第8話 予期せぬ惑い
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「誠~。こっちだ」
「ああ」
今は昼時。僕たちは学食に来ていた。諒も合わせ、僕らはよく昼飯は此処で済ませることが多い。弁当派の僕であるが、折角なので付き添いという形で同伴している。
「まっこく~ん」
――と、そこへ、パタパタと片手を振り、トレイを片手に美佳が近付いて来た。これも僕が学食で食べる理由の一つだ。教室の違う美佳と気兼ねなく一緒食べるとしたら学食しかないと思ったのだ。
まあ美佳の場合、そんなの関係無しにどこに行こうとついてくるのだが・・・
「うるさいのが来たよ」
「な・に・か言った?」
「い、いいえなんでも」
翔也の呟きに、美佳が威圧で応じる。昨日のダメージが身体に染み込んでいるのか、縮こまり震え上がる翔也。そんなんなら初めから挑発じみた言動を慎めばいいのに。
「さ、食べよう」
「うん」
結局は単なる余興のつもりだったのだろう。怒りなどどこ吹く風で笑顔で応じた美佳に続き、僕も4人席の二人の向かい側に座る。当たり前のように美佳は僕の隣に座った。
何時ものメンバーが揃ったところで特に盛り上がる訳でもなく時間は過ぎる。
*
しかし、穏やかな日常は唐突ににして突如変化を迎える。それこそ、何の前触れもなく何の兆しもない、ドッキリと思いたくなるような出来事。
*
――下校、昇降口にて。僕は”何時もと変わらず”一人で下校しようとしていた。今日は美佳も普通に部活で、峯浦さんは一緒に帰ろうとも言わなかったので、特に気兼ね無く帰ろうと下駄箱を開けた時である。ひらりと舞った一通のピンク色の手紙。見に覚えのない物に、僕は首を傾げ、封を開けた。内容はこうである。
『誠に僭越ながらお手紙をお送りすることをお許し下さい。私の想いを貴方に伝えたく、このような方法を取った事を深くお詫び申し上げます。自儘なやり方だと認識しておりますが、誤解の無いよう申します。私は誠様の事を好いております。叶うのであれば、お付き合いをさせて頂きたく、ここにお願い奉ります。放課後、屋上にて貴方をお待ちしております。・・・ずっと』
「・・・・・・・・・・・・」
何やら、やったら丁寧な言葉がつらつら述べられていた。しかも最後が脅迫じみていて、度し難い恐怖を感じる。加えて、宛名がないのも不気味だ。
「・・・・・・え?てかこれ、ら、ラブレターぁ!?」
今更ながらに事の重大さに気がついた。きっと間違えて入れたんだろうな~と思って誤認していたのだが、ハッキリと自分の名が記してあるのに気付き、言葉を失う。
改めて小奇麗な文字で綴られた手紙を拝読する。
「・・・マジか。どうしよう・・・・」
浮き出た当面の問題はそれである。勿論、僕に興味を持ってくれたことはとても嬉しい。だが、正直僕は誰かと付き合う気などサラサラない。第一自分にそれほどの価値がるとは思えない。それに、”僕と付き合って幸福になれる人など居やしない”と心からそう思っている。
わざわざ僕で無くとも、幾らでも良い男性は居るだろうに。とは言え、行かないわけにもいかない。
「・・・・行くだけ、行ってみるか」
手紙の送り主も身を削る思いで書いたのだろう。それ程必死さが伺える文章であった。そんな思いを無下にするなどできない。
――この時まで、僕はどう断ろうかと画策していた。後腐れ無く彼女が僕を忘れるような事を望んでいた。しかし、鍵の開けられた屋上への扉を開けた途端、全てが吹き飛んだ。自分の目が信じられない。
だって、其処にいたのは――
「峯浦、さん・・・」
夕暮れに照らされ、肌寒い風が彼女の黒髪を靡かせている。見間違いもない、峯浦琴美その人であった。
「誠君・・・・」
あちらも気付いたようで、フェンスに掛けていた指を外し、覚束無い足取りで僕に歩寄る。既に胸に手を置いている辺り、緊張しているのだろう。
・・・ヤバイ。僕も緊張してきた。彼女が近づくにつれ、ジットリと手に汗を握っているのを実感できる。そしてついに峯浦さんが眼前で歩みを止める。
胸を撫で下ろす仕草と、はにかむような笑顔が印象的であった。
「ごめんなさい唐突に。でも・・・きてくれたのですね」
「あ、ああ・・・」
返事を返しつつも、僕の心境は全く穏やかではなかった。
どうしよう。今の今まですっかり失念していた。そうだよ、僕が告白を断ったりしたら彼女が悲しむではないか!流石にここまで来て、僕に恋しているはず無いなどボケた台詞を吐くつもりはない。
一心不乱に僕を見詰めるその瞳に、一切の迷いはない。まあ、それでも言いかねている様子だが・・・。
「・・・えと、その・・・・」
指をモジモジと絡ませ、言葉を探し倦ねている。
・・・先程まで自分勝手な思いを膨らませていた自分が憎らしい。峯浦さんなりの精一杯の思いを断って、彼女が暗く沈んでしまうのは想像に難くない。だが、それでも・・・
「お願いしますっ。わた、私と、つつつ付き合ってくだひゃい」
一種の宣告のように、僕の耳に峯浦さんの告白が言い渡された。随分と可愛らしい様子だが、芯の通った力強い瞳も見逃したりはしない。それ程、本気だということだ。
どうする。僕の信念は断れと警告を発する。しかし、そんなことをして、峯浦さんを悲しませるのでは本末転倒だ。誰かを悲しませたくないから、僕は行動を起こす。だけど、今回はそれが仇となっているようだ。・・・どうするっ、この際峯浦さんが傷つかなければそれで良い。僕なんかどうなってもよいが、傷つかない方法などあるのか?最善の策は告白を受ける事。しかし、それで峯浦さんは幸せになれるのだろうか?僕なんかと付き合って、峯浦さんは幸福になれるのだろうか?そもそも僕は彼女が好きなのか・・・。いや、今はそんな事どうだっていい。僕の気持ちよりも峯浦さんの気持ちだっ。峯浦さんなら、僕で無くともそれこそ選り取り見取りだろう。ここで断ろうと、僕より遥かに良い男性に巡りあえるかもしれない。でも、
「・・・・誠、君?」
心配そうに僕を覗き込む峯浦さん。――今限定とは言え、峯浦さんを悲しませるのはやはり忍びない。
「・・・・・・・・ううッ」
しまいには泣き出しそうになっていた。何時までも反応がない僕に、(呆れてくれたらよかったのに)憂虞する気持ちが募ってしまっているのだろう。見る見る内に目尻に溜まる涙に、僕の狼狽は度を越して酷くなる。猶予はもうない。告白を受けるか、無情に返すか・・・・どうするッ!!
「ごめん・・・・まだ、僕には分からない」
・・・結局、紡ぎ出した答えは逃げ口上だった。
「そう・・・ですよね。いきなりでしたものね」
「本当にごめん」
「いえ、私こそ、こんなこと唐突にすみません。困ってしまいましたよね」
「僕こそ・・・」
「私こそ・・・」
互いに譲らぬ詫び言に、クスッと、どこからともなく笑いが溢れる。互いに苦笑し合い、「では、また」とその場を後にする。少なくとも、先の気まずい雰囲気は払拭できたようで、峯浦さんも「はい」と返事を返して送ってくれた。それだけが救いだった。少なくとも今は・・・