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cat 愛  作者: 中村 光
第二章 日進月歩
20/22

第13話  交差する思い~破局~

今回は琴美視点から始めます。

前も説明しましたが、――★――★――★――は視点変更を意味します。*は時間経過を省略しています。

 ――時間は遡り、7話での峯浦邸。


 琴美は父の書斎に足を踏み入れ、その光景に暫し呆然とした。

「お父様、この方は・・・」

「おお来たか、我が愛娘よ。紹介するまでもないがこのお方は――」

 父の紹介で厳かに立ち上がったのは、琴美のよく知る(悪い方の)人物、霊堂家の当主霊堂麻伎(れいどうあさぎ)であった。

 麻伎は精練され尽くした一礼と共に、淡く微笑する。

「ご機嫌麗しゅう、琴美さん。」

「どういたしまして」

 それに対し、琴美の態度は素っ気無かった。普段なら滅多に見せない礼儀を欠いた行動も、この男に対しては実に気安くできる。というのも、

「相変わらずお美しい。我が息子にとって、この上ない幸運でありましょうぞ」

 何かと付けては私とあの男との婚約を催促する。それならまだ良い。しかし、この台詞を吐く場合、毎回図ったようにもう一人がついて回る。

「お父様。あまり公言は控えてください。彼女もわたしも、まだ合意したわけではないのですから」

 そう嗜めるのは、霊堂慎太(れいどうしんた)。同学年であり、私の――

「まあ、今日はその件で参られたことでしょうに。お気持ちは分かります。さて、琴美。今日お前を呼んだのは他でもない。慎太君との婚約の件についてだ」

 そう、彼は私の婚約者なのだ。

「ええ。もう随分と前の話になりますね。当時は私も若かったものです」

「そうですなあ。だが今宵を限り、慎太君も結婚できるお年頃になったわけです。めでたい事です」

「就きましては、これを機に往時にての約定も成就される訳ですな」 

 琴美は悟られまいと背中で拳を握り締める。

 成金で伸し上がった父。その所為で元は唯の平民が、金持ち共の祭壇に足を踏み入れ翻弄される羽目になった。御陰で今までの家族愛などとうに消え失せ、威厳と金欲に支配され人が変わってしまった。俗に言う内弁慶というものだ。

 この愚かな父は今、必死で金持ち共の縦社会について行こうと躍起なのだ。たかが有名な企業の御曹司というだけで自分の娘を差し出すくらいだ。私など、父には唯の商売道具にしか見えないのだろう。

 琴美は悲しげに瞳を揺らす。

 あの優しかった父の面影はもうどこにもない。媚び(へつら)い駆け巡る父の所業に、今は嘆息すら出てこない。

「おや?琴美。気分が優れないのかい?」

 そう聞いてくる慎太も、下卑た目線は取り繕うとしない。互いの父親二人は仲良く談笑していて、こちらの様子に気づく気配はない。何というか、まさしく巧言令色(こうげんれいしょく)とは彼に相応しい言葉だろう。対面的な愛想良さも、その必要が無ければ簡単に誹謗(ひぼう)にすげ変わる。

「いえ、お気に為さらず」

「いやいや、未来のお嫁さんの体調も察せられなければ、夫として頂けない。」

「あの・・・・」

「だからね。少し二人で話さないか?ここでは虚勢しか張れないだろう?」

 慎太の目の奥に、(よこしま)な光を感じ思わず拒否を示そうとする。だが、一手早く手首を掴まれてしまう。強引に引き寄せられ、慎太の胸に収まる。

「関心しないな。お前は俺に従えさえすればいいんだよ。それとも何か?婚約破棄してお前の親父の会社を乗っ取ってもいいんだぞ」

 耳元で囁くは腐った言動。

 琴美はギリっと歯を軋ませ、

「最低ね」

「くくく。お前が強気になれるのも今の内だ。いずれ、お前から俺に媚びるようにしてやる。そうなったら幾らでも遊んでやるぜぇ」

 言下に、琴美の太腿に慎太の手が這いずる。背筋がゾワゾワして、生理的悪寒が琴美を震えさせた。あと少しで慎太の手が頂点に達するという所で――

「琴美。霊堂さんがお帰りになるぞ。お見送りして差し上げなさい」

「慎太。来なさい」

 父からの声に慎太の手がピタリと止まる。

「はい。父上」

 先程の行為などどこ吹く風で元に戻る慎太。私は・・・ホッと肩を降ろすだけで何もできなかった。

 思えば、私が男性恐怖症になったのも、この男が発端な気がする。それでなくとも舞踏会で散々汚らわしい目線を浴びてきたのだ。

 だからこそ、だからこそ!誠君の純粋な眼差しに心を奪われたのだろう。皆が皆打算的な思想の下で私に話しかける中、彼だけが一陣の光明となって私に舞い降りてくれたのだ。

 ――そんな気持ちを、お母様だけは理解してくれた。

 腐った外道を作り物の笑顔で見送り、真っ先に向かったのは母の所だった。話はいっていたのだろう。お母様は私が来ると察し、深夜にも関わらず笑顔で迎えてくれた。私は病弱な母に抱きつき、お小言を散々撒き散らした。

「そう・・・。ごめんなさいね。貴方には嫌な思いをさせたわ」

 私の話を聞き終えた母の第一声がそれだった。

「いいえ、お母様。それがこの家の為になるのは私だって理解しています。だから――」

 例え不幸な結末を迎えようとも・・・と言葉を繋げるのを、母は穏やかに収めた。

「無理しないで。貴方の愛する人はその誠君、なのでしょう?恋とは一生を捧げるもの。影のある思いでは、本当の恋はできなくてよ」

「でもっ、でも!」

「もし、貴方の思いが本物であれば。家柄に囚われず、今を忘れて思いをぶつけなさい。貴方の気持ちも、お父様は分かってくれるわ。きっと」

「・・・・・」

 それは、この家を裏切るも同等のこと。後継の長女として、父の会社を継ぐ覚悟はある。だが、存続にはあの霊堂家の助力が必要なのだ。 

 私が霊堂家に嫁ぎさえすれば、それで全てが上手くいくのだ。

 でも・・・・でも!やっぱり私は――

「その気持ちです」

「え?」

「揺るぎない思い。本当に好きなのですね。誠君のことが」

「あ・・・・う・・・・・・・はぃ」

 母は笑みを深くし、

「頑張りなさい。私は応援してますよ」

「あ、・・・はいっ」

 先行きは不安だが、母の言葉が私を後押ししてくれた。

「私、頑張る!」

「あ、それとちゃんとその子私の下に連れて来るのよ」

「ええ!?何で?」

「んふふ~。私の好奇心!よろしくね~」

 顔を赤くして母の部屋を出る琴美であった。

 廊下を歩く琴美の顔は、真っ直ぐ前を向いていた。そしてまた忘れてもいなかった。さっきの会合の際放った父の「来月、式を執り行いましょう」という言葉を。時間はもうないのも明白。

 ・・・多分、その事については母は知らない筈だ。しかし、態々それを伝える気はサラサラない。お母様にこれ以上迷惑は掛けられない。

 たとえこの家を裏切ることになろうとも、私は私の思いをぶつける。

 そう、胸に刻みつけ琴美は歩み続けた。

 

――★――★――★――


「身勝手まことだとは重々承知しています。ですが、家庭の事情で来月結婚が言い渡されて、・・・・それで、だからどうしても、誠君に今の私の本当の気持ちを伝えたくて」

「それって、もしかして政略結婚ってやつ?」

「はい」

 マジか!話には聞いたことはあるけど、まさか実際にあるとは・・・凄い。ルナだってすっかり勢い無くしてるし・・・

 って、いやいや感心してる場合じゃない。まだ分からない事だらけだ。でも、だとすると、

「つまりフェイクのつもりで僕にお願いしたのかい?」

「――ッ!」

 瞬間。僕が己の失言に泣きたくなるほど、峯浦さんは傷ついた形相になった。

「いいえッ!いいえ、違うわ!確かに、そう思われても仕方がないほど我侭で身勝手なお願いだけど、私の思いは本物です!婚約の件でしたって、誠君に告白した後に言い渡されて・・・。ああ、御免なさい言い訳です。で、ですがこれだけは分かって下さい。私は、心の底から、誠君を愛しています。」

「だから・・・」と、決意を胸に前に踏み出したその時、峯浦さんの双眸がこれ以上ないくらい見開かれる。その瞳には、怯え、そしてハッキリと恐怖で彩られていた。

 僕は反射的に振り向く。

 ――いや、正確にはしようとした。

 だが、

 ゴギャッ

「――ッ」

 頭が真っ白になる。割れるような痛みが頭部を走り、堪らなく地面へ転がる。

「「きゃああああああ」」

 少女二人の叫びも、遠くからの木霊の様に反響して聞こえる。とにかく、自身の身にに何が起こったのか全く理解できない。

 朧げな視界の中で、峯浦さんが慌てて此方に駆け寄ろうとしているのが見て取れる。しかし、それを一人の者が威圧して静止させていた。

 その過程で、ようやく視界に捉えることができた。

「・・・霊、堂君?」

 オールバックにした黒髪、柔和な切れ者顔・・・ではなく鋭利な瞳をしている。だが、何時もとまるっきり雰囲気が違う。その彼が揺らすバットが目に入った時、ようやく合点がいった。

 血がへばり付いているのだ。どう見てもトマトジュースなど(判断が付くかは実証されていないが)ではなく人の血、恐らく僕の血だという事は容易に想像がついた。・・・しかし、納得がいかない。霊堂君とはある程度交流がある。人付きあいが上手く、金持ちさなど(おくび)にも出さず、分け隔てなく優しい言わば峯浦さんの男性バージョンのような人なのだ。

  そんな彼が、今や鬼の形相で手に持ったバットを揺らしていた。

「な、んで君が?」

「あ、何で?はッ、んなの邪魔だからに決まってんだろ。なあ琴美ィ」

「ひいっ」

 怯えたように後退りする峯浦さんを、霊堂君は冷めた眼つきで見据えていた。

「言ったよなぁ。俺に楯突いたらどうなるかっ!・・・だが、まあいい。今は原因はハッキリしてる訳、だしなッ」

 そう高らかに宣言に、再び僕の頭部に衝撃が走る。

 頬に当たる地面がやけに温かい。それにヌメっとしている。

「止めて!誠君がっ、誠君が死んじゃう!」

「そんなにこの男が大事か!?ああッ?テメエ、人様の要求踏みにじっておいて何いけしゃあしゃあ口答えしてんだ!テメエが今するべきことはたった一つ。俺の物になれ」

「―――ッ!」

 霊堂くんはそう、手を伸ばした。

 僕は朧げな視界で、霊堂君の裾を掴む。

「ああ?」

 霊堂君が鬱陶しそうに僕の頭を踏みつける。だけど、そんなのどうでもいい。意識を手放す前に、どうしてもこれだけは聞いておきたかった。

「な、んで。君は、そ、こまで峯浦さんを欲するんだい?なに、を望んで、いる」

 すると霊堂くんは、いかにも可笑しなことを聞くと言わんばかりに肩を震わす。

「は?何でかって?くくくくく・・・そんなの――」

 そして言い放った。

「身体目当てに決まってんだろ。」

「――ッ!な、に?」

「何当たり前のこと聞いてんだよ。嫁ぎ、そして貢がれるのは至極当然の成り行きだろ」

「そんな、事の為にっ」

「おいおいおい。これだから一般人は・・・いいか。成金目的の政略結婚なんぞどこもそんなもんだよ。互いの利益の為に身体を差し出す女を、俺が肉欲の足しにしてなんら問題はない。そうだろ?元より子供を産むための行為なんだ。どこも可笑しな事はない。互いに望まぬ結果ならば、どちらかが先に楽しんだ方が勝ちだろうがよお。貰いもんには福があるってな、はっはー」 

「う・・・ぐ――」

 峯浦さんが涙を流す。当然だ。唯でさえ、嫌だと言っていた強引的な結婚が、その相手にさえ恵まれないとなれば絶望すら覚える事だろう。 

 それを打破することが、僕にはできる・・・?峯浦さんがそんな内情を変えたくて、日常をかなぐり捨ててまで求めたのが、僕・・・なのか?

「安心しろ。こんな所で人殺しなんざしねえよお。あくまで、ここでは、の話だがな。くくく」

「いい加減に、しろォ!」

 怒号が轟く。ハッと見上げた先に、銀色の髪を靡かせ急襲するルナの姿があった。猫特有の脚力を駆使して瞬く間に懐に飛び込む――も、

「邪魔だ」

「きゃあっ」

 僅かな差で霊堂君の拳がルナの頬を捉えた。

「ルナっ!!」

 横っ飛びに吹き飛ばされるルナを、僕は唯眺めるしかできなかった。だが、どうしようもなく怒りが脳内を駆け巡る。

「ふん。これもお前らとは違う、(たしな)みってやつさ」

 頭が痛みも関係なく真っ白に膨れ上がる。

「霊堂ォ・・・”貴様ァァ”」

「ん?」

 と、その時――

「先生。此方です。学校の塀の向こうで悲鳴がっ」

 校舎側から誰かの声が響いた。どうやら生徒の誰かが異変に気づいて先生を呼んでくれたようだ。

「ちっ――」

 舌打ちをし、”霊堂君”はそのまま学校から遠ざかって行ってしまった。

「先生こちらです。――って、誠君!?どうしたのその怪我ッ」

 なんと、駆けつけてくれたのは美佳であった。驚愕に慌てふためく美佳を押し留め、僕があらん限りの気力を振り絞り、虚勢を張る。

「大丈夫だよ。それで・・・先生は?」

「ああ、あれはブラフよ、ブ・ラ・フ」

「え?」

 すると、美佳は悪戯っぽくウインクをし、

「知ってる?どんなチンピラもこれで一発よ」

「あ、ははは」

「それより、怪我の手当をしないと」

「いや、それより・・・――ルナっ」

「平気よ」

 ルナの身を案じそちらへ目を向けると、むくれたルナが歩み寄ってきた所だった。頬は腫れているが、それよりも負けた事が悔しいようだ。ホッ、と安堵の吐息を漏らし、

「よかった」

 一言添えた所で、

「ッ!ま、誠君」

 切迫した峯浦さんの声が掛かった。ハンカチで僕の頭部を押さえるのをされるがままにし、それでも繋ぎの一言には歯止めを掛けた。

「大丈夫。峯浦さんの所為じゃない。寧ろ被害者じゃないか」

「あ、いえ、そんな!そもそも――」

「峯浦さんがどんな気持ちで僕に接しているか分かんないけど、それでも打算的な意味合いじゃないのは分かるよ。だから・・・――そんな泣かなくて大丈夫だよ」

 必死で涙を堪る姿を痛ましげに見やり、そっと宥める。僕は峯浦さんの肩に手を置き、

「迷惑だなんて思ってないから、安心して、頼ってくれ」

「あ・・・・う、ぅぅぅ」

 僕の胸に押し付ける嗚咽を、僕は黙って迎えた。

「イライライライラ」

「こ、効果音を態々口で言わんでも・・・」

「じゃあ、誠も少しは私の気持ちも察してよ!」

 そう口を尖らせるのはルナだ。

「そんな事言われても・・・・あ、峯浦さん。大丈夫?」

「はい」

 僕の胸から顔を上げた峯浦さんは、泣き腫した様子で目の縁をゴシゴシと拭き取り、それでもしっかりと頷いてくれた。

「よかった」

 それで安心してしまったのが不味かった。元々薄らいでいた意識が、ハッキリと消えていくのを直に感じる。

「誠!?」

 最初に異変に気づいたのはルナ。だが、その声も最早囁き程度でしかなかった。

「誠君!?」

 峯浦さんの肩に倒れこむのを最後に、

「まこっ!!」

 美佳の悲鳴を最後に、僕の意識は閉ざされた。


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