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cat 愛  作者: 中村 光
第二章 日進月歩
18/22

第11話  騒ぎ

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

 沈黙が痛い。僕を食いるように見詰める峯浦さんから視線を躱そうとするが、その先には好奇心に満ち溢れたクラスメイト諸君が・・・

 ぐ、僕に逃げ場はないのか。

 ――そこまで考え、僕は自己嫌悪に見舞われた。

 逃げてどうしようと言うのだ。僕に正直な自分の気持ちを伝えてくれた峯浦さんに失礼過ぎるだろ。しかも、その上保留にしといて忘れるとか・・・最低だ。

「お、おはよう・・・誠君」

「え?あ、ああ。おはよう峯浦さん」

 再び沈黙。

 ・・・・気まずい!何だこの空気は!?ていうか、何でクラス中静かになってんだ?

 と、そこで聞き捨てならない会話が耳に入る。

「(あんなに見つめ合って。やっぱり付き合うってのは本当なんだね)」

 おい待て!まさか・・・

「もしかして、何か噂になってるの?」

 小声で近くにいた翔也に問い詰めると、逆に驚いた表情で聞き返してきた。

「え、お前等、昨日付き合い始めたって聞いたが?」

「――ッ!い、一体誰に?」

「てか、皆知ってるぜ」

 なにいィッ

 慌てて辺りを見渡す。今更ながら気づいたが、皆一様にニヤニヤした様子で見返してくる。中には殺気を飛ばす輩もいるが・・・。

 思い返せば、登校時に矢鱈と視線が気になったのを覚えている。まさかこんな事になっているとは・・・・

 峯浦さんに視線を向けると、途端にバツの悪そうに俯いた。どうやら彼女も戸惑っているようだ。

 そんな僕らに気づかず、翔也はつらつらと言葉を続ける。

「第一、下駄箱で思いつめた顔でウロウロしていれば誰の目にも止まるし、それが学園のアイドルなら尚更だ。しかも、手に封筒持って。そんなの、誰かに向けたラブレターとしか考えられないだろうに」

「・・・・・・あう」

 峯浦さんがやってしまった・・・的な表情で頭を抱えている。

「あの場では結構大勢見てたからな。本人は気づかなかったようだけど・・・御陰でお前の下駄箱に入れる所までバッチリだぜ」

「バッチリじゃない!人のプライバシーをなんだと――」

 思ってるんだ!?と言いかけ、慌てて口を紡ぐ。今ので完璧に僕が肯定してしまったような形だ。

「にっ。・・・そうか、俺は応援しているぜ。精々リア充ライフを楽しんでくれよ」

 な、なんか言葉の刺がいたる所に。

 まあ、そりゃそうだろう。何せ、峯浦さんは学校のアイドルだ。そんな人を誰かが独占して良いものでもないし、第一こんな冴えない僕では釣り合わないだろう。――ていうか誤解なんですけどォッ

 しかし、どうしたものか・・・

 生憎と考える時間もなくチャイムが鳴り、峯浦さんと僕は渋々ながら席に着いた。

 正直、授業の内容がまるで頭に入らない。どう誤解を解くか、それとも本当に付き合ってしまうか。・・・そしてルナについてだ。

「はあ・・・どうしよう」

 一人頭を抱えていると、俄に教室内が騒ぎ始めた。まだ授業中だというのに一体何だろう?

 廊下側の席で分からないが、何やら外で騒動でも起こっているようだ。皆が窓の外を見ているのが見て取れる。

「おい皆見ろよ!」

 一人が声を上げ、それに釣られクラス中が窓に詰め寄る。喧騒の中聞き取れなかった会話がようやく僕にまで届いた時には、既にクラス全員が窓にくっついていた。見れば、中庭を挟んだ対面側の教室も同じような光景であった。

 曰く、有り得ないくらい可愛い子が来たとのこと。

 僕にとってはふ~んで済ませられる事柄であるが、皆には無理だったらしい。

「ヤバイ!可愛い過ぎる。何だあの妖精は?」

「白い髪が綺麗~」

「外国の人かしら?」

「ああ~。俺のエンジェルが舞い降りた」

 などなど、まるでお祭り騒ぎだ。

・・・しかし、皆が興奮する中、僕にはとてつもなく嫌な予感がひしひしと感じられていた。先程から白い白い妖精妖精と・・・。僕の脳内には今朝方の光景がクッキリと浮かび上がる。

「ま、まさかね」

 呟き、僕も窓に寄った。

「―――えッ!?」

 ――そして見てしまった。皆の視線を一手に受ける妖精、ルナを。中庭で悠然と歩を進めるルナは、まるで夜に太陽があるかのように、眩しい。腰まで届く白い髪が優雅に虚空を舞い、白き肌は逆光で見えない程輝き、風に靡く薄手の白いワンピースがその全てを引き立たせ、魅惑な光景を映し出している。

 朝見たはずの僕でさえ見惚れてしまうのだ。皆の状況はそれはもう・・・

 正直、目の毒だ。視線に其々律儀に手を振って応じている姿を見ると、本物のアイドルが来日したかのようだ。いやそれ以上か。そんな、学校中の視線を集めるルナが、目聡く僕に気づきさっと此方へ視線を向けた。途端に、笑顔を弾けさせ言った。

「誠みーつけたァ~」

 ご丁寧に指まで指して。加えて大声で・・・

「ちょッ!」

 悲鳴を堪るので精一杯だった。よりにもよってこんな時に、しかもこんな形で。一体僕にどうしろと?せめて面倒事だけは避けたいと切に願っていた矢先に、それは起こった。

 ルナの起こした行動には、あらゆる意味で皆の意表を突いた。僕に殺到していた視線も思わず消え去る程、現実味がなく且つ目を奪われる光景が・・・

 なんと、ルナは地上3階の高さをたった一回の跳躍で乗り移ってみせたのだ。

 スタっと、身軽に窓枠に飛び乗ったルナ。

 あれ程喧騒が響いていた教室に一様にして静寂が訪れる。僕としても同じだ。目の前の出来事に言葉が出ない。

 当の本人は何食わぬ顔で危なげなく立っているが、その立ち姿はどことなく幻想的な雰囲気であった。

 しかし、ルナの次なる行動にはさらに意表を突かれた。

「誠、会いたかったよ~~」

「うわ!」

 皆の視線を一切無視し、僕に飛びついてきたのだ。当然のことながら踏み止まる事も出来ず、ルナに押し倒される形で床に背中をしたたかに打ち付けてしまう。

「・・・・・・」

 言うまでもないが、如何にもまずいポジションだ。現状ミナは僕の上に馬乗り状態なわけで、皆が黄色い悲鳴をあげる。

「「「きゃーーーー」」」

「(ぎゃあああ)」

 かくゆう僕も悲鳴をあげていた。

 柔らかな感触が腹部に体重を掛け、加えて二つの爆弾が投下されたからだ。朝同じ目にあったからと言って、慣れるかどうかは別だ。慣れたら慣れたで人としてどうかと思うが。

「誠~~~~」

「――ッ!・・・と、とととにかく離れてくれ!」

 こんな状態でも僕に頬ずりしてくるのは猫の頃の名残か?どうにせよ誤解を招く事態なのは明白だ。今のルナは類まれなる美少女。そうでなくても女性という時点で問題だ。主に僕の世間体的問題で。

 此処はなんとか誤魔化さないと、

「う~誠冷たい。朝はあんなに優しかったのに」

「「「えええええええええええ!!」」」

 そこに来てさらなる爆弾投下。てか確信犯でしょ絶対!!!

「な、何言っているんだ?ああ、食事の事なら・・・」

「昨日も一緒に寝たのに」

「っておいいいいいいいいいいいいいっ」

 ルナのトドメの一言で、最早収拾不可な程誤解は増幅してしまった。

 クラス中てんやわんやだ。そんな中一番驚愕に目を見開いていた峯浦さんと目が合う。今度は此方がバツの悪く俯く番であった。全面的に否定できないのが悲しい・・・

 そんな僕に、「にひひ」と人の悪い笑みを下から見せつけるルナ。やはり確信犯だったかこのやろう。・・・現状収拾より今はルナの説得が先決か。

 よし。

 意を決し、ルナごと抱き抱え戦略的撤退を――出来ない!!

「どうしたの?」

 まず抱き起こせない。一応釈明として言っておくが、これは僕の状態が原因だ。仰向けで乗っ掛かられている状態で、一人の人間を持ち上げるには無理がある。

「・・・・・・ルナ」

「何?」

「・・・・ふ、二人っきりで話しがしたいんだが?」

「・・・ふふ、誠がいいのなら」

「じゃあ退いてもらえる?」

「しょうがないわねえ」

 勘違いをしているルナを放っておき、立ち上がったその手を握る。

「・・・・・コッチへ」

「あら、強引」

 ・・・・い、一々言動が色っぽい。一体何時こんな知識を得たのやら。

 女性を手を握るのは久々だが、ルナの手は妙に柔らかい。まるで生まれたての幼児だ。まあ、あくまで例え、だが。

 僕はそのまま人垣を掻き分け、廊下へと逃げ延びる事にした。

「・・・・いい加減離れてくれ。てか、そんな抱きつかないでくれ」

 とりあえず人気のない屋上への道すがら、一向に離れようとしないルナに僕は焦れて無理やり剥がす。

「むう~。何よ、誠は私が嫌いなの?」

「飛躍しすぎ。常識的に言っているの、僕は。自分の行動を少しは自覚しなさい」

「う~。意地悪~」

 むくれつつ、尻尾をパタパタと振る。

 ん?尻尾?

「そうだ!尻尾はさっきまでどうしてたのさ」

「え?普通にそのまんまだよ」

 おかしい。それならもっとパニックになっていたはずだ。常識的にそんな人間は居ない。・・・でも、それも仕方ないと自己完結。

 ルナの美しすぎる容貌に目が釘付けになり、下の方にまで目が行かなかったのだろう。ある意味嬉しい誤算だ。それはともかく・・・

「「「じーーーーーー」」」

 周りの視線が痛い!今は授業中の筈で此処は廊下なのに、何故か予想以上の視線がルナと僕を飛び交う。不真面目な生徒に注意したい気分だが、自分がその元凶であるが故に、居心地悪くその場を逃げるしか手立てが無かった。

 因みにその間、終始ルナは笑顔で僕に抱きついていた。まるで見せつけているかのように。

「はあああ~」

 屋上と扉を閉めて、途端に吐き出したのは途方もない溜息だった。

「くふふふ~」

 対照的に、ルナは随分楽しそうだ。原因なのにっ。発端なのにっ。

 改めて一息つき、

「何でそんなに楽しげなのさ」

「何でって、そんなの誠と一緒にいれるからに決まってるじゃない。」

「・・・・・・」

 満面の笑顔で断言され、僕は照れ隠しに目を逸らす。分が悪い。 

「・・・・何で、わざわざ学校まできたのさ?いや、そもそも、ルナ。君に一体何が――んッ」

 伏し目がちに顔を上げた途端、その唇を柔らかな物で塞がれる。目を見開き、文字通り目の、前にあるルナの深緑の瞳を焦点に捉える。

「んっ、くふふ。しちゃった・・・」

 ゆっくりと顔を離したルナは、輝くような笑みを浮かべた。そこで妖しく唇をなぞるのを見て、ようやく思考が追いつく。

 キス・・・されたのだ。ルナに。僕のファーストキスを・・・

「し、しちゃったって、え?ちょっと、ななな何してんのォ!?」

「私のファーストキス、お味はどうかしら?」

「いやいやいや、味って。そんなの味わう暇なんてなかったよ」

「じゃあ、もっと味わう?」

「・・・・・」

 なんだろう。話をする度に泥沼に嵌って行くこの感覚は。・・・・と、とにかく、この変な空気をどうにかしなければ。

「ル、ルナさん」

「ルナって呼んで」

「え?あ~はい。ルナ」

「何?」

「その、何故学校に来たのか理由をお尋ねしたいのですが・・・」

 やったら丁寧な言葉はこの際気にしてられない。

「う~ん。誠に会いたかったからだね」

 これまた素晴らしい笑顔で断言してくださる。加えて、此方としてはルナの唇が動く度に、キスの余韻がぶりかえしてドギマギしてしまうというのに。

「・・・・はあ、少しはこっちの迷惑っていうか、其処ら辺考えて欲しいよ」

「・・・・・・・」

 途端にルナが表情を暗くする。

「あっ!いや、迷惑っていうか・・・・危ないっていうか」

「・・・や・・・もん・・・」

「え?」

「・・・一人はもう嫌なんだもん」

「――ッ!!」

 しょんぼりと目を伏せたルナを目の当たりにし、不覚にも今更思い至った。

 そうだ。僕が一番知っているじゃないか、一人という孤独を。それでもまだ、僕には友達がいて、何時も励ましてくれた。でもルナには誰も何者も居なかった。それがどんなに苦しいことか・・・

 ルナにとって唯一の頼りが僕だったのだ。

「・・・ごめん」

「それに――」

 困った。何て言っていいか・・・

「――ここに来たのは私の悪戯心だしね。そんなに落ち込まなくていいよ」

 僕は・・・っておい!

「えええ!今までのシリアスな雰囲気は!?」

「えへ」

「ハメられた!ああもう。一体君は何がしたいのさ?」

「こうした~い」

 喜色満面に抱きついてくる。反省の色無し!

「まったく」

 きっと、あれもルナの本心でもあるのだろう。笑顔で誤魔化そうとしているが、どっち道あんな顔されては、もう帰れなんていえるわけないじゃないか。


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