな?」

「ほう。それがお得意の体裁作りか。さっきの見てるとすげえ滑稽だな」

 ピクリと、青筋が立つのを感じつつ、

「どういうことだい?」

「あんな傷害事件起こしておいて、よくもまあヌケヌケと・・・。知ってんだよ!テメエが外面だけ取り繕った偽善者だってことはっ」

 その一言に、霊堂の顔から笑みという殻が抜け落ち、冷徹な目で翔也を見据える。

「奴の仇討ちにでも来たか?そいえば、奴の派閥には守護神たるお前がいたな」

「派閥て、・・・お前みたいにいそいそと裏で工作してる奴と誠を一緒にすんなよ。誠は何もしなくても、自然と人が寄ってくるタイプの人格者だよ。」

「けっ。そんな事どうでもいい。で、なんだ?あの雑魚の変わりに今度はお前が俺の相手でもするのか?」

「そうだな。敬愛する親友の為だ!」

 翔也が動き出す以前に、既に霊堂は初動に致していた。瞬く間に翔也の懐に肉迫する。初手は霊堂が勝ち取った。趣味のボクシングの要領を思いだし、前傾姿勢から鋭いジャブを繰り出す。たかだか喧嘩の心得がある者でも、決して避けられる状況ではなかった。

 ――なのにッ

 バシッ

「――なにっ!?」

 正確に喉笛を狙う連続した突きを、翔也は実に悠々と去なし、叩き落して見せたのだ。だが身体が泳ぐのを勢い任せで逆に遠心力に変え、今度は裏拳の要領で肘鉄をお見舞いしてやる。

 これもまた、翔也には届かなかった。そこでハタと、霊堂はあることに気付いた。

「何故反撃しない?」

 そう、翔也は初期位置から一歩も動かず、唯受けるだけだったのだ。すると、翔也は皮肉な笑みを湛え、

「いやなに、お前の実力を知りたくてな。だが、まあ・・・・お前の方がよっぽど雑魚だな」

「なんだと?」

 ビキリ、と何かが切れた音を実感する。

「誠の方がずっと強い」

「馬鹿か!あんなヘナチョコに、喧嘩ができるかよッ」

 会話をしつつも攻撃の手を緩めず、雨霰と打撃を繰り出す。

「現にアイツは何も出来なかったではないか!」

「まあ、何時もの誠なら、な」

「なに?」

「だが――」

「――グッ!」

 攻撃の合間を縫って、初めて翔也が動いた。それは霊堂とは比較にならないほど強く鋭い、拳。

 ピタリ、と眼前で止められた翔也の拳を、霊堂は呆然と眺めるしかなかった。それで翔也は唇の端を切り上げ、

「誠が激すれば俺の何倍も強い。それを夢々忘れないことだな」

 そう言い残し、翔也は後腐れ無く要件は済んだとばかりにさっさと行ってしまった。

「・・・・バカバカしい」

 霊堂は吐き捨てる。優しいだけで何かを得られるほどこの世は甘くない。奴のカリスマ性も、この俺がぎたぎたに叩き割ってやる。

 だが問題はさっきのあの男だ。名乗りはしなかったが知っている。翔也。元は喧嘩番長やってたらしいが、奴はどうやって手懐けたのやら。

 それとあの男が自分の事を学校に知らせる可能性は皆無ではない。だが、それこそ霊堂は冷笑をもって迎えよう。

 今や学校の殆どの生徒講師は俺のシンパだ。奴らがどう悪評を触れ回ろうと、今更俺の世評を覆せるものではない。それよりも、此方が先手を打たせてもらうとしよう。

「くくくく」


――★――★――★――


 一方、誠が倒れたことに一時の狼狽をきしていた女三人は、

「私がおぶります」

「いいえ。私です」

「え?いやあの・・・・」 

 ・・・・割と冷静と言えば冷静であった。

 誠の出血はなんとか止まったが、それでも安静にするにこしたことはない。手っ取り早く保健室に連れて行くのが定石だが、それは満場一致で却下された。第一誠が学校を抜け出したのは皆が知っている(駆けつけた美佳には説明済み)訳で、議論の余地はない。では病院だという意見も、これまた却下された。

 これに関しては其々の意見があった。

 ルナは、

「誠がどっかいくなんてやだ。私が看病するんだもん」

 自己中。

 琴美は、

「これを大事にするのは、誠君自身も困るはずです。あんなことがあったのですから・・・」

 世間論。

 美佳は、

「まこは結構こういう怪我するけど、何時も病院は止めてくれって言ってるし」

 経験則。

 ――という訳で、「誠(まこ、君)の家に行く(帰る)!」という所に落ち着いた。先までの殺伐とした空気は消え、今は誠の今後に気が散っていたようだ。

 もしかすると、誠は寝ていた方が皆大人しくなるのかもしれない。誠がこの光景を第三者視点で見れば、きっとそう言っていたに違いない。

 結局は順番に交代という意見が通った。では早速とばかりに順番争いが勃発したのはまた別のお話。

 そして一様に驚愕に身を震わせた。

「男の子なのに、何て軽いのだろう」

 皆同じ気分を味わった。何とも儚げで、脆い存在なのか。誠の価値観を改めて考え直した三人であった。最も、独占欲よりも保護欲が上がっただけで、結局は束縛される事に変わりはないのだが・・・それを理解するはまだまだ先だ。しかし、ある意味協定条約を結ぶ切っ掛けにも成り得た。

 誠の為にも、(誠の前では)互いにイガミ合わないと、睨み合い故の愛を語ったのだ。(美佳を除き)。

 ――さて、そんなこんなで誠の家に無事着き、ベットに降ろした所から既に同盟が瓦解しかけた。何というか、ルナが当然の如く誠の家の鍵を持っていた事にも一悶着あったが、部屋に着くなやいなや誠に抱きつきやがるルナに、他二人が黙っている筈も無く、むくれ合いのポカポカ押し合いに発展したりと、実に疲れる(愉快な)戦闘があったわけだ。

 その後三人で話し合ったというか、発端は美佳だった。

「お二人は、その・・・誠君が好きなのよね?」

「勿論!」

「当然です」

「(ああ・・・即答)」

 美佳も名乗り出たい所、しかしながら目の前にいる銀髪女は除外し、琴美には引け目を感じていた。つい昨日お友達になったばかりで、いきなり恋煩いで険悪になってしまう事を恐れたのだ。 

 だが、そう考えると余計に、

『・・・そうやって逃げてばかりで、今までに進展あったか?今度こそ本気で誠が居なくなるぞ!』

 翔也の声が木霊する。

 逃げちゃダメだ。そう何度もリピートするも、「そんな・・・貴方が」と愕然と此方を見る琴美の姿を想像してしまい、どうにも決心がつかない。

「・・・・・・・・・・・・・・な、なら。仲良くしましょうよ。さっきも言いましたけど、まこは平穏を望む人です。彼を敬愛する人である私たちが率先してその平穏を乱してどうするんですか」

 拳を握る。勿論気づかれないように背中に隠して。やっぱり、私は臆病者だ。そのくせ、性懲りもなくまこに対するスキンシップを止める気は無い。

 精一杯の笑顔を湛え、私は私の愛する人を愛する人達へ語る。

「だから、まこの為にもいがみ合うのは止めにしましょう。それが一番です」

「そうね」

「・・・・ち」

 舌打ちをしたルナを極力無視し、今後について思案する。

「制服のまま寝かしておくのは衛生的にダメですし、・・・お風呂もどうしま――」

「「「――ッは!」」」

 三人共一斉に誠を見る。そして図ったように再び三人の目が交差する。次の瞬間、皆が一斉に誠に飛びついていた。

「私が誠(君・まこ)を洗うわ!」

 ・・・最早先までの思考もどこ吹く風、今は目先の欲に何もかもが匙であった。



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